032

「痛い痛い痛い痛い!!!」


「我慢して、すぐ治るわ」



 聖女様の身体再生ヒーリングで回復されると相応の痛みに苛まれる。

 これまでにもっとも傷ついていた俺は、当然のことその痛みも最上級だった。



「ぐぅぅぅぅぅぅ・・・!!!」


「武さん・・・」



 我慢できずに掴めもしない地面を握ろうと手のひらが地を這う。

 目を上げると心配そうにさくらが様子を見ている。

 既に治療を受けたレオンは俺の痛みがわかるのだろう、眉を寄せて顔を顰めていた。

 ソフィアも結弦も顔を背けている。見てる方が辛いって?



「はい終わり。痛みにも慣れてね」


「はぁ、はぁ、はぁ・・・無理だろこんなん・・・」



 何とか傷が治ったようだ。

 骨までやっていたのだ、痛いどころじゃない。

 ああ、すっかり汗まみれだ。

 そりゃあんだけ悶えればそうなる。



「武さん、使ってください」


「ああ、ありがとう」



 さくらが濡れタオルを手渡してくれた。

 ありがたい。擦り傷で血まみれだったし。

 汚れてごめんだけども遠慮なく拭かせてもらった。

 汗も汚れも拭き取って気持ち良い。



「ごめん、かなり汚したよ」


「いえ。これ良いのです」



 ん? 聞き間違い?

 あれっ、と彼女を見ると、いそいそとタオルをバッグに片付けていた。

 ・・・まぁいいか。



「武さん、もう動けますか?」



 結弦が屈んで覗き込んでくる。

 なんか不安そうな顔だな。心配そうに聞いてる。

 あれ、なんか雰囲気変わった?

 リアム君みたいになってんぞ?



「ん~、ちっと集魔法しないとダメだな。悪ぃけどもう少しインターバルをくれ」


「わかりました。皆さん、もうしばらくかかるそうです」



 何故か取り仕切ってくれる結弦。ありがたい。

 見ればジャンヌとリアム君が端に寝かされていた。

 ありゃ? あいつら起こしてやらねぇの?



「なぁ、あのふたりは?」


「この後の課題があるので寝かしておいてやれ、だそうだ」


「ああ、参加者にってやつか」



 レオンの言い方だと凛花先輩がそう言ったんだろう。

 一体、何が最終課題なのやら。

 とにかく復帰しねぇと。皆を待たせてるし。

 俺は集魔法をして回復に努めた。



 ◇



 そろそろ夕方だ。

 凛花先輩の最終課題で文字通り最後だな。

 俺とさくら、レオン、ソフィアに結弦が揃って立った。

 凛花先輩が向かい合っていた。



「武。君の力でできること、できないこと。今日1日でよくわかっただろう」


「ああ、何度も限界を見たからな。お陰様で実戦経験も積めたよ」


「ふむ。さくら、レオン、ソフィア、結弦。君たちも武と戦ってみて未熟な部分を感じたと思う」



 4人とも頷いた。

 凛花先輩、すっかり先生だな。



「だがね。まだ決定的に不足している経験がある。それは何だかわかるか、武」


「・・・正直、ここまで叩き上げてくれただけでも驚いてるからな。何かわからん」


具現化リアライズを使う新人類フューリーとの戦いだよ」


「!!」



 明日の戦いは具現化を使う先輩方とのものだ。

 確かにそのための経験はほとんどない。

 レオンと俺の試合くらいだ。



「魔物が何故、近代兵器で倒せなかったかわかるか?」


「え?」



 いきなりな質問だ。

 歴史で習ったのは「倒せなかった」という結果のみ。

 その理由は確かに知らねぇ。

 俺は皆の顔を見た。

 レオンは目を閉じていた。

 さくらと結弦は首を振って知らないと訴える。



「金属類の打撃や斬撃、火薬類の爆発は魔力を前に無効化されるから、ですわ」


「そうだソフィア。君の言うとおり無効化される。だから新人類の具現化、つまり魔力をもってのみ魔力で構成された魔物を屠ることができる」


「・・・」



 そもそもゲームだと具現化を会得して戦いに行くから意識なんてしなかったよ。

 よくよく考えれば思い当たる話だよな。だから核兵器も効かなかったわけで。

 逆に魔力を帯びていればよく効くと。

 あ、それで擬似化の防御が物理武器にほぼ無敵だったのか。



「君たちが明日、対峙する具現化リアライズも当然に同じ理屈になる」


「あ・・・」


「そう。武やレオンは戦う術がある。だがさくら、ソフィア、結弦。君たちの武器は具現化には通用しない」


「具現化ではなく、生身の身体の部分には?」


「身体に直接ならば通じる。問題はそこだ。具現化の攻撃は受けられない。一方的にやられてしまう」


「・・・」


「さて、前置きが長くなった。最終課題だ」



 凛花先輩がぱしんと拳と掌をぶつける。

 また緑のオーラが飛散した。

 俺たちは真顔になった凛花先輩を見て緊張する。

 いつになく威圧感があった。



「アタイに一撃を加えろ」


「は!?」



 凛花先輩とやり合う可能性は想像していた。

 でも・・・これ、実戦てことだよな?



「具現化対策の実践だ。お前たち全員で協力して来い」


「大丈夫、死なない限り元に戻るから」


「それ重傷前提だよな!?」



 思わず突っ込んでしまった。

 聖女様も・・・最初からそのつもりだったな。

 俺にそこまでして体得させたい何かがあるんだろう。

 正直、凛花先輩に攻撃できるビジョンが浮かばねぇ。



「どうした? ここまで来てリタイアか?」


「やるに決まってんよ。・・・なぁ凛花先輩。約束は覚えてるよな?」


「あ〜、あの話ね。良いよ、勝ったら教えよう」


「その言葉、二言はねぇな」



 どうせ俺に選択の余地はない。

 後ろの4人を見た。皆、無言で頷いてくれた。

 ひとりじゃない、ね。俺の力と言って良いのかどうかもわからんけど。

 やろうじゃないか。



「リーダーの武が戦闘継続できないか、降伏した場合もこの模擬戦は終わりとする」


「そうだ、実戦なら私も武さんに協力しようかな」


「澪が加わったら駄目だろう!」


「え~、さっさと畏怖フィアーして終わりにしたいのに」


「君は教える側だろ!?」


「貴女も後輩だし教え足りないのよ? 後輩苛めなら同じじゃない。私は性格がひん曲がってるらしいから」



 聖女様と凛花先輩の緊張感のないコントを前に。

 俺たちは目配せで構えていた。

 さくらを後衛に、その前に守りで結弦。

 俺ととソフィアが中衛、レオンが前衛だ。

 自然とこの配置になったのは互いの動きを見たからか。

 


「・・・とにかくやるぞ。開始の合図はこの石が地面に落ちたらだ。いくぞ」



 凛花先輩が小石を宙に投げた。

 俺にはその軌跡がやけにゆっくりに見えた。



 ◇



「はぁ・・・」



 夜。

 21時を過ぎた頃、食堂の広い円卓で俺は溜息をついた。

 飲もうと思って運んできた白湯がすっかり冷めていた。



「ああもう、くそったれ・・・!」



 ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜてひとり唸る。

 苛々とした気分に支配されて思考はまったく纏まらなかった。



「お悩みですわね」


「んあ?」



 少し不機嫌気味な声で反応してしまう俺。

 いつもの澄まし顔をしたソフィア嬢が紅茶を持ってやって来た。



「こちら、よろしくて?」


「好きにしろよ」


「では失礼」



 相変わらずソフィア嬢の所作は華麗だ。

 思考が纏まらないせいか、その動きを眺めてしまう。

 この彼女の仕草のように綺麗に物事が運べば楽なんだけど。



「ソフィアは平然としてんだな。俺には無理だわ」


「わたくしとて悔しさや無力さは感じておりますのよ」


「それを感じさせねぇとこがすげぇ」


「ふふ。社交界で腹芸は基本ですので」



 優美に扇子で口元を隠して笑う。

 都度、絵になる動きを間近で見られるのはゲームと異なるところ。

 何もなけりゃこの光景を全力で楽しむんだけどなぁ。



「はぁ・・・どうしたもんか」


「武様。思い悩んだところでなるようにしかなりませんわ」


「何でそんな達観してんだよ!」



 明日、こいつらと一緒に戦って負けたとして。

 生徒会の下僕にしない方法が何かあるかどうか。

 俺はその方法を思い悩んでいた。



「負けた後のことをお考えであれば勝つ方法をご検討されるべきです」


「ぜんぜん歯が立たなかったじゃねぇか! あんなんで勝てる見込みあんのか?」


「初見だからな」


「あん?」



 会話に割り込んできたのはレオン。

 こいつはコーヒーを持っていた。

 コーヒー派なのね。紅茶派と分かり合えないやつ。



「明日も初見の先輩ばかりだろ。むしろ凛花先輩のほうがまだ知ってたくらいだし」


「だが具現化リアライズの攻撃や防御を交えるとどうなるかは理解できたろう」


「・・・それじゃ、お前は凛花先輩ともう一度やって違う結果にできるってのか?」


「二度やれば同じ結果にはなりません」



 今度はさくらの声。

 彼女はミルクティーか?

 例により甘くしてありそう・・・。

 ここ、そんなものまで置いてあるんだな。



「武さん。経験を積めば前に進めます」



 さらに結弦だ。

 彼は緑茶。

 見事に好みが分かれたな。



「前って。最終課題は繰り返せねぇだろ」


「武様。これまでの課題はいつも躓き、繰り返してクリアしていらしたのではなくて?」


「・・・まぁ、な」


「お前はお前が考えている以上によくやっている。他の誰も真似できないくらいに」


「武さんのお姿を見て、わたしたちも勇気付けられています」


「オレも武さんを見て勉強しています。結果も大切ですが過程も重要ですよ」


「う~ん・・・」



 俺は納得がいかず唸る。

 ふと顔を上げると皆、俺の様子を伺っていた。

 ・・・これ、彼らなりにケアしてくれてんのかな。


 言われてみればそうか。

 最初からできた課題はほぼ無かった。

 でもだからって、最終課題・・・卒業試験に落ちちゃ駄目だろう。



「最終課題は一度きりだ。受験と同じ。合格できなきゃ落第だ」


「凛花様は落第させようとしていたわけではないと思いますの」


「そりゃそうだけど。でもこれまでクリアできねぇ課題は出して来なかったんだぞ」



 そう。凛花先輩は俺に何かを掴ませようとしてきた。

 だというのに最終課題は惨敗し、まったくと言っていいほど何も掴めなかった。

 俺にはそこに意図を感じ取ることができなかったのだ。


 それに俺はこいつらにも負けた。

 負けっぱなしで技能的に向上した気がしない。

 半日無駄な時間を過ごしていたのではないかという後悔さえあった。

 どうにもネガティブな思考になってしまう。



「明日はまた別の戦いだ。俺は僅かでも可能性があるならやる」


「わたくしもやらずに諦めるつもりはありませんわ」


「わたしもです。ここで逃げの姿勢になるほうが足元を掬われます」


「オレもですよ。戦わない選択肢はありません」



 お前ら・・・前向きすぎてちょっと笑ってしまう。

 主人公気質、さすがだ。

 見ればソフィア嬢もレオンもさくらも結弦も微笑んでいた。

 その笑顔は俺へのエールだって?



「わかったよ、やるよ」



 こうしてこの言葉が自然と口をついて出てしまうくらいには、彼らに後押しされたのだろう。


 ・・・俺がこなせなかった唯一にして最大の課題。

 その壁を越えずして進めないと思い込んでいた。

 けれど彼らの言うとおり進むしか無い。

 ここまで来てしまっているのだから。


 そうだよ、これまでも解決できないことはほかに置いてできることをやってきた。

 これ以上は今日のことを考えるより明日のことを考えよう。



「ソフィア。去年の舞闘会はどういった形式だった?」


「はい。最初に先輩方の舞闘がありますわ。具現化リアライズを披露するようです」


「ふむ」


「その後、宣誓の儀を経て新入生が先輩方と手合わせする流れですわ」


「なるほど。そこで一方的に嬲られるわけか」



 壇上に上がるタイミングはそこなんだな。

 ゲームでレオンが暴れたときは確か試合形式じゃなかったはずだ。

 とすると、バトルロワイヤルみたいになる可能性があるってことか。



「ん~、俺たちがうまく協調するにはどうすればいいか、ちょっと煮詰めようか」


「はい。できること、できないこと。整理しましょう」



 俺たち5人は日付が変わるくらいまで話し合いをした。

 考えるだけで変わるとは思えないけれど、考えずにはいられなかったから。

 少しでも良い結果を掴み取るために。



 ◇



 深夜、布団に入ってから寝入るまでの僅かな時間。

 俺は最終課題を思い出していた。

 容赦ない一撃があそこまで理不尽だとは思わなかった。

 レオンを含め誰一人として耐えられなかったのだから。

 俺が先頭に立って受けていれば・・・。

 ああ、悔しい。

 少しは抵抗したかった。


 ・・・あの一撃を放つときの凛花先輩の無機質な表情。

 あんな顔、見たことねぇ。

 聖女様の平常運転よりも不気味に感じたよ。

 う〜ん・・・さっさと戦闘不能になってしまったのが悔やまれる。

 もしかしたら何か分かったかも知れないのに。


 ・・・。

 ・・・ん?

 もし、明日俺が勝ったらどうなる?

 誓約の宝珠による今年の1年生への束縛は無くなるだろう。

 だがその利権を今年から手放させられた上級生はどうする・・・?

 ・・・。

 ・・・。

 くそっ!

 なんでどっちでも報われねぇんだよ!?

 本当に理不尽だな。

 ああもう!

 どうしてこのタイミングで気付いちまったんだ!

 代償ってどのくらい必要なんだよ・・・。





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