第5話 お姉ちゃん(?)登場





 俺は悠に手を引かれながら、家まで戻ってきた。

「昔、ここでこんなことあったよな~」「ここでこんな事があったよね~」と、道中で見かけた思い出の場所について語り合ったが、やはり不自然な点はなかった。


「しかし、平行世界と言ってもあまり変わらないんだな。悠が女の子ぐらいでは、バタフライ効果とかいうので変化しないんだな…」


 平行世界なので、建物や風景に少しは相違があると思っていたが、そうでもないようだ。


「そっ それはそうだよ! ボクが女の子になったぐらいで、世界は変化しないよ~。漫画の見すぎだよ~」


 俺の言葉を聞いて、悠は慌てて否定してくる。

 その慌てる姿は、いつも通り可愛らしいものだった。


 だが、俺はその可愛い仕草の中に何か違和感を覚えたが、「可愛いからいいか」と、その違和感の正体に気づくことはなかった。


 そして、自宅の前まで辿り着くと知らない女性が、俺の家の門扉を開けて出てきた。


 その女性は眼鏡を掛けており、その下の顔は整っていてそのスラリとした体型と併せて、モデルのようであった。髪は悠と同じサラサラの亜麻色の髪で、肩甲骨の辺りまで伸ばしており少しウェーブが掛かっている。


 服装は所謂大人カジュアルと呼ばれるもので、大人の女性という印象を受けた。

 俺がその綺麗なお姉さんに思わず目を奪われてしまうと、悠は不満そうな表情を浮かべる。


 女性は俺の存在に気付くと「げっ!?」という表情になる。

 その表情は、青井さんの”気不味さ”と”少しの嫌悪感”が混じったモノとは違い、”驚き”と”まずい”という感情が含まれているように感じられた。



 インターホンは門扉の外に設置されており、中に入る必要ない。

 そのため女性の表情はともかく、見知らぬ女性が門扉の中から出てきたことは問題である。


(一体誰なんだ? まさか、泥棒か?)


 俺は警戒しながら、女性に何をしていたのか確認することにした。まあ、やましいことをしていたなら、正直には答えないだろうが……


「あのー、どなたですか? 家に何か用ですか?」


 俺は緊張で少し声を震わせながら、女性に尋ねる。

 だが、気持ちは臨戦態勢であり、もし不審者だったらすぐに動けるように身構えていた。


 すると、女性は表情を一変させ笑顔でこちらに近づいてくる。


「もう~ 智也君ったら~ 私の事を忘れちゃったの~? 私よ、私! 悠の【姉】の亜美、 <杉村亜美すぎむらあみ>よ~!」


 そう言って、悠の姉と名乗る女性は俺の目の前で立ち止まる。


(悠のお姉さん!?)


 俺は驚きで声が出なくなってしまう。男の悠は一人っ子だったからだ。

 そんな俺を尻目に亜美さんは、軽快に捲し立てるように話しを続ける。


「近所でも美人姉妹って呼ばれて有名だったでしょう? それなのに黙っているということは、本当に忘れてしまったの~? まあ、私が中学に上ってからは、あまり遊ばなくなったもんね~」


「……」


 確かに美人という点では、悠の姉と言われれば納得するが二人は正直似てはいない。


「もう、智也君! ここは『自分で美人姉妹って言うな!』って、突っ込むところでしょうが~!」


(あっ 本当に悠と姉妹かも…)


 悠と同じボケをする亜美さんを見て、俺は心の中で呟く。


「もう~ お姉ちゃんたら~ そのボケはボクがさっきやったよ~」

「え~ そうなの~ 私達ってね~」


「「あははははははは」」


 二人で楽しげに笑い合う二人。その様子は芝居がかっており、明らかに俺に見せつけるような行動に見えるが、二人の真意がわからず困惑する。


 すると、そんな俺の混乱を察したのか、悠が会話を進行させていく。


「とっ ところで、お姉ちゃん。智也ので何をしていたの?」

「あっ そうそう! これ! これを渡そうと思って~」


 悠の問いかけに、亜美は肩に掛けたトートバックの中を探り、紙袋を取り出して俺に手渡してきた。


「これお土産の秋田名物”きりたんぽ”、お鍋に入れると美味しいから食べてね~」

「ありがとうございます…。わざわざすいません…」


 俺は困惑しながら礼を言うと亜美さんは、ニッコリと微笑む。

 近くで見る亜美さんは、とても綺麗な人だと改めて認識させられる。


 そんな俺の袖を引っ張りながら、悠が「浮気者!」と言った感じで睨みつけている。

 付き合ってもいないのに……


 悠は俺の腕をグイグイと引っ張って、自分の方を向かせると補足説明を始める。


「ボク達、二人だけで先に帰ってきたの。このお土産は、またよろしくおねがいしますという挨拶の手土産だから、おばさん達に渡しておいてよ」


「えっ!? 一時的に帰ってきたんじゃなくて、これからずっといるのか!?」

「うん。そういう訳だからまたよろしくね、智也!」


 そう言って、悠はウィンクしてくる。


「智也君。またよろしくね」

「はい、お願いします」


 そう言って亜美さんが手を差し出してきたので、挨拶を返した後にその手を握ると柔らかい感触が俺の手に伝わってくる。


(悠(♀)も亜美さんも初対面で、”また”では無いんだけどいいのかな……?)


 俺は隣に立つ悠(♀)の刺すような視線を浴びながら、そのようなことを考える。


「じゃあ、そろそろ行くよ。智也、また明日ね♪ お姉ちゃん、行こう!」

「はいはーい。それでは智也君。またね~」


 悠が急かすと、亜美さんはヒラヒラと手を振って、颯爽と去っていった。

 俺は自宅に戻る二人の後ろ姿を見ながら、ポツリと呟く。


「流石は平行世界… 悠にお姉ちゃんがいるとは…… しかも、凄い美人の…」


 俺の呟きは誰にも聞かれることなく、初夏の風に吹かれて消えていった。


「あれ…? この本… ここに置いていたかな……。それに、この漫画も… あと、このゲームも…… 」


 自室に戻ってくると、自分の部屋に違和感を覚える。今日は違和感だらけだ…

 そして―


「えええええっ!!! 俺のお宝(エロ本)が、全て【幼馴染モノ】になっているぅーーーー!!!」


 ベッドの下に隠してあったお宝が、全て【幼馴染モノ】に変化していた。

 俺は【幼馴染モノ】は買わないし所持しない。その理由は【悠】の存在がちらつくからだ……


 だが、冷静に考えればこの部屋の主は【この並行世界の俺】なので、物の位置もお宝の趣味も違って当然なのだ。しかし……


(この世界の俺よ……。悠があんなに可愛いから【幼馴染モノ】に走りたくなるのは解るが……。だからこそ、“無い”だろう……)


 俺は大きく溜息をつくと、取り敢えず新しいお宝(エロ画像)を求めて、大海原(ネット)に旅立つのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る