第19話 絶体絶命
「この黒い男の事は、取り敢えず月夜様に連絡を入れておくわ。何者か解らない以上、今度出会った時は、私に連絡してから対処しなさい。いいわね?」
「わかりました」
俺は亜美さんの忠告に素直に返事をする。確かに得体の知れない相手だ。
だが、百合漫画を購入するような人物が、危険とは思えない俺がいる。
そんな事を思いながら、俺は亜美さんとの会話を続けた。
「あとはサイコキネシス以外の能力についてだけど…… 今は訓練の必要はないわ。それよりも、今は一番使用機会の多く使用が簡単なサイコキネシスを訓練しましょう」
そう言って、亜美さんは俺の肩をポンッと叩いた。
最初は基本的な動作から始まり、徐々に応用技を教えてもらう事になる。
サイコキネシスは、攻撃にも防御にも使える能力であり、戦闘時にはかなり役に立つだろう。
しかし、まだ上手く使いこなせないため、俺には実戦での実用はまだ早いようだ。
それから、数日が経過したある日……
(今日こそやってやる…! 俺はやってやるんだ!)
俺は強い意志と決意、自分の中のありったけの勇気をかき集め、目の前にあるドアを開ける。
ウィーンという音と共に、扉は開き俺は中へと入っていく。
そこは、俺にとって特別な場所― いや、決戦の場所と言ってもいい。
「いらっしゃいませ~」
明るい声を出しながら、俺を出迎えてくれる店員さん。今回の決戦の最後にして、最大の敵となる人物だ。
あっ はい。紳士本を買いに来ました。
ネット通販で購入すればそれで済むことだ。今までだってそうしてきた。だが、それではいけない! これは俺が乗り越えなければならない壁である!
ここでネット通販に逃げれば、俺はこの先も逃げ続ける人生を送ることになるだろう。
俺はこの試練を乗り越えた時、精神的に大きな成長をするだろう。
と、亜美さんが言っていました。
1時間前―
2週間訓練を続けているが、なかなかサイコキネシスの威力があがらない。
空き缶を吹き飛ばす程度なら簡単にできるのだが、それ以上のモノを動かそうとしてもうまくいかない。
「うーん…… 難しいなぁ」
「まあまあ、気楽にいこうよ」
俺が落ち込んでいると、悠が優しく励ましてくれた。
そして、亜美さんが件の助言を始める。
「超能力は使用者の精神力に大きく比例されるわ」
「精神力ですか?」
「そうよ。超能力は精神力が強ければ、より強力な超能力が発動するの」
「なるほど……」
「エロ本も買えないような精神が中学生の智也君じゃ、こんなもんかもね~」
そう言って亜美さんは意地悪な笑みを浮かべるが、すぐに何か閃いた表情になるとこのような提案をしてくる。
「そうだ! 智也君、エロ本を買ってきなさいよ!」
「えっ!? なんでそうなるんですか?」
突然の提案に俺は戸惑ってしまう。
「人というのは、大きな試練や壁を乗り越えた時に、精神的に成長するのよ。君にとっては、その試練がエロ本の… くくっ… 購入なのよ!」
「おい、今途中で笑いかけただろう?」
「コホンッ とにかく、買ってきなさい! エロ本を買って、試練にも勝って強くなって帰ってくるのよ! 期待しているわよ」
そう言い残して、亜美さんは仕事に戻っていった。
「はぁ……」
俺がため息を付くと、悠が笑顔で話しかけてくる。
「ねえ、智也。購入は“幼馴染モノ”にしてね? 他のモノを買ってきたら…… ボク燃やしちゃうかも」
悠は冗談っぽく言うが、目がマジなので怖い。コイツなら本当にやりかねない。というか前科がある。
「ボクも一緒に行くよ。心配だからね」
「何が心配なんだ? 俺が“幼馴染モノ”以外を買うのがか?」
「それもあるけど、例の黒い男の人と出くわすかも知れないからだよ」
「ああ、そっちの心配ね。分かった。でも、今日は一人で行かせてくれないか? 女連れでエロ本購入は流石にな」
「うーん…… 仕方ないなぁ」
すると、悠は少し困った顔をしながら了承してくれた。
だが、悠は頭にキャスケット(帽子)、眼鏡で自分では変装しているつもりで、俺の後を付いて来て、店内に入ると本を選んでいるフリをして、俺の様子を見守っている。
俺はため息をつくと、自分自身を奮い立たせ18禁コーナーに歩みを進めるが、手前で回れ右して近くにある本を物色するフリをしてしまう。
(なんて、情けないんだ! 俺はエロ本一つ買えないのか!?)
自分の弱さに絶望していると、後方からあの気配を感じ俺の毛穴は再び一気に開く。
俺は恐る恐る視線だけ向けると、そこにはあの黒い青年が背後を通り抜けていくところであった。
超能力の訓練を始めたからこそ解る。彼は只者ではない。
目だけを動かして、青年の観察を続けると手に持つその買い物籠の中に、百合漫画が前回よりも大量に入っているのが見え、中には俺も密かに好きな“心がぴょんぴょん”する作品も入っているではないか!
(“心がぴょんぴょん”する作品を好きなやつに、悪いやつはいない!!)
俺がそのような事を考えていると、向こうから声を掛けてきた。
「君は…… また会ったな、少年。これは、偶然かな? それとも…… 」
その口調は場所が場所なので、穏やかではあるが目は明らかに鋭い光を放っている。
俺はごくりと唾を飲み込むと、覚悟を決めて口を開く。
「おっ 俺はその…… 」
だが、上手く話せない。俺の本能がこの相手は危険だと知らせているのだ。
「どうした? 何故答えないんだ?」
黒い男性は俺に圧を掛けてくる。その圧を受けた俺はまさに”蛇に睨まれた蛙”となってしまい、全身に嫌な汗をかくことしか出来なかった。
そんな俺を見た悠が、助けに動こうとした瞬間―
「動かないでください」
「!!?」
悠の背後に、青年と裏通りで会っていた女性が、悠の背後に立って彼女を制止する。
その口調は青年と同じ理由で、小さく穏やかではあるが同じ様に悠に圧を加えており、彼女も一歩も動くどころか喋ることもできなくなってしまう。
(何、このプレッシャーは!? 訓練を受けたボクが動けない!?)
それは、彼女が初めて経験する種類の感情だった。
(まずい! このままだと智也が危ない! なんとかしないと……)
悠は自分が動けなくなっていることを自覚すると焦り始める。
だが、動きたくても体が防衛本能なのか、恐怖からかは解らないが動かない。
解ることは女性の意に反して動けば、殺されるということであった。
「そう… それでいいです。動かなければ何もしません。今のところは…… 」
女性は淡々と冷静な口調で、悠に語りかける。
(亜美さん!! 助けて!!)
悠は心の中で助けを求める。
その頼みの綱の亜美は―
「やばい! やばい! やばい!」
彼女はこの状況下で焦る気持ちを必死に抑え、頭を冷静にすることを自分に言い聞かせていた。何故なら、ここで焦っても良いパフォーマンスには繋がらない。
「今日中に提出する書類忘れてたーー!! さっさと、仕上げて提出しないと月夜様にまた怒られる~!」
亜美は今日中に仕上げねばならない仕事を思い出し、テンパっていたのであった。
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