009

 午後の授業を受け、放課後の手前でLHRがあった。

 何を話すのかと思えば学校行事の説明だという。



「16日に歓迎会がある。皆、予定を開けておくように」



 生徒会主催の新入生歓迎会とのこと。

 ゲームでもあった最初のイベント。

 これ、普通の歓迎会に加えて先輩たちの舞闘会があるんだよな。

 舞闘会とは先輩の模擬戦闘だ。

 具現化リアライズの有無で実力差を見せられて愕然とするやつ。

 が問題を起こすイベントでもある。


 このイベント、俺にとっては最初の試金石となる。

 というのも各主人公ごとに歓迎会のイベント内容が異なるからだ。

 だから歓迎会で起こった内容で、ラリクエこのプレイが誰を主人公にしているか判別できる。

 しかし現時点でイレギュラーが多発しているのだ。

 大人しく誰かのストーリーに沿っていると期待できない。

 その場合は俺自身で流れを作っていくしかないだろう。

 

 それはそれとして、具現化による戦闘を見学できる初の機会でもある。

 ゲーム画面で何度も見ており頭で理解しているとしても、目の当たりにすると迫力が違う。

 まだ2回しか行ってない闘技部だって感動の宝庫なのだ。

 期待するなというほうが無理である。



「歓迎会で、代表して誰かにスピーチをやってもらう」


「!」


「立候補者はいるか?」



 あったよ、スピーチイベント!

 これはレオンが主人公のときにだけ発生するイベントだ。

 事前にLHRで選出するくだりは無かったけども、レオン主人公の場合は彼がスピーチする。

 他の主人公の時はスピーチ自体が無い。

 だからここで選ばれるのはレオンのはずだ。

 ・・・。

 ・・・・・・だよな?


 担任が皆に視線を送っている。

 何人かが手を挙げているが・・・レオン、挙げてないね?

 お前、確か主席だったじゃん。挙げてよ。

 ん? ソフィア嬢が挙げてるぞ?

 彼女の華麗な仕草に目を奪われたのか、担任がソフィア嬢を指した。



「ソフィア、お前がやってくれるか」


「お生憎様ですが、わたくしはその場に相応しい人物を推薦したく存じますわ」


「ふむ? では誰が良いのだ?」



 担任が聞き返すと、ソフィアは右隣を手のひらで示した。



「わたくし、武様を推薦いたします」


「は!?」



 待て!

 いきなりイベントをぶっ壊すんじゃない!



「ちょ・・・俺よりレオンの方が良いんじゃないか!? ほら、体格も見た目も!」



 俺よりこいつの方が良いはずなんだ!

 ソフィア嬢、余計なことを言うんじゃない!



「武とレオンが推薦された。他に自推、他推はあるか?」



 担任が皆に問い返す。

 あれ? さっきまで手を挙げていた奴らが手を引っ込めてるぞ?

 どうしたんだよお前ら!



「ではこのふたりのうち、どちらかを選んでもらう。まだ皆はお互いに馴染んでいないだろうから、私から武とレオンを推挙する材料を与えよう」



 おい。

 辞退できねぇのかよ、この流れ。

 レオンは微動だにしねぇから何を考えてるのか分からん。

 周りの連中を見ても何故か澄まし顔だし。



「武が推挙したよう、レオンは高身長で見た目のインパクトがある。入試成績も次席で申し分ない」



 うんうん、そうだよ!

 彼こそが学年のトップたる器なんだ!

 ・・・次席?



「彼を推挙した武は、日本人らしい慎ましさを備え、成績は主席だ」



 は・・・!?

 ちょ、ちょっと待って!

 見た目がモブっぽいのが慎ましさ!?

 先生、日本人じゃないからって日本人に偏見あるんじゃね!?

 しかも俺、入試成績トップなのかよ!?

 このタイミングで要らねぇ情報を撒くんじゃねぇ!



「では多数決とする。レオンが代表に相応しいと思う者は手を挙げよ」



 迷わず挙手する俺。

 周りを見ると・・・ああ!!

 少ねえ!? 半数いってねえよ!!

 お前ら、どう考えてもレオンだろ!!

 俺みたいなモブを選択する余地なんかねぇだろ!!


 いちおう、先生が数えている。

 そうか! 両者を推挙しない可能性もあるしな!

 レオンも俺も選べないから挙げなかったんだよな、お前ら!

 だから両方を確認するんだよな、うん。

 俺の推挙もきっと少ない。



「では武が代表に相応しいと思うものは手を挙げよ」



 俺の周囲、主人公6名が一斉に手を挙げる。

 ソフィア嬢はともかくお前ら結託かよ?

 しかも他のクラスメイトも釣られてなのかかなり挙げている。

 どして? AR値の件で悪目立ちしすぎた?



「多数決により、代表は武とする。武は後で職員室へ来るように」


「・・・はい」



 ああ・・・数えるまでもなく決まった。

 唖然とする俺。

 ちらりとソフィア嬢を見ればにんまりとしている。

 反対側の結弦を見ると、何食わぬ顔しながら口角が上がっていた。

 レオンに至っては「フッ」っと小さく笑っていた。

 何か間違っていると思うんだよね!?



 ◇



「さすがです! 武さん、入試ではわたしよりも好成績だったのですね」


「嬉しくねぇんだが。俺は人前で喋りたくねぇ」



 結果的に最後の最後で俺はさくらさんを上回っていたという事実。

 桜坂中学の頃は一度も上回れなかったから、嬉しいっちゃ嬉しい。

 だけど知るタイミングが悪すぎた。

 不可抗力とはいえ俺自身の手でイベントをぶっ壊してしまうとは。



「お前という存在を示してくれば良い。俺たちの代表としてな」


「俺はレオンに代表になってもらいたかった」


「あたし達の中から選ぶならタケシ以外いないよ」


「そうです。別格ですよ」



 レオンもジャンヌも結弦もさぁ・・・俺のどこをそんな盲信してんだよ。

 出会ったすぐで何も互いに知らねぇのに。

 特別要素なんかねぇって言ってんじゃねぇか。

 AR値が高いってそんな偉いのかよ。



「で、なんでお前ら、一緒に歩いているわけ?」


「今日の随行を決めておりませんでしたので。明日からは順に担当いたしますわ」



 俺たちはぞろぞろと職員室に向かって歩いていた。

 もうこうやって大名行列が目立つのは諦めたけど。

 なんか通りがかりの他の生徒を威圧してるような感じで嫌なんだよな。

 ほら、さっきも女子生徒たちが端に逃げてったぞ。



「着いたから。今からでも今日はふたりにしてくれよ、出てくるまでに」



 俺はそう言い残し、返事も聞かずに職員室へ入った。

 にこりと嬉しそうな笑顔で見送ってくれているリアム君の姿が視界の端に見えた。



 ◇



「失礼します」



 職員室はいつ来ても独特の雰囲気がある。

 学生お断り感のこの空間は教師の世界で、部外者が来ると無言の圧力さえ感じるのだ。



「武、来たか。ちょうど別件でも話がある。先にそちらの話をしよう。そこに座れ」


「はい」


「前に属性が白ということが判明しただろう」


「ええ」


「職員会議で諮り、聖堂の修験場へ出入りする許可を取った」


「聖堂? 修験場? ですか?」


「そうだ」



 そんなんゲーム中に聞いた覚えがねぇ。

 先生の話を聞くと、白属性の魔法を使う者たちが集まる機関を「聖堂」と呼んでいるそうだ。

 そもそも白属性を使う者自体が少ないこともあり、聖堂の組織自体は大きくない。

 だが世界的な組織であり、白属性の魔法は心身を回復する力に優れ重宝されるそうな。


 おお! ラリクエでほとんど出てこなかった回復魔法!?


 だけど言葉の節々から、どうも政治的な軋轢が見て取れる。

 聖堂と世界政府は別機関っぽい。ああ、権力争いがあるわけね。

 ラリクエでは全く出てこなかった聖堂。

 このへんも裏設定なんだろうなぁ。



「日常の具現化カリキュラムに際して、お前は修験場へ通うことになる」


「ひとりだけ、別の場所で訓練するということですね」


「そうだ。幸い最寄りの修験場は高天原学園の隣りにある」


「移動教室と大差ない時間で行ける場所だ、と」



 要するに具現化授業のとき、俺は聖堂所属の修験場で訓練してね、と。

 皆と別行動するのも今となっては好都合かもしれない。

 主人公連中と一緒に居ない時間のほうが貴重になりそうだし。

 怪我の功名として喜んでおこう。



「次回の具現化授業のときに案内が来るので、それに従うように」


「分かりました」


「では次、本題だ。歓迎会のスピーチに関してだ」


「はい」



 先生が歓迎会の流れを説明していく。

 スピーチ内容は予め与えられたセリフに、多少、俺が脚色する程度。

 なんだ、これなら誰でも良いじゃないか。



「お前も噂くらい聞いたことがあるかもしれないが、代表者は舞闘会のゲストとして舞台に上がる」


「ゲスト? 何かするんですか?」


「先輩方の胸を貸してもらうことになる」


「え!?」



 要するに戦え、と。

 具現化を使える先輩方相手をするなんて、俺に死ねと仰るか。

 レオンがスピーチ後に壇上で戦っていたのはそういうわけね。



「武、仮所属はしているか?」


「はい。闘技部に」


「ふむ。ならばその闘技部の者に事情を話してみなさい。何かしら力になってくれるだろう」


「はぁ」



 だから俺はモブなんだってばよ。

 確か舞闘会で壇上にあがる人たちって各部活の実力者だったはず。

 ボコボコにされて終わる未来しか見えねぇ・・・。


 ちなみにレオン主人公で舞闘会に参加するとカリバーンで戦ってしまう。

 それが先輩方に火をつけて大乱闘になってしまうという残念イベントになる。

 他の主人公の場合、その乱闘は起きなくて単に先輩方の戦いを鑑賞するイベントとなる。


 んん、これさ、もしかして俺が主人公扱いされてない?

 そうだとしたらまずいぞ。本気で善後策を考えねぇと。



 ◇



 職員室を後にするとソフィア嬢と結弦がいた。

 他の面子が見えないところを見ると、ちゃんと2人に絞ったということか。



「お待ちしておりましたわ、武様」


「どんな話をされたんですか?」


「ああ、そうだな。ソフィア、約束のお茶でもしながら話すか」


「まぁ、喜んで!」


「オレも一緒で構いませんか?」


「もちろん」



 どうせ頭を整理したいと思っていた。

 ふたりには話し相手になってもらおう。


 俺たちは食堂へ移動して紅茶と茶菓子をトレーに持った。

 3人がけ丸テーブルが空いていたのでちょうどよい。

 先ずは落ち着こうとそれぞれが紅茶を口にする。

 ソフィア嬢は優雅にティーカップを持つ姿が本当に絵になるな。

 俺と結弦は振る舞いを真似てみるが、これじゃない感に襲われてすぐに諦めた。

 もうソフィア嬢の特権だ、優雅なアフタヌーンティー。



「推薦されたとおりスピーチするわけなんだが、その後に壇上で舞闘会に参加することになりそうだ」


「舞闘会?」


「先輩方が披露する具現化の戦いだと」


「え? 武さん、具現化はまだ使えないですよね」


「どうにかして来いってよ」



 投げやりに説明する。

 だって、こんなんどうしろってんだよ。

 ラリクエ攻略って視点なんかぶっ飛んでしまった。

 先輩方は手加減してくれると思うんだけどさ、なんか理不尽だ。



「それはまた無茶振りですね」


「胸を貸してもらえって言われたぞ。お前らみたいに武芸の心得なんてねぇのに」


「あら。武様のお力を示す良い機会では?」


「戦う力なんてねぇっての。AR値だけの一般人の俺にどうしろってんだよ・・・」



 そもそも具現化も使えない新入生がどうして手合わせなんてするのか。

 生徒会め、主席をボコって統制するための見せしめイベントか?

 ああ、そう考えるとしっくりくる。

 俺は贄にされるってか?

 そう考えると無性に腹が立ってきたな。

 もしかしてゲームでレオンが乱闘した理由ってこれか?

 見下されて怒ったって話だった気がするし。

 乱闘前後の事情に詳しい説明や描写なんてなかったからな。



「まぁお前らに愚痴っても仕方ねぇ。後で闘技部の先輩にでも相談してみるよ」


「もし駄目そうならオレのいる刀斬部に来てください。何か力になれるかもしれません」


「ああ、ありがとう」



 結弦は普通に心配してくれている。ありがたい。

 こういう気遣いは日本人同士、とても心地良い。



「武様ならきっと成果を出してくださいますわ」


「おい、その期待はどっから来てんだよ」



 対してソフィア嬢は澄ました余裕の表情のまま。

 やっぱ盲信って気がするんだよな。

 そのへん、聞いてみるか。



「ところでよ、ソフィアは俺と話がしたいって言ってたろ。どういった話がしたかったんだ?」


「端的に申し上げますと、貴方に強い興味があります」


「強い興味?」


「ええ。わたくしは貴方のことを存じ上げなかったのです」


「知らなかったって、入学前なら誰でも同じだろ?」


「わたくしは相応に情報を集めております。貴方だけはその中にありませんでした」



 そういえばソフィア嬢は公爵家の独自情報網を使ってるんだったっけ。

 入学予定者の情報も学校関係者に伝手を伸ばして入手している。

 というのはソフィア嬢を主人公にした場合に知ることができる話。


 もしかしてAR値の記録か何かでリストを作って捕捉していたのかもしれない。

 それならAR値が変化した俺が情報網に引っかからなかった理由も分かる。



「で、知らなかった俺から魔力が出ていておかしい雰囲気だったから話しかけてみたと」


「あら。そういった表面的な話だけではありませんことよ」



 ん?

 最初はそんなことを言ってなかったっけ。

 そういえば彼女は学園でトップに立つって目標もあったはず。

 だから実力者を取り込んでいきたい、という思惑もある。

 その一環ということか?



「だとすると、俺のどこに惹かれたんだよ」


「わたくしがこの学園で事前にライバルと認定しておりましたのはさくら様ですわ」


「!?」



 え!?

 その話、ゲームのこの段階では無かったぞ?

 ソフィア嬢主人公のときに、さくらさんを攻略するルートで途中からライバル認定するはずなんだが。



「そのさくら様が貴方に心酔していらっしゃる。俄然、興味を抱くというものですわ」


「俺はそんな取り立てて良いところのある人間じゃねぇんだけどな」


「謙遜ですわね。わたくしの見る目は誤魔化されませんことよ」



 にこり、と優美な笑顔を向けてくるソフィア嬢。

 絵になる美しさだ、見惚れる。

 それでもまださくらさんみたいに距離感が近くないせいか、ドキリとはしない。

 でもこれ、すぐ隣で微笑まれたら危ねぇな。


 しかし、お前も俺のどこを見てるのよ。教えてくれ。

 形式上の情報だけでそんなに惹かれるもんなのか。

 俺にAR値以外の要素ってないと思うんだ。

 じゃないとリアルで俺がモテなかった理由が説明できねぇだろ。



「買いかぶり過ぎだ。幻滅するなら早めにな」


「ふふ。じっくりと拝見させていただきますから」



 何だこのねっとり感。

 ソフィア嬢はさくらさん並に暴走するんじゃねぇかと、この時点で俺は嫌な予感を抱いてしまった。




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