第20話 絶体絶命(亜美も)
「アナタ…… 宇宙警察ですよね?」
女性は小声で悠に尋問を開始する。その声は冷徹で表情は氷のように冷たい。
「何のことですか? 宇宙警察? テレビの見すぎじゃないですか?」
悠は惚けてみせる。だが、実際はかなりヤバかった。今すぐ、ここから逃げたいくらいだ。
しかし、恋する女の子は強い。こんなピンチでも素知らぬ態度を崩さない。認めれば自分はおろか智也の身にも危険が及ぶからだ。
「誤魔化しても無駄ですよ? この間アナタが一緒にいたあの女が宇宙警察の一員であることは、既に調べがついているのですから」
「だから、なんの話をしているんですか? 姉が宇宙警察? あのだらしない姉に警察官が勤まるわけがないじゃないですか?」
悠の返答を聞いた女性は、圧力を一段階上げてもう一度悠を尋問する。
「もう一度質問を変えて聞きます。どうして、彼を… 私達の事を嗅ぎ回っているのですか?」
女性からの圧力は氷の刃を全身に突き付けられているような感覚であり、悠の体は硬直して全く動かすことができない。
(怖い! 凄く怖くて、泣きたいけど泣けないよぉ……)
悠は恐怖で涙目になりながらも、絶対に弱みを見せないように我慢する。
(こいつらが、何者なのか解からない… だけど、ボクが認めたら智也まで殺されるかも知れない…!)
そして、涙を堪えて覚悟を決めると女性の方に振り向いて、はっきりとした口調で言う。
「いい加減にしてくださいよ? そうしないと、警察を呼びますよ?」
悠はありたっけの勇気を振り絞って、女性を睨みつけながら携帯電話を取り出して、通報しようとするフリをする。
その頃、智也と青年は―
「どうした少年? どうして答えない?」
アンタの圧が怖いからだよ!! 俺はそう思いながら何とか言葉を口から捻り出す。
「きっ 気のせいじゃ… ない… ですか… ね…?」
しかし、悠とは対象的に、しどろもどろな返事をしてしまう。
エロ本も買えない、凛とした返答もできない、本当に自分が情けない……
当然、青年はそんな俺を訝しがりながら,何か情報を得るために俺の体を観察し始める。
そして、俺が右手に持つある物に目を留めて大きく目を見開く。何故なら、それは…
「少年! 君のその手に持つ漫画は… “心がぴょんぴょん”する作品じゃないか!」
そう、エロ本を挟むために手に持っていた“心がぴょんぴょん”する作品の最新刊であった。
「この作品が好きな奴に悪いやつはいない。どうやら、俺の勘違いだったようだ。すまなかった」
「いいえ…… 」
俺は“心がぴょんぴょん”する作品のおかげで、九死に一生を得ることが出来た。
「では、同士よ。またどこかで会おう! さらばだ!!」
「あ…… はい」
そう言うと、青年は颯爽と去っていった。
(なんかよく解らんが…… 助かった……)
俺は安堵のため息をつく。俺は自分自身の事で精一杯で、悠が危機的状況に陥っている事を知らなかった。
その頃、その悠と女性は―
「なるほど…… なかなか強情ですね。先程までチラチラ様子を窺っていた彼のためですか?」
「!!?」
女性は智也に視線を向けて、悠に囁く。
すると、悠は心臓を鷲掴みされたように感じて、思わず表情を崩して動揺してしまう。
「ようやく解りやすい反応を見せてくれましたね。では、彼に危害が及ばないうちに白状してくれませんか? でないと……」
その先は言わなくてもわかるでしょう? とでも言いたげな雰囲気で、女性は悠にプレッシャーを与える。明確に何をするか言わないところが、余計に不気味だ。
だが、女性は一つ計算違いをしていた。悠はその圧力に屈することなく、逆に対面する女性の目を睨みつける。その瞳には強い意志が宿っていた。
「彼に何かしたら、ボクが許さない!」
女性は悠の予想外の行動を見て驚くと同時に自分の過ちに気付く。
(私としたことが迂闊でしたね…。この子にとって、彼は命に変えても守りたい存在なんですね。私があの方をそう思っている様に…)
女性は悠の反応を見て、冷静さを取り戻す。そして、目の前の少女に対する認識を改める。
(この子は、私が想像していたよりも遥かに強い心を持っている。言葉による脅しだけではダメみたいですね)
「仕方ありません。不本意ですが、力ずくで― 」
女性がそこまで言うと、智也との対峙を終えた青年が近づいてきて声をかける。
「帰るぞ、オーグジリアリー(auxiliary)」
「ですが……!」
「命令だ」
青年の言葉を聞いた女性は少し不満そうな顔をしたが、すぐに諦めたような顔になって悠に向かって言う。
「わかりました。今日のところはこれくらいにしておきましょうか。精々彼を大事にすることですね」
「言われなくても、そうするよ!」
悠は女性に対して、きっぱりと答える。その口調からは迷いは一切見られない。
青年はコートを翻すと女性を伴って、そのまま入り口に向かう。
そして―
レジを待つ列に律儀に並ぶ。
「並んでるな」
「並んでるね」
俺と悠はその光景を見つめた。その視線に女性が気付いたのかバツの悪そうな表情をしている。それそうだ、あのままカッコよく店を出ると思っていたのに、店内で待たされているんだから。
そして、青年は自分の番になると精算を始める。
「いらっしゃいませー。全部で漫画が8点で…… 8800円になります~ ポイントカードはございますか~?」
「はい」
青年は財布から、ポイントカードを取り出して店員さんに手渡す。
「ポイントカード持ってるな」
「ポイントカード持ってるね」
「ポイントが5000ポイントありますが、お使いになりますか?」
「あっ いいです」
「ポイントが5000も貯まっていて、しかもまだ貯める気だな」
「貯める気だね」
俺と悠は青年の買い物の様子を眺め続ける。
「かしこまりました。こちらレシートのお返しと商品の袋となります。ありがとうございました」
「どうも」
青年は会計を終えて今度こそ店から出ていき、その後ろ姿を俺達は見送った。
残された俺達はどっと疲れて、店を後にして家に帰ることにする。
帰り道の途中、悠はずっと黙ったままであった。
「悠? 大丈夫か?」
「うん…… 大丈夫だよ」
悠の声は明らかに元気がない。それもそうだろう。あんな危ない目にあったのだから。
すると、悠はフラフラと俺に近づいてくると、体を密着させてくる。
そして、いつものあざと可愛い上目遣いで俺のことを見つめながら、このような事を言ってきた。
「智也~。やっぱり、ボク大丈夫じゃないかも… ううん、もう疲れて歩けないよ~。あそこで休憩… していかない?」
悠は近くにあるラブホテルを指差す。その表情はまるで小悪魔のように艶めかしい。
「ばっ バカ野郎! お前は何を言っているんだよ!? ほら、行くぞ!!」
「嫌だぁ! お願い…… 智也。ここで休んでいこうよぉ……」
俺は悠の手を引っ張って、その場から離れようとすると、悠は俺の腕を掴み足に力を入れて抵抗してくる。
「ねぇ~ お願い智也。このままじゃ、ボク本当に倒れちゃうよ~」
「なんで、倒れそうなやつが、男に対抗できる力で必死に踏ん張れるんだよ!!」
俺のツッコミが決まった所で、現在の亜美さんは―
彼女もまた絶体絶命の危機に陥っていた…
「まったく貴女という人は… そもそも、普段から気が緩んでいるから、このような―
(以下略 」
「ホントすみません! ホントすみません!」
結局、書類提出が遅れ説教してくる月夜に、平謝りしていたのであった……
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