044

 そして翌朝。

 もうこの時間で十分に明るい。爽やかな空気がやる気を後押ししてくれる。

 俺は学園のフィールドへ向かった。

 5分前に集合場所へ行くとストレッチをしている3人がいた。



「おはよう、武」


「武様、おはようございます」


「おはようございます!」


「おはよう、早いな」



 レオンにソフィア嬢、さくらが先に身体を慣らしている。

 うん、この3人は大人だな。顔つきも良い。

 やると決めたら良い感じに動いてくれる。


 俺も脚を攣ったりしないようしっかりストレッチを始める。

 リアム君や結弦がリタイアって話になったときにフォローできるように。



「おはようございます」


「おはよ!」



 すぐに結弦とジャンヌがやってきた。

 眠そうな結弦と対照的に、朝から元気そうなジャンヌ。



「兄貴、姉貴! 頑張ろうね!」


「ええ。わたくしも長距離は久しぶりですの。無理をせず頑張りましょう」


「普段走っていないならストレッチをするんだぞ」


「わかった!」



 ・・・なんか仲の良い兄姉妹みたいになってんな。

 2年の終わり頃までに親密になってくれれば良いから、今はこれでいいや。

 攻略イベントをこなしたんだから反目したり離れたりはしないだろう。



「さすがにこの時間は眠いです」


「でも起きられただろ、せっかくだし頑張ろうぜ。長距離は苦手か?」


「はい。筋力トレーニングはしますけど持久力はそこまで」


「居合に必要ねぇもんな。まぁやればできるようになるんだし、少しずつやろう」


「はは、続けられるよう頑張ります」



 ちょっと眠そうな結弦を元気付けてみた。

 君は前衛なんだし特に基礎能力を上げて欲しいんだよ。

 今日は彼を中心にサポートしよう。



「リアムはまだかな? 時間前だから皆、身体をほぐしておいてよ」



 そう声掛けして俺も身体をほぐしていると・・・。

 わんわんわん、と犬の太い鳴き声がした。



「犬・・・?」


「みんな、武くん、おはよう! ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった!」



 最後にやって来たリアム君。

 昨日の件があったから少し心配してたけど元気そうに走ってやって来た。

 それは良いのだけれども、白茶毛の大きな犬を連れていた。

 ボルゾイかよ。どっから引っ張ってきたの。



「リ、リアム様。その、連れていらっしゃるのは・・・?」



 急にオドオドな雰囲気になったソフィア嬢が質問する。

 これって・・・もしかして犬、駄目?

 ゲームで犬なんて出てこねぇからそんな設定知らねぇよ。



「あ、この子? 可愛いよね、セリヌンティウスって言うの! 一緒に走ろうと思って借りてきたんだ!」



 王様に人質に取られるわんこですかね?

 誰だ名前つけたやつ。石細工が趣味か?

 そもそも借りてきたってどっから借りたのよ。

 つか、学園内で飼ってるやつがいるほうが驚きだよ!



「あ、セリヌンティウス!? 待って!」


「わんわんわん!!」



 元気にリアム君の手にあるリードを振り切って走り出すセリヌンティウス。

 リアム君がすっぽ抜けたリードを掴もうとするが追いつかない。



「わんわんわん!!」


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」



 お約束のように悲鳴をあげながら逃げ出すソフィア嬢。

 遊んでもらっている認識で追いかけるわんこ。

 あ、マラソンコースに沿って走って行っちゃうよ!



Bitte helfe助けてくだn Sie mirさいまし!!】


「わんわんわん!」


「待ってぇー!」



 すげぇ速度で声が小さくなっていく!?

 リアム君も必死に後を追っていく。



「ちょ・・・とにかく行くぞ! 皆、着いてこい!!」


「え!?」



 テンプレすぎて面白いんだけど、さすがに笑って見てるわけにはいかん。

 ソフィア嬢とリアム君を追って俺は走り出した。



 ◇



 げ、ソフィア嬢、かなり速い! 遠いぞ!?

 わんこは遊んでもらってるつもりなのか並走してるし。

 リアム君がだんだんと引き離されてるよ!

 速めに走ってほどなくリアム君に追いついた。



「リアム! 無理して全力出すな! 追いつけなくなるぞ!」


「はぁ、はぁ、はぁ・・・ごめん、武くん! セリヌン、ティウスを、お願い!」


「わかった、任された!」



 くそ、結弦やリアム君をフォローしながら走るつもりだったのに!

 ソフィア嬢も全力で逃げてんじゃねぇ!

 わんこはどうせ並走すんだからゆっくり走れよ!

 追いつけねぇじゃねぇか!



「武! あれを捕まえればいいか?」


「レオン! 追いつけるか!?」


「ああ、行ってくる!」



 俺の全力に近い速度に追いついて、さらに引き抜いてレオンが走っていく。

 すげえ、身長の差ってこんなに如実に出るのかよ!?

 美男子の疾走する姿なんて絵になりすぎる!

 ひゅう、格好良い!



「武さん! 念のためわたしも行きます!」


「え!? さくら!?」



 レオンに感動していたらいつの間にか追い着いてきたさくら。

 え、ちょっと待って!? 速すぎない!?

 マラソンとかしてなかったって言ってたよね!?



「行けんなら頼む! 無理はすんなよ!」


「はい!」



 そう返事をするとレオンのように颯爽と駆け抜けていくさくら。

 俺はその後姿を見送った。


 ・・・1か月サボっていたとはいえ、俺もかなり速いと自負してんだけどな。

 だって中学3年間で毎朝、数キロは走ったんだぜ?

 こんなあっさり抜かれるもんなの?

 レオンはともかく、さくらの基礎能力って高すぎない?

 そしてちっともソフィア嬢に追いつけない俺って、実は遅い?


 頑張っているはずなのに段々と自信がなくなってきた。



「タケシ! あたしも兄貴と姉貴を追いかけるから!」


「は!? お前も行けんの!?」


「任せて!」



 赤い疾風、ジャンヌ。

 小柄で身軽なせいか素早い。

 ゲームでもいつも先攻を取るほど。

 その真価を見せようとしているのか。



「くそっ、お前も俺より速いんだろ! ソフィアを頼むぞ!」


「わかったわ! 後ろのふたりを頼んだわよ!」


「俺が来なけりゃ先に皆で1周してろ!」



 そうして3人目のメロスも俺の前から走り去っていった。

 ・・・あれだな、基礎能力が低いって大きなお世話だったよ。

 結局、俺の能力が低いだけじゃねえか!! くそっ!!



 ◇



「はぁ、はぁ、はぁ・・・もうだめぇ」


「はー、はー、はー・・・限界です・・・」



 足を止めて待っていた俺。

 追い付いて来たというかほぼ歩いてきたリアム君と結弦。

 そりゃ不慣れな奴が全力を出せばすぐそうなる。

 もうここから追いつくのは無理だ。

 まだ2キロくらいだろ、これ。

 時間も無さそうだし戻る方が良さそうだ。



「ふたりともお疲れ。皆を追うより戻った方が早そうだから戻ろう」


「うん・・・はぁ、はぁ・・・もう少し、休ませて・・・」


「オレも・・・もう少し・・・」


「ああ、1分くらいな。そしたら歩いて動き出すぞ」



 完全にへばっているふたり。

 これを見ると、俺の能力値が低いわけじゃないと思うんだ。

 あの4人がおかしいだけだろ。


 軽く飛び跳ねたり脚を伸ばしたり。

 そうして手持ち無沙汰な1分を過ごしているところに、タタタッと軽快な足音が届いた。



「うん? 京極 武と玄鉄 結弦ではないか」


「アレクサンドラ会長?」


「あ、アレクサンドラさん!」



 神秘系生徒会長、アレクサンドラ。

 相変わらず女神な雰囲気を漂わせながら走ってきた。

 この人、走り込みの常連?

 それよりリアム君、知り合ったの?



「リアム=グリーン。セリヌンティウスはどうした」


「ごめんアレクサンドラさん。ソフィアを追いかけて行っちゃったの」


「ほう、あの女好きがやりそうなことだ」


「!?」



 え!?

 あの犬、アレクサンドラ会長が飼ってんの!?

 暴虐王が飼ってるのがセリヌンティウスってそういうこと!?

 リアム君、それを借りてきたって?

 それに女好きって何だよ!?



「では呼び戻すか。セリヌンティウス!」



 アレクサンドラ会長が手を上に掲げて呼びかける。

 すると一条の光が手から前方へ飛んで行った。



「・・・今のは?」


「合図だ。じきに戻って来る」



 もしかして具現化リアライズ

 なんかもう疑問しかねぇよ。どうなってんの。

 果たして待つこと2分。

 息が整った結弦とリアム君。3人で並んで見ていると・・・。



「ひぃぃぃぃ!!」


「わんわんわん!!」



 ホントに戻って来たよ。ソフィア嬢ごと。

 合図って何をどうしたんだよ。

 追いかけてった奴らはどこ行った。



「ソフィアー! ここで止まれ!」


「た、武様、助けてくださいまし!!」



 呼びかけて目標がこちらだと合図してやる。

 あーあ、半泣きになっちゃって。可哀想に。

 本気で怯えてんぞ、あれ。

 って、勢い落とせよ、馬鹿!!



「ひぃぃぃ!!」


「おわっ!?」



 ソフィア嬢の全力疾走からの抱きつきダイブ!

 傍目からはきっと絵になる可憐な飛び込み。

 少女漫画ならキラキラと星が舞ってるようなやつ。


 だけど・・・。

 こんなん支えられるか!!

 構えて踏ん張ったものの、俺は3メートルくらい後ずさった後に尻餅をついた。



「あああん!! 武様ぁぁぁ!!」



 泣き叫ぶ淑女。

 ソフィア嬢・・・完全に動転してるよ。

 締められて苦しいくらい全力で抱きついてんぞ。

 身体も震えちゃって・・・ここまで本気だと役得感はない。

 あまりに可哀想なので抱きしめて落ち着けてやる。



「ほらもう大丈夫だから。怖かったな」


「ああぁぁぁ・・・ひぐっ・・・ひぐっ・・・」



 ぽんぽんと背中を叩くもずっと抱きついたまま。

 キャラ崩壊どころじゃねぇなこれ。

 元凶のわんこはアレクサンドラ会長に戯れついている。

 すぐ隣でな。

 


「よしよしよし」


「わふわふわふ」



 この状況でソフィア嬢を宥めてても逆効果な気がすんだけど。



「・・・ふむ? そうか。セリヌンティウスはとても楽しかったそうだ」


「は?」


「いつもより早く駆けられたのが最高だ、と言っている」



 なんで犬と会話してんだよディオニス王。

 やらかしたんだから磔にして罵ってやれよ。

 唖然としているとセリヌンティウスがふんふんと俺にしがみつくソフィア嬢の匂いを嗅いだ。



「おいやめろ!」


「ふんふんふん、わふわふわふ」


「ひぃぃぃ!!」



 変態具合を披露してんじゃねぇ!

 怪物から逃げて隠れたとこに、その怪物がやってきて耳元で息を吹きかけたら怖いに決まってる。

 つか、いい加減やめろわんこ!



「ぐっ!? 苦しい、締めんなソフィア!!」


「ひぃぃ!!」


「わふわふ」



 ちょっと石工! 自重しろ!

 なんだこのカオス!



「明日もまた一緒に走りたいそうだ。ソフィア、走ってやってくれないか」


「ひぃっ!? ぜっっったいにお断りですわ!!!」



 そして暴虐の王は空気を読めなかった。



 ◇



 暴虐の王と石工は周回コースを走って行った。

 俺はソフィア嬢に祝福ブレスをかけてやった。

 「武様の優しさが心に染みますの」とやつれた顔でしみじみと言われた。

 まぁ、ね。俺も畏怖フィアーで実践したから救われたときの安心感はわかる。

 こうやって使うんだね祝福。勉強になったなー(棒)


 落ち着いてから俺たちは入り口へ戻った。

 既にレオンとさくらとジャンヌは周回して戻っていた。

 お前ら速すぎない?



 「この周回はちょうどいい距離だな」


 「いい汗をかけました!」


 「兄貴、速いな! また走ろう!」



 すっかりソフィア嬢の救出が抜け落ちている感想を述べる約3名の羊飼い。

 妹の結婚式に出席して酒飲んで全部忘れたってやつか?

 どこ行ってたんだよお前ら。

 1本道じゃねぇのかよ。山賊退治して川にでも流されたのか。

 君たちは体力有り余ってんだろ、もうマラソンやんなくて良いよ!


 散々だった出戻り組は皆、げんなりしていた。

 「セリヌンティウス可愛かったね!」

 と相変わらずKY発言しているヤツを除いて。


 ずっと俺の服の端を持ってオドオドと歩いていたソフィア嬢。

 俺はこの日ほど彼女に同情した日はなかった。






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