その6 止まれない……!
スロットルを絞って速度を落とす。
草地の少し上を目指して、高度を調整。風つかみはゆっくり、滑らかに飛ぶ。
「降りられそう?」
ネフが操縦席を覗き込んできた。
「うん、多分いけるよ。そうだ、翼出すからちょっと離れてて」
「出す、って?」
「うん。風つかみ——この飛行機はちょっと特殊なんだ。普通の飛行機よりすぐに降りたり飛んだりしたいから、翼が可変式になってるんだよ」
「へぇー……! 見ててもいいかしら?」
「あぁ、もちろん」
ネフがくるりと横に逸れた。
それを確認してから、計器盤を見る。速度は問題なし、可動機構の状態も大丈夫。
異常なしの緑ランプに一つ頷き、僕はレバーを引く。
「へえ!」
風つかみの翼、その裏側が下へスライドする。翼が二段に増えたおかげで、機体がふわりと浮き上がる。ネフが目をキラキラさせて眺めているのを横目に、僕は操縦桿を押し込んで浮かないように踏ん張った。
何もしないと上空にすっ飛んでいっちゃうからね。
フラップも出してふわふわ滑空する。眼下を岩肌が流れてゆく。
スイッチをパチンと弾いてスキッドを出した。連動して、機首のヘッドライトが地面を照らす。高度計の針がゆっくり回る。
すぐ下から、かさりかさりと草の音。
最後にもう一度、速度計を確認して——。
「着陸する」
操縦桿を押し込み、ぐいっと引く。
スキッドが接地。刹那、どががと機体が激しく跳ねた。ベルトがピンと張り詰めて、身体がぐぐっと引っ張られる。
ふんっ、と腹に力を入れて、ばたばた暴れる風つかみを抑え込む。
地面の凹凸が操縦桿を震わせて、それを両手で力一杯握り締める。
「ふぐぐぐぐっ!」
葉っぱを巻き上げ小石を蹴飛ばし、風つかみは草地を滑る。後部スキッドも接地して、速度が落ち始めた。そのかわり、揺れはもっと激しくなったけど。
ヘッドライトが何かを反射したのはその時だった。
「岩だわ、避けて!」
慌ててラダーペダルを踏み込んだ。機体がゆっくりと曲がり始める。
ライトが岩を見失ったのも束の間、前方がびかびか明るくなった。
「岩だらけ——っ!?」
再び上昇するには速度が足らなすぎる。このまま突っ込まないためには、もはや止まる以外方法はない。
運が悪いことに、速度はゼロからまだ遠かった。
「くそ、止まれぇっ!!!」
操縦桿を引く。雀の涙ほど、針が回る。
全然足りない。まずい、と横を見ると、黒い残像がふっと消えていった。
ライトが新たな像を照らす。
「だめだ、危ない!」
箒に乗った影に向かって、風つかみは突っ込んでいく。
風防の向こう、近づいてくるネフは両手で杖を構え、叫んだ。
「
——風の音が、いきなり生まれた。
「うわっ!」
ぎゃぎゃぎゃ、と風つかみが悲鳴を上げた。
分厚い風の層が、無理やり機体を押さえつける。
背もたれに身体が押しつけられる。
眼を押し開き、逃げようと暴れる操縦桿を抱え込む。
「やああああぁぁぁっ!!!」
ネフのおかげで、ネフの目前で、ようやく風つかみは大人しくなった。
(その7へつづく)
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