第6話

 なぜか砂漠が見えた。

 遠くに、観覧車が回っている。

 暑くも寒くもない、ぬるい砂のなかで目が覚めた。

 車が一台横を走り抜けていき、その後ろをジープが追いかけていく。銃撃戦をしているようだ。真っ黒いフードをかぶった男が何かを叫んでいる。

 橘花は、一人ぼっちで、砂の上にいた。

 男たちは、こちらに気づくことはなかった。

 さらさらと、何かが頭に当たる。

 見上げると空から砂が降ってくる。

 どうやら、ここはすべて砂に埋まってしまうようだ。砂にまみれて、体が埋まっていく。

 自分がこの場にいる理由もわからないのに、橘花はそういう風に考えた。

 車は、付かず離れずのカーレースを続けている。遠くで銃声が聞こえる。

 ふわりと、何かが自分の頬をかすめた。黒い影だった。

 振り返ると、黒い人形が立っていた。

 間違いなく、コウだ。

 海岸で見たあの不思議な人形が突っ立っていた。

「キミは、どうしてここにいるの?」

 黒い人形が橘花に尋ねる。

 橘花は、人形が喋ったことに、そこまで驚かなかった。風が吹いて、たなびく布が滑らかな曲線を描く。

「わかんない」

 橘花は、それはこっちが聞きたいくらいだ、と腹を立てた。

「何がなんだかわからない。いつのまにか私はここにいて、さっき軍隊みたいなのが通っていったよ」

「キミがここにいる理由はボクといっしょだよ」

 人形は、橘花の話を無視して続ける。

「なにそれ?」

「キミは、“永遠”を覗きに来たんだ」

 コウの顔をした人形が、お面なのに笑って見えた。

「永遠?」

 橘花は、いつも永遠のことを考えてきた。それは永久不滅に続くもので、とても尊いものだ。

 でも、決して普通の感覚では手に入らない。

 ごはんを食べて、寝て起きてるだけでは見られないものなのだ。

「キミはね、実は、欲張りなんだよ」

「えっ? どうして」

「キミは、“永遠”には届かない。さあ、ご覧」

 ふわっと、マントをはためかして人形が振り返る。そこには、コウの人形とそっくりのモノが降り積もっていた。

 さっき、砂だと思ったものは、この人形たちのカケラだったようだ。山のように積み重なっている。

「あれはなに?」

 楢崎は、急に怖くなって聞く。どうして、あんなにたくさんの人形が廃棄されてるんだろう。

「みんな、“永遠”のなりそこないだよ」

 コウの人形は、パタパタと羽のようにマントを振って話す。足下を見ると、浮いていた。

「永遠のなりそこない?」

「そう。みんな、みんな、“永遠”になりたかったけど、なれなかったんだ」

「どうして? 永遠になれないの?」

「他にもたくさんいるからね。次から次へと、新しい“永遠”が現れる。みんな、“永遠”になるために必死なんだよ。むしろ、“永遠”になれたら、もうどうなってもいいくらいだ!」

「なんでそんなに永遠を求めるの?」

「じゃあ、どうしてキミはここに来てしまったのかな? キミもボクと同じ仲間なんだよ!」

 その時、パン! という破裂音がして、コウの人形が吹き飛ばされてしまった。頭のあったところが粉々になる。そうして、それが銃声であったと気づいた。コウの人形が吹き飛んだのとは反対側に、銃を持った男が立っていた。男は、濃い灰色のフードをかぶっている。どうやら、さっき車から飛び降りたようだ。

 橘花は、怖くてその場を動けなかった。

 しかし、銃を持った男は、こちらに興味がないようだった。すぐに砂の向こうへ立ち去ってしまった。

「なんなの?」

 橘花は、猛烈に無気味な気がして、もう嫌になっていた。早くここから離れたい。

「どうしたらいいの」

 砂の上を歩きながら、この場所を離れようと、歩き出した。

 すると、砂が足を巻き込んで沈みそうになってしまう。

「やだ、なんで! なんなの!」

 砂だと思っていた人形のカケラが降ってくる。体が白っぽくなってくる。一歩、また一歩と、歩みを進めるほどに、一歩ずつ重くなっていく。いつの間にか楢崎は腰のあたりまで砂に埋れていた。

「紫ちゃん、どうしたらいいの? 誰か助けて!」

 さらさらの砂は、体を動かしてもまったく抵抗がなく、ただ沈み込んでいく。

「永遠なんかいらないよ! ここから出して!」

 その時、遠くでまた銃声が聞こえた。

 なんて物騒な場所なのだろうと、楢崎はまるで他人事のように考える。今まさに、砂に埋れて死んでしまいそうになっているのに、物騒も何もない。

「みんなどこへ行ってしまったの」

 コウの人形のカケラが、砂の坂を転げ落ちてきた。あっという間に穴に吸い込まれていく。

「キミは、“永遠”を望んでしまった! それが、どれほど恐ろしいことかもわからずに!」

 どこからともなく偉そうな声が聞こえてくる。

 永遠を望んだことは確かだ。どうしてここまでひどい目に遭わなければならないのか。

「じゃあ、もういらないよ! 永遠なんかいらない。そもそも、私は一人でひっそりと永遠を願っていただけじゃない? 私の存在を永遠にしたいわけではなく、この『しあわせ』が、永遠になればいいと願った。そんなことすら許さないの?」

「許す、許さないの話じゃないよ。ボクが許可を出すようなものでもない。利己的か、利他的かという判断も不要だ。ようは、キミが好奇心を持ってしまった、という話。自分の言動によって、他者へ影響を与え、さも“永遠”を作れるのではないか、という幻想を抱いた。何人かの人は、そういう志を叶えるが、少なくとも暇つぶしで手を出すべきではなかったね!」

 コウの声は淡々としていて、透き通って聞き取りやすかった。

「あなたは、どうしてそんなに悲観しているの?」

 橘花は、しばらくこの透き通った声と、砂に身をまかすことにした。なんだか急に眠気がしてくる。

「あなたは、もしかして、昔、私と同じような願いを持ったんじゃないの?」

 声はしばらく沈黙する。

「その通りだよ」

 小さな返答だった。

「それで、あなたは人形にされてしまったの?」

「うん」

「永遠に人形なのね」

「そうだよ。ボクは、ボクに空の上から操られるだけの哀れな人形なんだ」

「じゃあ、この空の上にあなたがいるのね?」

「きっと」

「ふうん。どうして、わざわざ操らないといけないの」

「そうしないと、心が壊れちゃうからだよ! あれはボクじゃなくて、ボクの形をした、ただの人形。あやつり人形。そう思えば何も怖くない! 空よりも上のボクは、無敵だよ」

「どうしてそんなに壊れやすいの」

「だって、ボクがボクとして生きていたら、ボクは生身で攻撃を受けなくちゃいけない。もう嫌なんだ!」

「だれが攻撃するの?」

「みんな」

「みんなって?」

「ボクの周囲のすべての人」

「そんなにたくさんいるの?」

「たくさんいるよ」

「私は、あなたを知らない」

「知らない、という言い草が、もう攻撃なんだよ!」

「知らないものは知らないよ。あなただって、私なんか知らないでしょ!」

「そうだね」

「ほら。同じことなのに。どうして片方だけが傷つくの?」

「それは、もしかしたら、キミが強いから」

「そう? 私には、そちらが弱く思える」

「ボクは、弱いのかな」

「音って、大小と言ったり、強弱とも言うね」

「急に何?」

「なんでもないよ」

「キッカは、小さいよ」

「相対的に見たらね」

「ボクは、何よりも弱いんだ」

「じゃあ、強くなろうよ!」

 声が聞こえなくなり、シーンと静けさが耳を貫いた。

「強くなったら、もうボクじゃない」

「そんなことはないよ」

「強いのは、もうボクじゃない!」

 やがて、そう呟き、影はひっそりと消えた。

 橘花は、さてどうしよう、と思いながら、睡魔に身を委ねた。

 サラサラと砂の音だけが聞こえる。

 このままでは沈んでしまう。

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