040

 魔力の共振。

 魔力操作には必須のスキルだ。

 俺は呼吸と鼓動と魔力の周波を合わせることで発動させている。

 この周波を合わせるための自己暗示、すう、くら、とん。

 これは俺にとって魔法の詠唱みたいなものだ。



「なるほどね。そういう掴み方か」



 俺の説明に頷く凛花先輩。

 改めて魔力の共振を教えてくれると言う。

 だからこれまでどうやっていたのかを確認していた。



「前は時間がなかったから簡易的な方法を教えた。だけど君がやっている方法は効率が悪いんだ」


「え? これ、効率悪いの?」


「そうだ。君の魔力が多いからできていただけで本来は感覚を掴むための方法なんだ」



 へー。

 そんな効率悪い状態で闘ってたのか、俺。

 付け焼き刃にしなきゃならんかったのは仕方ない。

 にしても、そんなのでよく先輩に勝てたな・・・。



「そんじゃ、効率が良いやり方ってのがあんだな」


「ああ。そうしないと君が困るだろうから」



 俺のために。

 くすぐったい感じもするけど素直に嬉しい。

 やっぱりさっきの言葉に嘘はないんだな。



「ありがと。できるよう頑張るよ」


「よし。なら早速やろうか。前に共振の原理を説明をしたと思う。覚えているか?」


「えっと・・・普段は精神と魔力の揺れがズレててそれを合わせるのが共振、だっけ」


「そうだ。よく覚えているじゃないか」



 うんうんと満足げに微笑んで頷く凛花先輩。

 先輩はデレてから前みたいに面倒そうな雰囲気が消えた。

 こうやって人の違う一面を見てしまうと印象がとても変わる。

 ボーイッシュだったはずの先輩が少し可愛く見えてきてしまっているのだから。



「魔力と精神は独立して波打っている。魔力も意図的に波打たせることができるんだ」


「え? 魔力の波って変えられんの? 光みたいに一定かと思ってた」


「自身の中にある魔力なら操作できるんだ」



 そもそも魔力という概念が曖昧なんだよ。

 滝行とか色々やって何とか掴んではいるんだけれど。

 熱っぽくなって目を回しちゃうやつってくらいの感覚しかない。



「あ~、このへんは説明しづらいんだよ。アタイが澪から教わったのは精神が触媒で魔力はその中を動き回るものって話だ」


「う~ん? 光電効果みたいなもんか? 魔力が精神に入り込むと自由電子みたいに駆け巡るって?」


「お、そう、それ! それだ!! さすが武だ!」



 手を叩いて凛花先輩が驚いている。

 よほど腑に落ちる例えだったのか。



「俺がやってた呼吸と鼓動の波を合わせるのって、精神の波を操作して魔力の波に同調させるって方法っだったんだよな」


「そう。だから魔力側が強くなると精神が流されるから魔力酔いするんだ」


「なるほど」



 光電効果の例で言えば金属側を波立たせるようなものか。

 うん、無理やり感が強いな。



「今度は逆に魔力の波を精神に合わせる練習をやる」


「うん。それで、理屈はともかくどうやってやんの?」



 あの凛花先輩が小難しい理屈を説明してくれている。

 おかげで何となく理解はしたが実感しないことには始まらない。



「瞑想をしてチャクラを活性化させるんだ」


「前に言ってたやつか」


「そう、基本は瞑想だ。チャクラを順に開いていく過程で魔力を動かすことができるようになる」


「瞑想、ね・・・。やってみるよ」



 そうして俺は先輩の指示のもと瞑想を始めた。

 無心になってあるがままを受け入れる。

 あるがままとは解釈を加えないことだ。

 これ、お寺で座禅を組んだりして訓練しないと掴めない感覚だ。


 俺はリアルで興味をもって取り組んだことがあった。

 そのときは少しだけ掴めたような気がした。

 けれどもそれ以上は頑張っても眠くなっただけ。

 普段の生活に活かせるほど何かを得られたことはなかった。


 今回はどうか。

 またできないかもしれないという不安もあった。

 だけれども先輩が指導してくれているという妙な安心感もある。

 そのおかげか俺はすぐに軽い瞑想状態に入れていた。


 これ、ずっと気張っていた歓迎会前の状態じゃできなかったろうな。

 偶然にも気を抜いていた今だからこそ無心になることができていた。



「さくら、彼らの言うことを理解できたか?」


「いえ・・・。感覚的な何かをしているようにしか思えません」



 見守っているふたりの言葉でさえ、周囲と一体化して意味が理解できなかった。

 瞑想は言語的な解釈を超えて周囲を感じられるように導いてくれていた。



 ◇



 繰り返すこと数日。

 念のためとSS協定の面子が都度、闘技部の一角で俺の修練を見ていた。

 凛花先輩がたまに口を出す程度で瞑想を続けるだけ。

 こんなの見ている方が退屈だろう。

 ジャンヌやリアム君は「見るだけ無駄ね」と途中で引き上げる始末だった。

 凛花先輩も宣言どおり指導中、俺に触ってくることはなかった。


 そして月が変わって5月上旬。

 俺は深い瞑想状態に入り込めるようになっていた。

 俺に語りかける周囲のすべてが感覚で伝わるようになってくる。

 そうして徐々に身体に流れ込み出ていく魔力の流れを感じるようになってきた。



「そう、それだ。その魔力の流れに緩急をつけて波を作るんだ」



 水の流れを押したり堰き止めたりして波を作る感覚。

 子供の水遊びみたいなもの。

 そうして凛花先輩の指導で感覚を掴むとあとは早かった。

 さらに1週間が経つ頃には瞑想状態から魔力の流れへの干渉ができるようになっていた。



「あとは繰り返すことで瞑想状態に入らなくてもできるようになる」



 言うは易い。

 瞑想へ入るだけでも30分くらい時間を使うからだ。部活の時間だけでは足りない。

 早くものにしたいと思った俺は、夜に部屋でも自主的に修練を重ねた。

 そうして少しずつ繰り返して自分の意図のとおり波を操作できるようになってきた。

 

 実際に魔力の波を自在にコントロールできるようになると共振が簡単になった。

 もともと精神を魔力に合わせることはできていたのだ。

 魔力を精神に合わせられるようになるということは、両方を自分のタイミングで合わせられる。



「よし、あとは回数を重ねれば君のものになる。よくやった」



 こうして俺は練気、集魔法を自在に起こせるようになった。

 当然に具現化リアライズも起動が早くなり、これまでのように長い集中が不要になっていた。

 最終的に凛花先輩から魔力操作の修了宣言を貰ったのは5月中旬を過ぎたころだった。



 ◇



 土曜日午後、武器棟の第2フィールド。

 この日、ここにSS協定の面子が揃っていた。

 さくらを筆頭に、皆の表情は険しい。

 俺を挟んで相対しているのは凛花先輩。

 また剣呑とした雰囲気になっていた。



「凛花先輩!! わたしたちはこれ以上看過できません!!」


「そう簡単に武様にご寵愛をいただけると思わないことですわ!」


「そうか。ま、君たちがその気ならこちらも話が早いよ」


「仲良くするなら僕たちが先なんだよ!」


「教える側だからって立場を利用するなんて最低よ!」


「独断専行、容赦はしません!」



 さくらを筆頭に結構な剣幕で挑戦状を叩きつける6人。



「それじゃ、アタイが勝ったらアタイが亲爱的武ダーリンの付き添いをするから、君たちは解散してもらおうか」


「俺たちが勝ったら武に近づくことを禁止させてもらう」



 魔力操作をマスターするまで俺に触らない宣言をした凛花先輩。

 その言葉どおり先輩は修了宣言まで触らなかった。

 そして宣言と同時にさくらの目の前でまた口づけをされたのだ。

 それに絶叫してキレたさくらが先輩に勝負を宣言した。

 SS協定の皆に呼びかけ、こうして試合することになったわけだ。


 ・・・いやね、気持ちはわかるんだけどさ。

 絶対勝てないやつじゃないの、これ。

 勝負しないでSS協定に先輩を迎え入れたほうがマシなんじゃない?



亲爱的武ダーリン、少し待っててくれよ。すぐに終わらせるから」


「なぁ皆、止めにしねぇか? 争っても良いことねぇぞ」


「駄目です!! 武さんに1番近いのはわたしなのですから!! 許しません!!」



 うお!? さくら、すげぇ剣幕だよ!?

 ぎっ! と凛花先輩を睨みつけている。

 よっぽど目の前でキスしたのが衝撃だったんだな。


 さくらとキスしたことないから先駆けされて怒っているだけかもしれん。

 この歳になるとキスのひとつやふたつで慌てはしねぇんだけどなぁ。

 この身体でも香と何度もしてるわけだし。


 ・・・。

 でもこれ、どうにかして止めなきゃ駄目なやつだと思うんだ。

 いちばん激高しているのはさくらだ。

 彼女をを宥めればどうにかなりそうな気がする。

 ・・・ちょっと水を向けてみるか。



「キスなんて減るもんじゃねぇだろ。そんなに羨ましいならさくらにもするからさ」


「え!? ほ、ほんとうですか!? ほんとうに!?」



 凛々しく対峙していたはずのさくらが目の色を変え、念を押すように叫んだ。

 ちょ、すんげえ食いつきだよ!?

 ちょっと、さくらさん? 顔、緩みすぎ。

 やばい、軽率だった!?



「さくら、懐柔されるな。凛花をこのまま自由にさせるということだぞ」


「~~~~!! やっぱり駄目です!!」



 レオンに窘められるさくら。

 こういうことは冗談で言っちゃいかんな。

 後で香みたいに「純情を弄んだ!!」って怒られるかもしれん・・・。

 ほら、ほかの皆にジト目で見られてるぞ。

 反省しきり。



「武。審判を頼むよ」


「双方、大怪我させるのはなしだぞ?」


「承知しています」



 皆が構える。

 止める手段もなく流されるままなんだけど・・・もう俺には止められない。

 なるようにしかならない。


 凛花先輩が勝ったら。

 SS協定が解散するだろ。

 凛花先輩にくっつかれて共鳴しちゃうだろ。

 主人公たちが荒れちゃうだろ。

 コントロールどころじゃなくなる。

 うん、駄目。絆どころじゃねぇ。

 色んなもののバランスが崩れる。


 SS協定が勝ったら。

 凛花先輩が俺に近づけなくなるだろ。

 先輩、俺が理由で残ってるから国へ帰っちゃうだろ。

 うん、駄目。俺は何のために歓迎会で頑張ったんだよ。


 えええ!?

 これ、どうすりゃ良いのよ!?

 そもそも凛花先輩をどうすりゃ良いんだよ!



「いきます!」


「ははは! 天地の境が見極められないとはね!」



 審判だから開始の合図をしなけりゃならない。

 皆が早くしろと構えている。

 合図したくねぇんだけど!!

 

 どういう結果でもマイナスにしかならない。

 なんでこんな展開ばっかりなんだよ!



亲爱的武ダーリン、早くするんだ」


「いつでも構いませんわよ!」



 だらだらと先に伸ばそうとしてもせっつかれる。

 誤魔化して収められるような状況じゃねぇ。

 くそ、もうどうにでもなれ!!

 俺が自棄になって合図をしようと手を振り下ろしたそのとき。



「静まれ」



 背後から声が聞こえたとおもったら、ばしん、と地面に光が走った。

 俺を含め皆の足元に光の筋が走り抜ける。

 何だこれ!? 何が起こった!?



「げっ!? アレクサンドラ!!」


「ようやく捕まえたぞ。楊 凛花」



 声の主は生徒会長だった。

 こんなところに乱入してくるなんて、いったいどうした!?

 凛花先輩が何かやらかしたの?



「脚が動かないよ!」


「く!?」



 皆の脚が地面に吸い付いたように動かせない。俺も同じだった。

 無理に力を入れて上半身のバランスを崩す始末だ。

 これ具現化リアライズか!

 偏縛マインドベンドみたいな魔法だな!?



「さぁ楊 凛花。観念するんだ」


「嫌だ! やめろ! アタイはやりたくないんだ!!」


「つべこべ言わず来い。まったく、誰のためと思っているのか」



 アレクサンドラ会長が合図をすると、後ろから一緒に来たふたりが動けない凛花先輩を拘束していく。

 漫画で見るように胴も脚も頑丈そうな紐でぐるぐる巻にしてしまった。

 うわ、あんな縛り方、実際にやってんの初めて見たよ!

 凛花先輩が逃げないようにするにはあのくらい必要なのか。



「待ってくれ!! これで勝てば亲爱的武ダーリンと一緒に帰れるのに!!」


「その時間がないというのだ。自業自得だろう」


「離せええぇぇぇぇ!!」



 そうして凛花先輩はお付きのふたりに担がれてどこかへ連れ去られて行った。

 で・・・なんで?

 どうして凛花先輩?

 宝珠の束縛がないから縛ったんだろうけどさ。



「騒がせたな」



 アレクサンドラ会長が手を地にかざすと、また地面が光って皆の脚の拘束が解けた。



「動きますわ!」


「ほんとうだ!」



 動けるようになり銘々が安心する。

 それを見届け、立ち去ろうとするアレクサンドラ会長。



「ちょ、ちょっと待ってくれ、会長」


「どうした、京極 武」


「凛花先輩はどうして連れて行かれたんだ?」


「ああ。彼女はやることがあるのだ」


「やること?」



 澄まし顔で答えるアレクサンドラ会長。

 生徒会が先輩に何をやらせるというのだろう。



「彼女には勉学が足りていない。落第寸前なのだ」


「は? 凛花先輩が?」


「2年間も裏庭で授業をサボっていれば当然だろう。独学でも限界がある」


「・・・」


「授業への出席が卒業要件に不要とはいえ、彼女は在学資格が留保されている状態なのだ」



 皆、信じられないという表情をしている。

 え? 主席だった凛花先輩が?



「まったく、わざわざ私が教えているというのに逃げ出すとは・・・」



 腰に手を当て、少し呆れた表情をしながらぶつぶつと呟く会長。

 この凛とした会長が愚痴っぽく言う姿は何やら新鮮だ。



「京極 武。彼女が君と一緒にいるためには落第を回避する必要がある。すまないが当分の間、彼女に遭遇したら脱走したということだから生徒会へ連絡するようにしてくれ」



 呆気にとられていた俺が返事をする間もなく、アレクサンドラ会長は去っていった。

 残された俺たちはただぽかんとその後姿を眺めるだけだった。



「・・・良かったなさくら。凛花先輩のご退場だ」


「はい・・・なにやら納得がいきませんが」



 こうして凛花先輩の騒動は幕を閉じたのだった。

 別の言い方をすると先延ばし。

 でも、戻って来るまでに対策なんてできんの?







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