第2話
この寮の四人部屋は玄関を上がり引き戸を開けると、キッチンやテーブルが備え付けられた洋式のリビングになっている。
そのリビングに入る引き戸の向かい側には襖があり、そこからは六畳の大きさの畳張りの部屋がある。
そしてその隣は2と2で4つの小部屋があり、その間は廊下で分けられている。
さらにはベランダもあり、もはや寮というよりホテルや旅館に近いだろう。
そんな高級感さえ漂う小部屋の一つ、リビングのテーブルにシュテルンを除く全員が集まった。
ちなみにシュテルンは自室と勝手に決めた部屋でゴロゴロしている。
「──それで、玄関に入るやいなや抱きつかれて、つまりセクハラをされた、と……もう一度確認するけど二之丸さんは……男なんだよな……?」
茶髪の女性改め、
二之丸は最初にこの部屋に入室し、次に入ってきた金髪の子──少じ──女性の
だが予想以上に涼風の力が強く取り押さえられ、その後じゃれ合うような乱闘になったが、結局涼風の方が勝ち、そしてあの状況になったらしい。
すると二之丸が、全く悪気が無かったと言わんばかりにテーブルに手をついて席を立った。
「そのとおりだ!! だが男で何が悪いんだ!?
べつに異性とハグしちゃいけないなんてルールに書いてないだろ!?
女同士男同士ならハグしても何も言われないじゃなか!!
それに異性同士でもカップルならば何も言われ──」
「あ? 貴様のような外道とカップリングを組んだ記憶はないのですが?」
「ひどい!!」
「にのまる、黙るぞよ」
「っ!? い、いだだだっ……!?」
アイチが二之丸の左手をその体躯からは想像できないほどの腕力で掴み、余りの強さで腕が軋んだ。
二之丸は流石に恐怖したのか着席し、沈黙する。
「はあ……次やったら今度こそ物言えなくなるまでボコボコにしますからね……?」
「本当か!? 願ったりだ!!」
「黙れといったぞよ?」
「…………しゅん」
沈黙が続く。
なんだろう、この空気。
会って早々こんなテンションだと後々厳しい……というか今のこの状況を動かす事すら厳しいだろう。
そもそも、今の会話の中に俺が入れたのは最初の部分だけであり、さらに会話というより確認みたいなものであって、言葉を言葉で返せていない。
相手が相手だからだろうが、俺は昔から人付き合いが苦手で、クラスでも浮いた存在であった。
だからだろうか、中学生の時にヤンチャなグループの仲間に入り、数々のいざこざを起こした末に親と喧嘩、家出をしてしまった。
今思えば馬鹿馬鹿しくて恥ずかしい。
できることならばもう一度、せめて中学の初めからでいいからやり直したい。
だがそんな事は不可能であり、時を戻すことが可能だとしてももう戻すべき世界は、地球は消滅している。
だからこそ転生した異世界では清く、正しく、賑やかで、楽しい時間を過ごしたいの思っていたのだが……。
「……はぁ……もういいです。寮監に部屋変えてもらえるように言ってきます」
長い沈黙を破ったのは涼風だった。
席を立ち、玄関の方向に向かっていく。
部屋を変えてもらう、というのは正直寂しい気もする。
だがお互いのことを考えたらその方が良いのだろうか。
いや、でも──。
俺が心の中で葛藤する中、動いたのはアイチであった。
「待つぞよ」
玄関に続くドアに手をかけた涼風の服を掴んだ。
お互い身長は小さいがやはりアイチのほうが小さく、互いに向き合うと頭一つ分の差があり、涼風がアイチを見下げる形になる。
「……なんですか? これ以上話しても意味が無いです。
お互いの学校生活のためにも、部屋を変えるのが得策です。」
「そうでもないぞよ? 人間は器用な生物ぞよ。だから一週間も一緒に暮らせば仲良くなれるぞよ!」
「はぁ……無理です。一人は変態で、一人はこんな小学生つれたロリコン、一人は勝手に小部屋決める始末。
特にここの変態どもとは相容れないです。」
「それに、私は器用な人間ではないですから。」と、アイチの手を振り払いながら言う。
──え、俺既にもうロリコン認定されてんの……!?
手厳しい評価に俺は心を痛める。
「それでは」
そして涼風は扉を開け、玄関を出て行ってしまった。
「……なあアイチ、もし変わった場合俺たちはどうなるんだ? 別の人が入れ替わりでくるのか?」
簡単に部屋を変更することは難しいと思うが、もし変更された場合、空きはどうなるのだろうか。
そういえばアイチはどういう立場なのだ? 一応俺の連れということになっているだろうけれど、寝室はどうなる。
流石に一緒の部屋にはならないだろうが、涼風のあの反応を見るに、一緒の部屋なのか……。
いやいやいや思い出せ。
寝室の小部屋を繋ぐ小廊下がある扉の向かい側には何があった。和室を挟んだ先には何があった。
布団が入った押し入れがあったはずだ。
その布団を敷いて寝れば、同じ部屋で寝るような自体にはならないだろう。
まあもうロリコン認定されてるんだけども……。
そんなことを考えていると、アイチの返答よりも先に二之丸が悔しそうに拳を握り、嘆いた。
「ぐぬぬ……妹枠の涼風さまがいなくなってしまったが、まだ娘枠のアイチさまが──」
「にのまる黙れ。別の人と入れ替わりになることは無いぞよ。あ、でもそこのにのまる消したら四人になるぞよ!」
「け、消す……!?」
二之丸はまた沈黙する。
アイチの口癖? なのかはわからないが、今まで何があっても言葉の最後に「ぞよ」と付けていたのに、先程の言葉に「ぞよ」が含まれていないのを見るに、今までにない以上に怒りが湧いているのであろう。
おそらく二之丸が自分を「妹」でもなくさらに小さい「娘」として表現したためだろうか。
「に、二之丸さんの事はともかく、部屋メンバーを変更することとか出来ないんだな。
でもなんでだ? 部屋の空気が悪くなったら、それこそ勉学とかに支障が出るだろうに……。」
「それが逆なんぞよ。3年前に部屋メンバーの入れ替えを特例として許可した時があったぞよ。
でも変更された部屋の生徒は成績が伸びるどころか下がり続け、原因となった一人の生徒は反社に入ったらしいぞよ。」
「……まじか」
なるほど……確かにそれでは変更出来ないだらう。
しかし今のところ仲良くなるどころか話せるかすら怪しいのだが……。
「それに部屋の人選をしているのは運命神・福天が祀られた神社でくじ引きを引き決めているぞよから、非科学的ではあるぞよけど正しいぞよ!」
「え、くじ引きで決められてんの!?」
てっきりAIとかが科学的に精査した上で決めているものと思っていたのだが……まさか神社のくじ引きという、曖昧な決め方だとは……。
そうなると「変えた方が支障が出る」というアイチの話に信憑性が薄くなる。
怪訝な表情で考える俺とは反対に、話を聞いた二之丸さんは目を輝かせる。
「なるほど!! つまり涼風さまアイチさまシュテルンさま御三方はボクと運命の赤い糸によって引き寄せられたということ!!」
「あの、その中に俺入ってないんですけれども……」
「運命の赤い糸で引き寄せられたのはみーじゃなくてトールぞよ。」
「ハッ!? 確かに!! つまりお2人は既に結ばれでいるというごぬぬぬぬ……」
「…………」
流石にアイチもめんどくさくなったのか、ゴミを見るような目で二之丸を睨みつける。
「……トール、ちょっと魔力借りるぞよ」
そう言うとアイチは俺の手を掴み、「──
同時に俺の手を通じて魔力がアイチに注がれる。
「……そろそろ本当に許せない、ぞよ。いまここで消してやる、ぞよ……」
「ちょっ……!? お、おおちつけってアイチ! 流石に魔法で攻撃するのはヤバい──」
「──
──に、日本語……四字熟語の魔法か!? 英語じゃないのか!?
転生してここに来るまで何度かいざこざがあり、その時に何種類か魔法の詠唱を聞いたのだが、どの魔法も英語、もしくは少し変わった発音で唱えられていた。
俺が動揺するのもつかの間、アイチの手に魔法陣が現れ、同時に二之丸の周囲にも魔法陣が出現する。
次第に魔法陣は二之丸を囲い尽くし、さらにそれにだけには留まらず、何重にも何重にも囲いこんで、ついには中にいるはずの二之丸が見えないくらいまで出現した。
「こ、こんなに魔法陣……!? あ、アイチさまは大丈夫なのか!?」
「た、他人の心配……より、自分の心配を、するぞよ……」
「あ、アイチもうやめろって!! 顔が真っ青だぞ!?」
ものすごい負荷がかかっているのか、アイチの顔色は悪く、足もフラフラだ。
以前、保護施設の屋上で魔法を使った時はアルコールで酔っ払ったような症状が出たが、今回のように顔色が悪くなるようなことはなく、逆に血行が良くなったように赤くなっていたはずだ。
「っ……! まさかアイチおまえ……」
俺は気づく。
酔っ払ったような症状が出るのは魔力を多く持ちすぎてしまうからであり、前回は敵の絶対空間を破壊する、つまり魔法陣の数は一つであった。
しかし今回は人一人を見えなくなる程まで囲いつくす数の魔法陣。
事故防止のために空港には高価な魔法陣を貼っているというのは、魔法陣の大きさや効力、数によって消費魔力が大きくなるなど比例しているため、数の少ない空港に貼ることが出来ても、総面積が広い高速道路にも魔法陣を貼ることが不可能だったのだろう。
つまり、今アイチは魔力をほとんど使い果たしているということなのだろう。
それにまだ魔法自体は発動していない。魔法を発動するための魔法陣を貼っただけなのだ。
だからさらに魔法を使おうとしたらどうなるのか。
アイチが気を失うのはもちろん、大量の魔法陣に囲まれた二之丸は確実に死ねるだろう。
それだけは避けなければならない。
この状況を覆せるのは女神のシュテルンくらいしか──。
いや、俺でもどうにかできるかもしれない。
なぜなら俺が唯一使える魔法は、アイチもつかった魔力を奪い取る魔法で、これを今アイチに使えばアイチは魔法を発動させることができなくなる。
「っ……でも……」
しかしそれには大きな問題がある。
魔力を奪い取る魔法、【マジカル・スティール】は自身の魔力量の足りない量の割合、たとえば30パーセント足らないとすると、対象が保持できる魔力総量の30パーセントを取ることができる。
だから対象の魔力が100パーセント満タンであればなんの問題もないものの、今アイチは魔力が尽きかけており、そこからさらに何パーセントも取ってしまうと、アイチの魔力総量がどれほどか知らないが、俺の魔力が多すぎるあまりアイチの寿命とかまで奪ってしまう可能性がある。
だがやらなければ二之丸が確実に死ぬ。
──やるしかない……!
そう決意し、俺は息を吸う。
「──マジカル──」
──ガシャーン……!!
俺が魔法を唱えようとした瞬間、何十ものガラスが同時に割れたような音が部屋に響いた。
音の発生源を見てみると、それは割れたガラスではなく、チカチカと点滅するバラバラになった魔法陣であった。
「に、二之丸……まさかそれで、斬ったのか……?」
破壊された魔法の中心に立っている二之丸の右手には鋭利な紫色の剣が握られていた。
だが、俯き気味に立っている二之丸はその剣を重そうにだらりとしている。
「…………るい……」
「……?」
「……きもちわるい……」
そう言うと、二之丸はバタッと倒れてしまう。
剣に当たって怪我をしないかと危惧したが、剣も空気に溶けるかのように消える。
「む、むねん……ぞよ……」
それと同時にアイチも気力が尽きたのか、ぐったりと気を失ってしまう。
「こ、これは……」
──どうするのが正解なんだ……?
とりあえず二人を介抱するべきだろうか。
それとも助けを呼ぶべきだろうか。
どちらにしろ人手がいる。
しかし、寝室に篭っているシュテルンを呼ぼうとした瞬間、玄関の扉が開いた。
「……はぁ、本当に嫌ですけど、皆さんよろ、し、く……」
俺の目と、涼風の眼帯を付けてないほうの赤い眼が合う。
涼風はなんと思っただろうか。
リビングには3人。
うつ伏せで倒れる
絶句するのも無理はない。
なんなら逃げてもおかしくない。
「……話は後だ、その……ヘルプ」
そのため俺は弁明するより先に、助けを求めた。
「…………………………ぐすっ」
涼風はあまりに衝撃だったのか、もしくはこんな奴らと3年間生活を共にしないといけないという悲しみからか、眼帯を付けていない右側の頬に一筋の水滴が走った。
──うん、泣いてもいいと思う。
美形なのに根っからの純粋な変態と、自己中心的な引きこもりの女神と、怒りのあまり殺人を起こしかねない正体不明な賢き幼女と、ロリコンと見下してくる少女。
こんなメンバーで上手く行くわけが無い……。
「俺だって嫌だよ……」
結局二人を介抱する間、俺たちが会話をすることは無かった。
──────────
「やっと落ち着ける……」
深夜10時。
日中の慌ただしさとはうって変わって静まり返ったリビングで、一人遅めの夕食を摂っていた。
あの後結局、倒れたアイチと二之丸を介抱するのは俺と涼風だけでは力不足であり、救急車を呼ぼうかとも思った。
だがシュテルンが部屋から様子を見るため出てきて、俺の説得により嫌々ではあるが協力させて、二人とも意識を回復させることが出来た。
しかし流石に堪えたようで、涼風は気がついた途端に二之丸が飛びついてくると危惧したのか距離を取っていたが、幸い? 二之丸は「あぁ、これは真実の愛による治療だ」などと言い、全員にドン引きされるだけで済んだ。
アイチも意識は回復したが魔力を酷使しすぎたため、寝たきりの状態になってしまった。
シュテルンによると一日寝とけば大丈夫らしい。
その後、シュテルンと涼風に何があったのかを本人達の証言を混じえながら解説、説明した。
最終的にこの騒動の責任は二之丸とアイチにあるということになり、二之丸は初対面なのに興奮しすぎて我を忘れた事、アイチは怒りのあまり二之丸を殺しそうになった事を指摘した。
ちなみに俺は最終的には今回の件では無関係とされたが、涼風から向けられる怪訝な視線が消えることは無かった。
ひとしきり落ち着き、今この場に全員揃っているということで、四部屋ある個室のどこを誰の部屋にするかを決めることになった。
白熱する議論の末、シュテルンは左奥の窓側がある部屋、二之丸は左側手前の部屋、涼風は右奥の部屋、俺&アイチが右側手前の部屋となった。
その後はそれぞれ風呂に入ったり夕食を摂ったりして時間を潰し、寝室に入ったようだ。
ようだというのは、俺の分の食料が無かったため近くの売店──コンビニに買い出しに行っていた為である。
部屋──家に帰ってきた時には既に皆寝ていて、俺は一人寂しく夕食を摂っているというわけだ。
「さーて……」
食事を終え、風呂も入り備え付けの灰色パジャマに着替えた俺はスマホで現在時刻を確認、深夜11時だ。
ポケットにスマホをしまって、個室の一歩手前、和室に向かった。
「トール、やっと来たぞよか」
「アイ……!? ……そ、そいや動けないもんな」
和室には布団が敷かれ、そこにアイチが寝かされていた。
てっきり個室のベットへ移動させられているものと思っていたのだが……。
「まいっか。どうする? 個室のベットに移動するか? それかこのままで──」
「……トール」
「……? このままでい──」
「……正直に答えて欲しいぞよ」
「お、おう……?」
突然改まったように、アイチは俺の目を見ると声を震わせながら言った。
「みーを……アイチをどう思うぞよ」
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