その9 盗まれたもの
「わたしの旅に付き合ってほしいのよ」
ゆらりゆらめく白い湯気、薫る香ばしい匂いをバックに、ネフはそう切り出した。
「わたしはあまり人と関わらないし、ましてや旅なんてしたことがないわ。この家を離れて遠くに行く以上、旅に慣れている人と行動しないと絶対にうまくいかないの」
加えて、移動は箒だからできれば空を飛べる人が望ましい。この辺境の森は村人の行動範囲から外れており、通りかかるのは商人や旅人だけ。そんな中、空を飛ぶ機影を見かけて、ネフは追いかけてきたということだった。
しかも奇跡的に、条件にぴったりの僕が乗っていたというわけだ。
だけど、旅は基本一人でするもの。うまくいかないと断言するほどでも、なんて言ったら、ネフはぶんぶん首を振った。
「魔女はね、たいてい行動する前に占いをするの。占い師と違って、魔女の占いは確実に当たるわ。まあ、はいかいいえしかわからないから、占い師みたいに詳しく物事を予言することはできないのだけれど」
正直、当たる確率は五分だけどいろんなことがわかる占い師の方が便利だと思うわ。
そう言って手のひらをぱっと開く。
僕にとってはどちらも羨ましいものだ。
「それで、一人旅は良くないって結果が出たってことか」
「ええ、そういうこと」
「ちなみに、どうやって占うんだい?」
「そこにあるやつよ」
ネフは僕の後ろ、床を指差した。さっき見た、暖かい光の源だ。
「……ルームランプで?」
「それ、水晶玉よ。光がいい感じに広がるの」
よくよく見たら、ランプは土台部分で、上に水晶玉が載せてあった。
いいのかこれ?水晶玉って神聖なイメージがあるんだけど。
「ものは便利に使うべきなのよ」
そう言って、くぴりとカップを傾ける。つられて僕も。
中身は半分くらいに減っていたけど、おかげでちょうどいい熱さだ。
そして、とってもおいしかった。
いい感じの間が空いたので、僕は一番気になっていたことを聞く。
「そういえば、君の旅の目的は何なんだい」
そうね、それを言っていなかったわ。ネフはがたたとイスを引いた。
そして、さっきのライトの前へ。ネフの身体が照らされて、逆光の中、ハシバミ色の瞳が僕を見据える。
後ろ姿に感じた、一抹の違和感が再び。
そして、その正体が、今度は分かりやすく目の前にあった。
ネフの周りもその下も、床は一様に明るかった。
まるで、その上に何も無いかのように。
「君……」
「ええ。わたし、影を魔女に盗まれたのよ」
だから取り返すために旅に出るの。ネフは真剣な眼差しでそう言った。
魔女の影は、常闇のマナの唯一の材料になるの。そして、常闇のマナを使う魔法は一つしか存在しないわ。
おいしかったのと、眠気覚ましにコーヒーのおかわりをもらって、僕はネフの話に耳を傾ける。
「大量の人の意識を悪夢の中へ閉じ込めて、その人たちをマナ製造機にする魔法よ。もちろん、彼らは死ぬまで悪夢の中よ」
それが、禁則魔法ノクターンの効果だという。十分な常闇のマナがあれば国を滅ぼすことも可能な、魔女の間では絶対に使ってはならないという共通認識の魔法。
言うなれば大量殺人魔法だ。
「でも、材料の常闇のマナは、一人分の影からはほんの僅かしか取れないのよ。だからノクターンを発動させるには、最低でも二十人ほどの魔女を襲う必要があるわ」
発動までに手間がかかることがノクターンの弱点であり、阻止するためには常闇のマナを集めさせないことが効果的なのだと。だからできるだけ早く犯人を追い、マナを取り返さなければならない。だから、あなたの助けが欲しい。
ネフはそう言って、ぱちん、と両手を合わせた。
「……無理やりこんな話を聞かせてごめんなさい。でも、あなたと会えたのは奇跡そのものだし、あなた以外に誰もいないの」
目をぎゅっと瞑って、両手を固く握って、ネフは頭を下げる。
リビングには断りずらい空気が流れていた。
十七年の経験から、空気に流されて大切なことを決めると大抵ろくなことにならないのを僕は知っている。
結局、一番大切なのは自分の心なのだ。それはいつでも同じ。僕は自分の心に正直でいたい。
だから、こう答える。
「いいよ。一緒に行こう」
ばっ、とネフの顔が上がった。
僕は自分の胸に手を当てる。
心は大きく、速いビートを奏でていた。
(その10へつづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます