その10 旅のはじまり
「荷物、それだけなの?」
「ええ。あとは行く先々で調達するつもり」
一晩お世話になった、翌日の朝。
トーストと目玉焼きの朝食を済ませて、ネフは「じゃあ用意してくるわ」と階段を駆け上がっていった。
ちなみに二階は本がたくさん。昨日泊まった部屋にも本棚があったけど、とっても窮屈そうだった。そして漂う紙の匂い。
五分も経たずにバックパックを引っ提げて、おまたせ、と戻ってきた。早い。
いちおう中身を聞くと、衣類三日分に日用品、手作りの薬をいくつかと、簡易魔術道具一式、手帳、薬草目録、魔法辞典、生物辞典、絵本……本多いな。
「いい?知識は魔女の命なの。こればかりは置いていくわけにはいかないわ」
「そっか……でもそれ以外は本当に最低限だね。もっとこう、日用品とか持っていきたいものは?」
「そうね……そういえば、野宿する時の料理用具って持っているかしら。あったら借りてもいい?」
「ああ、もちろんいいよ」
「ありがとう。ならこれだけで十分だわ。たくさん持っていけば安心だけど、その分自分を縛るもの」
確かに。冒険者の心得でもあるし。
あとこれ、あなたにあげる。何かと思ったら、予備の飛行マントだった。
「いきましょ」
すたすた廊下へ。玄関に出る前に、僕はちらっと横を見る。
昨日から気になっていた、封印されているようなドア。
「ネフ、この部屋ってなんなんだい?」
「ん?調合室よ。薬作ったり、魔法の実験したり……あ!」
何かを思い出したようで、札も剥がさずにばん!と入っていった。ぶわっと嗅いだことのない匂い。うえっ。
鼻を押さえながら覗くと、ガラスの瓶やら真鍮の道具やら、きらきらしたものが目につく。一番奥でごそごそしてたネフは、角張った金属の塊を手に戻ってきた。
「一番大事なものを忘れてたわ……ありがとう」
「それはなんだい?」
「ええと。分かりやすくいえば、この家の鍵よ。ちょっと違うけど」
見ていればわかるわ、とネフは玄関のドアを開けた。
こうこうと眩しい陽の光。夜にはなかった、ビビッドな色彩が飛び込んでくる。
不気味さは全く感じない、そよ風に揺られる木々が出迎えてくれた。
ふわりと空から振り返れば、赤い屋根と白い壁がなんともかわいい。まるでおとぎ話の世界みたいな、素敵な家だった。
「いいところだね」
「ええ。早く帰ってきたいものだわ」
箒を戻して、ネフはしみじみと呟く。その目前で、ぼごっ、と屋根が落ちた。
「……え」
呆然と眺める中、素敵な赤い屋根が崩れ、二階が潰れた。もうもうと土けむりが上がって、そのあとに素敵な瓦礫の山ができていく。
「さっき言ったのはこういうこと。これを持ち出せば、戻すまで家は無くなるわ」
さっきの鍵とやらを転がしながら、ネフは家が粉々になり、更地になるまでを見届けた。
「ちなみに戻せば、全て元通りよ」
盗難も心配いらないし、便利でしょ。そんな魔女の感覚に、早くも置いてかれそうになった。
「——思うけど、魔法ってやっぱり理解できないや」
さっきまで後席に座っていたネフは、今は箒で側を飛んでいる。
「僕はこいつみたいな、機械の方が落ち着くよ」
計器盤をこんこん叩くと、うんうんと頷かれる。
「レノンみたいな、魔法と全く関係ない人に理解されちゃったら魔女の立つ瀬が無くなっちゃうわよ」
わたしは逆に、機械は落ち着かないわ。そう言って、魔女は箒を撫でる。
そこは意見が合わないよね、っていうと、ネフは微笑んだ。
ほら、感覚が全部一緒だと、一人でいるのと変わらないじゃない。
「そう考えると、わたしたち、いいコンビよね」
「うん。そう思う」
暖かい空を僕らは飛んだ。
夕日の先に、街の光がぽつぽつ見えた。
(馴れ初めのお話おわり。次章へつづく)
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