第3章 到達! 滴穿の戴天
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窓から吹き込んだ青い風が少し涼しさを運んでくる。
頬杖をついた俺の、授業で煮詰まった思考を少し冷ましてくれた。
そうだよ、もう秋だよ。
9月になったんだよ。
時間に流されてちゃこの世界にも流されちまう。
流されちゃ駄目なんだ、楽な方に行くんじゃない!
ドタバタした後の安心感でまたぼさっとしてしまった自分に喝を入れる。
俺は改めてイベントをコントロールするため動くことを決意した。
「――と、このような属性の重ね合わせによる減衰は次の式で説明できる」
2学期が始まっていた。
具現化の授業は皆と一緒に受けるようになった。
聖女様曰く「すごい。4か月で1年分のカリキュラムを終えた」そうで。
あとは身につけた具現化をとにかく実践するのみだそうだ。
具現化の共通知識としての座学も大事なのでこうして授業を受けている。
「――これらの属性ベクトルは、先程の行列式で定義したプライマーΔを使い変換することでエネルギー量を計算できる」
だけれども授業内容に途中参加の俺は頭に入らない。
ゲームで小難しい計算などなかったから、という理由もあった。
それ以上に現状分析へ思考を傾けていたせいだ。
ちらりと横を見やる。
真剣に授業を受けている結弦やソフィア嬢が別世界にいるようだ。
この主人公たちに立ち向かってもらわねば俺は雪子に会えない。
夏休みにやったこと。
ディスティニーランドへ行って、シミュレーターをやって、アリゾナへ行って。
帰ったらレオンの自主練に付き合って筋肉痛になって。
それからオリエンテーリングで凛花先輩とアレクサンドラ会長に弄ばれて。
うん、なんかもう思い出したくもない。
ラリクエ攻略的には悪い方向に充実した夏休みだったように思う。
全主人公同士の絆を深める。
こうすることでキズナ・システムを活用し全員の能力を伸ばす。
俺の知るラリクエはこれがいちばん魔王攻略ができる可能性が高い。
当初からこの方針に変更はない。
だけれども思うようにその絆を築けていない。
ゲームをクリアできるようプレイするなら1年生の秋時点で攻略相手との親密度が30くらい必要だ。
おそらくそれは共鳴率。
とすると満たしていそうなのはジャンヌとリアム君だけだ。
ほかの4人もどうにかして親密度を上げたい。
このままでは攻略計画自体が破綻してしまう。
そのうまくいったと思われるリアム君の帰省イベント。
それでさえゲームと全く異なる展開を見せた。
彼を攻略する場合、お姉さんを含めた彼の家族は生きている。
お姉さんが亡くなるシナリオはバッドエンドルートであることにはあった。
でもバート教授まで亡くなるシナリオなんてない。
今はすべてが想定外なのだ。
ゲームシナリオから完全に逸脱しているのだから。
「・・・武さん」
主人公全員のイベントが入り乱れていることは歓迎会で認識をした。
序列崩壊もジャンヌの件でわかった。
さくらとソフィア嬢の遊園地イベントで、彼女らの実力もなんかおかしかった。
オリエンテーリングだって、行き先からしてゲームとは違った。
原作ファンからすると、ここまで突っ込みどころ満載だ。
「武さん、武さん」
俺という異分子がシナリオを狂わしているのはわかる。
さくらの好意を俺に向かわせちまってるし、凛花先輩も助けちまったし。
でもね、もう少し原型を留めていてほしいのよ。
もし完全に崩壊してしまうなら魔王攻略計画自体が頓挫しかねない。
ゲーム知識なしでクリアできる難度じゃない。
せめて俺の知っている範囲でイベントが発生してほしい。
その本来のイベントを攻略するレールに乗せるために俺はここにいるというのだから。
「武さん、当てられてます」
だからこそ認識できる正規のイベントは極力誘導して絆を作る。
幸い、結弦の免許皆伝イベントは普通に発生しそうな感触があった。
レオンと結弦が夏休みに頑張って修練をしたからだ。
このまま結弦に頑張ってもらって話を進めてもらおう。
うん、これまでの経過や現状を憂いても仕方がない。
できることからやる!
「京極 武!」
「あん? うるせえな、ようやくまとまったところなのに」
「ほう! それは良い答えを期待できそうだ」
「・・・え?」
くすくす、と周囲が押し殺した笑い声に包まれる。
目の前には口元をひくつかせている教師が立っていた。
・・・うん、授業中でしたね。
俺、なんでこんなベタな展開をしてんだよ。
恥ずかしいことよりも、ここまで没頭してしまっていた自分に驚いていた。
◇
「はぁ」
思わず溜め息をついてしまう。
あまりに考え事に没頭しすぎていた。
皆にその姿を晒してしまったことが問題なのだ。
「武さん、どうされたのですか?」
昼食のトレーを持って歩きながらさくらが声をかけてきた。
心配そうな顔をしている。
いつも俺の様子がおかしいとこうして気にしてくれるのは嬉しい。
「なに、寝不足? 夜に頑張りすぎたの?」
「眠いんじゃねぇよ、考え事だよ」
どうせやらかしたんでしょ、と言わんばかりの細目をしていじってくるジャンヌ。
その微妙な突っ込みについ言い返してしまう。
って、こいつらに俺の計画を言うわけにはいかねえんだよ。
また考えなしについ口走っちまった。
「何かお悩みですの? お力になれることがあれば何なりと」
これまた心配そうに俺の顔を覗き込んでくるソフィア嬢の有り難いお言葉。
けどお前に頼るといつも借りが発生すんじゃねえかよ。
リアム君のお母さんを調べたときのもまだ返せてねぇのに。
駄目駄目、そもそもの悩みの種のこいつらには相談できねえんだって。
「はは、大丈夫。腹が減って昼を何にしようかって考えてただけだよ」
シリーズ誤魔化し☆
露骨だからこそスルーしておくれ。
「そうなんですか? それなのにおにぎりだけって寂しいですね」
スルーしてくれよ!
結弦に突っ込まれて自分のトレイを見る。
白米にパリパリの海苔が巻いてあるおにぎりが2つ仲良く湯気を立てている。
隣に添えてある黄色い沢庵が食欲をそそる。
うん、美味しそうな匂いがする。
白米と海苔のハーモニーが空腹を刺激してくる。
・・・おかずなし。ダイエット中の女子か。
「そうだな。この間、俺とトレーニングしたときには丼を2杯は食べていたというのに」
レオンの冷静な分析。
やめて! 畳み掛けないで!
もうHPは0なの!
ああ、そうだよ!
腹が減ってるときはカツ丼2杯は軽く食べちまうよ!
誤魔化しでドツボに嵌っていく自分に嫌気がさしてくる。
・・・なんかもう、ね。
今日は駄目だわ、俺。
「俺のことは良いんだよ。こういうお年頃なんだ」
どういうお年頃だってばよ。
皆同い年だって。
もはや何をどう誤魔化しているのかもわからなくなる俺。
首をひねる皆の視線が痛い。
「・・・ところで結弦、時期外れの帰省はいつになったんだ?」
必死に話題転換する。
彼は先日、月末ごろに帰省しますと言っていた。
この時期に帰省=免許皆伝イベントと推察できたのでその確認だ。
俺の話題転換をようやく察してくれたのか結弦が答えてくれた。
「今月末、29日30日の土日ですね。1泊で帰ってきますから帰省というほど大袈裟なものではないですよ」
「ああ、うん。近いとそんな感覚になっちまうよな」
この応答でなんとかいつもどおりの雰囲気になる。
各自、席について挨拶し、食事に手を伸ばした。
俺もおにぎりを頬張る。うん、美味い。
すぐに1個を食べ終える。輝く沢庵で口直し。
・・・足りねぇ。追加で何か持ってこようかな。
夏休み明けのこのタイミングで起こる、結弦攻略の要となるイベント。
天然理心流、居合術の免許皆伝イベントだ。
レオンが主体で結弦を攻略するシナリオはクリア条件が厳しい。
結弦が相応の実力を身につけたうえで彼との親密度も高くなくてはならない。
もし失敗してもクリアはできるけど、結弦の技能習得が無くなるのでかなり大変になる。
だから確実な攻略を目指すならこの皆伝イベントの成功は必須だ。
これまでのパターンからゲームのイベントどおりに進むとは思っていない。
それも踏まえてうまく立ち回らなければ。
「結弦、夏の間の集大成だろう。俺も見に行こう」
「はい、もちろんです。こちらからお願いしようと思っていました」
「互いにあれだけ修練したからな。その成果を見たくもなる」
おっとこのレオンと結弦のセリフ。
しっかりとイベント進行してるよ。
レオンで結弦を攻略するフラグが立ってる。
彼がついて行って皆伝試験の結果を見届けるやつだ。
もう誰と誰の組み合わせがどうとか考えないことにする。
入り乱れて制御できる気がしねぇ。
とにかく主人公同士での仲を進展してほしい。
「あのさ。俺、その帰省についてっても良い?」
「え?」
「ふたりが頑張ってるの見てたから応援してぇんだよ」
例によってまた取ってつけたような理由。
結弦はちょっと意外そうな表情だ。
ううむ、唐突すぎたか?
「ええ、武さんなら構いませんよ。家に確認しておきますね」
「いきなりでごめん。行けそうなら頼むよ」
来てくれて嬉しいのか、彼はにこりとした。
良かった、前向きに検討してくれそうだ。
なぜか高い俺への好感度を悪用しているようで心苦しいけど、なりふり構っていられない。
「うう、またご実家・・・」
「さくら様、大丈夫ですわ。武様は応援だけですの」
「・・・そうですね、挨拶ではなさそうですし様子をみましょう」
ぼそぼそとさくらとソフィア嬢が隣で話していた。
うん、君たちは遠慮してくれたまえ。
収拾がつかなくなる。
気付いていないふりをしておこう。
「聞いてよジャンヌ、博士がまた新しいアーティファクトを解析してるんだ! 花火みたいに綺麗な炎を出すんだよ!」
「あんた、まだ通ってたの? それで? 放課後、また行くのね」
「うん! 実験するのって楽しいよね!」
こちらの予定もそんなに気にならない様子のリアム君。
相変わらず自由人だな、またパンゼーリ博士のところに入り浸ってんのか。
このふたりは良い感じにやってくれている。
俺が関わらずに関係が深まるなら大歓迎だ。
温かく見守っていこう。
こうして俺は結弦の実家行きを取りつけた。
◇
突き抜けるような青空。
残暑も消えつつあるこの時期、木陰にいればもう涼しいくらいだ。
「よう、ここで会うのは久しぶりだね」
「あれ? 缶詰は終わったの?」
「ああ、アレクサンドラの教え方は上手いから。3か月で2年半分を終えたよ」
それって詰め込む方の能力もすごい。
俺の聖堂の訓練どころじゃない。
さすが元主席。やればできる。
あの期末試験を経験したからこそ、わかりみが深い。
ここは学園の裏庭。
昼下がり、授業中だけあって誰も来ないはずの場所。
「そういう
「・・・自主休講だよ」
寮の部屋に戻ると余計に考えがまとまらない気がした俺はベンチ裏の木陰に寝そべっていた。
前に凛花先輩の定位置だった場所だ。
そうしたら凛花先輩がやってきた。
しばらくここには誰もいなかったからひとりになれると踏んで来たのに。
サボタージュしていることで、悪戯して隠れている子供みたいにちょっと後ろ暗い気分になる。
「悩みごとかい? ほら、頼りになる先輩に話してみろ」
咎めるのかと思ったら俺の横に腰掛ける凛花先輩。
その余裕そうな笑みが、ほんとうに頼りになりそうと予感させてくれる。
先日のオリエンテーリングで一緒に行動したときから。
彼女の、あのガツガツした雰囲気は鳴りを潜めていた。
呼び方はダーリンのままだけれど、また以前のように話せる間柄に戻ったのだ。
・・・缶詰の間に何かあったのだろうか。
「俺さ、凛花先輩の疑似化なしだと戦闘時に何もできねぇのが嫌なんだよ」
「あ~? 君には規格外の魔力があるだろう。澪よりも強力な魔法が使えるはずだ」
「白魔法って攻撃できないだろ? 自分の身を守るくらいの能力が欲しいんだ」
「仲間に負担をかけるから、か。なるほどねぇ~」
凛花先輩は少し思い巡らすように空を仰ぐ。
この人が考えている姿を見るのは珍しい気がする。いっつも直情的だから。
ボーイッシュな横顔が考え込む姿も絵になる。
攻略キャラにするなら男装の令嬢的な役割でいけそう。
「歓迎会のときもそうだったが君は周りをよく見ている。仲間の動きに応じて立ち回っていただろう。自分のことをよく理解している証左だ」
「んだからこそ、自分がふがいなくて困ってんだよ」
「ほんとうにそうかい? アタイは前にも君の力が何かを言ったはずだぞ」
そう言って凛花先輩は俺の顔を覗き込んできた。
何か言われたっけ?
すぐに思い出せなくて顎に手を当ててしまう。
「あ〜そうだな、そういった立ち位置は戦場で見つけた方が良い。澪もそうだったらしい」
「え? 聖女様も?」
意外。
あの超然としてる聖女様が迷える子羊だったとは。
いや、むしろそういった人をあのように変えてしまうのが戦場かもしれない。
戦場、ね。
高天原にいる生徒のほとんどが世界戦線へ出るつもりでいる。
だから常在戦場という意識の人も多い。
平和な環境で育った俺には理解できない感覚だ。
この戦場という言葉ひとつをとってみても。
俺が腑に落ちないのを見て、彼女は思いついたように言った。
「よし、それなら闘神祭が終わったら君も一緒に参加だ」
「参加って何にだよ。その後は飛翔祭まで何もねぇだろ」
「うん、決まり。悩むぐらいなら身体を動かせ。君らしくもない。手配はアタイがしておくから。先輩に任せておけ」
「・・・」
この人の強引なところは相変わらずだよ。
やるともやらねぇとも言ってないのに。
「どうせ断れなさそうだしわかったよ。ところで凛花先輩、缶詰の間に会長と何かあった?」
「なな、何かってなんだ!? な、何もないぞ!」
こんなわかりやすく、しどろもどろになるんかい。
凛花先輩、相変わらず初な感じなのね。
俺への執着が収まったのを不思議に思っていたけれど。
もしかしてと思ったらほんとうにそういうこと?
は~、あのアレクサンドラ会長とねぇ。
正直、想像できねぇ。
「ふーん。じゃ、その会長は缶詰終わってから何してんの?」
「アレクサンドラは溜まった生徒会の仕事に精を出してるよ。闘神祭でやることは山ほどあるからな」
うんうんと納得するように頷く凛花先輩。
・・・仕事を溜めちまったのはあんたのせいだろ。
ああ、だからオリエンテーリングも手伝ってたのか。
あのオリエンテーリング。
引率される側の俺が、なぜか生徒会に徴発され救護班として活動した。
それもアレクサンドラ会長と凛花先輩の3人班。
まさかの主催者側としての参加だ。
あのときは会長が出張るから凛花先輩を連れてきたのかと思っていた。
でもこの様子だとそれだけじゃなさそうだ。
「そうだ、オリエンテーリングで思ったんだ。闘神祭までの間に君の魔力の流れを見たい。ここで寝ているなら、顔を貸すんだ」
「見るって? 何かあんの?」
「導通を繰り返して魔力が流れるようになったころ癖がつくんだ。良い癖なら良いんだが悪い癖だと後々、よろしくない」
「へぇ、そんなのもあるのか。そのへんの話って授業じゃやらねぇからな」
俺の、というか学園でほかの誰も知らない魔力操作。
この凛花先輩の気功術から来る技術は素晴らしい。
きっと広まっていないのはAR値がある程度高くないと効果が薄いからだろう。
気功術に長けてAR値が高いって条件で絞ると、世界に数人なんじゃないのか?
「うんうん、できる技術は身につけておけ。必ず君の助けになる」
「ありがとう、よろしく頼みます」
俺は頭を下げた。こうして気にかけてもらえるなんて僥倖だ。
しばらく、自分の訓練はまた凛花先輩に面倒を見てもらえそう。
なんだかんだでこの先輩は俺の助けになってくれるありがたい存在だった。
「ああそうだ、昼メシがまだなんだ。一緒にどうだい?」
「お供します」
うん、ありがたい存在だ!
成長期の身体が、くぅ、と賛意を伝えていた。
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