湖の上の街

その1 おっちょこちょいのネフ

 ネフの家から一番近いのは、スリィネという街だ。

 基本的に、人は街から街へと旅をする。ネフの影を盗んだ犯人もその例に漏れず、念の為にした占いも真っ直ぐスリィネの方角を指していた。

 そんなわけで、半日ほど二人で飛んで、今は湖の上にいるわけだけど——。


「美味しいわね、ここのコーヒー」


 優雅な仕草でカップを置く魔女。

 とある街角のカフェに入って、僕たちは一息ついていた。休日だけあって、お客さんはけっこう多め。隅っこのテーブルからはお店の様子がよく見えて、誰もがゆったりとした時間を楽しんでいた。


「このキッシュも美味しいわ」


 かかかっ、とフォークが音を立てる。ネフは口をキュッと結んで、なぜかさっきから余裕そうな表情をキープし続けている。そしてもう一度コーヒーを飲んで、


「美味しいわね」


「……ネフ?」


 三度めの美味しいわね、で僕はさすがに声をあげた。さっきからネフがぎこちない。表情は変わらず取って付けたような笑顔だし、同じことを何度も言うし。

 じーっと見つめると、すすすーっと顔を逸らされた。ほら。


「どうしたのさ。さっきから変だよ?」


 ネフの頬を光るなにかがすーっとつたう。涙じゃない方のやつ。

 やがてかちゃりとカップを戻し、観念したのかこっちを向いた。


「言っても笑わない?」


「内容によるね」


「笑ったら嫌」


「わかったわかった。どうしたの」


 ネフは右を向き、左を向き、もう一度右を向いた。それからちょいちょいと手招きして、僕の耳元でこしょっと言った。


「……あのね、お金のこと何も考えていなかったの」





 冒険者をはじめとする旅人は、基本的に定住はしない。街の仕事は定住者向けに出されているものが多く、旅人は雇ってもらえないことがほとんどだ。

 実際、旅にはお金がかかる。それをどうやりくりしているのかというと。


「ここがそうなの?」


「うん。間違いない」


 うへぇ、とジト目になるネフ。その前にはボロボロの立て看板。ペンキもところどころ剥がれ気味。やたらポップなフォントで「すぐできます!自由職掲示板」と書いてあった。ちなみに文字だけは塗り直されている。

 たくさんの紙がピンで止められて、風でびららとはためいていた。


「どこの街にもこういう掲示板があってね。自分にあった仕事を見つけて日銭を稼ぐんだよ」


「なんか、冒険者って大変なのね……抱いていたイメージが何段階か下がっちゃったわ」


 ばっさり言うなあ……。


「現実はなんでもそんなものだよ。それに僕たちは運がいい」


 大抵、こういう仕事の依頼は数えるほどしかなかったり、最悪一枚もない時だってある。でも今回は選び放題!

 旅が初めてのネフもいるし、それはとってもありがたかった。





(その2へつづく)

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