042

 少しずつ暑くなり新緑が山を覆い尽くした。

 高天原学園の広大な敷地内には丘陵部もあり森もある。

 リアルでは都市部で生活していた俺にとって、こうした日本の四季が楽しめるのはとても贅沢な環境だった。

 ここがゲームの中であるということを忘れてしまうくらいに。


 だが俺は忘れない。

 リアルに帰るために頑張っているのだから。

 雪子の、家族のところへ絶対に帰るんだ。

 剛のぼんやりとぼけた顔や楓のお父さんだらしないと怒った顔を見るのだ。

 雪子を抱きしめて照れる顔を見ながら頬や髪を撫でてやるのだ。


 俺はこうしてたまに思い出しては自分を奮起させていた。



 ◇


 

 5月下旬になり中間テストが終わった。

 凛花先輩は本当に勉強漬けになっているらしく、あれから姿を見せなかった。

 落第したという話を聞かないからきっと退学は免れたのだろうと思いたい。

 

 実際、この世界の座学はレベルが高い。

 まさか俺まで落第するわけにはいかないので成績維持のため真剣に受ける。

 高校で偏微分とか重積分とかやめてくれ。大学の頃、ハマったからトラウマなんだよ。

 夜の修練に当てていた時間は勉強の時間に置き換わっていく。

 ラリクエの中で成績が悪くて困るシーンはなかったのって皆が優秀だからか。

 どうして主人公連中は成績維持しながら部活も余裕なんだよ・・・。

 

 ところで凛花先輩が会長に拉致される少し前。

 俺は凛花先輩に人間をやめるための疑似化も教えてくれと頼んだ。

 すると

 「あ~。疑似化はアタイの固有能力ネームド・スキルだ」

 という想定外の回答を得た。


 は!? 闘技部なら全員ができる汎用能力コモン・スキルじゃねえの!?

 ウィリアム先輩とかどうなってんのよ!

 聞いてみたら凛花先輩の擬似化+彼の固有能力の硬質化らしい。

 ああ、だから打たれ強かったのね。気絶してたけど。


 って、それじゃ俺、凛花先輩がいないと丹撃しか使えない一般人じゃん!

 丹撃専用の固定砲台かよ! しかも至近距離専用とか使えねぇ!

 とセルフツッコミを入れて悶えた。

 凛花先輩は拉致されたまま帰ってこないので俺はすっかり一般人に戻ってしまった。

 これでは闘技部に在籍していても意味がない。

 仕方がないので俺は根無し草となりあちこちの部活に顔を出した。

 丹撃だけでは何も出来なくて不安だったからだ。


 1年生は未だ仮所属だけれども、ほとんどの生徒は特定の部活で頑張っている。

 そんな空気の中、俺のようにふらふらしている変人はいない。

 どこの部活へ行っても何だコイツ的な視線に晒された。

 それも割り切って偏見をもたず様々な部活を試してみたけどもしっくり来るところがない。

 ああもう、ラリクエだったら駄目プレイの見本だよ。初心者乙。

 俺は何を主体に戦えば良いんだよ。



 ◇



 そんなある日の放課後、この日も俺は部活巡りをしていた。

 主人公連中を見習って武器の部活をひととおり巡ったが無理という結論が出た。

 そうして入学当初の想定だった魔法関連の部活へと戻って来たところだ。

 最初の頃と違い、魔力操作もマスターしたのだ。

 せめて魔法の汎用能力コモン・スキルが身につけられないかと思って。



「ね、あれレオン様だよね?」


「きゃっ! 本当!? どうしようどうしよう、格好良いよ!」


「レオン様~!」



 通りすがりに聞こえる黄色い声。

 付き添いで後ろを歩くレオンへの賛美の言葉だ。

 歓迎会で大活躍したレオンは1年生の憧れとなった。

 こうして歩くたびに噂話の的にされている。

 さすが主人公だよ。

 だが噂されている当のレオンは軽く一瞥する程度で反応もしない。



「モテモテだな。挨拶ぐらいしてやれよ」


「ファンクラブまでできたそうですよ。LLLレオン・ラブ・リーグというらしいです」


「実力の無いやつには興味がない。武やさくらなら歓迎だぞ」


「お前、理想が高すぎ。まだ1年は覚醒もしてねぇだろうに。それに俺は強くない。お前とは釣り合わねぇよ」



 これは冗談ではなく本気で言っている。

 凛花先輩による疑似化がなければ固定砲台である旨は皆に説明したからだ。

 それで俺を見限ってくれれば良いと思って。

 だけれどもSS協定からの離脱者はひとりもいなかった。

 


「武、お前は謙遜が過ぎる。手段がなければ別の方法を探すのだろう。南極の件もそうだ、誰もが諦めるような事例を覆したのだから」


「そうですよ武さん。貴方の素敵なところは戦う力だけではありません」


「・・・だから盲信しすぎだって。俺は一般人だ」



 こう持ち上げてくれる言葉がくすぐったい。

 このふたりに限らず、何度訂正しても皆は俺が優れていると誤解したままなのだ。

 どう考えても固定砲台だろうに。

 こりゃ覚醒イベントが終わるまでは盲信続きだな。



「ここでいい、今日は水撃部にする。ふたりは自分の部活に行ってくれ」


「いや部活動も同行しよう。どうもお前は自覚が足りない」


「ですね。わたしも最後までお付き合いします」



 俺が武器の部活巡りをしていた1週間。

 彼らの所属する部活にも顔を出したわけだが、その時に俺は猛勧誘に遭った。

 あの・・凛花先輩とやり合ったヤツがまだ所属を探している、と。

 その光景を見ていたSS協定の面々が俺の身を案じているという具合だ。


 ふたりが主張しているのはそういう強引な勧誘を抑えるという意味だ。

 俺が落ち着くまでトラブルに巻き込まれないよう、監視の目が強くなっていた。



「見てても良いけどさ。面白くもねぇと思うぞ」



 どうせ勧誘されても合わなければ入ることはない。

 見るだけ無駄だろうと思いながら彼らの同行を許した。


 水撃部の扉を開ける。

 水を操作する部活だけあって、訓練フィールドに噴水や池が見える。

 室内でこんな環境を維持しているだけでもすげぇな。



「あら、いらっしゃ・・・ああ、レオン様! それにさくら様も!」



 俺を全力スルーでレオンとさくらに反応する水撃部のおねーさん。

 うん、そりゃ活躍した主人公ふたりが来たらインパクトあるもんね。

 有名人だし、つい嬉しく反応しちゃうのわかる。

 こういうとき俺のモブ具合が良く分かる。その他1名に見えるのだろう。

 レオンとさくらが困惑しながらも俺の背を押して前に出す。



「今日は武の付き添いで来た。彼の話を聞いてくれ」


「わたしも付き添いですから」



 もっと活躍したヤツがいるだろう、横にいる俺を無視するな、と。

 彼らは不機嫌オーラで無言の抗議を伝えている。

 ちょっと。そんなに威嚇すると俺がやりにくいよ。

 ほら、おねーさんの顔がちょっとひきつってる。



「あ、ああ、京極 武くんだっけ。白属性だったよね? うちにどんな用事?」


「ええと。見学をさせてほしくて・・・」



 一応、俺も有名人にはなった。

 だがこの時期にこの綺羅びやかなふたりに付き添われてふらふらと見学にやって来るなんて。

 モブっぽいのに変なヤツだ、と応対しているおねーさんの顔に書いてある。

 うん、俺もその反応で正常だと思うよ。

 だって武器と違って魔法は属性違いの俺を歓迎する理由がないもん。



「「・・・」」


「ひっ!?」



 って、おい!?

 レオンもさくらも、やたら不満オーラを出すんじゃねぇ!

 なんで眉間に皺を寄せて睨みつけるようになってんだよ!

 おねーさんが怯えてるじゃねえか!



「ご、ごめんね!? うちじゃ貴方に教えられることって無いと思うの! 他を当たってくれる!?」


「え?」


「うん、それがいいよ! 時間を無駄にしないほうがいい!」


「ちょ、ちょっと・・・」



 慌てたおねーさんは有無を言わさず俺たちをぐいぐいと扉の外に押し出す。



「ほんと、ごめんね! 炎撃部に行ってみるといいよ!」



 ばたん。

 見事に追い出されてしまう俺たち。

 ・・・。


 このふたり、怒ると怖い。

 人が良いぶんギャップが激しいせいもある。

 だからおねーさんの気持ちは良くわかる。

 だけど。



「・・・おい。お前ら何をしてくれてんの」


「何とは。武を理解できない奴に教わることもないだろう。無駄だ」


「そうです。武さんの無駄遣いですよ!」


「無駄遣いって・・・」



 こいつら・・・俺の修練機会を奪ってくれやがって。

 仕方ねぇ、他の属性のところに行こう。


 そうしてこの後。

 炎撃部、風撃部、土撃部ともに似たような結果になってしまった。

 まさかの常識人と思っていたふたりがこの始末。


 君たち・・・。

 どこでそんなヤンデレスイッチが入っちゃったの!?

 俺の部活、どうしてくれんのさ!!



 ◇



 後日、改めて俺は魔法系の部活に頼み込んで体験入部をした。(もちろんひとりで行った)

 魔力の準備は出来ているのだから魔法は発動できるだろう、と。


 実際、魔法の発動はできた。

 詠唱入りの拙い方法でやたら時間をかけてだけど。

 例えば火炎球ファイアボール

 溜め込んだ魔力量に比べて、非常に小さいものが具現化リアライズした。

 練習すればもっとできるようになるかなと考えて俺はひとり訓練を重ねた。

 夜もこっそりフィールドに出て何度も試し撃ちもした。

 そうして・・・才能が無いという結論に至った。


 だって!

 火炎球ファイアボールも、水銃撃ウォーターガンも、風斬撃ウィンドカッターも、土石撃ストーンバレットも。

 具現化するけど出力が弱すぎんだよ!!

 ごく小さいものがひょろっと出るだけ。

 ファンタジー要素だって喜んでたけど、これじゃお遊びだよ!!


 何度訓練しても、魔力に色をつけるよう感情を込めてみても変わらなかった。

 これはやはり生来の属性が物を言うようで他属性の人がやると同じようなことになるらしい。

 対立属性に至っては具現化さえしないことも珍しくないとか。

 だから自分の属性がとても大切なのだ、と。

 一番最初の授業でやるだけあったね☆


 って、ふざけんな!!

 これじゃ俺、ほんとに白魔法しか使えねぇじゃん!!

 火炎球ファイアボールで火起こしするとか、水銃撃ウォーターガンで喉をうるおすとか、そんな程度の能力しかねぇよ!!

 授業中、寝てるやつの頭に小石を当てるとか、耳に風を吹きかけるとか、悪戯能力にしかならねぇし!


 こうした結論が見えた頃、俺はとうとう諦めることにした。

 だってレオンは火炎球ファイアボールの大きいの出せたし。

 さくらは水銃撃ウォーターガンで50メートル先の的に当ててたし。

 ソフィア嬢は風斬撃ウィンドカッターで寮の裏庭でこっそり育ててる薔薇の剪定してたし。

 結弦は自分で作ったカマイタチと切り結んでるし。

 ジャンヌは斧槍ハルベルトに炎を纏わせて演舞してたし。

 リアム君は土石撃ストーンバレットを撃ち抜いて遊んでたし。

 主人公連中が片手間にちょろっとやった内容に愕然。

 汎用能力コモン・スキルだというのにこの格差。

 属性縛り、きつい・・・。



 ◇



「なぁ、やっぱり俺、才能ねぇよ」


「あら。それなら私や凛花が目をかけていないと思うの」



 教会にてぼやいた俺に聖女様が諭す。



「貴方の魔力が飛び抜けているのは事実。具現化リアライズの方法の問題であって才能の問題じゃないよ」


「だったら何を具現化リアライズすりゃ良いんだよ」


「だからここに来ているんじゃない?」


「そうなんだけど・・・ひとりで戦う手段が欲しいんだよ」



 愚痴を吐く。

 白魔法の具現化は魔力そのものや魔力を通じての精神干渉が中心。

 対人の殺傷力のある物理現象はほぼない。

 いわゆる具現化しない具現化リアライズとして分類されるものだ。


 あれから俺は祝福ブレス以外に幾つかの魔法を習っていた。

 お馴染み畏怖フィアー身体再生ヒーリングは何となく使えるようになった。

 なぜ何となくかというと、実験対象がいないので練習できないからだ。

 聖女様も最初は付き合ってくれたが「相手は自分で探して」とぶん投げてきた。

 自分にはやりたくねぇ。

 だからって知り合いにできる魔法じゃねぇだろよ。


 できることが増えるのは良いのだけれど、せめて防衛手段が欲しい。

 身体を硬くするとか、相手を幻に包むとか、何かないのかと聞いてみた。



汎用能力コモン・スキルに相手を制御できるようなものはないよ」



 という回答だった。

 まぁ・・・身体を硬くするって疑似化の防御だし。硬いなら攻撃にも使える。

 幻に包むって相手の精神に直接干渉してるし。惑わすどころか錯乱させられる。

 って畏怖フィアーと何が違うのやら。


 白魔法ってよくある神聖魔法のイメージでいた。

 状態回復キュア浄化聖句ターン・アンデットがあるのかと。

 そんなものはない、と一蹴される。

 ラリクエで登場しなかっただけあって便利な魔法はなさそうな予感。


 よくよく考えれば俺が想像する魔法って、固有能力ネームド・スキル並の強力な魔法だと納得した。

 いや、納得するだけじゃ困る。

 俺はどうやって生き延びれば良いの、と。



「武さんは魔力の多さを生かした魔法の使い方を身につけたほうがいいよ」



 と、聖女様の言。

 例えば身体再生ヒーリングは、一般的に対象の傷が回復するまでかけ続ける。

 これを無傷状態で戦闘中かけ続けると、傷を負ってもすぐに回復する状態にできる。

 ああ継続回復リジェネーションね。

 ってそんな力技で実現するものなの!?


 ゲームでよくあるように一度かければ継続して回復できねぇのかと突っ込むと

 「使用する魔力と等価の奇跡しか起きないわ。継続して効果があるならそれだけ消費しているの」

 とのお話。

 ならば数時間ほど継続する祝福ブレスはどうなんだと聞いてみたら

 「こちらの魔力を送り込んで相手の精神を強化する魔法だよ。最初に必要量を送り込んでいて、こちらから継続して送り込んでいるわけじゃないのよ」

 と。


 ふーん。

 ゲームによって魔法の設定が違うのはよく聞くけれど。

 やはりラリクエもそれなりに設定と言うか理屈が存在するようだった。


 いや仕組みが問題なのではなくて。

 戦闘でどうやって生き残るかが俺の課題なのだ。

 聖女様はどうやって戦っていたのか聞いてみた。



「私は守ってもらったの。白魔法には攻撃手段があまりないから。そのぶん、味方をフォローしたよ」


「なるほど。そんじゃ祝福ブレスとか身体再生ヒーリング要員としてついて行った、と」


「・・・武さん。貴方、レゾナンス効果は知っているよね?」


「ああ、うん」


「そう。だから、ただついて行くだけじゃないよ」


「・・・」


「レゾナンスしてからが本領だよ」



 ああね、共鳴していれば威力倍増って?

 そいや聖女様のAR値って高いんだよな。

 だからパートナーの強力なバフ役になっていた、と。


 俺もそれを目指せって?

 そこ「キズナ・システム」問題のとこだよ。

 レゾナンス効果とどう違うのかって検証できてねぇんだって。



「・・・相手がなぁ」



 俺がぼそり、と呟くと。



「あら。美男美女を引き連れてハーレム築いてるから、そのつもりだと思ってたわ」


「違うっての! あいつらが勝手に集まってるだけ!」



 既に皆に勘違いされているという事実。

 傍目にはそう見えるよね、そりゃ。

 ああもう、ほんとどうすりゃ良いんだよ!


 結局、俺は自分の果たすべき役割や目指す方向を定められないまま日々を過ごしていった。




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