その4 ついてきて

 ネフがはぁ、とため息をひとつ。

 バタバタと飛行マントが追い付いてきて、勝手にネフを包み込んでボタンが締まった。

 箒ごとすっぽりおおわれた、まんまる魔女が完成。

 自動操縦のスイッチをいれて、僕は操縦桿から手を離す。じっとりしていた手のひらは、もうほとんど乾いていた。


「それはそうと、なんで君は追いかけてきたの?」


「そうよ、それをすっかり忘れてたわ! 声をかけようってときにあなたが突然叫ぶものだから、すっぽり抜けてた!」


「さっきは襲われると思ってたし、半分やけくそだったんだよ。魔女に会うのも初めてだし」


「え?」


 ネフが驚いた顔をする。


「魔女に会うの、わたしが初めてなの?」


「うん」


「あなた、どんな生活してきたの?」


 そこまで言われるか。


「ていうか、魔女って珍しいじゃないか。僕の故郷でも、そのまわりでも、魔女は一人もいなかったよ」


「ええ……?」


 おや、これはどういうことだろうか。

 魔女の存在は知られているけど、普通に生きていて会うことは滅多にないというのが常識だ。しかも、魔女の住みかは普通の人には見つけられず、魔女から招かれないかぎり認識することすらできない。そういう魔法の法則があるらしい。

 だから、ネフが言っているような、まるで魔女を見たことあることが普通かのような言い方はどうもおかしいのだけれど。


「まぁいいわ。とりあえずそれは置いておきましょう。それで、あなたを追いかけた理由なんだけど」


 帽子をくいくい直して、場所を変えましょう、と言ってきた。


「このあと、時間あるかしら? いやまあ、あったとしてもわたしを優先してもらいたいのだけど。どっちにしろついてきてもらうわ」


 じゃあなんで聞いたんだよって思った。

 そんな僕にお構いなしにネフは続ける。


「この機械、地面に降ろせる?」


「ある程度開けたところなら。まだついていくとは言ってないけど」


「じゃあ大丈夫ね、ついてきて」


 ──その一、冒険者は好奇心の塊である。そして僕は冒険者。

 その二、今は真夜中である。当然僕は眠いし、しかも恐怖が落ち着いてほっとしているので余計まぶたは重い。判断力は鈍る。

 まぁそう言うわけで、僕はため息ひとつして、あくびしながら風つかみの機首をネフへと向けた。





 飛行マントがなびくその後を、長い翼がぎゅううとたわむ。

 真面目そうな見た目とは裏腹に、黒髪の魔女は結構自分勝手な性格らしい。風を切り裂いて飛ぶネフに、風つかみは一生懸命ついていく。

 幸い、今は風が優しい。本当は眠りそうなときに操縦するのはご法度で、こんなんじゃなければ眠気覚ましの丸薬を五分おきに噛み砕くとこだけど、今は全く操作せずともうまく飛ぶことができていた。

 念のため、丸薬は舐めているけど。

 翼を優しく浮かすように、まるで見えないレールのように、風は機体を進ませる。

 ネフに向かって一直線、ネフが曲がれば風も曲がって──あれ?


「ネフ、もしかして魔法使ってる?」


「あら、今さら気づいたの?」


 暗いなか目を凝らすと、ネフの手には杖が握られていた。


「わたしは光属性の魔女なの。風を操るには、さすがに杖がいるわ」


 僕の目線に気づいたと見えて、ネフは杖をひらひら振った。


「でも、どうしてだい?不得意な分野の魔法をわざわざ……」


「決まってるじゃない。わたしのわがままに付き合わせてるからよ」


 ──思っていたより、きっちりしたところもあるらしい。





(その5へつづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る