屍の憂鬱

haniwa

屍の憂鬱

古い屍の俺には、悩みがある。


いやいやとっくの昔に死んでるんだから悩みもクソもないだろうと、そう思う奴もいるだろう。でも聞いて欲しい。俺には、とても一人では解決できない悩みがあるのだ。



昨日の夜、また俺の墓に考古学者を名乗る奴が来た。そいつはどうやら中国の墓にどうしても興味があり、俺の墓に眠るものを調べる為にわざわざ様々な人の反対を押し退け、海を超えてここまでやって来たようだ。


私はこれだけ頑張ってきたから大丈夫だと、自らを鼓舞するように考古学者が何度も同じことを一人で呟き続けるものだから、屍の俺でも流石に奴の生い立ちを覚えきってしまった。


しかしそんな情熱的な考古学者だが、そいつは、海の向こうから来たからか、この国のことをほとんど知らなかった。掟も知らず、必死になって俺の墓を掘り起こそうとするので、俺は仕方なく忠告をしてやることにした


「おいお前、この墓を荒らすとは何者だ。」


「私は考古学者だ。この墓を調べに海の向こうから渡って来た。人の姿は見えないが…お前こそ何者だ?」


「この墓の所有者だ。墓荒らしはやめておけ、どうなるか分からんぞ。」


「どうなろうが構わない。私はこの墓を調べるために、ここまで来たのだから。」


…とまぁこの通り、この考古学者、全く話を聞きやしない。俺は少々こいつを面倒くさく思いながらも、仕方なくしつこく声をかけた。


「今すぐ引き返せ、さもなくば酷い目に逢うぞ。」



「関係ない。私はこの墓を調べたいのだ。」



「こんな墓の何を調べると言うんだ、調べたところで何も無いぞ。」



「私は、この墓に眠っている骨を見たいのだ。」



…こいつ、今屍を見たいと言ったか。



この墓に眠る屍といえば私しかいないが…まさか、俺の屍を見る気だというのか。


この考古学者、どうやら正気の沙汰ではない。人間の屍など見てどうするつもりなのだろうか。


理由がなんにせよ、墓荒らしであることには変わりない。奴の目的はなんだか知らないが、これ以上墓が荒れては安眠することができないだろう。俺からすればたまったものではない。



「屍など見てどうするつもりだ。」



「そんなものお前に関係ないだろう。」



「さっきも言った通り、俺はこの墓の所有者だ。それくらい教えてくれてもいいのではないか?」



「所有者だとしても関係ない、これは私の研究の一環なのだから。」



やはりこいつ、俺が何を言っても聞く気はないらしい。こうなればもうどうにもできまい、と俺は諦めてそいつの行動を傍観することにした。



「そうか。なら好きにすればいい。私は警告したからな。」



「最初からそのつもりだ。」



考古学者は順調に暗い道を通って墓の奥深くへと進んでいく。薄暗く湿った道をあるいていくと、そこには大きな部屋があった。棺が一つと、大量の土人形…埴輪か、あるいは兵馬俑と思われるものがいくつもいくつも置かれた広い土部屋。不気味な雰囲気に怖気付くことなく、男は中に入り、興味深いと呟きながら棺の方へと歩いていった。


「この棺の中に…かの中国皇帝の屍が…」


その男が恐る恐るといった様子で棺の蓋を開けると、そこにあったのは土埃一つついていない屍だった。首周りには豪華な首飾り、細い指には黄金の指輪、サイズの合わない真っ赤な服。考古学者の男は、これを見て目を見開いた。


「これが、中国皇帝…!」



考古学者の目の色が、変わった。



屍に触れ、数多くの装飾品に指を滑らせる。その質感、色合い、冷たさを確認するすると、一体この考古学者は何を思ったのか、急にその装飾品を乱暴に掴み、強く地面へと叩きつけた。


首飾りを壁に投げつけ、指輪を靴で踏みにじり、服を剥ぎ取って土部屋のあちらこちらに投げ捨てた。


「おいお前、何をしている?」


「中国皇帝の宝を奪うのだ、これだけの物があれば、私は、私は…!」


男は狂乱気味に言いながら、ただひたすら装飾品を剥いでいた。楽しそうに高笑いしながら装飾品を散らかし続け、時々土人形を蹴飛ばしてしまったりもしていた。

蹴飛ばされた土人形が壁に当たって砕け散るその様に、だから忠告したのにと俺はため息をつくことしか出来なかった。


「アハハハッ!!あははっ、あはっ、はハハっ……」



一通り荒して満足したのか、気づけば考古学者は地面に座ってただ笑っていた。笑って、笑い転げて。いずれその声は小さくなり、不格好な姿のまま土の床へ倒れ込んでしまったのだった。



「やれやれ」



俺は棺から起き上がり、散乱した装飾品を集めた。今回も酷く荒らしてくれたものだと呆れながら、その装飾品を一つ一つ丁寧に身につけていく。



「全く…憂鬱だ。」



装飾品を元通りに身につけた屍の俺は、また大人しく棺へと収まった。暗い棺の中で、次はいつまで眠れるだろうかとありもしない瞼を閉じる。




全く憂鬱だ、これ以上なく憂鬱なのだ。




次から次へと来る掟知らずの愚かな人間も、この装飾品に魅力されて暴れ回られるのも、全て大変迷惑極まりない。俺はただこの墓で静かに眠っていたいだけだというのに。


とはいえ、既に死んでいる屍の俺にはどうすることも出来やしない。忠告だけならしてやれるが、話を聞かない奴らは俺が言ったその忠告も、引き返せという命令も、全てを無視して墓を荒らしてしまう。






嗚呼、憂鬱だ。本当に憂鬱だ。







呪われた土の部屋に、また一つ、考古学者の土人形が増えてしまったのだった。



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