朝は余裕を持って、ゆっくり過ごしたいよね

 中は思ったよりシンプルだった。玄関も特に散らかっていなかった。

 「あ~、完全に寝坊した、間に合わないかも。ココアちゃん、料理得意だったりする?」



 料理は母の手伝いを良くしているから、それなりには出来る。

 「大したものは作れませんけど、簡単なものなら作れますよ」



 そう言うと彼女は咄嗟に、手を顔の前で合わせた。

 「申し訳ないんだけど、朝ご飯作ってくれないっ? 冷蔵庫や家にあるもの、使ってくれたらいいからっ」



 料理のことを聞いてきた時から、なんとなくそんな気がしていた。

 困ったときはお互い様、断る理由なんて何もない。



 何よりも初めての依頼で、クライアントを待たせてしまうのはあまりにも幸先が悪くなる。

 「大丈夫ですよ。ほのかさんは身支度に専念して下さい」



 「ありがと~! 感謝~。さぁさぁ、靴を脱いで上がってきてちょうだいなっ」

 玄関に入るだけ入って、立ち話をしている状態だった。有難く上がらせてもらうとしよう。

 「それでは、改めましてお邪魔します」



 靴を脱ぎ、玄関に上がると前と左と右に扉があった。

 前の扉を彼女が開けると、そこには左側にはキッチンと右側にはリビングがあった。



 内装も基本的に落ち着いていた。

 何枚かアニメやアイドルグループのポスターが貼られてあるくらい。ソファーやテレビやテーブルなどの家具は、どれも落ち着いたデザインだった。



 「結構落ち着いているでしょ~。最初はとりあえずTheシンプルに行こう! って思ってね~。こんな感じってわけ」



 「なるほど、それでこのような状態というわけなのですね。あっ、キッチン拝借します」

 「OK~。じゃあ私は身支度するから~」

 そう言ってリビングを出て行った。



 さて、私は料理をするとしよう。

 キッチンもとても綺麗で、作業はとてもしやすいように見えた。

 まずは冷蔵庫の中を確認するとしよう。



 牛乳にコーヒー牛乳に、卵ワンパックにヨーグルト。

 そして野菜庫にてトマトにきゅうりに、キャベツに大根にとうもろこしにねぎ。



 と言ったラインナップ。炊飯器にはご飯があったから、一品はもう決まった。

 あとは無難に何か卵料理するとしよう。



 ということで出来上がったのが、ねぎ入りの出し巻き卵と、インスタントの味噌汁(押し入れにあったもの)。

 The和食って感じの朝ご飯だ。後はほのかさんを待つだけだ。



 そんな当の本人は、絶賛色んなものと格闘中のようだ。

 何故そんなことが分かるかって? それは様々な叫び声が聞こえるから。



 髪型が決まらないとか、服どうしようとか、小指ぶつけたとか、癒しが欲しいとか。

 最後に至ってはただの願望である。




 8時45分。ようやく本人が登場。

 髪型はサラサラなロングヘアで、そして服装はなんと、びしっとスーツで決めていた。



 「迷う時は、変に何も飾らずにシンプルにするのが一番よ!」

 そう自信満々で言うと、箸を持って出し巻きを食べ始めた。確かにその意見は、一理あるなと思った。



 一口を口に含むと、その動作が止まった。

 喉にでも詰まってしまったのだろうか。

 お茶はコップに入れて、用意してあるからそこまで焦る必要はないけど。



 「えっ待って……」

 もしかして口に合わなかったのだろうか。次々とネガティブな憶測が頭をよぎる。



 「むっっっちゃ美味しいんだけど!!!」

 少しも予想していなかった言葉が、聞こえてきた。

 なんだ、その言葉を言う為の間だったのか。ほっと、胸を撫でおろす。



 「これ、普通にお店に出してもいいレベルだよ、ココアちゃん!」

 想像以上に褒めてくれる。ここまで言ってくれると、作った甲斐がある。




 気がつくと、あっという間に完食していた。時刻は8時55分。どうにか間に合った。

 「ふー、美味しかった! ご馳走様でした。これで初依頼を精一杯することが出来るぜい」



 「お口に合っていたのなら、何よりです」

 ピンポーン。どうやらタイミング良く、クライアントも来たようだ。



 私は事前に知っているけど、本当にそんなことがあるのかと言いたくなってしまう。

 でも、きっと本当に起きてしまったのだろう。



 一階の部屋の接待用と思われるスペースに案内をする。

 依頼主は、少しやせ型の高身長の男性だった。



  少し大きなソファーに座ってもらい、私達は一人用のソファーに、それぞれ一人ずつ座った。

 「初めまして、私はゲームセンターを営業している、穂山と言います」



 「穂山さんですね、私は雨野奏と言います。本名ではありません、所謂芸名みたいなものですね」

 さり気無く新しい名前を使っている。これから会う人によって、ころころ変えていくのだろう。何パターン用意しているのか、少し気になる。



 「そして、こちらの方が」

 いけない。このままだと、ココアマカロンと言われてしまう。

 あの時はそこまで恥ずかしくなかったけど、流石にそろそろ別の名前にしよう。



 ほのかさんが、雨野奏と名乗っていた。私は下の名前だけ名乗るとしよう。

 名字まで考えている時間はない。



 そうだ、少し関連性のある名前にしよう。

 雨……。この言葉から名前らしい天気が思いついたのは、ただ一つだけ。



 「雪です」

 思いついた時には、すぐ口にしていた。

 「ゆき?」



 名乗った言葉に、ほのかさんが少し反応した。どうしたのだろう。もしかして、本名に雪という字があるのだろうか。



 「雪さんが……どうかしましたか」

 その言葉にハッとして、我に返るほのかさん。

 「あっ……、いえ、何でもないです、ちょっとボーッとしていました」

 と苦笑い。



 「さて、お互いの自己紹介したことなので、依頼の内容を教えてくれませんか」

 穂山さんは、一回、何かを言いかけようとして、止めた。深く深呼吸をしてから、こう言った。

「神隠しの謎を解いて欲しいのです」


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