四話ノ一(選択肢1を選択)
レヌの手は温かいのに、どこか冷たかった。
家を抜け出した。灰色の空から、雪が降り落ちていた。真っ白の結晶が、世界を包み込んでいた。
「お兄さん……」
レヌの沈痛に満ちた声をかき消すように、轟音が響いた。俺とレヌは立ち止まって、音のした方へ振り向く。
俺たちの家はもうそこにはなくて、代わりに大きな大きな、『百足』のような生き物がいた。真っ白な体躯に、数え切れないほどの黒い足が付いている。体長は、かつて俺たちが暮らしていた家よりも長かった。
……それが『誰』であったかなど、わかりきっていた。
俺は再び、レヌの手を引いて逃げ出そうとした。でもレヌは立ち止まったままで、俺が振り向くと彼女は悲しそうに首を横に振った。
「だめです……逃げたら、だめです」
「何を言ってるんだ……早くしないと、メナータさんに……いいや、【雪月】に、殺されるぞ!」
「【雪月】は皆、人間への敵意を持っているんですよ……本当にメナータさんが【雪月】になったのだとしたら、きっと強い憎悪が生まれているはずです。放っておいたら、大勢の人が死んでしまいます!」
レヌの眼差しは真っ直ぐで、俺は息を呑んだ。
すぐ目の前に、【雪月】がいた。長い体によって、囲い込まれたことに気付く。小さな紅色の目が、俺とレヌを見つめていた。
俺はかすれた声で、槍の魔法を唱えた。でも、大きな身体の一部に傷を付けられただけで、【雪月】は平然としていた。攻撃が効いていない――俺は歯を噛みしめた。
【さようなら――】
そんな声が聞こえた気がした。そこからは、一瞬だった。【雪月】はおぞましい速度で這って、レヌの身体を噛み千切った。血潮が巻き上がる。俺は声を漏らして、それから【雪月】に殴りかかった。
激痛。
気付けば視界が傾いていた。自分の腹の辺りの肉がなくなっていることに、気付いた。痛い痛い痛い痛い痛い。その感覚だけに支配されて、呻き声を漏らした。
【雪月】が地面を這う音が、聞こえた。その響きが段々と遠ざかっていくのは、自分の意識が霞んでいるからか、【雪月】が去っていくからなのか、わからなかった。多分、どっちもなんだろう……俺は目を閉じかける。
手に、何かが触れた。
それはレヌの手だと、すぐにわかった。さっきまで繋いでいたのと、同じ温度だったから。レヌの方に視線を向けると、彼女は目に涙をいっぱいに溜めながら、微笑んでいた。
「おにい、さん」
「なに」
「わたし、」
「うん」
「おにいさんの、いもうとでいられて……しあわせ、でした」
つう、と涙が一筋、レヌの青い瞳から零れ落ちる。
「……おれだって、」
「はい」
「レヌのあにでいられて、よかった」
「ほんとう、に?」
「ほんとうに」
レヌは嬉しそうに、泣いたまま笑った。
それから二人で、この寒い世界で手を繋いだまま、ゆっくりと目を閉じた。
―― END1 雪花ノ幸福
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