第2章 覚醒! 幻日の想い
039
4月下旬。
ようやく歓迎会にまつわる騒ぎが落ち着いてきた。
クラス内であれこれ聞こえて来る噂話は下火になりつつある。
1年生は壇上での
「先輩の魔法、格好良かったよな」
「あの技、私も使えるようになりたい」
「
そんな声がちらほらと聞こえてきた。
上級生も下級生に追いつかれないようにと練習に余念がない。
追いつかれる土壌が出来てしまったことで焦りが生まれたのだろう。
あの大立ち回りは良い意味で学園に影響を与えたようだった。
その反面、気の抜けてしまった俺は朝の自主練を含めしばらくサボタージュを繰り返していた。
だってさぁ、あんな激闘、リアルでは生涯することなんて無いと思うぜ?
もはや映画の主人公だよ。
しがない一般人だもん、モブのはずだよ俺。
物語の主人公がラスボスを倒した後、気が抜けて駄目になっちゃう話が今なら理解できる。
ハイになりすぎてすり減った精神を癒やす時間くらいあっても良いよね!?
そんな甘えた考え方に流され放課後は部屋でモニターに流れる映像を眺める日々。
現実逃避している自覚はあるのだけれども気力が戻らない。
いやほんと数年ぶりすぎる。こんな贅沢な時間の使い方。
ずっと気を抜いてなかったからなぁ。
日曜日のお父さんモードだよ。
未来の放映番組をまともに見たことがなかったのでCMなどの斬新さにもびっくり。
そもそもテレビの電波放映ではないからCM枠という考え方も無いのかもしれない。
例えばニュースに飲み物のスポンサーがついているなら番組内に商品がナチュラルに出ていたりする。
アナウンサーが炭酸飲料を飲みながら読み上げるなんてびっくり過ぎるだろ。
ドラマなら登場人物が使っていたり。「このトヨ○の新車、痺れるだろ?」とか「この○ベアのリップクリーム素敵!」とか。
リアルでもそんな手法は多少あったけども、これが当たり前になっていた。
音楽や映像なども同様で、とにかく様々なものが融合している。
ドラマ+アニメーション+音楽番組+CMがミックスで流れるのだ。
これ情報過多じゃねぇの? 未来人、頭の中はどうなってんのよ・・・。
ある意味、堅物っぽいさくらでさえカラオケのレパートリーがそれなりにあったわけだ。
少ない時間で多量の情報を処理するよう進化したとしか思えん。
とにかく番組がシームレスに続くもんだから眺め始めると1時間単位で時間を浪費してしまう始末だった。
俺がそうして部屋でだらだらしているのをSS協定の面々は黙認していた。
気張りすぎていた俺が気を休めるのが良いと思ってくれているのか。
こうだらけて何も言われねぇって、なんか罪悪感があったりする。
もしかして俺がこうして手を抜けば見限ってくれるんじゃないか?
SS協定が解散してくれるんなら、このまま続けるのもアリかな、なんて思ってしまう。
そんな調子で食事以外は部屋で番組視聴と落第しないための最低限の勉強。
この1週間は部活動もせず帰宅部高校生になってしまっていた。
◇
そんな4月末のある日のこと。
俺は廊下を歩いていた。
高天原学園の廊下は広い。
建築技術の向上で鉄筋コンクリートの柱がなく、通路に凹凸がなく直線になっているからだろう。
だから俺の横に数人が並んでいても対向から来る人は横に避ければ済む。
だけれども来る人来る人、俺を避けながらギョッとした顔をする。
いい加減、俺は辟易していた。
「なぁ。そろそろ離れねぇか?」
「あ〜? 放課後の自由時間だろう、何を遠慮するんだ?」
もっともらしい発言で行為を正当化するのは凛花先輩。
放課後になって廊下へ出たところで満面の笑みで待ち構えていて俺の左腕に抱きついて来た。
俺が部活や裏庭に顔を出さないから迎えに来たらしい。
香やさくらのときもそうだったけど、女の子にこうされると振り払えねぇ。
ソフィアみたいに露骨に色仕掛けしてますってわかるなら別なんだけどさ。
凛花先輩も女の子だ。こうくっつかれると意識しちまう。
意志弱いって笑ってくれよ・・・。
舞闘会では大迫力で俺を圧倒した
その人が闘っていたはずの俺とくっついているのだ。
通りがかる人からやたら視線を集める。
俺たちも色んな意味で有名になってしまっていたから尚更だった。
俺はこれ以上目立ちたくない。もうやめて。
「人前でベタベタすんな、恥ずかしいんだよ」
「お?
少し誇らしげな先輩。
拒否発言に喜んでるよ。
なんか今まで女の子扱いされなかったような発言だな。
・・・うーん? これ、乙女偏差値が低いの?
この人、わかりやすいようでわからねぇんだよな。
「凛花。武も迷惑してるだろう。独占するな」
傍らのレオンがしかめっ面をして苦情を口にする。
「独占」て・・・レオンぇ・・・。
ちなみに彼が実力行使しないのはしたくでもできないからだ。
「そうです! わたしたちを差し置いて抱きつくなんて羨・・・駄目です! 禁止なのですから!」
さくらさんよ。今、羨ましいって言いそうになったよね?
1週間ぶりのSS協定の付き添いは当然に凛花先輩を
そして心の声ダダ漏れなふたりが不機嫌な顔をして彼女を牽制していた。
何度か繰り返されるこの剣呑とした雰囲気に、通りすがる人たちが慄いているのだ。
「あ〜? 生徒会長も言ってただろ、他の奴に言うこと聞かせたいなら実力行使だって。アタイに勝ってから言うんだね」
「くっ・・・」
「なんなら君たち6人まとめて相手をしても良い」
「・・・皆が覚醒すればそう言わせないぞ」
余裕綽々な凛花先輩。
さくらは眉根に皺を寄せ悔しそうな、もどかしそうな顔をする。
レオンも痒いところに手が届かないような渋い顔をしている。
彼ら彼女らでは経験豊富な凛花先輩にはまだ勝てない。
きっと今、全員が
彼女とはそのくらいの格差があるのだ。
ラリクエをプレイした俺としては、不謹慎ながらこの主人公ふたりの表情が新鮮で面白い。
ほら、可愛い、愛しい推しほど弄りたくなるアレ。
ちょっとイヤイヤしているところが良いんだよ。萌える!
でもそれはそれとして。
この先輩をどうにかしないと、すべてが破綻してしまう気がしていた。
◇
どうしたものかと考えているうちに食堂へ着いた。
今日もだらだら部屋に籠もるつもりだったがこのまま戻ったら大変なことになる。
自然と俺の足は無難な食堂へ向かっていた。
とりあえず焙じ茶とツマミに海苔煎餅を取っていつもの円卓へ。
レオンとさくらもコーヒー、カフェオレを手にやって来た。
凛花先輩は・・・プーアール茶?
そんなもんまであるのかよ、ここ。
席についてお茶に口をつける。
芳醇な香ばしさが口に広がる。ああ、お茶は落ち着くね。
思考がクリアになったところで凛花先輩だ。
円満にお帰りいただく手段を考えよう。
「あ~、
「「・・・」」
右隣でご満悦な凛花先輩。
俺の左側ではさくらとレオンが、俺にちょっかいを出さないか警戒している。
なんだかなぁ。折角、少し落ち着いたってのにこんな微妙な空気嬉しくねえぞ。
「凛花先輩。唐突なんだが怖いもんってあんの?」
「あ? 幽霊が怖いとかそういうやつか? 大抵のものは怖くないぞ」
だよね。アトランティスで生死をかけて戦ってたくらいだし。
目の前に刃を寸止めしても瞬きひとつしなさそうだ。
「うぉっっちい!!」
と思ったらお茶を一気飲みしようとして熱くて火傷しそうになっている凛花先輩。
地味にお茶目なことしてんな。
いきなりこの話を振った意図は単純だ。
苦手なものを使って追い払うつもりだからだ。
我ながら姑息だが、他に選択肢も少ない。
「・・・聖女様は?」
「・・・どうしてそこで澪が出てくるんだ」
お、この反応。
猫みたいに舌を出してふうふう冷ましながらも怪訝そうな顔をしている。
やはり聖女様は苦手なんだな。
彼女が卒業して束縛がなくなってからも頭が上がらない先輩なんだろう。
でも聖女様を毎回連れてくるわけにもいかない。
凛花先輩に自主的にご退場いただきたいのだ。
「そういう
「俺? そうだなぁ、魔物が怖い」
「魔物? 見たことあるのかい?」
見たことはないけど食べたことはある・・・たぶん。
煎餅をかじりながら、リア研で飯塚先輩に食べさせられたアレを思い出す。
・・・いやいや思い出しちゃいかんだろ!
あああ!! なんで食べながら思い出したし!!
思わず口の中のものをお茶で流し込む。危ねぇ・・・。
ちなみに魔物の画像も動画もあまり出回っていない。
例により情報端末では規制されているようだ。
「画像で見ただけだよ。あんな恐竜みたいなの本当に倒せんのかって思って」
「そうか? 今の君なら良い線いけると思う。ま、魔物が怖いならアタイに任せておけ」
なんと頼りになりそうな男前な発言!
地獄で生き延びた凛花先輩の言葉ほど心強く感じるものはない。
だけど! 今はあんたに頼りたくても頼れねえんだよ!!
「でも先輩は先に卒業しちまうしな」
「だからこうして一緒にいるんじゃないか。つれないことばかり言わないでくれよ」
彼女は困ったような表情で俺の顔を覗き込んでくる。
しおらしく素直にお願いしてきてるよ。
なんかウルウル瞳の媚びたポーズだ。
え、これ、ちょっと可愛いかも?
なんか珍しいものを見ている気がする。
そいや先輩がデレてから接触しないようにしてたし、今日は今日で拒絶姿勢だ。
先輩からすれば「つれない」よな。
・・・気持ちを知っててこの態度。
俺、もしかして酷いやつ?
腕に抱きついてきてるのだって、さっきの任せとけ発言だって。
凛花先輩ができることで俺にアピールしてるだけじゃないか。
無碍にしすぎるのも良くない。
「ん、悪かったよ」
ちょっと反省して少し笑顔を向けてみる。
するとどうだ、凛花先輩は驚いたような顔をして、慌てて目を逸した。
頬に少し朱がさしている。
え・・・これで照れたの?
ちょっと。チョロインどころじゃねえぞ。
「そ、それより武。どうして闘技部に来ないんだ。待っていたんだぞ」
Oh・・・話題転換で誤魔化してるよ。
まぁいいか。闘技部の話も詰めておかないと。
つか、これが凛花先輩の本題だよな。
「それ言う? 俺を狙ってるって人がいるところへ行かねぇよ」
「あ~・・・そうか・・・。アタイのことが嫌いなんだな・・・強引だしガサツだしなぁ・・・」
悲しげに俯く先輩。
強引とか自覚はあんのね。
「やっぱりアタイじゃ駄目か・・・」
ん? 声が震えてんな。
深刻そうな顔をして。
そんな露骨にわざとらしいフリ、引っかからねえよ。
・・・。
・・・。
あれ、先輩、目がちょっと潤んでんぞ。
なんか本気っぽい?
俺、泣かしちゃった?
・・・。
・・・。
なんでこんなに罪悪感があるんだよ。
ああもう、俺も甘すぎる!
「凛花先輩を嫌いなわけねぇだろ。俺はもう1番がいて、想い人はひとりだけって決めてるから困ってんだよ」
「本当か!? ならアタイのこと、嫌いなわけじゃないんだな!」
一転、身を乗り出して俺の顔を覗き込む凛花先輩。
気圧されてたじろぐ俺。
いやだからそういう勢いに困ってんだよ。
さっきの嘘泣き・・・じゃねぇよな。目がちょっと赤いし。
「好きか嫌いかなら好きだよ。だけど迫られるのが駄目なんだよ」
「好きか。うん、そうなのか。うん、うん・・・」
ひとりで嬉しそうに納得する先輩。
迫らないでっていうとこは聞き流された気がする。
・・・なんかこのやり取り。
香の観覧車のときと同じ感じがするぞ。
あれ? そうすると俺、このままじゃまずいんじゃね?
篭絡されてくパターンじゃねぇのか?
「なぁ武。1番がいてもう他に想い人を作らないつもりなのに、さくらやレオンたちは一緒にいるのか?」
「え? ええと・・・」
うわ、痛いところを突くなぁ。
こいつらが勝手にいるんだ、なんて言って納得すんのか?
俺的に彼ら主人公はラリクエ攻略のため近くにはいて欲しいんだよ。
「凛花先輩。わたしはわたしの意思で武さんと添い遂げる決意をしています。レオンさんや他の方も同じように、武さんを慕って集まっているのです。武さんに強要しているわけではありませんから」
ずっと話を聞いていたさくらが、静かに、だけど力強く発言した。
SS協定は俺を守りこそすれ、強要するわけではないと。
「なるほど。君たちは君たちなりの理由で武の傍にいるわけか」
「そうだ。色仕掛けで篭絡できるほど武は甘くないぞ」
そんな目で見てくれてたのね、レオン。
だけどそれって皆で色々試してます的な発言だろ。
この人にそれ言っちゃって良いのかな。
「よしわかった。
「え? そんな約束して良いのか? 俺と仲良くなりたいんだろ?」
「ああ、
「・・・」
え・・・先輩。
なんかいきなり良いこと言うなよ。
困るからってだけで敬遠していた自分が恥ずかしいじゃねぇかよ。
俺は思わず先輩と目を合わせた。
これまでにないほど穏やかに微笑んでいる。
・・・先輩、こんな慈愛に満ちた表情をすんだな。
こう、掛け値なしで想ってもらえるのって心が暖かくなる。
応えられないって立ち位置のもどかしさも手伝ってくすぐったい。
「武、騙されるな。部活動になってしまえば外の目はない。どうにでもされてしまう」
「わたしもそう思います。もし行かれるのであれば付き添いを一緒にしてください」
思わず流されそうになったところで釘を刺すふたり。
あ~・・・まぁ傍から見ればそういう意見になるか。
しかしこれ、どうすりゃ良いんだ。
「おいおい、そんなに信用ならないかね? アタイは言ったことは守るぞ」
うん、確かに凛花先輩が嘘をついたことはない。
的外れのようなアドバイスも最終的には正しかったし。
「
「う~ん・・・」
真面目な顔で俺に判断を促す凛花先輩。
彼女はあくまで俺に意思を委ねる。
なんだろう、いつもの強引さがないのは・・・SS協定に口を出させないためか。
「武さん。おひとりでは行かないでください、お願いします」
即答できず唸ったところで、左隣に座っていたさくらが手を取り顔を覗き込んでくる。
貴方が心配だと困ったような顔で訴えてくる。
彼女の銀色の瞳が間近で俺の顔を映している。
ふわりとやわらかい匂いまでした。
う・・・そんな至近距離で迫らないで。
「・・・レオンとさくらも一緒で良いなら闘技部へ行くよ」
「本当か!? 良かった!! もう君が来ないんじゃないかと思ってハラハラしていたんだ!」
ぱぁっと花が咲いたように顔を綻ばせる凛花先輩。
こうくるくると表情が変わると可愛い。
先輩のイメージが変わってくる。
・・・。
・・・。
先輩、告白したら露骨に距離を置かれて絶望って感じだったのかな。
そうだとしたら断りも入れず姿を消してたのは悪かったよな。
はぁ。今は誤魔化すとして、この先、先輩にはっきりお断りしちゃったらどうなんのよ。
やっぱり辞めちゃうのかな?
高天原で俺がやらかした一番の事案はこの人だったのでは。
内心、俺は頭を抱えるのだった。
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