その8 魔女のお家

 それからしばらくして、さっきのところまで戻ってきた。

 ざわざわする木々がぱっと開けて、月に照らされた白い壁がしん、と佇む。


「降りるわよ、しっかり掴まって」


「ああ、わかってる」


 急降下に備えて、ぐっと掴まる。脳裏に浮かぶのは、追いかけられた時の超機動。

 上下左右、変幻自在。見ているだけで肺が飛び出そうだった。

 箒が少し上を向き、いよいよか、と歯を食いしばる。


 ——そしてそのまま、枯れ葉のように静かにゆっくり、ネフは箒を着地させた。


「……どうかしたの?」


「なんでもないよ」


 ふーっ、と一息吐いて、僕は背筋をピンと伸ばした。





 こんこんこんと、平べったい石の上を歩いていく。

 等間隔に並んだその終着点に、ランプに照らされたスギのドアがあった。


「箒を置いてくるわ、先に入ってて。玄関入ってまっすぐ歩いて、二番目のドアがリビングだから」


 ごたん、とドアノブを引っ張って、ネフはほらほら、と僕を押し込む。


「——お邪魔します」


 後ろでドアがバタンと閉まる。

 こんな森の中でも電気はあるみたいで、白熱球の優しい光が廊下を照らしていた。

 歩くたびにぎっぎっ、と床が軋む。とはいえボロボロなわけではなく、きちんと掃除されている印象の屋内だ。

 左に二階に向かう階段が見えた。反対側には一つめのドア。窓はない……というか塞がれていた。なぜだ? しかも不思議な文字が羅列された札まで貼ってある。なんか危なそうな雰囲気だ。

 足早に通り過ぎて、二つめのドア——こっちは何の変哲もない普通のドア——の前に立つ。というか廊下の突き当たりがドアだった。

 ノブに手をかけて、少し躊躇して玄関を振り返る。

 ネフはまだ戻っていない。


「こんばんはー……」


 誰ともなしに呟きながら、そーっと顔を覗かせる。

 木のテーブルにお揃いのイス。シックな赤のカーペットに、素朴な祭壇。丸いルームランプが暖かく照らす、こぢんまりした素敵なリビングだ。

 そしてやっぱり、誰もいない——いや、ネフが帽子を帽子掛けに引っ掛けていた。

 ……うん?


「何をしているの?」


 ——僕は目をしばたいて、玄関を振り返る。


「どうやって先に……」


「裏口の方が近いの。コーヒーとハーブティー、どっちがいいかしら?」


「そうなんだ……。あ、じゃあコーヒーがいいな」


「わかった。座ってて」


 がちゃっとドアを閉めた。

 実を言うと、めちゃくちゃ眠い。正直コーヒーはありがたかった。

 カウンター式のキッチンで、ポットが火に掛けられる。最近はインスタントなるものが人気になってきたけど、ネフは豆から挽く派らしい。キャビネットの上のコーヒーミルを下ろしてきて、からから豆を入れて、ごりごりハンドルを回す。

 あれ、結構疲れるんだよな。


「手伝うよ」


「いいえ。あなたはお客さまなのよ、レノン」


 そっか、と腰を下ろす。誰かにコーヒーを淹れてもらうのは久しぶり。

 ポットがひゅー、と口笛を吹いた。





(その9へつづく)

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