066

「いくよー!」


「いつでもお願いします」



 だぁん!

 硝煙とともにM40の銃声が鳴り響く。

 がきいぃぃぃん!

 ほぼ同時に甲高い金属音が鳴り響く。

 切り裂かれた銃弾が彼の両脇に逸れていく。



「うお!?」



 俺は思わず声をあげた。

 その銃弾の片割れが俺の脇を通り過ぎたからだ。



「やった、すごーい!」



 成功を見たリアム君がこちらへ駆けて来る。

 漫画でやっているようなことを目の前でやっていた。

 銃弾を刀で斬り裂く、というやつだ。

 実際に目にすると信じられない。

 固定した刀に銃を撃ちつけて銃弾が真っ二つになる動画は見たことがあった。

 でも銃弾に合わせて居合一閃で斬り裂くなんて。


 これ、実は3度目の挑戦。

 2回ほど失敗して負傷した結弦を俺が身体再生ヒーリングしたのだ。

 こんな怪我上等な訓練方法なんて常識はずれも良いところ。

 あれ? 俺、歓迎会のときに似たようなことをやってたよ。



「リアムさん、ありがとうございます。でも狙いが安定しません、もういちど良いですか?」


「うん、わかった!」



 結弦が頼むとリアム君がまた100メートル向こう側へ駆けていく。

 この狙撃は速度で言えば、1km/秒くらい。

 空気抵抗があるとはいえ着弾まで0.2秒もない。

 撃ってからその刀の切っ先を銃弾の進路へ持ってくるまでの反応速度だというのだから信じられない。

 それをやってみせる結弦が人間離れしていることは明白だった。 


 リアム君によるM40の狙撃は続いた。

 結弦は目を閉じて待機し、リアム君の撃つ直前の気配で目を開け、銃弾に合わせて抜刀する。

 そうしてその刃の切っ先を銃弾軌道へ持ってくることで弾を切り裂いていた。

 ふたたび、ぎいいぃぃぃん、と火花が散った。

 成功だ、いちどできれば安定するものなのか。

 リアム君がこちらへ戻って来る。



「すっごーい! ほんとに見えちゃうんだね!」


「リアムさんのおかげで何とか見えるようになりました」


「もう少しインターバルを短くするね!」



 リアム君が元の位置へ戻るとすぐにM40が唸った。

 ・・・あれ、狙いつける速度もおかしくね?


 だぁん!

 がきぃぃぃん!

 だぁん!

 がきぃぃぃん!


 しかもインターバル短けぇよ! 3秒かよ!

 納刀しねぇうちに連発すんな!

 それを弾いている結弦もおかしい。



「目が慣れてきました」


「もう百発百中だね! 距離を変えてみる?」


「50メートルくらいでお願いします」


「うん、わかった!」



 距離を半分にするって?

 反応速度は倍だぞ?

 固定式の銃を移動させるためにリアム君が走っていく。

 その後ろ姿を見ながら結弦に話しかけた。



「なぁ結弦。お前、夏の間もやってたろ。よく頑張れるな」



 集中と緊張で噴き出た汗を拭いながら彼は答えた。



「そうですね。オレの意地です」


「意地?」


「ええ。後塵を拝するのはもう御免ですから」



 誰の、と確かめる間もなく。

 リアム君の合図で彼はまた構えた。


 だぁん!

 がきぃぃぃん!

 だぁん!

 がきぃぃぃん!


 先程よりも短い間隔で火花を散らす。



「わぁ! もうM40じゃ当たらないね!」


「リアムさんのおかげですよ」


「ううん、結弦くんが頑張ったからだよ! 自信持って!」


「あ、ありがとうございます」


「うん! すごいすごい! 格好良いなぁ、憧れちゃう!」



 リアム君が興奮気味に囃し立てる。

 結弦は少し照れていた。

 攻略時どこかで聞いたことのあるセリフだった。

 ・・・うん、結弦、ちょっと熱っぽい?

 中性的な顔を朱に染めている。


 蚊帳の外の雰囲気の中、俺は俺で感心しきり。

 あんな達人芸を見て平静でいるほうが難しい。



「リアムさん、距離は変えずに弾速は上げられますか?」


「うん! それじゃ神穂の稲妻ブリューナクで実弾を撃つね!」



 そう宣言してリアム君がまた50メートル先へ戻る。

 神穂の稲妻ブリューナクだって?

 あいつ固有能力ネームド・スキルを使うのか。

 ・・・実弾も使えんだな。



神穂の稲妻ブリューナク、おいで!」



 M40を地面に置いてリアム君が呼び出す。

 茶色のオーラに包まれた彼の右手にはM40よりも銃身の長い、黄金色に輝くライフルが握られていた。

 リアム君の固有能力ネームド・スキル神穂の稲妻ブリューナク

 例により重さもなく、弾も魔力で生成されるそれは、ラリクエで最強の遠隔武器だ。

 速さも威力も連射性能もM40に比べて段違い。

 唯一の欠点は弾が直進しかできないことだけど、その欠点は物理武器にも言えるわけで。


 覚醒時の皆の紹介で話は聞いていた。

 もちろんラリクエゲームでも知っていた。

 でも実際にあれを目にするのは初めて。

 よく観察させてもらおう。

 実弾を撃ち出すとどうなるのやら。



「結弦くん、いくよ!」


「いつでも!」



 薄く輝くその銃身が、すぱんと遠慮気味に小さく唸り声をあげる。

 その声量に似合わない速度で実弾が飛び出した。

 がぎいいぃぃぃぃん!

 先程よりも大きな金属音が鳴り響く。

 俺の目には銃が光ったら弾を結弦が弾いていたように見えた。

 ・・・なんだあれ。

 撃ってからノータイムじゃね?

 素人に見えるもんじゃねぇ。


 無事に弾いてもまだ足りなさげな結弦。

 それを囃し立てるリアム君の声。

 ふたりはまだまだ繰り返す算段をしていた。


 どうやら今日はもう俺の出番はなさそうだ。



 ◇



 学園武器棟の第2フィールド。

 俺が修練をしたいときはいつもここを予約している。

 なぜって第1フィールドよりも広く、屋外のフィールドよりも見通しが良いからだ。

 その広いフィールドの中央に立ち尽くす結弦。

 遠くから見守る俺の横をびゅう、と通り過ぎていくものがあった。

 水色の軌跡を描くそれは彼の右後方をまわりこみ、空中で軌道を変えて彼目掛けて迫っていく。



「はっ!」



 ばきっ、と刀が矢を叩き落す。

 その所作が終わる前に次の矢が逆方法から迫った。



「せっ!」



 後頭部に目があるのかよ、と突っ込みたくなるような動き。

 迷うことなく振り返りざまに逆袈裟斬りで矢を打ちつける。

 ばきんと矢が吹き飛んでいった。



「! ふっ!」



 次に左右同時に迫った2本の矢。

 それを屈んで躱し、頭上で交差したタイミングで2本とも切り上げて打ち落とした。



「すごいです! もう慣れてしまったのですか」



 俺の横で白魔弓ザンゲツを構えるさくら。

 これで3度目。

 彼女が放った木製の矢はすべて打ち落とされた。

 2度目までは掠ったり、受けきれず躱したりしていたのに。



「いえ。来る、とわかっていることですから対処できるんです。不意打ちでこれだけ来ると当たってしまうと思います」



 結弦の言葉にさくらが思案する。

 不意打ち、不意打ち、と呟いたところで泳がせていた視線が俺に留まった。



「そうです、武さん!」


「遠慮したいんだけど」


「提案されたのは武さんなのですから」



 俺はこの訓練に付き合ってはいるけれど身体再生ヒーリング要員だ。

 彼に稽古をつけるような能力はない。

 君たち超人レベルに巻き込まないで。

 何となく嫌な予感がしたので即時拒否をしたのだがさくらは続けた。



「結弦さんの注意を逸らす役をやってください」


「だって俺、素手だぜ?」


「それで構いません。丹撃で結弦さんを狙ってくれませんか?」


「えええ」



 さくらが説明するにこうだ。

 俺が結弦を丹撃で攻撃する。

 結弦はそれを迎撃せずに躱すだけ。

 当たれば一撃必殺の丹撃だ、俺が遅いとはいえ緊張感はあるだろう。

 その最中にさくらが射るというのだ。



「結弦、俺の攻撃で気が逸れるか?」


「武さんの協力ですから! 緊張してますよ!」


「いや、そうじゃなくて・・・」


「当たれば一撃ですからそれなりに意識もしますよ」


「それなりに、ね」




 そう言って顔を少し赤らめる結弦。

 はにかんだ顔がなんとも人を惹きつける魅力を湛える。

 そっちの意味で緊張しないでほしい。

 ・・・見なかったことにしよう!


 そして彼はフィールドの中央に立つ。

 俺はその前まで移動した。

 徒手空拳で構えて宣言する。



「いくぞ」


「いつでも」



 結弦と視線を交わし、丹撃を載せた右手を振りかぶる。

 結弦には当たらない大振りだ。

 居合の構えのまま、その動きを最小限で躱す結弦。

 まぁ当たらないよね、こんなの。

 その避けた動作に横から矢が迫る。



「ふっ」



 呼吸とともに居合斬りでその矢を打ち落とす。

 その動作に合わせ、さらに俺が拳を重ねる。

 だが横に目がついているかのように、やはり最小限の動きで躱す結弦。

 そして矢がまた迫る。

 それを難なく打ち落とす。



「これも1本は楽ですね。3本でやります」


「え?」



 そのさくらの言葉に何となく嫌な予感がする俺。

 でも俺が拳を振るわない選択肢はない。

 今度は振りを少なくして素早く拳を突き出す。

 胴を狙ったそれを、やはり最小限の動きで避ける結弦。

 その俺の顔の脇から矢が飛び出した。

 ずばひゅ、という空気を切り裂く音にやたら肝を冷やした。



「!!?」



 声にならない悲鳴をあげる俺。

 その俺の視界から目の前の結弦の胴が消える。

 その消えた空間へ矢は飛び込んでいった。



「はっ!」



 俺の目が追いつかないところでばき、ばき、と矢が打ち払われる音がする。

 気付けば結弦は3本の矢を躱し、打ち落としていた。


 ・・・。

 すげえよ、すげえんだけどさ。



「さくら、俺の横を通すのやめてほしい。怖すぎる」


「当てませんから平気ですよ!」


「いや、そうじゃなくて・・・」


「次は5本でお願いします!」


「はい、わかりました!」


「ちょ・・・」



 見事にスルーされる俺の意見。

 突っ込む間もなく再開するふたり。


 ぎゃあぁ!?

 気付けば目の前で結弦の虎徹が寸止めされていた。

 声ならぬ声で悲鳴をあげる俺。

 有無を言わさずびゅんびゅんと眼前を飛び交う矢と剣先。

 足どころか身体も竦んでしまう。



「武さんもお願いします!」



 ・・・ふたりとも達人だ、当たらない当たらない・・・。

 その嵐の中、相対的にゆったりとした動きで俺は拳を振るった。

 これ、俺の精神力の訓練だっけ?


 そうして俺は顔や身体の横を矢や刃が通り過ぎるたび、肝を冷やしていた。

 間違いなく寿命が縮まったね、うん。

 そもそもこれ、俺がやる意味あんの?



 ◇



「わたくしの剣筋は千変万化。これを躱せればどんな剣筋にも対応できましょう」



 また別の日。

 今度は屋外のフィールドの片隅での修練をする。

 今日はソフィア嬢のエストックを見切る訓練。

 銃弾や矢のように打ち落とすのではなく、躱すことが主体だ。



「先ずは小手調べですの」



 ソフィア嬢は騎士の構え。

 結弦も抜刀の構えで正面に立つ。

 ひと呼吸の間。

 止まったと思ったときにはソフィア嬢が踏み込みひと突きしていた。

 ひゅっと空を切る音がする。

 もちろん結弦は躱していた。

 ・・・見えねぇ。なんだあの突き。速すぎ。



「では続けて参りますわ」



 ひゅん、ひゅん、ひゅん。

 エストックが指揮棒のように振られる。

 突き、突き、袈裟斬り、突き、突き、斬り払い、突き、突き、逆袈裟斬り。

 最初は一定のテンポで振られていたエストック。

 結弦も難なく躱している。


 だがその曲調はアンダンテからアレグロへ、アレグロからプレストへ。

 ひゅひゅひゅ、と空を切る音も早くなる。

 子供がでたらめに振り回しているのではないかと思うほどに。

 その振り回される切っ先が結弦に当たることはなかった。



「・・・すげぇ」



 すでに俺のついていける世界ではない。

 その速さで突けるソフィア嬢も規格外だし、それを捌くこと無く躱す結弦も規格外だ。

 真剣ながら平然としたその表情も信じられなかった。

 どんだけ早くなるの、と思ったところでその風切りメロディは止んだ。



「ふぅ。さすがですわ、結弦様。掠りもいたしません」


「ソフィアさん、まだ小手調べでしょう」


「ほほ、そうですわね。今ひとつ、力を入れますわ」



 最初と同じ位置に立ったソフィア嬢がふたたび構えた。

 今度はエストックを横に構え結弦に剣先を向けている。

 あれ、型の名前があるんだよな。

 雄牛の構え、だっけ。



「しっ!」



 そう思ったところでソフィア嬢の姿が消えた。

 え、と思ったら彼女は結弦のすぐ横に突進していた。

 腕だけでなく身体全体での高速突き。

 あの類の突進技、初速は相当に早い。

 俺は移動後の姿しか見えなかったけどな!



「くっ!?」



 結弦の予想を超えていたのだろう。

 とうとう彼の肩口を剣先が貫いていた。

 見切れず食らってしまったことに、彼の表情は変わらず冷静だった。



「武様、治療をお願い致します」


「ああ。結弦、大丈夫か」


「はい。横に逃げましたから深くはありません」



 俺は身体再生ヒーリングをかけた。

 痛みがあるはずだが結弦は涼しい顔をしている。

 ・・・そこそこ刺さってたと思うんだけどね。

 彼の痛みにも強い精神力、何度見てもすごい。



「武さん、ありがとうございます。ソフィアさん、また同じ速度でお願いします」


「承知いたしましたわ」



 ふたたび構えるふたり。

 一拍の間のあと、またソフィア嬢の姿が消えた。



「はっ!」



 蹴上がった砂煙でその開始を知る。

 その雄牛の構えからの突進技は、果たして結弦の右肩を掠っていた。

 制服が少し綻んでいる。

 たぶん銃弾並みの速さだよ、あれ。



「・・・2度目は見えましたの」


「まだです。服が当たっています」



 そうしてみたび構えるソフィア嬢。

 結弦も呼応して構える。

 このふたり、ずっとペアを組んでいただけあって息もばっちりだな。



「しっ!」



 ひゅん、と空を切る音。

 銀色の切先は陽光を反射していた。



「さすがですわ。3度あれば見切れてしまいますの」


「居合を躱すにはこのくらいの速度が必要です」


「なるほど。ではそれ以上で慣れればより、よろしいのでしょう」



 ソフィア嬢の雄牛の構え。

 今度はその身体に緑色のオーラを纏って。

 あの速さのうえに具現化リアライズかよ!?

 


「参ります。疾風突ヴィントシュトース!」


「!!」



 しゅばっ、とソフィア嬢の姿が消える。

 びゅうと風が吹き抜けた。

 風魔法を駆使し文字どおり疾風のごとき突き抜ける突進。

 ぎいぃぃぃん!

 火花を散らした彼女の姿は結弦の向こう側にあった。


 突き抜けた先でエストックの切先を見つめるソフィア嬢。

 その突きを抜刀で逸らした結弦。

 見れば僅かに彼の濡れ羽烏色の黒髪が宙を待っていた。



「驚きましたわ。初見で避けられましたの」


「でもこれではいけません。弾いてしまいました」


「ふふ、具現化リアライズの速度、人の反応速度では難しいでしょう。弾けるだけでも驚いておりますわ」


「数をこなせば躱せる気がしますね」


「ではこれを連撃に致しましょう」


「ええ、お願いします」



 金髪ロールを掻き上げ、ソフィア嬢は騎士の構えをとる。

 そうして全身にエメラルドのオーラを纏った。



「参ります。――疾風怒濤シュトゥルム・ウント・ドラング!」



 吹き荒れる突風。

 砂煙とエストックの風切音。

 その嵐の中で結弦が踊っていた。

 がきぃん、ぎいぃんと、時折、飛び散る火花がその踊りに華を添える。

 あれが舞台装置の中の演舞だと言われてもそうだと受け入れてしまいそうだ。


 残像があちこちに見えるソフィア嬢の速さも、結弦の避けも。

 彼らの実力は1年生のレベルを遥かに凌駕している。

 それは俺の知るラリクエゲーム終盤の技量ステータスに見えていた。



 ◇



 結弦の免許皆伝をより確実にするために始めたこの訓練。

 結論としては俺の想像以上に彼の基礎能力が育まれていた。

 もしかしたら最終攻略レベルなのでは?

 このステータスなら皆伝イベントも楽勝だ。

 そう思ってしまうくらいに。


 だがなぜ、この実力の結弦がジャンヌには及ばなかったのだろう。

 ジャンヌも基礎能力が高いから?

 それならそれで条件は同じだ。

 リアム君、さくら、ソフィア嬢の成果を見る限り、何度か挑戦すればどうにかなっている。

 きっとやればできる!


 再戦で合格を貰えれば、ゲームであり得る皆伝イベント準備の全パターンを網羅できる。

 十二分に用意をしてイベントへ臨むなんてようやく攻略らしくなってきたじゃないか!

 良い按配だと俺はひとり満足していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る