第7話

「ちょっとやっておきたい仕事があって。井上こそ。奥さんが家で待ってるんじゃないの。」


井上が結婚したのは、最近のこと。大学時代から付き合っていた彼女と身を固めた。奥さんとは付き合って十年だったらしい。そんなに長くよく待ったよなって感心する。私だったら待てない。


「まぁな。」


奥さんの話をすると、井上は分かりやすく口端を緩めた。昔から奥さんラブの井上だから、結婚する前からその顔は見飽きている。


「なにそのニヤニヤした顔。気持ち悪いからやめてくれる。」

「岩崎に言われたくないね。」


彼は「あっかんべー」と言いながら舌を出してみせた。お前は子供か、と心の中でツッコミを入れる。でも私はそれが嫌いじゃない。こんな風に絡んでくれるのも、社内ではもう井上くらいだからだ。


「……最近、頑張りすぎじゃないか?」


 エレベーターの中へと足を踏み入れると、空気ががらりと変わった。神妙な声を出す彼に、私は「え?」ととぼけてみせるしかない。


「まあ、岩崎がどうして頑張りすぎているのかは、大方検討がつくけどさ。」

「……なんのことよ。」

「宮本さん、結婚するんだろ。」


どんと背中を押されて空中に投げ出されたみたいに、突きつけられた言葉が響いた。井上は私と圭吾が付き合っていた当時を知っている。そして、私がまだ圭吾に未練があることも知っている。


「……仕事以外、やることないんだもん。」

「合コン行けよ、合コン。」

「若い子達ばかりで気後れしちゃう。」

「じゃあ、婚活サイトに登録しろ。」

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