第3話

「みーを……アイチをどう思うぞよ」


「え? ど、どうって……」


唐突な質問に、俺は少し困惑する。


この突然出された質問、適当に答えてはいけないだろう。

アイチの眼は、日中とは違い別種の本気さを感じる。


「アイチのことをどう思う」か。

思えばアイチとの関係はまだ三日程度で、まだわからないことだらけだ。


見た目の割に知識量が異常に多様で、国家公務員である転生者保護施設の職員である大野さんと同等、もしくはそれ以上の知識量、女神だったシュテルンと同等の魔法などの知識。

それらを会った初日、シュテルンを天界に連行するために来た追っ手の女神たちを撃退した時にまざまざと見せつけられた。


あの時、敵の女神二人組の魔法攻撃が来る度に的確に反属性の魔法で相殺、反撃もしていた。

さらに、戦場の把握もできていて死角からの攻撃であっても回避。

その動きの精錬さは、シュテルンにも認められるほどの技術力を持っていた。


それに会った時は地上からビルの7階まで一瞬で移動、いやテレポートしてきた。

テレポートは誰でも簡単にできるわけではなく、自身の正しい場所と、移動したい場所の正確な地形、座標を把握していないと検討違いの場所にテレポート、もしくは壁と同化なんてこともあるらしい。


そんな危険な魔法を、アイチはポンと使えるような地形把握能力を持っているということになる。


考えれば考えるほど謎は深まるばかりで、より一層アイチが得体の知れない存在だと思ってきた。


アイチは何かを隠していて、それに俺が気がついたり疑問に思っているのではないかと思って、突然こんな質問をしてきたのだろう。

隠していることを俺や皆に知られてしまうのを危惧しているのだろう。


だが、それが普通なのではないか?


人は自分に不利益なことは隠したくなるし、俺自身だって転生前にしてしまった多くの罪や後悔は誰にも言ったことがない。

女神だったシュテルンは想像がつかないが、今日あった涼風や二之丸だってなにかしらの秘密を抱えているだろう。


そしてアイチも言いたくても言えないような秘密があり、この質問をしたのはそれを言うべきか言わないべきかで悩んでいるからなのだろうか。


俺は下げていた目線を上げ、口を開く。


「……正直な、たしかに俺からしたらアイチ、おまえは得体のしれない存在だよ。

別に馬鹿にするわけじゃないけど、背もちっさくて小学生そこそこくらいにしか見かけないのに、知識も魔法の技術もすごい。

俺転生者だからさ、まだこの世界に疎いけどおまえみたいな子供がうじゃうじゃいたらそれはそれで怖えーよ」

「…………」

「だからまあ、何か隠してんだったら言わんくてもいい。

俺は……ちょっと知りたいけど、そんときは俺の話もするぜ」

「…………」


──ど、どうだ!!


こういうシチュエーション、転生前の世界で読んだ異世界ラノベの主人公がどうしていたかを思い出しつつ、自分の言葉で言ってみたが……ちょっと照れるな……。


アイチから見て、俺がどんなだったのかはわからないが、少しの沈黙の後、何か決心した顔で口を開いた。


「……トール。みー……アイチはにん──」



「ッ……!? だ、誰だっ!?」


突然聞きなれない男性の声が聞こえ、俺は身構える。

アイチやシュテルン、涼風は女性だからもちろん、男性である二之丸もダンディーな声と言うより、なんというか中性的な声であるため、この声は部屋のメンバーじゃない。


だとしたら外部からの侵入者ということで、俺は真っ先に玄関の方に視線を向けようとする。

だが声が聞こえた方向は玄関とは逆、つまりベランダ側から聞こえていたのだ。


しかしそれはありえない。

なぜならこの部屋は寮の8階に位置しており、地上からの高さは25メートル。

魔法を使えばどうにかなるかもしれないが、そもそもベランダの窓は開けてもないし、鍵がかかっていたはずだ。


いずれにせよ、部屋に無断で侵入してきたということは、絶対友好的でないということであって、強盗、もしくはこの部屋の5人の誰かに恨みを持って侵入してきたのだろうか。


「トール……っ!」

「なっ……!? しまった……!」


アイチに呼ばれベランダの方に振り向くと、目の前に話しかけてきたであろう細身の男の姿が。

そしてその腕には、さっきまでここにいたはずのアイチが抱き抱えられている。


「ぐぐ……はな、せ……ぜよ……!」


アイチがその腕を解こうと必死に抵抗するが、寝たきりの状態であったため、二之丸を黙らせた程の力が入らないのか、男はいかにも余裕そうな顔で抵抗するアイチを眺めた。


「そんなに暴れないで頂きたいところですねぇ。

なんせわたしはあなたを連れ戻しに来たのですからねぇ」

「つ、連れ戻しに……!?」


つまりこの男はアイチについて何か知っていて、俺と出会う前にアイチと暮らしていたというのか?


一瞬、こいつは敵なのか? という疑問をいだき、俺は飛びかかろうとしていた足を止める。


「こんな人間っ……知らない、ぞよ……」


だがアイチははっきりと「知らない」と断言し俺に目を向ける。


「と、トール……」

「っ……!!」


アイチから向けられる目を見て、俺は息を飲む。


俺は今まで誰かにこんな目を向けられたことがない。

侮辱するような目か、人でない物を見るような目か、見下すような目か、馬鹿にするような目など、負の感情で見るような目でしか見られたことがない。

だからこんな、俺に心の底から何かを期待するような、希望があるような、信頼を置くような目で見られたことは今まで無かった。


だかアイチは俺をそんな風な目で見てくれる。

偽ってもないし、ふざけてもいない、真っ直ぐで清らかな、希望の光彩がそこには宿っている。


──助けなければ。この男の手からアイチを解放させなければ……!


「……そ、その手を、離せええっ!」


俺は勢いよく地を蹴って、男に殴りかかった。


もう俺の拳には迷いはない。

もし男がアイチの関係者であっても、深く関わる人物であっても、アイチはこいつじゃなくて俺。、旭透あさひ とおるに信頼の目を向けてくれた。

ならぱそれに答える義務が、いや義務とか関係なく、その信頼という期待の目に答えるべきなのだ。


「ふっ……憐れですねぇ」

「なっ……!?」


しかし俺の全力のパンチは、男の右手によっていとも簡単に防がれてしまう。


「今どき魔法でなくまさか拳で攻撃してくる学生がいるとは。ふふ……天下の開成も落ちたものです……ねぇ!」

「ウグッ……!」


内蔵がせり上がるのではないかと思うほど強くみぞおちを殴られ、あまりの苦しさに動けなくなってしまう。


「と、トール……!」

「さて……邪魔者も消えたところですしねぇ、私もそろそろおいとましましょうかねぇ?」


男はうずくまる俺から目線を外すと、いつの間にか窓が空いているベランダに向かった。


このままではこの男がアイチを誘拐してしまう。

それだけは絶対にダメだ。

もし逃がしてしまったら、地理感のない俺がこの大きい街で再び捕まえられる確率はゼロだ。


だから絶対に逃すわけにはいかない、逃がしてはいけないのだ。


──だがどうすればいい……!


立ち去ろうとする男を、見ることしか出来ないでいると、ふとアイチが見えた。

アイチは力尽きたのかぐったりとした様子で、前述したとおり昼間にように二之丸を黙らせたような力強さはない。


もし今アイチに力が戻れば、こんな細身の男など容易く殴り倒せるだろう。

しかし魔力を使い果たしてしまったせいで本来の力が出せず、男に捕らえられてしまっている。


そうだ、アイチに魔力を渡せばいいんじゃないか?

そうすればアイチも復活して男を倒せるのではないか。


……だがそれは男としてどうなんだ。

自分の代わりにあんなに小さい少女を戦わせるなど、男としてゴミ同然ではないか。


それに、そもそも俺は魔力を吸い取る【マジカル・スティール】しか知らないし、これではさらにアイチを追い詰めてしまう。

加えて、これを男に使うとしても昼間使った魔力はもう回復しているだろうし、もしそれで男を倒しきれなかったら俺達も殺されてしまう可能性がある。


──いや、まてよ……?


思い出せ、今まで見てきた魔法はどうだったか?

どの魔法のスペルは英語やそれに近しいものであったり、四字熟語や漢字などの意味と同じような現象が起きているではないか。


例えば俺の知っているマジカル・スティールは、マジカルが魔法とか魔力、スティールは盗むとか奪うとか、二つの単語が合わさって1つの魔法をなしている。


ならばマジカル・スティールの魔力マジカル奪うスティールという意味から、魔力マジカル贈るギフトという言葉に変えたらどうだろうか。


そうすればアイチに……いや違う、男にこの魔法を使うことによって、なぜか普通の人よりも多くある俺の魔力を極限まで与えれば、男は酔っ払ってしまうはずだ。

そうすれば呂律も回らず、魔法を使おうとしても発動しにくいし、逃走も困難になるだろうから警察に突き出せばいい。


それが俺にできることであり、唯一俺がこいつを倒せる手段だ。


「うぐっ……!?」


だが、俺はみぞおちを殴られたことで呼吸がしずらい状態になっていた。

それにもしかしたら対象に触れなければ魔力を送ることが不可能だったら、術式を聞いて俺の行動を読んだ男がすぐにでも逃げてしまう。


だから確実に成功させるには男に飛びつき、一回で決めなければならない。

しかし俺の体は言うことを聞かず、動けるようになるにはせめて10秒……いや30秒は休みたい。


けれどその間には絶対に逃げてしまうし、現にこの数秒で5メートルも距離を開けられ、中途半端な飛びつきでは届かない。


──なにか……どうにか時間稼ぎできないか……!


とにかく目で周りを見て、なにか時間稼ぎになるものがないかを探す。


すると視界の左側、個室を繋ぐ小廊下のドアノブが回ったのが見え、ドアが開かれた。


「──はぁ……騒がしいですね……早く寝てくださいよ……」

「っ……!?」

「おやぁ? ……あなたもこの部屋の住民なんですねぇ?」

「……だ、誰ですかあなた!?」


騒がしくて目が覚めてしまったのか、ピンク色のパジャマ姿の涼風が眠そうな個室を繋ぐ小廊下がある扉から出てきた。


男は足を止めて振り返ると、ワンテンポ遅れて涼風もこの場に不審者がいることに気がつく。


「そういえば私の自己紹介がまだでしたねぇ。私はそうですねぇ……とでも呼んでください。」

「な、なんの用があってこの部屋に侵入したんですか……!?」


メンツと名乗った男は、ぐったりとしているアイチを一瞥すると言った。


「詳しい事情は話せませんがねぇ、を回収しに来たんですよねぇ。」

「これって……その子の事ですか……?」


アイチという一人の人間に対し、これ呼ばわりするのは涼風にも不快だったらしく、眉をひそめて問う。


「ふふっ……その通りですがねぇ、子供ので数えるのはよくありませんねぇ、と呼ぶならば一個二個ので呼ぶのがこれには相応しいですねぇ」

「貴様……」


同じ人間に対して言うような言葉ではなく、動物かただの有機物であると言わんばかりな表現でアイチを表し、怒りの感情を抱いたのか、涼風の拳は固く握られる。

それは俺も同様で、もし殴りが有効でないと知らなかったら、回復したこの体で殴りかかっていただろう。


しかし今回はそんな無鉄砲なことはしない。


俺はある程度落ち着いた体を動かし、足を止めたメンツに向かって飛びつく。


「なっ……こいつ馬鹿なことを……!」


足にしがみつく俺の頭に向かって、メンツは拳を上げた。

だが、その拳が俺の頭に振り下ろされることは無かった。


「涼風サンキュッ……! ──魔力寄贈マジカル・ギフト!!」


そう唱えると、俺の予想したとおり俺の魔力が体から腕に流れ、メンツの体に足を辿って流れていく。


「な、なんだこの魔力りょぅぁ……!?!?」


何かを言おうとしたのかメンツは口を開いたが、すぐに呂律が回らなくなってしまう。


俺はそれを確認すると、すぐさまメンツの腕からアイチを解放し、抱えて距離をとる。


「こ、この小僧こじょぉ……!」

「と、透さん……いったい何をしたのですか……?」


呂律どころか体幹すらもフラフラになり、顔を赤らめるメンツの姿に、涼風はいったい何が何だかと言うふうに俺に問いかける。


「心配すんな、俺の魔力をあいつに送っただけだ。それより……」


アイチを涼風に預け、俺は窓のとってを手すりにしてなんとか立っているメンツを見る。

そしてポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。


「おまえがなんでアイチを拐おうとしたのかは知らないが、なんにせよアイチをこれ呼ばわりしたことは絶対に許さねえ!

警察に突き出してやる」


保護施設にて、この世界でもし身の危険を感じたらかけるべしと説明された電話番号をすかさず入力──。


「……おぼえてぇいろ……!! ──セッティング・コルディネート、ナンバー21トゥウェルブワン、転送!!」

「えっ……!?」


突然、メンツが酔っ払っているとは思えないほどに正確な滑舌で詠唱をした。

同時に普通の魔法の時とは少々異なった形の魔法陣がメンツの足元に現れ、次の瞬間メンツはテレポートしたかのようにその場から消えた。


「て、テレポートしやがった……」


俺は捕まえられず悔しい反面、とりあえずアイチを守りきれたことを安堵する。


「……透さん、何があったのか詳しく教えてください。」

「あ、はい……」


涼風に事情を話していると、ふとあの時アイチが何を言おうとしていたのかが気になったが、眠っているアイチを起こすわけにもいかず、その日はアイチを守る名目でその場に就寝した。

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