第8話 酒は飲んでも呑まれるな






 今日の夕飯はハンバーグだ。


「相変わらず悠の作るハンバーグは美味しいな」


 俺は悠が作ってくれたハンバーグを食べて、その感想を伝える。


「えへへ……。そう言って貰えると嬉しいよ」


 悠は嬉しさを隠しきれない様子で、照れ笑いを浮かべる。

 だが、悠の表情は次第に不満げなものに変わっていく。

 俺は悠の作った料理を心の底から褒めているのだが、この悠の反応に俺は首を傾げる。


「どうしたんだ? そんな顔をして?」


 俺の言葉を聞いた悠は、俺の顔をジッと見つめた後、ボソリと呟く。


「『美味しい』って言ってくれたのは、嬉しいんだけど……。ほら、昔はもっと違う事を言ってくれていたな~ と思って……」


 悠の言葉を聞いて、俺は彼女が何を言いたいのかを理解する。

 だが、あの冗談を今の悠に言うつもりはない。誤解を招くことになるからだ。


 亜美さんは、ハンバーグを酒の肴に缶酎ハイをちびちびと飲みながら、俺達のやり取りを見ている。悠がストロング缶の二本目を許さなかったからだ。


 俺が自分の望む言葉を言わないので、業を煮やした悠は自分からその言葉を催促してくる。


「ねえ、智也…。昔みたいに『結婚するなら、ご飯がうまい女の子がいいな~』って、言ってくれないの?」


「ブフッ!」


 その言葉を聞いた俺は、思わずむせかえってしまう。


(おい、こっちの世界の俺! ストレート過ぎるだろう… エロ本といいこれといい、一体どれだけ悠のこと好きなんだよ!?)


 悠は「智也、言って! 言って!」というような表情で、俺のことを見ている。

 どうしたものかと思案していると、俺の様子を見かねた亜美さんが助け舟を出してくれた。


「ちょっと… 目の前でイチャつくの止めて欲しんだけど…。何? 彼氏いない歴=年齡の私へのあてつけなの?」


 ―と思ったが、違っていた。単なる酔っぱらいの僻みのようだ。

 亜美さんの頬はほんのりと赤く染まっているので、既にかなり飲んでいるのかもしれない。


「お姉ちゃん、飲み過ぎだよ!」


 酔って絡んでくる姉に、妹が困ったように注意するが、亜美さんは聞く耳を持たない。


「しょうがないじゃない…。辛いことがあったら、パコってスッキリのアンタ達と違って、独り身の私はお酒で誤魔化すしかないのよ……」


 かなり悪酔いしているようだ。美人なのに勿体無い。


「もう、お姉ちゃん! 変なこと言わないでよ! ボクと智也はそんな関係じゃないよ!」


「そうです。恋人関係でもないです」

「智也……!」


 俺が悠に続いて、関係を否定すると悠は不満顔で俺を見る。いや、睨みつけてくる…

 そのため俺は、慌てて亜美さんに話を振る。


「何がそんなに辛いんですか? 俺でよければ相談にのりますよ? まあ、役に立つかはわかりませんが…… 」


 その俺の質問に、亜美さんは遠い目をしてこう答える。


「智也君……。女はね… 生きているだけで辛いのよ?」

「そうなんですか……」


 その言葉に、男の俺はそう言葉を返すことしか出来なかった。


「智也、真に受けなくていいよ。ボクも女の子だけど、お酒を飲まないといけないような辛さは感じないからね。お酒が飲みたくて、お姉ちゃんが勝手に言っているだけだから……」


 悠が呆れた様子で亜美さんにそう告げるが、亜美さんはそれでも自分の気持ちを吐露し続ける。


「悠ちゃんみたいな学生と違って、社会に出た大人の女は色々と辛いの! 悠ちゃんも、社会に出れば嫌でも解るようになるから、今から覚悟していなさいよ~!」


 亜美さんは悠に向かってニヤリと笑うと、再び缶酎ハイを口にする。

 そんな亜美さんを見て、悠は再びため息をつく。


「ところで、亜美さんのお仕事って何なんですか?」


 これだけ辛いと言う亜美さんの職業が気になったので、俺は亜美さんに尋ねる。


「私の仕事~? 一応公務員よ~。今はリモートワークだけどね~」

「へえ…… どんな仕事をされているんですか?」

「それはヒ・ミ・ツ♪」


 そう言いながら、亜美さんはウインクをする。


(公務員で秘密の仕事って何だ? それ本当に公務員なのか?!)


 俺は心の中でツッコミを入れるが、口には出さなかった。下手なことを言えば、藪蛇になりかねないからだ。


「それにしても、彼氏いない歴=年齡だなんて意外でした。亜美さんほどの美人なら、引く手数多でしょうに……」


 俺の言葉を聞いた亜美さんは、缶酎ハイを一口飲むと俺を見つめてくる。


「あら~? もしかして、お姉さんの事を口説いているのかしら~? ごめんね~。お姉さんは、年下には興味無いの~。やっぱり、精神的にも経済的にも自立した男じゃないとね~」


「いや、別にそのような意味で言ったわけでは……」


 このように反論しながら、俺は柄にもなく女性を褒めようとしたことを後悔していた。


「それにお姉さんは、君の持っていたエロ本に出てくるような、年下にちょっと褒めたらヤラせるようなお手軽な年上お姉さんじゃないの~。だから、こんな風に酔っ払っていても、お持ち帰りされないように自衛はできるのよ~。これぞ、大人の女性の知恵よね~」


 亜美さんはそう言うと、また缶酎ハイを飲む。


「智也、気にしちゃダメだよ? この人、お酒を飲むといつもこうなんだから……」


 悠が呆れ顔で、俺に注意してくる。

 そして、悠が後片付けを始めたので、俺も手伝うことにした。


「ありがとう、智也。助かるよ……」

「いいよいいよ。それより、亜美さん大丈夫かな?」


 俺はソファーに横になって、寝ている亜美さんを見ながら心配する。

 亜美さんは散々絡み下ネタを連発した後、眠ってしまった。


「余計なお世話かもしれないけど… 亜美さんにはお酒は飲ませない方がいいと思う。その方が絶対モテるし、幸せになれるよ……」


 俺がそう呟くと、悠は苦笑する。


「ボクも再三『お姉ちゃんはお酒で失敗するタイプ』の人だから、飲まないほうがいいって言っているんでけどね…。なかなか止めないんだよ……。ボク達子供にはわからない“大人の苦労”っていうのが有るんだろうね……」


 悠が少し寂しげにそう告げると、俺達は黙々と後片付けを続けた。

 そして、20分程してようやく全ての後片付けが終わり、俺は自宅に帰ることにする。


「じゃあ、俺は家に帰るよ。悠、今日はありがとう」


 俺が悠に別れの言葉を掛けると、目が覚めた亜美さんがソファーから起き上がり、まだ酔いが冷めていないのかこのような事をぶっこんできた。


「なになに? ゴムでも取りに帰るの? お姉さん家にいないほうがいい?」

(なるほど… モテない理由が何となく解ったような気がした…)


 亜美さんのセクハラ発言に対し、俺はそう思いながら無言で玄関に向かう。

 悠もそんな姉を無視して、俺を見送るために玄関についてくる。


「じゃあ、悠。また明日な。おやすみ」

「うん。智也、おやすみ」


 こうして俺は、悠の家を後にした。

 正直、精神的にかなり疲れており、


「今夜は良く眠れそうだ……」


 俺は綺麗な星空を見上げて、一人呟くと隣の自宅へと歩き出す。


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