第6話  学校で






 悠と再会したその夜、俺は父さんと母さんにそれとなく悠や亜美さんの事を聞いてみる。

 二人からは、「悠ちゃんは昔から可愛い」「亜美ちゃんは美人さん」と返ってきた。


 悠のことは過去の話が出ていたのだが、不思議なことに亜美さんについては出てこなかった。偶然なのだろうか……


 翌日、学校に向かうための準備をしていると、悠が迎いに来てくれた。悠は引っ越すまで毎日迎えに来てくれていたので、俺は思わず昔を思い出し懐かしさから感慨に耽ってしまう。


 だが、それと同時に男の悠の事を思い出して、複雑な気持ちになってしまう。

 俺の微妙な変化に気付いたのか、玄関で待っていた悠(♀)が不思議そうな表情をするが、直ぐに笑顔になって挨拶をしてくる。


「智也、おはよう~」

「おはよう、悠」


「どうしたの? そんな顔して……」


 だが、気になったのか悠が尋ねてきたので、


「いや…… なんでもないよ」


 俺は誤魔化すことにした。「悠(♂)の事を考えていました」なんて、悠(♀)には言えないからだ。


「そう…… 」


 悠は何か言いたげだったが、追求せずに納得してくれたようだ。


「それよりも… どう! ボクの制服姿! 似合っているかな~?」


 悠がその場でクルリと回転すると、スカートがふわりと舞い上がる。


「うん。よく似合っているよ」

「ありがとう♪ 智也に褒められると嬉しいな~」


 俺は素直に感想を言うと、悠は嬉しそうな表情を浮かべる。


「じゃあ、(学校に)行こうか?」

「待って。これを掛けるから…」


 悠は鞄から眼鏡ケースを取り出すと、中に入っていた黒縁のメガネを掛けると、その姿はまさに眼鏡美少女だった。


「どう? 目立たない大人しそうな文学少女に見える?」


 眼鏡のフレームをクイっと上げる仕草をして、俺を見つめてくる。その視線にドキッとして一瞬言葉を失ってしまう。


「う、うん。そうだな……。いつもより知的に見えるよ」

「知的じゃなくて、目立たないかどうか聞いているんだけど?」


「目立ちたくないのか?」


 この質問は愚問だったかもしれない。

 何故なら、悠は男の時から中性的ではあったが、イケメンで成績優秀でスポーツ万能だったので、注目を集めて難儀していたからだ。


「うん。あまり目立ちたくないんだよね……」


 悠は俺から目を逸らすと、意味ありげに呟く。その態度を見て、俺はピンときてしまう。

 おそらく前の学校で色々とあったのだろう……。だから、なるべく目立つような行動を控えているのだと思った。


 その気持は痛いほど解る。俺も目立ちたくないタイプだからだ。

 学校という所で悪目立ちしていいのは、陽キャやウェーイ系だけなのだ。


「だって…… ボクは智也と一緒にいたいから、変に騒がれたくないもん」


 悠は頬を赤くしながら、チラチラと俺を見て自分の好き好きアピールの反応を窺ってくる。


 正直言って、めっちゃ可愛い……。もし、元の世界の悠が男でなかったら、気持ちを受け入れていたであろう。


 俺が照れ隠しにわざとらしく咳払すると、悠はクスッと笑う。

 そして―


「それに変に目立っても、碌な事はないからね。学校で目立っていいのは、陽キャやウェーイ系、ギャルにパリピ系だけなんだよ。だから、私はこの眼鏡で地味に過ごすの」


 そう言って、悠は再び手で眼鏡のフレームをクイッとする。しかも、何故か今度は少しドヤ顔だ。


「そっか……。じゃあ、学校に行こうぜ」

「うん♪」


 俺たちは昔のように並んで、通学路を歩き始める。

 学校に到着すると、悠は転校の手続きがあるらしく職員室に向かっていった。


 そして、担任の先生が入ってきて朝のHRが始まる。


「えーっと、今日はみんなに紹介したい人がいます。杉村さん、入ってきてください!」

「はい」


 返事とともに悠が教室に入ってきた。


「秋田から転向してきた杉村悠です。これからよろしくおねがいします」


 悠は昨日俺に見せたあざとい笑顔も仕草もせずに、淡々と自己紹介をする。

 男の悠もその容姿を鼻にかけたり、格好つけたりせず、悪目立ちしなかったので、同性からの嫉妬や反感を買うことはなかった。


 そして、その態度は悠(♀)も変わらず、むしろ彼女は目立たないように更に控えめな感じで、黒縁のメガネの地味な女の子を演出している。


 だが、悠が自己紹介を終えると、クラスメイトたちがざわめく。どうやら、眼鏡だけではその可愛らしさは隠しきれなかったようだ。


 この高校には俺や悠と同じ中学から進学してきた生徒も多いが、悠が男だったことを口にする者はおらず、皆一様に「可愛い~」「可愛くなったね~」と言うだけだった。


 そして、彼女は休み時間になった途端に、クラスメイト達に取り囲まれてしまった。

 悠は助けを求める目で、俺を見て来たが俺はそ知らぬ顔をしてやり過ごす。


(悪いな、悠!)


 俺は巻き込まれないように、気配を消して自分の席で静かにしておく。

 それから昼休憩になり、俺はいつも通り一人で屋上に向かおうとすると、


「智也! 待って!!」


 悠が慌てて追いかけてきた。

 そして、ほぼ俺の特等席となった屋上のベンチに座ると、悠はその隣に座ってくる。


「杉村さん、離れてくれませんか? 君といると俺まで悪目立ちするんですが?」


「今さら? 同じ中学の子が多いから、ボクと智也が幼馴染で仲良しだったことを知っている人は多いよ?」


「……」


 俺がそれとなく友人や知人に聞いて調べたところによると、こちらの世界の俺と悠(♀)との関係は、俺と悠(♂)のように仲良くしていたようで、“隠れて付き合っている”と思っていた者もいた。


 その結果が出た時、俺はある戦慄に襲われた…。


 ということは…… 元の世界で俺と悠(♂)が隠れて“やらないか?”の関係だったと、誤解していた者がいたかもしれないということだからだ……


 俺はそこで考えるのをやめた――


「それよりも! 酷いよ、智也! ボクが困っているのを知っていて、無視したよね!? それが幼馴染への… 未来の恋人― いえ、未来の妻への態度なの!?」


 悠はわざとらしく頬を膨らませて、抗議してくる。

 しかし、その仕草はあまりにもあざとい。

 きっと、俺以外の男子なら一発KO間違いなしだろう。


「はいはい……。悪かったよ……」

「むぅ…… 全然誠意を感じないんだけど……。でも、未来の旦那様になる人だから許す♪」


 そう言った悠は嬉しそうに微笑んでいる。


「いや、ならんけど……」


 俺は思わずツッコミを入れてしまう。

 すると、悠はジト目になって俺を見ながら恨めしそうな声を出す。


「ボクの胸、触ったのに…… 」

「えっ……?」


「ボクの胸を触っておいて、責任を取らないの!?」

「オマエが勝手に触らせたんだろうが!」


 また、ついツッコんでしまう。

 すると、悠は少し頬を赤らめてモジモジしながら上目遣いで見てくる。


「じゃあ…… あと… どれぐらい触らせてあげたら、旦那様になってくれる…? それとも…、智也が持っていたエッチな本みたいなことをしないとダメ… かな…?」


 耳まで真っ赤にした悠の眼鏡の下から覗くその瞳は、恥ずかしさで潤んでいる。


 その姿を見た俺は思わずドキッとして固まってしまった。そして、頭はプスプスと煙をあげる。


 そんな俺の反応を見て、悠はまた可愛らしくクスッと笑う。


「ふふ……。冗談だよ♪ ボクはそんな軽い女じゃないからね」


 悠はそう言って、チラリと俺を見上げると、悪戯っぽく微笑んできた。

 俺はまた悠に弄ばれてしまう。


「くそっ… 純真な童貞の気持ちを弄びやがって……」


 悔しがる俺に、悠は小さな声で呟く。


「……でも、智也がどうしてもって言うなら、考えてあげても…… いいよ……?」


 そして、顔を真っ赤にしながら、弁当箱を開けてご飯を食べ始める。

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