046

 あれから日常のペースを無事に取り戻しつつある。

 ソフィア嬢に励ましてもらって少しは前向きに過ごせるようになったおかげだ。


 結局、早朝マラソンは結弦とリアム君、俺の3人でやることになった。

 他4人は常人を遥かに超えた体力があることが確認できたから

 「こっちはペース遅いから走るなら先に行って」

 となってしまうので。


 走るペースは月、水、金曜日の週3回だ。

 たまにセリヌンティウスを連れてくるリアム君。

 トラブルがなければ犬とジョギングって楽しい。

 セリヌンティウスがいるときはアレクサンドラ会長が途中参加することが多い。

 俺たちはペースが遅いので追いつかれるのだ。

 「後輩が修練に励む姿を見るのは嬉しいものだ」

 「今年の1年生は期待できる」

 「闘神祭が楽しみだ」

 と、毎回追い抜く前にひとこと、何かしらお言葉をもらっている。


 生徒会の目的が学校全体のレベル上げだったんだから発言は理解できる。

 けど、なんか会長って掴みどころがねぇんだよ。

 ゲームでアレクサンドラ会長って出てきたっけ?

 名前の響きは記憶にある。

 そう思い返してみるが、幾らやり込んだって言っても3年以上前の記憶だと朧げになる。

 くそっ、やはり鮮明なうちにもっと些細な事も書き出しておくんだった!

 高天原への進学に気を取られすぎたのは失敗だったな・・・。



 ◇



 そんな梅雨のある日。

 いよいよ来週に具現化リアライズ覚醒の特別授業があると発表された。

 誰しも待ち焦がれていた固有能力ネームド・スキルだ。

 授業や部活で基礎的な具現化を使うようになってきた皆は興味津々。


 この特別授業イベント、ゲームじゃ部屋に入って名前を告げられて終わりだった。

 その後、部活で練習をして「固有能力を覚醒した!」って表示が出て使えるようになるだけ。

 実際に何やってんのかなーと思って聞くと結構な内容。

 具体的な流れはこうだ。


 覚醒するためのアーティファクト『深淵の瞳』がある。

 それに自分の魔力を流すと波長が増幅され、その個人の象徴となる能力が発現する。

 ただ最初は不安定なので、しばらく出したり引っ込めたりして安定化してやる必要がある。

 能力によっては危険なため覚醒は防護室で行う。

 安全性が確認できたら、能力の指導に適した部活の先輩が傍について安定化をさらに行う。

 その能力の名前は自然に頭に浮かぶらしい。

 なお固有能力ネームド・スキルはその発動に名前を口にする必要があるとのこと。


 へー。

 けっこう本格的というか、やばそうというか。

 魔法だったら爆発するかもしれないもんな、なるほど。

 だから防護室を使うのね。


 そしてついに。

 ついに俺の固有能力ネームド・スキルが発覚する!!

 ゴミスキルだったらどうしようという恐怖感と、期待感と半々。

 これでようやく部活も何を選択するか決められるよ・・・。

 攻略のための戦略も決められるようになる。

 この今の高揚感は表現し難い。

 このためにここまで来たのもあるのだから。

 って、レオンを除く他の皆も同じだよね。

 うん、素直に皆と一緒にワクワクしよう!



 ◇



 そして特別授業当日。

 座席順で適当に呼ばれ、防護室へクラスメイトが入っていく。

 そのまま部活の先輩と安定化へ向かうので今日はこのまま自然解散となる。

 部員獲得日でもあるので部活動の上級生たちの様相も活況だ。

 混乱がないよう生徒会が上級生を仕切っていた。


 ちなみに固有能力ネームド・スキルは、学園外では個人情報にあたるので口外しないのが礼儀。

 しかし学園内では部活動で嫌でも見せることになるので公然の秘密となる。

 そもそも何度も使って訓練しないとお話にならないのだから。



「過去の傾向から想像できるとはいえ、緊張いたしますわ」


「まったくです。安定化が終わったら食堂へ集まりませんか?」


「あ、良いわね。皆にどういう能力が出たのか気になるし」



 結弦の提案にジャンヌが賛同する。

 皆も同意して後で食堂へ集まることになった。

 ・・・今更だけどこいつらの能力ってゲームと違うのが出たりしないよね?



「俺、詳しく知らねぇんだけどさ。覚醒するときってどんな感じなんだ?」


「装置から戻ってきた魔力が押し上げるように固有能力を発現させるそうですわ。そのときに名前が聞こえてくるとか」


「聞こえてくるって不思議だね?」



 ソフィア嬢の説明。

 色々な体験談を総合した話のようだ。

 つまり装置と自分の共鳴させれば目覚めるってことだよな。

 さすがにゲームみたいにいきなり使えるわけじゃない。


 そうして待つこと20分。

 結弦が呼ばれ、さくらが呼ばれ、レオンが呼ばれ。

 いよいよ俺の番になった。



「武様、いってらっしゃいまし」


「どんなのが出るか緊張するね!」


「また倒れたりしないのよ」


「ははは。行ってくるよ」



 残りの3人に見送られ俺は防護室へ向かった。


 部屋に入ると教師が装置の前に座っている。

 装置には幾つかの球体が線で繋がれている、いわゆる『生命の樹』のような模様が描かれており中央に目玉があった。

 瞳って名前がついてるだけあって目があんのね。趣味悪い。

 その両端にレゾナンストレーナーで見たような金属がついていた。



「そこに座りたまえ」


「はい」



 言われるがまま装置を挟んで教師の反対側に座る。

 深淵の瞳に漂う黒っぽいオーラが目に入った。

 何だこれ。

 どうして黒いんだ?

 魔力って白か他4色じゃねぇの?



「この装置の両端に手を添え、自分の魔力を高めて流し込みなさい」


「あの、この黒い魔力っぽいものって何ですか?」


「黒? 装置には何もないと思うが」


「・・・」



 おい。

 例によってAR値が高いやつにしか見えないのかよ。

 しかも黒だぜ・・・今まで見た黒って言ったら南極で見たアレ。

 つまりこれの中身って「厄介な悪意」こと、「魔王の霧」なんじゃねえの?

 でもあのときは俺のAR値はゼロでも見えたしな。

 別の何かか? これ。

 大丈夫かよ・・・。

 不安に駆られたので念のため確認してしまう。



「当たり前のことを聞くんですが」


「なんだ?」


「みんな、この装置で覚醒したんですよね?」


「そうだ。滅多に発掘されない装置だ、世界に5つしか存在しない」


「そんな貴重なものなんですね。失礼しました」


「心配するな、今まで事故が起きたことはない」


「・・・重ねてすみません。先に覚醒したさくらやレオンはこの装置を見て何か言ってましたか?」


「いや? 何も言ってなかったぞ」


「そうですか、ありがとうございます」



 ・・・。

 何だろう、この不安感。

 でもやるしかねえ。

 覚醒するためにはこれに頼るしかないんだから。



「やります」



 自分を奮い立たせ、装置の両端に手を添える。

 ひんやりとした感触に背筋まで冷える。

 途端、装置の中央にある目玉が俺を覗き込んだような気がした。



「そうだ、それで魔力を流しなさい」


「・・・はい」



 やるぞ。

 俺はやるんだ。


 ・・・なんかやたら緊張する。

 魔力を・・・って、くそ、練気がうまくいかねぇ。

 こういう時は・・・そうだ。暗示。

 すう、くら、とん。

 ・・・よし。

 お腹に熱が籠もり魔力を流す準備が整う。

 準備よし。

 いくぞ。


 丹撃の要領で脇腹に力を入れて魔力を両腕から流し込む。

 装置に白の魔力が流れ込み、生命の樹っぽい模様に白い筋が入っていく。

 目玉の部分も白く染まり光り始めた。

 ・・・。

 ・・・。

 え、これ、どうなんの?

 ただ光るだけ?



「あの、これで良いんですか?」


「うん? 魔力が循環しないか? もう少し強くしてみなさい」


「はい」



 なんでいつもイレギュラーっぽいんだよ!

 仕方なく投入する魔力を追加する。

 ぐんぐんと両手から魔力が装置に吸収されていく。

 模様に流れる魔力の輝きが強くなっていく。


 だが一向に魔力が戻って来る気配がない。

 俺の魔力が吸われる一方だ。



「え・・・これ、ほんとうにこんなに魔力を流し込むものなんですか?」


「・・・」



 最初のAR値測定のときみたいに怖い顔して見てないで!

 止めるなら止めって言ってよ!

 このまま事故るとかしたくねぇんだけど!


 だが中止の合図もなく、装置からの返答もない。

 仕方なく俺は魔力を注ぎ込み続けた。

 ああ~この出力の感じ。

 凛花先輩と打ち合った時くらい出てってるよ。

 ・・・っておい、どんだけ魔力喰えば気が済むんだよ!



「ぐっ・・・あの・・・結構、入れてるんですが」



 装置はますます輝き、部屋全体を投光器で照らしているかのようになっていた。

 教師は絶句して怖い顔をしたまま何もしない。

 おい返事くらいしろってばよ!!


 ちょっと待て。

 このままだと俺の魔力、枯渇するよ?

 舞闘会の最後みたいに全力投球しちゃうよ?


 もう状況がわからないまま、魔力を注ぎ込み続ける。

 絶対これイレギュラーだろと思いながら。

 そうしてもう限界、という地点が近付いた頃・・・。



「なに!?」


「おわっ!?」



 突如、装置全体が光り輝いた。

 その途端、添えた手から一気に魔力が流れ込んできた!

 腕を伝い胴、脚、頭と返ってきた魔力に蹂躙されていく。

 



「があああぁぁぁぁぁ!?」



 あああ待て待て待て待て!!!

 これ丹撃喰らったときのようなやつ!!!

 ぜったい失神する!!!

 ああああ、ダメダメダメ!!!

 らめぇぇぇぇぇぇ・・・・・・


 ・・・・・・

 ・・・



 ◇



 ・・・

 ・・・・・・

 ん・・・。

 あれ?

 ここは?


 真っ暗だよ。

 えっと・・・?

 あれ、俺、どこに立ってんだ?

 まさか前みたいに幽体離脱してんじゃねぇだろうな?

 いや・・・これ、身体の実体がある。

 何だよ、この空間。


 ん?

 なんだあの光。

 ・・・あの変な装置にあった目みたいだな。

 こっち見てね?

 うえ、趣味悪・・・。



――汝、探究者よ――



 なんだこの声?

 目が喋ってる?

 って・・・この声、前に聞いたことがあるような。



――汝が力、新らしき理を導くもの――



 どこで聞いたんだ、これ?

 ・・・。

 そうだ! 一番最初だよ!

 この世界に来るときに!



――其の名、探究者クアイエレンス――



 ちょっと待て!

 お前がこの世界の神か!?

 俺にここで何をさせようってんだよ!



――閉ざされし世に新たな道を示せ――



 はぁ!?

 道ってなんだよ!

 どうやったら元の世界に帰れるとか説明しろっての!!

 魔王を倒せば良いのか!?

 ゲームをクリアすりゃいいのか!?


 っておい!

 消えてくんじゃねぇ!!

 もう終わりかよ! 演出短くね!?

 言うだけ言って俺自身には何か演出とかもねぇのかよ!?


 つか結局、ここは何なんだよ!

 おい!?

 ・・・。

 あれ・・・?

 くそ、また意識が・・・。

 ・・・。


 ・・・・・・

 ・・・



 ◇



 ゆさゆさゆさ。

 あん? 誰だよ、身体動かしてんのは。

 折角、寝てんのに・・・。



「おい、大丈夫か!?」


「んあ・・・?」


「気が付いたか!?」



 あれ、先生じゃん。

 って俺、また気絶かよ。ほんと勘弁して。

 物語の主人公でお約束するやつでも、俺みたいな回数まで失神しねぇぞ。


 だんだんと思考が戻る。

 ああ、そうだ。

 覚醒するために装置に魔力を流したんだっけ。

 そう、目の前にあるこいつ。


 この趣味の悪いアーティファクト。

 これに魔力を流したらなんかピカ―って光ったんだよな。

 電気ネズミかよ。



「身体に変調はないか?」


「・・・はい、大丈夫そうです」



 よくわからねぇけど。

 とりあえずは無事っぽい。



「京極 武。覚醒した固有能力ネームド・スキルの名はわかるか?」


「固有能力・・・?」



 う~ん?

 さっき夢?の中でなんか言われたような。

 なんだっけ。

 ああ、そうそう。



「・・・探究者クアイエレンス



 俺がその単語を口にした瞬間。

 ぱきん、と音がした。

 そうして視界がセピア色に染まり周囲の音が消えた。


 え?

 なに?

 なにが起こってんの?

 静寂どころじゃねぇ、無音だよ。

 しかも俺、意識はあるけど動けねぇじゃん。

 声も出せねぇよ。

 時間だけ止まってる?

 なんだこれ・・・。


 えええ、なにこれ。

 ザ・〇-ルド的な何か!?

 でも自分が動けなかったら観察するだけじゃん!

 なんなんだよ!


 俺がそう頭の中で悶えていると。

 またぱきん、と音がして世界のセピア色が消えていった。

 そうして静寂という音が戻って来た。



「どうした、わからないか? そういえばお前は白属性だったな。聖堂に報告するので詳しいことはそちらで確認しなさい」


「・・・はぁ」



 え・・・?

 どうして先生、聞こえてないの?

 武器は出ねえと思ってたけど。

 それになに? このフリーズ機能?

 ちょっと待ってよ。

 果てしなく役に立たねぇ予感がすんだけど!?

 これが俺の固有能力だって!?


 あまりの出来事に俺は放心していた。

 何が何だかわからなくて呆然としながらも叫び出したい衝動をぐっと押さえ。

 気付けばあれよあれよと聖堂へ連絡が飛び。

 すぐに聖堂のお兄さんがやってきて、俺はぼうっとしたまま聖堂へと連れて行かれたのだった。



 ◇



 修験場にある教会。

 ここには防音個室もある。

 瞑想や深い祈り、はたまた懺悔といったことに使うための部屋。

 ・・・という説明を受け、俺はこの部屋に放り込まれたところだ。


 どうすんだ本気でゴミスキルの可能性が。

 と頭でリフレインしていると聖女様がやってきた。



「こんにちは」


「・・・」


「・・・あら、重症なのね」


「・・・」


「気付けに畏怖フィアー、いっておく?」


「遠慮いたします!」



 危ねぇ、意識が戻ったよ!



「ええと・・・」


「それで何て固有能力だったの?」


「・・・」



 聖女様を見る。

 相変わらず無表情だ。

 まぁ彼女が俺の先生だからな、説明しねぇことには始まらない。

 


「名前はクアイエレンスって言われた」


「クアイエレンス・・・響きからしてラテン語かしら」



 今度は止まらなかった。なんなんだ?



「覚醒したときに名前を唱えたら時間が止まった」


「え?」


「俺も止まんだよ。意味がわからねぇ。意識だけあんだよ」


「・・・」



 聖女様が考え込む。

 相変わらずの無表情で。

 いつも超然としていたのに、こういった雰囲気は少し珍しい。

 それだけ妙な事例なんだろう。

 ・・・俺、こんなんばっかりだな、おい。



「ちょっと待ってて。少しだけ調べてくる」



 そう言って聖女様は出て行った。

 調べるって何を調べるんだろ。

 あ、そういや安定化ってするんだっけ?

 でも具現化リアライズなのに具現化してない系だよね、この能力。

 安定化もくそもないんじゃなかろうか。



「お待たせ」



 思ったよりも早く、聖女様が帰ってきた。

 席につくと俺を見ながら説明を始めた。



「まず名前から。ラテン語で Quaerensとは探究者という意味ね」


「探究者」


「覚醒するときに聞こえる声で示される名前は固有能力ネームド・スキルの体を表すの」


「つまり・・・この能力は『探究者』である、ってこと?」


「そう。それが何を意味するのかはわからないけど」



 やっぱり前例なんてないよね。

 まぁ固有能力ネームド・スキルだし。



「その・・・覚醒する際に深淵の瞳に限界まで魔力を流し込んだんだけど」


「え?」


「ぜんぜん反応しなくて。それで装置が光ったら夢を見て、そんときに名前を教えられた」


「・・・その夢、名前以外に何かあった?」


「え? ええと、――閉ざされし世に新たな道を示せ――って言われたような・・・」


「!!」



 がたん、と聖女様が立ち上がった。

 椅子を蹴飛ばして大きな音をたてたのでびっくりしてしまう。

 身を乗り出して俺の顔を覗き込んでいる。

 いつもの無表情で。



「それ、ほんとう!?」


「う、うん・・・」


「ああ・・・天啓だわ・・・」


「天啓?」



 聖女様は天井を仰ぎ祈るように両手を胸の前で組んでいる。

 あの声が? 天啓?

 なんか手前勝手に押し付ける感しかなかったんだけどなぁ。

 そもそも天啓ってなんか良いことあんの?



「ともかく安定化してみようか。その固有能力のイメージはある?」


「イメージ・・・」



 いやさ、セピア色で止まるなんてやっぱりザ・〇-ルドしかねぇだろ。

 今のところイメージなんてあのカリスマ吸血鬼だよ。

 でも発動しても動けねぇからなぁ、なんか違うんだよな。

 そもそも何か具体的にあったわけでもないし。

 止まっただけでなんもない。



「う~ん・・・具体的に何か見たわけじゃないから・・・」


「そう。それじゃ『探究者』の名称から強く意識できるものを想像してみて」


「探究者。う~ん・・・」



 探究者。なんでラテン語なんだろ。クアイエレンス。

 英語でリサーチャーとかシーカーとか、そっちのがわかりやすいのに。

 むしろ日本語でおk。


 じゃなくて。

 探究者ねぇ。研究・・・と言うより未踏の開拓なんだろうな。そんな気がする。

 未踏の開拓。研究者より冒険者なのかな。

 リアルの人物なら間宮林蔵とか大航海時代のマゼランとか。

 ああ良いね。前人未踏を開拓するなんて浪漫溢れるじゃないか。



「想像できた?」


「なんでも良いんだよな?」


「うん。武さんが直感的に想像できるなら」



 直感的。

 そう言われるとその2人は直ぐに思いつかない。

 いきなりヴァスコ・ダ・ガマとか想像しない。

 この目で直接、見たわけじゃないし。

 彼らのイメージは変な肖像画とかだ。


 むしろゲーマー的にはRPGとかそっちのが馴染みがある。

 仲間を募ってクエストに行って、って。

 街で聞き込んで、アイテム集めて謎解きして。

 あー、冒険者な感じ?

 そっちのがしっくり来るな。



「思い浮かんだ?」


「ごめんもうちょっと待って」



 そういうキャラで俺がいちばん浮かぶもの。

 ・・・あれだ、目的のないRPG。

 いわゆる剣と魔法のTRPGをコンピューターゲームにしたゲームだ。

 ○○ドーンって、シミュレーションゲームを作る会社が作ったやつ。

 最初に作ったキャラで未知の国やダンジョンを冒険したときは楽しかった。

 学生時代に相当やり込んだ。

 あれが俺の中の典型的な冒険者像だ。

 未踏を切り開く開拓者ってイメージ。

 名前なんてつけたっけ、あの最初のキャラ。

 『光明のディアナ』

 緑髪のエルフのアーチャーだ。

 うん、中二病全開の時期につけた渾名も思い出したぜ。

 このキャラだな、俺の中での開拓者。

 しっくりくる。



「よし、思い浮かんだ」


「それじゃ、そのイメージを浮かべて能力の名前を唱えてみて」


「うん・・・探究者クアイエレンス



 ディアナをイメージして唱えてみる。

 ぱきん。

 あ、セピア色。時間が止まった。無音になってる。

 発動したんだな、これ。

 ・・・ん?

 あれ、ディアナじゃん。

 懐かしいな、ディアナ。緑髪エルフの冒険者。ドット絵だよ。

 デフォルメサイズかな。可愛い。

 ちゃんと弓矢を背負ってバックパックまである。

 聖女様のところに浮いてるぞ。

 あれ?

 ディアナの下に青の半透明なウィンドウが表示されてる。

 なんか文字が出てんぞ?


――お腹すいたなぁ。切り上げてきつねうどん食べよ。

――安定化めんどいよぅ。早く終わらせてカイン様でハァハァしたい。


 ・・・。

 ・・・は?

 ウィンドウに腰掛けたディアナが指さしている。

 どっちか選べって?

 これ・・・聖女様のこと?

 AVGの選択画面だな、こりゃ。

 とりあえず安定化を進めて欲しいんだけど・・・。

 でもどっちの選択肢も、聖女様は今は止めたそうな雰囲気だよな。

 じゃ、すぐ終わりになる上、かな。


 相変わらず動けもせず、視線だけが動かせるこの状態。

 俺が選択の意思を決めると、ぱきん、とセピア色が消えていった。

 ディアナもセピア色と一緒に消えた。



「どう? できた?」


「・・・セピア色になって時間は止まった」


「うん。あとは繰り返してればできるよ。今日はここまでにしよ」


「・・・はい」



 ・・・聖女様、切り上げちゃったよ。

 いつもならスパルタで時間の許す限りやるんだけどな。



「もしかしてお腹が空いた?」


「うん、お昼だしね」


「・・・きつねうどんが食べたかったり?」


「あれ? 私の好み知ってる?」


「! いや・・・」



 俺はおくびにも出さぬよう気をつけながら、頭で激しく悶えていた。

 ええ~・・・この固有能力、そういうこと?

 ・・・ゴミじゃね? 戦闘能力ゼロじゃん。

 やばい、俺、やっぱモブ以下だよ・・・どうすりゃいいんだ・・・!?




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