その7 二人乗り

「ありがとう。本当にありがとう!」


「大したことはしてないわ」


 君がいなかったらとても助からなかった、と感極まって腕を振る。

 そっぽを向いて謙遜するネフ。隠しきれてない、ちょっと得意げな横顔が眩しい。

 ほら行きましょ、とすたすた歩いて箒にまたがる。


「……ん?」


 その後ろ姿に、何か違和感を感じた。

 明るく光る草原に魔女が立つ光景は、まるで絵画のよう。

 月光が全てを塗り固めていて、ひどく平面的だった。

 何かが足りない、なぜかそんな感覚が浮かぶ。


「どうかしたの?」その声ではっと我に帰った。


「ううん、なんでも。ちょっと待ってて、固定するから」


 身を乗り出して、操縦桿の横のトリガを引く。ばしゅっ、と射出されたワイヤーアンカーが地面を抉る。伸びたワイヤーをびんびん弾き、しっかり固定されてることを確認して、ジュラルミンの機体を撫でた。また後でね。


「飛行マントはあなたに貸すわ。それで少しは乗りやすくなるけど、落ちやすいのは変わらないからわたしにちゃんと掴まって。絶対に離さないで」


 箒にまたがると、マントがネフから剥がれて僕を覆った。

 でこぼこした木の質感を感じながら、箒の柄を握りしめる。


「柄じゃない、わたしに掴まってって言ったでしょ」


 そうなんだけどさ。ほら、女の子だしさ。

 とりあえず肩を掴むと、あのねぇ、と呆れた顔が振り向いた。


「そんなとこ掴んでても意味ないわよ。落ちたいの?」


「いや、そういうわけではないんだけど……どこならいい?」


「どこって……普通に腰に手をまわせば?」


 やっぱりそうだよな。

 恥ずかしさを感じつつ、そっと腕を伸ばして両手を組む。

 マントのせいで、少し腕が動かしづらい。


「もっとちゃんと!」


 がしりと腕を掴まれて、ぐいと引き寄せられる。

 観念して、僕はぐっと掴まった。壊れてしまいそうな、そんな細さ。

 少しどきっとして、ちょっとだけ力を抜く。


「いい?」


「うん。大丈夫」


「じゃあ行きましょう。——よい、しょっと!」


 ぽん、とネフが地面を蹴って、次の瞬間、僕たちは空を飛んでいた。





「すごいな……箒で飛ぶってこんな感じなのか」


「ふふ、いいでしょ。あんなに大きな機械よりずっといいわよ?」


 初めての体験だった。よくよく考えれば、僕は今、木の棒一本で空にいるのだ。

 風つかみとの一番の違いは、操縦席が無いこと。だから空が近いなんてものじゃない、空の中にいることがひしひしと伝わってくる。

 手を伸ばさずとも、風がすぐ側を流れてゆく。そして、その音以外は何もなかった。

 風つかみが船だとしたら、これはボートといったところか。


「箒って、練習したら僕でも飛べるようになるかい?」


「できないわ。箒は魔女の乗り物だもの、魔女以外の言うことは聞かないの」


 ふふん、って声が確かに聞こえた。

 ネフは少し姿勢を変えて、それから箒をぽんぽん叩く。


「あの機械は、私でも乗れるの?」


「あぁ。それに、練習すれば誰でも飛ばせるさ。体重重い人はちょっと厳しいかもだけど、君なら問題ないだろう」


「当たり前よ。魔女は己を律する生き物だもの」


 ちょっとお尻を浮かしてから、右寄りに座り直すネフ。

 そういえば、と僕は気になっていたことを思い出す。


「この飛行マント、どういう意味があるの?」


「風避けと防御と、あと飛びやすくする魔法がかかってるわ」


 飛びやすくする魔法?


「あなた、今お尻痛くないでしょ」


「うん」


「それがマントの効果。箒ごと人を浮かせるの」


 ネフは片足を箒に乗せて、その上に腰を下ろした。

 それを見て、やっと僕は気づいた。


「マント無しだと、……その、から」


「……ごめん、返すよ。悪かった」


「いいの、もうすぐ着くわ」





(その8へつづく)

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