第8話
「気が向いたらね。」
遠慮のない物言いだが、幾分か気が軽くなった。気を使われすぎるのも、気疲れするのだ。
「今度同期で集まって飲むかぁ。」
「井上、幹事してよ。」
私は井上の肩をバシッと叩いた。そのタイミングで、エレベーターが玄関のある一階へと到着する。私が「開」のボタンを押している間に、井上がエレベーターから降りる。それに続いて、私も降りる。
「じゃあ、近日中に連絡するよ。気晴らしに飲みに行こう。」
「うん。よろしく。」
「じゃ、お疲れ。」
「お疲れ。」
会社の玄関をくぐるのと同時に井上と別れると、私は地下鉄の駅の方へと歩を進めた。寒風が身を切るように体を冷やす。今年の冬は、本当に寒い。
もうすぐクリスマスを迎える街並みは、綺麗にドレスアップしている。煌めく光はまるで私とはかけ離れた世界の出来事のようで、余計に惨めさを感じた。
駅のホームへと吸い込まれると、外との温度差に頬の表面がじんわりと熱を帯びる。仕事帰りの人々でごった返したホームで、乗り込みたい車両の扉の位置にあるホームドアのところへと並ぶ。
電光掲示板を確認すると、私の乗る予定の電車は一駅前を出発したところらしかった。電光掲示板から電車が滑り込んでくる線路の方へと目を移したところで、トントンと肩を誰かに叩かれた。
何事かと小さく肩を震わせてゆっくりと振り返ってみると、そこには私よりも若い男性が立っていた。紺色のスーツにベージュのコートを羽織っている。こんなにも寒いのに、コートを羽織っただけでよく居られるなと脳裏を掠めた。鞄でもぶつかってしまったかと思い「なんでしょうか?」と尋ねた。
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