043

 ジャンヌはハンバーグステーキ。

 ソフィア嬢はハムサンドウィッチ。

 リアム君は海鮮ラーメン。

 レオンはオムライス。

 さくらはジェノベーゼ。

 結弦は鮭の塩焼き定食。

 そして俺のニラレバ定食。

 統一感なく見事に好みが分かれているこの夕食。

 傍目には仲が悪そうに見えるかもしれない。

 俺は各国料理を巡回してんだけど、誰もメニューが被らない不思議。


 例の7人掛け円卓席はいつの間にか俺たち専用になっていた。

 歓迎会で大乱闘した一団として良くも悪くも認知されたからだ。

 一目置かれているのか、この食事会が邪魔されたことはない。

 夜は皆で揃って食べるのが常態化していた。



「そんじゃレオン以外は基礎トレーニングしてねぇの?」


「そういうの面倒じゃない? あたしはやってない」


「はい、お恥ずかしながら。居合の修練ばかりです」



 なんとまぁ。

 俺はこの時期のステータスアップの状況はどうかと皆に確認してみた。

 レオン以外はあまり基礎トレをやっていないことが発覚。

 部活で武器訓練ばかりやっているそうだ。

 基礎武器の練習で基本スキルを鍛えるのは良い。

 だけどすべての元となる基礎能力が低いのはいただけない。

 だって、戦闘ってどんな職でも素早さとか体力があったほうが有利だし。

 武器の修練でもある程度は上がるけど上を目指すなら個別にやる必要がある。



「走るのなんかどうだ? 地味だけど効率良いんだぞ」


「わたくし、しばらくマラソンなどはやっておりませんわ」


「その、わたしもあまり時間が取れなくて」



 う~ん。

 6月になったら覚醒イベントあるから、そっからは具現化リアライズ中心で良いんだけど。

 俺の30周クリアの経験からするに今の時期に基礎能力を上げておかないと後がきついんだよ。

 やるに越したことはない。苦手そうな結弦とリアム君は特に。

 せめて素早さと体力。

 マラソンとか反復横跳びとか、足腰鍛えてやりたい。



「時間がないって、早朝なら時間作れるよな」


「もし走るのでしたら場所は学園のフィールド外周ですね」


「そう。その外周を走ろうぜ」



 学園のフィールドとは、1辺2キロメートル四方の広大な広場。

 森林があったり砂地があったり水辺があったり、あらゆる訓練が可能な場所だ。

 武器棟や魔法棟もアホみたいに広いけどこちらは屋外。

 サバイバルや隠密、索敵など実戦を想定した訓練が可能なのだ。

 上級生はよくここで具現化の実習をしている。


 このフィールド外周に道があり走り込むことができる。

 1周8キロメートルという短距離マラソンみたいな距離なのでちょっと手軽さはないが。

 だけど鍛えたい奴は毎日走っていたりする。自衛隊か。



「ひとりだと気分でやらなかったりするから、俺と一緒にやろう」


「武さんとですか?」


「ああ。まず1日だけ。いけたら数日あけてもう1回。少しずつ増やす」



 乗り気でない雰囲気が漂っていたのでハードルを低くして示してやる。

 歓迎会後からの、俺のサボりもそろそろ止めたかったのでちょうどいい。

 これでひとりでもふたりでも参加してくれれば。



「ふふ、武様とご一緒できるなら参加いたします」


「わたしも走ります!」



 ソフィア嬢の呼び水にさくらが即、参加表明した。

 ふたりとも素敵な笑顔なんだけど、なんとなく火花が見えなくもない。

 ・・・君たち別の目的になってない?

 理由はともかく走ってくれるなら良いか。



「俺も走ろう」


「レオンは普段、部活後にやってるんじゃねえか?」


「その時間は別の訓練をすればいい。皆で走るのも悪くない」



 少し口角をあげたレオンが参加宣言。

 正直、お前は十分すぎるくらい自主的に訓練してるから不参加でも良いと思う。

 無いと思うけど距離が長いから不測の事態で頼れるヤツは有り難いっちゃ有り難いけども。



「オレも走ります。体力をつけなければと思っていましたから」



 結弦も柔らかい笑みとともに参加を表明。

 良かった、前向きに参加してくれそうだ。

 彼は舞闘会後から俺に対して優しくなった気がする。

 ちょっと妖しかった雰囲気が消えたので安心感もある。良い傾向だ。



「ああ、一緒にやろうぜ。俺も走り込みしたかったんだよ」



 俺がやっていた闘技部のアレは走り込みってよりも別の何かだ。

 普通の走り込みは今回が初めて。

 前衛で動く必要がある結弦には特に鍛えてほしい。

 彼がやる気になってくれるなら俺も頑張る理由になる。



「兄貴と姉貴が走るなら、あたしも走る!」


「よし、共に走ろう」



 ジャンヌも元気よく参加表明。修練大好きなレオンは参加人数が増えて嬉しそうだ。

 ちなみに兄貴とはレオン、姉貴とはソフィア嬢だ。

 ふたりの呼称が変わってしまったのは攻略されてからリスペクトしているせい。

 ゲームでそう呼ぶルートもあるから慣れはした。

 だけど「兄貴」と「姉貴」が同時に発生するのには違和感しかない。

 ソフィア嬢に「お里が知れましてよ」って言って欲しい。



「・・・」


「リアムはどうする?」



 皆で方向性が定まってきたところで。

 ずっと黙っていたリアム君に話を振ってみる。



「うん、ごちそうさま」


「?」



 何やらぼうっとしてたリアム君。

 話を聞いていないのか急に立ち上がった。



「僕、先に戻るね」



 そう言って彼は先に立ち去ってしまった。

 ・・・マラソンどうすんの?

 というよりも何かあったっぽい?



「なぁ。リアムに何かあったか知ってるか?」


「ううん。日中はいつもどおりだったわ」



 よく一緒に行動しているジャンヌが言うならそうなのだろう。

 どうしたんだろうな。



「リアムには俺が話を聞いとくよ。皆は明日の5時にフィールド前の噴水のとこ集合な」



 ◇



 リアム君だけ仲間外れで走るというのも後味が悪くなる。

 そんなわけで俺はリアム君の部屋の前まで来ていた。

 天真爛漫な彼がうつむき加減なんて珍しすぎる。

 何か問題が起こっていると考えるほうが自然だ。



「「あ・・・!?」」



 部屋にそのまま突入するか逡巡していたところで目の前にジャンヌ。

 思わず互いに目があって声をあげそうになる。

 煩くするんじゃねぇ! と俺は咄嗟にジャンヌの口を塞いだ。

 ほぼ同じ動作でジャンヌは俺の口を塞いだ。

 なんぞこれ!?



(ちょっと、何すんのよ)


(おい。静かにしろ)


(こっちのセリフよ)


(落ち着け。リアムの様子を見に来たんだろ)


(そうよ。邪魔しないで)


(・・・)



 ジャンヌもいきなり訪ねるのに抵抗がある様子。

 仕方がないのでふたりしてドアに耳をつけて様子を伺う。

 なんつー構図だよ。


 ・・・

 う、う・・・ぐすっ・・・。

 ・・・



(・・・泣いてる?)


(泣いてんな)


(あんた、泣かしたんじゃない?)


(え? マラソンがそんなに嫌だったのか!?)


(馬鹿。そうじゃないわよ)



 ・・・

 ぐすっ・・・。

 My dear Sadie愛しのサディお姉ちゃん・・・。

 ・・・



(・・・ホームシックか?)


(何て言ってるの?)


(大好きなお姉ちゃん、だとよ)


(・・・あんた、英語わかるのね。声かけなさいよ)


(ジャンヌもそのつもりで来たんだろ。お前から行けよ)



 なぜか互いに押し付け合う俺たち。

 だって泣いてるやつの部屋に侵入するのってレベル高ぇだろよ。



(お前、いつも一緒で気心知れてんだろ)


(あんたこそ、リアムがいつも鼻の下伸ばしてるくらい慕われてるじゃないの)


(こういう時は男より女なんだよ)


(はぁ? なに時代錯誤なこと言ってんのよ!)



 そして喧嘩腰になってくる俺たち。


 そもそもリアム君の攻略シナリオにホームシックはない。

 もっと言うなら彼はそこまで子供っぽくないはず。

 また俺の知らない部分で何かが起こっているのだ。

 原因もはっきりしないので声をかけづらい。



(ほら、泣き声も聞こえなくなったわよ。行きなさいよ)


(・・・)



 見に来たわりに、ジャンヌは自分から行く気はないらしい。

 俺に行ってほしいらしく、さかんに行けとジェスチャーする。

 まぁ・・・わからないからって放置する気になれない。

 心配だから来たんだし。



(わかったよ行くよ)



 俺はドアノブに手をかけた。

 よし開けるぞ!

 俺が力を入れたタイミングで扉がひとりでに開く。



「どわ!?」


「あれ、武くん?」


「よ、よう! 開けようと思ったら開いたからびっくりしたよ」


「あはは、そうなんだぁ。武くんのほうから来てくれるなんて珍しいね?」


「あ、ああ。さっき、話半分でお前が帰ったからさ、どうすんのかって思って」



 顔を見る限り、泣いた様子はなさそうなんだが。

 不自然にならないよう何とか取り繕いつつ、本題を切り出す。

 ジャンヌは・・・おい、廊下の曲がり角の向こうかよ。

 逃げ足、早すぎ。

 ぴょこんと赤い髪が見えているので聞き耳を立てているのはわかる。



「マラソンだっけ。僕、走るの苦手だから嫌なんだよ〜」


「んん、なら俺が横について走るからさ。一緒にやろうぜ」


「ほんと? 武くんが一緒なら頑張ろうかな」


「うん、頑張ろうぜ」



 何とか体力をつけて欲しいリアム君に約束を取り付ける。

 よし本題は達成。

 向こうでジャンヌが手信号っぽいジェスチャーで何かしてる。

 ああ、世界語アーベーツの手話だな。

 なんだよ・・・『は、や、く、き、け』?

 ああね、部屋に帰った理由か。



「なぁ、リアム」


「どうしたの?」


「さっき、どうして先に戻ったんだ?」


「あ、ごめんね? お姉ちゃんからお手紙が届いてるかなって気になって」


「そうだったか。話を長引かせてすまねぇな」


「ううん、僕も早く戻れば良かったからさ」



 あはは、とリアム君が笑う。

 俺には何となくそれが寂しげに見えた。

 

 ん? まだ何かやってんな。

 ジャンヌ、お前手信号出すくらいなら自分で来いよ。

 ・・・『ほ、か、に、も、り、ゆ、う、が』。

 おい。俺に根掘り葉掘りさせんな。



「リアム」


「どうしたの?」


「何か悩んだりしてねぇか?」


「・・・ううん。悩んでないよ!」



 ひと息おいて、にぱっ! と向日葵みたいな笑顔を向けてくるリアム君。

 こいつ・・・こんなわかりやすい誤魔化しをするんだな。

 う~ん、無理に聞き出す必要もないだろうけど・・・。

 あん? ジャンヌめ、まだ何かあんのかよ。

 めんどくせぇ、そのまま発音すっか。



「何があっても俺はリアムの家族だぞ・・・!?」


「えっ!! ほんとうに!? 嬉しいよ武くん!!」



 リアム君がぎゅっと抱きついてくる。

 おい!! ジャンヌ!! 何を言わせんだよ!!!



「ちょっと!? 『何があったの』よ!?」



 痺れを切らしたジャンヌが飛び出て来る。

 アホ! お前、出てきて突っ込むなら最初から自分で聞けよ!!

 さっきの『家族に何があったの?』って聞くやつだろ!?

 間違えたのはお前の手信号が下手くそだからだよ!!!



「あ、ジャンヌ! 聞いてよ、武くんが家族になってくれたよ!」



 俺にぎゅっと抱きついたまま、幸せそうに満面の笑みで答えるリアム君。

 はち切れんばかりの眩い笑顔に俺もジャンヌも訂正ができなくなる。



「そ、そう。良かったじゃない」


「そこで納得すんなよ!!!」



 元凶に突っ込むも、幸せに浸るリアム君の顔に何も言えなくなる。

 落ち込んでいた陰が一瞬で消えたのだから。

 「上げて落とすなんて最低」と誰かに言われたセリフが頭を過る。

 こんなん訂正不能じゃねえかよ!!


 ジャンヌお前さぁ・・・責任取れよ、これ。

 絶対に後を引くぞ?

 俺は取り返しのつかない発言をしてしまったのではなかろうか・・・。




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