第6話
「岩崎くん、まだ残るのかい?」
そんな私に気づいて声をかけてくれたのは課長だった。五年前はこの課長にもよく口説かれたものだが、最近は距離を置かれている。
「お疲れ様です。ここまでやっておこうと思って。」
座席が回転する仕様となっている椅子を回して腰を上げようとすると、それを課長から手で軽く制止された。
「そうか。よく頑張るな。でも、身体も大事だからほどほどにな。お疲れ。」
「ありがとうございます。お疲れ様でした。」
軽く手刀を挙げてトレンチコートを翻した課長の背中に、軽くお辞儀をする。そして「ふう」と小さく息を吐くと、またパソコンの画面へと身体を向き直した。
落ち込んだからといって、慰めてくれる友人もいない。みんな結婚してしまって、家庭があるからだ。独り者の私は、自分で立ち直らなくちゃいけない。だから今は、仕事に没頭していたい。
「岩崎さん、お疲れ様でした。」
「お疲れ様。」
残業していた同じ課の部下を見送り終えてフロアを見渡すと、ぽつりぽつりと人が残っていた。さすがに最後の一人になるのは嫌だから、きりの良いところまで仕上げてパソコンの電源を落とす。
いつまでこんな日々を続けるのだろうと思うけれど、今の私にこうするしか方法がないのだ。
「あれ岩崎、まだ残ってたのか。」
荷物を持って消灯寸前の廊下を歩いていると、後ろから聞き知った声に呼びかけられた。エレベーターへと向かう足を止めて振り返ると、同期の井上が居た。別の課ではあるが、彼も係長代理である。
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