065

 目を閉じる。

 視覚を手放すとほかの感覚が鋭くなる。

 それは魔力への知覚も例外でなく、身体へ出入りする魔力を明確に感じるようになる。

 その流れを掴み、そこに力を加える。

 入ってくる魔力の穴を絞ったり広げたりして魔力の流れる量を変える。

 するとその流れに波ができる。

 その波を自身の鼓動、精神の波に合わせていく。



「そうだ、もう少し強くするんだ」



 魔力の熱が強くなるよう波の振れ幅を大きくしていく。

 重ねている精神の波も強くなっていく。

 徐々にテンションアップしていくのを自覚する。

 ああ、これ!

 わくわくして浮足立ったときのような感覚!

 なんかこう、色々やりたくなってくる。

 今なら何でもできそうなくらいのテンションだ!



「もっとだ、もっと。限界まで高めろ」



 まだ足りない!?

 指示どおり俺は集魔法で魔力を集める。

 身体を循環する魔力に次々と付け加えていく。

 んん、これ、当初魔力酔いしてた、くらくら感!


 怖かったので魔力を限界まで集めたことはない。

 これだけ集められるなんて自分でも驚きだ。



「うん、うん。よし、いいぞ。そのままもっと集めて」



 俺の背中に両手を添えていた凛花先輩。

 言われるがまま魔力を集積していく。

 


「もう・・・限界・・・」


「よし、集めるの終わり」


「え? これで、終わり?」



 エンジンを吹かして暖めたところで終了って言われたよ?

 この余ったエネルギーどうすんの?



「喜べ、君の流れはおおむね良好だ。癖も少なく満遍なく循環している。導通訓練が良かったんだろう」



 うんうんと頷いている凛花先輩。

 導通訓練って・・・うん。香、ありがとう。


 遅い昼食の後、闘技部の部室で魔力の流れの鑑定してもらっていた。

 そのために体内の魔力循環を強くする方法を教わっていた。

 問題ないという結論はありがたいのだけれど・・・。



「あ、あのさ! 魔力余ってんだけど・・・!?」


「あ~? ははは、持て余してるのか!」



 なんだこれ!?

 熱々のお茶が入った湯呑を手に持って、熱くて手放したいけど、手放すとこぼして大惨事って感覚だ!

 

 具現化リアライズや丹撃に合わせて練気をしたことは多々ある。

 でもこうして行き先がないのに魔力を集めるのを最近はやっていない。

 余った魔力に身体が苛まれるのを知っているからだ。

 

 前よりもその効率が上がっていた。

 今回はそれに加えて身体の容量以上に集めたのだ。

 より大きく持て余したエネルギーの発散方法に困ってしまう。

 俺の身体から白いオーラが立ち上り、時折、ばちばちという音を立てていた。



「え、こ、これ、どうすりゃ良いんだよ!?」


「その状態は限界突破リミットオーバーだ。学校で習う魔力出力理論値の倍近くある」


「そうじゃなくて・・・!」


「何か使ってみろ。突破放出オーバードライブになるぞ」


「ちょ、それじゃ壊しちまうよ!?」



 何を壊すつもりもないけれど。

 こんなエネルギー、出すだけでもヤバそうだというのは理解できた。



「止めるにしても発散するのが一番だ、好きに暴れてみろ」


「えええ!?」



 ちょ、ちょっと!?

 身体の奥底から湧き上がるエネルギーが全身を突き動かしてるよ!?


 思わず俺は地面を蹴った。

 疑似化をしているわけではないので人間離れした筋力があるわけじゃない。

 だけれども、その一挙一投足に魔力が乗っている。

 常に全身で丹撃を放っているようなものだ。


 その結果、駆け出した俺の足が蹴る場所に強烈な衝撃が走る。

 どかん、どかん、どかん。

 まるで重量のあるロボットが歩いているかのようにクレーターを生成していく。

 しかも有り余ったエネルギーはこのくらいでは発散してくれない。



「せ、先輩!?」


「ほれ、走れ」



 好きにったって!?

 駆け出した脚は止まってくれない。

 闘技部のフィールドにある岩に向かって突進していた。



「ぎゃあああぁぁ!?」



 どかんどかんどかん!

 地面を蹴る力はより強くなっていく。

 止まらねえよ! ぶつかる!!

 反射的に俺は全力で丹撃を乗せて岩を殴っていた。


 どごおぉぉぉん!!


 目の前で火薬を爆発させたような衝撃。

 俺の突き出した拳は、身の丈ほどもある岩を粉微塵に吹き飛ばしていた。



「ははは! 良いね良いね、どこまで続くか見せてくれ!」


「ちょ、止めてくれよ!!」



 笑って見てるなんて、絶対に遊んでるよね!?

 俺はそのまま突進を続け、岩を数個破壊した。

 これじゃフィールドが荒れちまうよ!



「とにかく止めて!」


「あ? アタイが止めて良いんだな?」


「頼むよ!!」



 まるで暴走したブルドーザーだよ!

 このままじゃ部室の壁とか大事なもんも破壊しちまう!



「よし、こっちに来い!」



 飛び上がった凛花先輩が俺の正面に降り立つ。

 彼女は全身に緑色のオーラを纏っていた。

 両手を広げたその彼女に向かって俺は飛び込んだ!

 傍目には再会した恋人の胸に飛び込むシーン。

 男女逆だけどね!


 ばしいいいぃぃぃぃぃん!


 弾ける魔力。

 俺が飛び込むと同時に先輩に魔力がぶち当たる。

 足元にクレーターを作りながらも、ぎゅう、と俺を抱きしめた凛花先輩。

 俺の暴走した魔力と先輩が貯めた魔力が相殺していた。

 白と緑の魔力が煌めいてあたり一面に飛び散る。

 だがそれだけでは止まらない。



「ああああああ!!」



 視界も平衡感覚もぐらぐらと揺れる。

 何がなんだかわからなくて叫ぶ俺。

 手足をでたらめに動かしながら先輩に抱きしめられていた。

 とにかく有り余った魔力を全身から放出し続ける。



「おおおおおおお!!」



 凛花先輩の気合。

 俺を抱きしめたまま、魔力をひたすら相殺し続けている。

 まるで暴れる子供をあやしている親のようだ。


 ばちばちばちばち!


 周囲に散っていくライトグリーンの霧。

 発散する魔力とともに暴走した精神と身体がずどんと鉛のように重くなっていく。

 重すぎて立っていられなくなってきた。

 気怠さも倍増。

 すべてを放り出して眠りたくなってしまう。

 もしかして人間を止める薬が切れるとこんな感じ?


 そうして力が抜ける俺の身体を、凛花先輩は抱きしめて支えてくれた。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


「それが魔力の暴走だ。覚えておくんだ」


「魔力の・・・暴走・・・」



 呼吸を整えながら、今起きた事象とその言葉を結びつけていく。

 ああ、そうか。

 俺は今まで余ったエネルギーを外へ使えたからこれで済んだんだ。

 これを身体に溜めたままにすると爆発するってやつか。



「はぁ、ふぅ・・・ありがとう、凛花先輩」


「ははは。亲爱的武ダーリンは相変わらず手がかかるな」



 俺をずっと支えてくれている凛花先輩。

 急速に冷えていく身体に寒気を感じる。

 ああ・・・使いすぎて逆にエネルギー不足なのかな。

 温かい彼女の身体が心地良い。

 もっと温まりたい。

 感覚が戻らず自立できないことを言い訳に、俺は彼女に身体を預けていた。



「ふふ、これなら駄賃をもらっても文句は言えないよな」


「・・・え?」



 暴れていたときのまま、凛花先輩は俺をがっちりホールドしていた。

 身体の自由はきかない。

 あれ、と思考が追いついたときには唇にふわりとした感触。



「むぐ!? ちょ、凛花先輩!?」


「良いじゃないか亲爱的武ダーリン、ご無沙汰だっただろう」


「お、俺の心の準備・・・む〜!?」



 ずっと大人しかったからすっかり油断してたよ!

 じたばたと暴れてみるが、もともとそれをがっちりとホールドしていたのだ。

 身体強化をした彼女から逃れる術はない。


 ちょっ、やめて!

 意中になくてもこんなにされたら嫌でも意識しちまう!


 意識をした途端、彼女の女の子らしい匂いが鼻孔をつく。

 だめだめだめ!!



「ほら亲爱的武ダーリン、力を抜いて身を任せろ」


「ちょ、ま、む〜〜!?」



 頬を朱に染めてご満悦の凛花先輩。

 ああもう、どうして俺はひとりで来ちまったんだ。


 この後、彼女が満足するまで何度も口付けされてから解放された。

 慣れてないのかソフトなやつばかりだったのが救い。

 でもこんなん繰り返したら凛花先輩とも共鳴しちまうよ。


 ・・・もともとこれが目的だったんじゃね?

 会長との関係はどうなってんのよ。

 彼女の意識がどこへ向いているのか俺には理解できなかった。


 またひとつ面倒を見てもらえたことには感謝すんだけどさ。



 ◇



 武器棟の第2フィールド。

 ウェーブがかった紅蓮の髪を揺らしているジャンヌと向き合っているのは結弦だ。

 濡れ羽烏色の前髪から覗く褐色の瞳がじっとその姿を見据えていた。


 おもむろに斧槍ハルベルトを頭上でぐるぐると振り回し、肩慣らしを始めるジャンヌ。

 その動きを受けて、目を閉じ集中力高める結弦。

 ジャンヌが斧槍ハルベルトを地面に降ろしたところで彼も目を開けた。



「レオンの大剣ツヴァイハンダーの威力、ソフィアの刺突剣エストックの連撃、さくらの意表を突く矢、リアムの銃弾の速さ。あたしの斧槍ハルベルトはどれにも及ばないけれど、実戦という意味ではいちばん優れているつもりよ」


「ええ、ご教示ください」


「ん、あたしは実戦派だからできることは何でもやっていいわ、あたしも何でもやるから。遠慮しないであたしに一撃を入れてみて」


「わかりました、お願いします」



 そうしてふたりは構えた。

 真剣な表情。ジャンヌは殺気立っている。

 ・・・訓練という雰囲気ではない。

 ジャンヌの実戦という言葉は文字どおりということか。



「はっ!」



 掛け声とともにジャンヌが地面を蹴った。

 斧槍ハルベルトを浅く持ち結弦に迫る。

 間合いに入るまで結弦は様子を見ていた。


 そのまま斧槍ハルベルトの穂先で突くのかと思っていたら。

 ジャンヌはぐるんと槍を回転させて柄で結弦の胴を狙った。

 石突きだ。

 本気の殺し合いじゃないから殺傷力を落としてるのか?


 がが、と鈍い音がした。

 突き出されたそれを結弦は両手で持った鞘を持ち上げることで逸らしていた。

 両手を使ったのは刀と槍、重量差を考慮してか。

 すると押し上げられた反動で斧槍ハルベルトはジャンヌの手を支点に回転し、刃の部分が突き上げるように結弦の顔に迫る。

 結弦は持ち上げた鞘から抜刀しその槍の先に合わせた。


 がきぃぃぃん!


 結弦はそれを火花散らし受け止めた。

 ジャンヌも距離が近すぎる。槍術で闘える間合いじゃない。

 これは仕切り直しか、と思った。



「がはっ・・・!」



 ・・・って、あれ!?

 結弦が膝をついてる!?

 よく見るとジャンヌの膝が彼の胴に突き立てられていた。

 格闘術!?

 しかも鳩尾! 痛そう・・・。



「槍だけとは言ってないわ」


「・・・も、もう一度お願いします」



 ふらりと立ち上がる結弦。

 ジャンヌはふたたび構えた。



 ◇



 ことの発端は俺が皆に相談したことだった。

 レオンと結弦の夏の間の成果を褒めたところ、結弦が「まだまだ腕を磨きたいです」と謙遜気味にぼやいた。

 彼のイベントを確実に成功させるには、より多くの予習・・をしてもらうのがよい。

 そこで彼の練度を上げるためにどうすれば良いかと俺が皆に声をかけてみた。

 するとレオンを除く4人が言い出した。

 「あたしの斧槍ハルベルトを捌ければ技巧は相当なものね」

 「僕のM40を打ち落とせば速さに慣れて正確さが上がるよ」

 「わたくしのエストックによる突きを躱せれば立ち回りは十分ですわ」

 「わたしの具現化リアライズも使い、四方八方から同時に届く弓で不意打ちに対処するというのはどうでしょう」

 素人目にはなかなかに殺意の高い提案。

 でもこれ、実はラリクエゲームで結弦の攻略時に、各主人公が修練のため彼に課す内容だ。

 皆伝の試合は物理武器で行うので、物理武器による課題が与えられるのだ。

 てことは何? 結弦、全員から攻略されてんの?



 ◇



 そんなわけで最初はジャンヌから結弦と訓練をすることになったのだ。

 無言で視線を交わすふたり。

 先に動いたのはまたジャンヌだ。



「やっ!」



 ジャンヌが大上段に斧槍ハルベルトを振りかぶる。

 距離があるので踏み込まないと結弦の間合ではない。

 それを計算してかジャンヌは振り下ろしながら突進した。



「!」



 結弦はそれを最小限に左に躱し腰を落として抜刀の構え。

 ジャンヌが斧槍ハルベルトを振り下ろすと同時に彼女めがけて一閃した。



「ふっ!」



 だがそれは空を斬り、ひゅんと音を立てるだけ。

 ジャンヌは棒高跳びの要領で飛び上がり結弦の真上に位置していた。

 斧槍ハルベルトに手をつき逆立ちになり、両手で柄を掴む。



槍雨ランス・プリュイ!」



 滞空時間なんて高が知れている。

 だというのに10を超える回数の突きが頭上から結弦を襲った。

 ざざざ、と足を動かし躱す結弦。

 だがそれで間に合わないのだろう、がきん、がきんと刀で捌いていた。


 その攻勢に手が出ないのか防戦一方の結弦。

 槍の雨を振らせたジャンヌは着地に合わせて斧槍ハルベルトを回転させる。

 それを屈んで躱す結弦。

 ジャンヌの身長に合わせて屈むとかなり低い姿勢になる。


 回転する槍の下、結弦は胴を晒したジャンヌに狙いを定める。

 あ、と思った時には彼は一閃していた。



「しっ!」


「甘い!」



 がきぃぃぃぃん!

 がらん、がらん、がらん。


 斧槍ハルベルトが弾き飛ばされていた。

 だが地に伏せて腕を極められていたのは結弦だった。

 速くて瞬時には何が起こったのか判断できなかった。

 俺は目に焼き付いた光景を解釈してようやく何が起こったかを理解した。


 結弦が一閃を放つ直前、ジャンヌは回転させる斧槍ハルベルトを手放し結弦に放った。

 そのままジャンヌを斬れば自身も回転して迫る槍の餌食になる。

 仕方なく結弦は槍へと刀の軌道を修正した。

 ジャンヌは30センチもない地表と刀の軌道の間を潜り、結弦の足を足で払ったのだ。

 転んだ結弦の腕を取り、背中側に回して極めたというわけだ。



「くっ・・・参りました」


「足元がお留守よ」



 ・・・これ、喧嘩慣れ、という評価だよ。

 ジャンヌは相手を倒すことを主体に考えていて技など二の次なのだろう。

 武器の使い方や試合形式など気にしていない。

 だからこれは試合ではなく喧嘩だ。

 単純に相手を下すための手段なのだ。

 魔物を相手にする実戦では何よりも必要とされる技術だ。



「・・・もういちど、良いですか」


「納得いくまで付き合うわ」



 向き合うふたり。

 これは訓練というよりも勝負だ。

 相手を下すという気迫が違う。

 下手に触ると火傷をしそうなほど。


 この後、ジャンヌとの勝負で彼が白星を掴むことはできなかった。


 「その貴方の姿勢じゃあたしに届かないわ」

 それがこの日の締めくくりの言葉となる。

 少し呆れたように退場するジャンヌを悔しそうに見送る結弦。


 結弦を全パターンで訓練し完璧にして皆伝イベントに臨ませる俺の作戦が・・・。

 何がどう悪かったのか俺にはよくわからなかった。

 彼にどうアドバイスすべきか、この日から俺は頭を悩ませることになる。







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