三話 雪月ノ命
メナータさんはレヌから【雪月ノ屑】を受け取ると、微笑を浮かべた。
「ありがとう、ネイラ、レヌ。貴方たちのお陰で、ようやく私の悲願が叶おうとしている」
ほのかに震えた声で、メナータさんはそう言った。レヌは嬉しそうに、口元を緩めた。
「どういたしまして。メナータさんの悲願は、わたしたちの悲願でもありますから」
レヌの言葉に合わせるように、俺は力強く頷いた。
メナータさんの瞳が一瞬だけ、揺らいだ気がした。でもすぐに、いつもの優しげな目付きに戻った。
「少し、待っていてね。【雪月ノ命】が完成したら、声をかけるから」
そう言って、メナータさんは居間を後にする。残された俺とレヌは、どちらからともなく視線を交わし合って、笑い合った。
「お兄さん」
「どうした?」
レヌは青い瞳を柔らかく細めて、口を開いた。
「この世界に平和が訪れたら、一緒に色んな場所に行きましょうね」
俺はすぐに、頷いた。
「ああ、勿論だ。レヌの行きたいところ、どこにでも一緒に行くよ」
「本当ですか? わたし、行ってみたいところ、沢山あるんです。『海』とか、『砂漠』とか……」
「何だか両極端だな」
「ふふ、そうですね」
レヌはおかしそうに、口元に手を添えて笑った。
*
時間が経って、メナータさんは俺とレヌを呼んだ。
メナータさんは手を開く。真っ白に光り輝く、小さな宝石のようなものが乗せられていた。
「……これが、【雪月ノ命】」
レヌは感慨深そうに、その物体を見つめていた。メナータさんは微笑う。
「とても、綺麗でしょう?」
「……はい、すごく」
レヌの言葉に、メナータさんは満足そうに目を細めた。
それから、どこか悲しそうな表情を浮かべる。メナータさんは、ゆっくりと口を開く。
「……時に、ネイラ、レヌ。私は貴方たちに、謝らなくてはならないことがあるわ」
「謝らなくてはならない、こと……?」
レヌは首を傾げる。俺もその言葉の意図がわからなくて、メナータさんの説明を待つ。
「【雪月ノ命】は、【雪月】の攻撃性を消し去り世界を平和にする魔法だと、教えていたわよね」
メナータさんは、口角を歪める。
「……それは、嘘なのよ」
俺は目を見張る。レヌも驚いたようで、「え……?」と微かな声を漏らした。
「私はね、死ぬことが怖いの。自分がこの世界から消失してしまうことが、恐ろしくて堪らない。日々使えなくなっていく足は、そのことを象徴しているようで、憎かった」
メナータさんは自身の足を、右手でそっと撫で上げた。
「【雪月】は老化しない。かれらが死を迎えるのは、他者から危害を加えられたとき。私はそれを知ったとき、どうしようもない羨望に襲われたの。だから私は、昔から決めていた……【雪月】に、なろうと」
「……【雪月】に、なるって、」
レヌの言葉に、メナータさんは微笑んだ。
「言葉通りの意味よ。人間であることをやめて、【雪月】になるの。誰からも殺されない最強の【雪月】になるの。……そのためには、大量の【雪月ノ屑】が必要だった。
【雪月ノ屑】が多ければ多いほど、【雪月ノ命】の効力は増す。だから、貴方たちに集めてもらったのよ。【雪月ノ命】はね――」
――取り込んだ者を、【雪月】に生まれ変わらせる魔法なのよ。
「この魔法を使えば、意識を維持したまま【雪月】になれるの。時に……もうあまり、時間がないわ。【雪月ノ命】はその強力さから、放っておけばこの町など容易に消し飛ぶくらいの爆発を引き起こす。
……ネイラ、レヌ。ずっと騙していて、ごめんなさいね。貴方たちのことが大切だったのは、本当よ。それは、嘘ではないわ」
メナータさんは、口角をつり上げた。
レヌは絶望しきった表情で、メナータさんを見つめていた。きっと俺の顔も、絶望に染まっているんだろうなと、思った。
メナータさんの手が動く。【雪月ノ命】はその輝きを狂おしいほどに増している。直感的にわかった、もう時間がない――
選択をしなくてはならなかった。俺は――
選択肢1 レヌの手を取って、この場所から逃げ出した。→四話ノ一へ
選択肢2 メナータさんから【雪月ノ命】を奪い、それを食らった。→四話ノ二へ
選択肢3 メナータさんの様子を、何もせずに見つめていた。→四話ノ三へ
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