Ⅳ.On the sky
大きな〈監視員〉が、そこにいた。
普通に歩いていれば、すぐに見つかってしまうだろう。アイオラは白い壁にもたれかかって、思索を巡らせる。そうして、自身の翼に思い至る。
アイオラは息を吸って、ゆっくりと飛び立った。〈監視員〉を飛び越えて、見えていた扉を開こうとする。開かなくて一瞬絶望したけれど、青色の通路で見つけた鍵のことを思い出し、それを取り出した。鍵によって開いた扉を、そっと閉じる。
余すところなく、紺色だった。そんな場所に、小さな黄金の光の粒が幾つも煌めいていた。
設けられた灯りに照らされるようにして、〈半人半獣〉がそこにいる。燃えるような真っ赤な短髪と、爽やかな薄緑色の瞳。上半身は人間の姿、下半身は馬の姿。身体の形に合った衣服は、どことなく華やかだ。
「誰、お前?」
「……わたしは、アイオラです」
「ふうん、アイオラね。俺はペリド、よろしくな」
〈半人半獣〉――ペリドはそう言って、にやりと笑った。つり上がった口角は、どことなく三日月のようだった。
「……この場所は、呼吸を忘れてしまいそうになるくらい、美しいですね」
「おお、そう思うか? わかってるじゃねえか。夜空みたいな場所だよな」
「……ええ、すごく」
アイオラは頷いた。鳥籠から見える雲海はどこまでも青と白だったから、本物の夜空を見た記憶はなかった。でも読んでいた本に登場したから、彼女は概念として知っていた。
「ちなみにアイオラは、何をしにここまで来たんだ?」
「……わたしは、家族に会いに行くために、〈地上〉を目指しているんです」
「ふうん、そうなんだな。それじゃあ、頑張れよ」
「……止めないんですか?」
目を見張ったアイオラに、ペリドはからっと笑う。
「何だよ、止めてほしかったのか?」
「……いや、そうではないんですけれど。今まで出会ってきた方たちは、ことごとく難色を示すものでしたから」
「まあ、物好きな奴だとは思うけどな。お前、戦うことが好きだったりすんの?」
「……いえ、全く。争うことはわたしにとって、きっと苦手なことです」
「それじゃあ〈地上〉には向いてねえだろうな。でも、向いてないって言ったって、止まらないんだろ? お前はそういう、信念の宿った目をしているよ」
「……よく、おわかりですね」
アイオラは儚げに微笑う。ペリドは懐かしむように、顔を上げた。
「家族か……俺にもいたな。でも気付いたら、捨てられてしまったから。まあしょうがないよな、俺はそれであの人たちを憎んだりしないし」
言い終えて、ペリドは歩き出す。
「扉はこっちだ。一面真っ黒だからわかりにくいと思うけど、これが扉だ」
「……ありがとうございます、ペリドさん。お話しできて嬉しかったです」
「はは、俺もお前みたいな変わった奴と話せて楽しかったよ。じゃあな、アイオラ」
「……はい、さようなら」
アイオラは扉を開く。
白い世界が広がる。
少し遠くにその存在はいた。白色の中で、とても際立って見えた。
紅色の鼠――アイオラはゆっくりと、近付いた。くりっとした瞳と長い尻尾が、どことなく愛らしかった。
「……あなたが、鼠さんですか?」
「そうっすよ、ぼくは紅色の鼠。きみが、アイオラ?」
「……そうです。わたしは、アイオラです」
「へえ、想像していたよりもずっと美しかったっす。よろしくお願いするっすよ」
紅色の鼠は親しげな感情を見せるように、アイオラの周りをくるくると回った。アイオラは視線をうろうろとさせながら、そんな紅色の鼠を見ていた。
紅色の鼠はやがて立ち止まり、また口を開く。
「アイオラ。そろそろきみの旅は、終わりっす」
「……すなわち、もうすぐ〈楽園〉の出口がある、ということですか?」
「そうっす。あの階段を降りたら、そこはもう出口っすよ」
「……ありがとうございます、鼠さん。鳥籠の鍵のことも、感謝しています」
「どういたしまして。それじゃあ、碧色の鳥によろしく伝えておいてくださいっす」
こくりと頷いたアイオラを見届けて、紅色の鼠は去って行った。
アイオラは意を決して、見えている階段へと近付いた。
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