008
何とか授業開始に間に合った。
昨日、俺の居ない昼休みにどういったやり取りがあったのかは分からない。
けれど誰もが俺に対して何か思うところがあるという表情だ。
クラスメイトの視線が全てを物語っている。
俺はかつて、これほどまでに注目を浴びたことがあったろうか。
ぜんぜん嬉しくねぇ。
何故、犯罪者気分なんだ。
そして見れば座席が変わっていた。
俺の席は最後列からひとつ前。
俺の周りを取り囲むように主人公6人が座っている。
前の空席はレオンだろう。右隣に結弦。左隣にソフィア嬢。
真後ろにジャンヌ、右後ろにさくらさん。
そして左後ろにリアム君。
ナニコレ、何の陣形?
前衛と後衛が見事に成立してるよ。
考えたの誰だよ。軍師か。
まだ互いの具現化も知らねぇはずなのに。
席に着こうとすると、先に座っていた5人と目が合った。
皆、微笑を浮かべている。
俺は愛想笑いだけして席に着いた。
何だか百舌鳥の早贄感。怖ぇ。
・・・
とにかく話し合いだな。
昼休みに皆と改めて話をしよう。
◇
この日は昼休みまでずっと6人で俺の周りを固めていた。
お陰様で他のクラスメイトに話しかけられることもなく過ごした。
何だろう、これ。
クラスに魅力的な転校生が来て「私が先に友達になったのよ!」って他の連中を遠ざけるやつ?
え? そんな例え知らねぇって? 俺も知らん。
そして昼休みになる。
初日よろしく大名行列になる前に、俺は食堂へ先に行く旨を伝えて走った。
凛花先輩のために駄賃のあんぱんを確保するためだ。
最後の1個を何とか入手して皆と合流した。
その後、食事を確保してから例の円卓で簡単に経緯や事情を聞くことにした。
監修:ソフィア嬢。解説:結弦。
「そこでソフィアさんから今回の提案がありました。『紳士淑女協定』、略称SS協定です」
「は?」
何だよそのガチャで大当たりしそうな愉快な略称。
かいつまんで纏めると、他の連中に取られる前に俺を囲い込むって話だ。
主人公6人で。
想定外、続きすぎ。
「武様のご意思を尊重したうえで、わたくしたちの誰かを選んでいただくための協定ですわ」
「僕たちが先に武と友達になってるのに、後から知ったからって割り込むのはずるいよね!」
いや待て、それはお前の妄想だリアム君。
友達だって言った覚えはねぇぞ。
そもそも無駄に行動力ありすぎだろ、お前ら。
俺の意志をガン無視でここまで話が進んでいることがそう思わせる。
こう、強引な感じは主人公の行動っぽいんだけどさ。
・・・もしかして『中の人』がいるんじゃねぇか?
「そもそも武さんは脇が甘すぎます。他の方にすぐに騙されてしまいそうです」
「なんでそう思うの?」
「お優しすぎますから」
おぅい、少なくともさくらさんよりは世間知らずじゃねぇつもりなんだけどな?
・・・できるだけ穏便に、なんて考えて動いてるから指摘される理由も分からんでもねぇが。
「タケシが他の奴らと絡むくらいなら、あたしたちと絡みなさいよね」
「そうだな。格の違いというものもある」
「・・・」
ジャンヌもレオンも・・・。
格、ねぇ。ある意味、差別発言な気がするんだけども。
でもこの学校に来ている時点で、AR値による格付けは今更なのかもしれない。
「経緯とお前らの意思は分かった。俺から幾つか話してもいいか?」
「ええ、もちろんですわ」
「まず宣言しとく。俺はもう1番の人がいる」
『!!!』
さくらさんを除く5人が驚いている。
これだけ一斉に驚く顔を見るのはある意味気持ち良い。
いやさ、中学生でも皆1番を作ってるじゃん。居る可能性を考えなかったの?
「それは橘先輩ですか?」
「そうだ」
「でもタケシ、まだその人とそんなに共鳴してないわね」
「!?」
え!?
どうして分かんの!?
俺が驚いてジャンヌを見ると、してやったりとした表情でにやついていた。
げ、誘導尋問!?
「・・・さてね。どうだか」
平静を装ってみたがバレてるな、これ。
こいつら、この学校に入るくらいには頭キレるからなぁ。
「そも、俺はお前らと恋仲になるつもりは今のところねぇぞ」
「ふふ、わたくしはありましてよ。そうさせてみせますわ」
扇子で顔を隠してはいるけども、ニヤリと笑みを浮かべているのが分かる。
ソフィア嬢は香を彷彿とさせるキレがある、油断ならねぇ。
レオンも結弦も地味に頷いてるよ。
リアム君はにこにこと俺を見ている。
こいつ、KYなマイペースになってんな。
「つーか、俺の性格が悪かったらどうすんだよ。お前らが気に入らねぇかもしれねぇ。相性が悪いとかもあんだろ?」
「あら? それなら初日に集まっていないと思いますわ」
「え?」
「僕が気になる人は相性が良い人だよ?」
「あたし、人を見る目に自信があるわ」
「オレは雰囲気で悪人かどうか判りますね」
「・・・そうなのか」
なんだその良い人センサー。
まぁ、さ。
良い人判定してもらえるのは嬉しい。
だが! お前らのそんな直感設定、知らねぇよ!
ゲームで1度も出て来なかったぞ!?
それなら隣の奴らとも相性良いの分かんだろ!?
互いにすぐ傍にゴールがあんぞ!
そっち目指せよ!
なんかイレギュラーだらけだよ、もはや別ゲーム。
とにかく俺との話を進ませないことと、こいつらを鍛える算段だ。
「先にさ、SS協定の中身を教えてくれ」
これに俺の作戦をどう組み込めるか、だな。
「ええ。順に説明致しましょう。ひとつ目、この協定はわたくしたちのいずれかが、武様とパートナーとなることを目的と致します」
「ふむ」
これはお題目だな。目的。
成就してもらっちゃ困るやつ。
「ふたつ目。他の者に間に付け入られぬよう目を配ることを協定者の義務と致します」
「
「はい。そのための手段は適宜、
皆が頷く。
なんか真剣ですね。しかも物騒な雰囲気。
それだけ必死になることなのか。
ここの肌感覚が俺と皆の価値観の乖離だな。
「みっつ目。武様をお守りする限りにおいて、協定者同士は協力することと致します」
「それって、俺の居ないところで喧嘩したりするかもってこと?」
「可能性はありますわね」
「そこは条項を変更してくれ。俺が居ないところでも協定が終わるまで協力し合うって」
「あら? わたくしたちはライバル同士ですわよ? どうしてですの?」
「知り合い同士がいがみ合うのは見たくねぇからな。まだ見知って間もないけどお前らには互いに仲良くして欲しい」
ソフィア嬢は驚いた顔をしていた。
ジャンヌも結弦も少し呆気にとられたという雰囲気だ。
俺のなんちゃって平和主義はこの世界に馴染まないのかもしれない。
それでもゲームで入れ込んだこいつらが不幸になる姿は見たくねぇ。
「ふふ、やはりお優しいです」
嬉しそうに微笑むさくらさん。
俺のことを知っているレオンもうんうんと頷いている。
ソフィアもジャンヌも結弦も、ふたりの反応を見て心なしか嬉しそうにしている。
リアム君は・・・にへら、と妄想しているように薄ら笑いを浮かべていた。
おい、何を妄想してんだよ!?
「わかりました、他ならぬ武様のご意向ですから。皆様、宜しいですわね?」
反論は無さそうで良かった。
悪女じゃあるまいし俺を巡って争うなんて見たくもねぇ。
そもそも、これを入れてくれないと主人公同士の絆が生まれねぇし。
「よっつ目。武様への身体的アプローチの禁止です。具体的にはキスや性的な行為のことですわ」
おおう、有難い!
これ入ってねぇと既成事実で即終了しそうだからな。
つーか。そういう話、照れたりせずに普通に話せるのね、みんな。
俺が高校生の頃に異性の前でこんな話があったら真っ赤だったぞ。
平然としてるのが俺とラリクエ倫理との差か。
「腕組みや抱きつきまでは許容されます。それから武様からの行為は禁止されません」
うん、このくらいは仕方なかろう。
俺が美女を守る側で条件出すなら似たような話になるかもしれん。
ううん・・・なる?
抱きつきオッケーにならねぇよな?
ちょっ・・・え!? これもラリクエ倫理!?
皆、頷いて納得したようで誰も突っ込まねぇし!!
あ、普通に受け入れて話が進んでる!?
「いつつ目。分担は平等に行います。付き添いその他、武様のお傍にいる機会は可能な限り等しくなるようにします。僭越ながら、その管理はわたくしが中心となり行います」
うん、これはそうだよね。
言い出しっぺというか、取りまとめが得意そうなソフィア嬢が中心なのも良いだろう。
・・・良いのか? なんか企んだりされそうな気がしてきた。
「武様、お休みの日に外出される際はお申し出ください。誰かがご一緒致しますわ」
「俺のプライベートは?」
「おひとりでのお出かけもお止めは致しませんが、何かあってからでは遅いことはご一考ください」
皆、俺を見ながらうんうん頷いている。
にこやかなんだけど無言の圧力というか。よく考えろということか。
う~ん、危険性ねぇ。まだ実感の欠片もない。
芸能人や美男美女が有名税を払うってやつだろう。
けどなぁ、モブで一般人でモテ要素皆無の俺がターゲットになる感覚がゼロなんだよな。
鈍感系主人公じゃないんだから、俺は。
他の奴からの好感度も理解してるつもりだ。
・・・してるよね?
ともかく痛い目を見てから考えるか。
「学校では朝食時に始まりとし、お昼休み、放課後のそれぞれで誰かが随行します。夕食時に解散と致します。なお、授業中や部活動中は他の方の目もあるでしょうから対象外と致しますわ」
「付き人に関して俺がルールを決めて良い?」
「ご意見、承りましょう」
「ありがと。ひとりだけは色々ありそうだから、ふたり組にして欲しい」
「はい。それはこちらでも想定しておりました」
「もうひとつ。組み合わせは俺が指定したい」
「ご希望がおありですか?」
「ほら、同性だと突っ走りやすいだろうから。レオンとさくらさん、ソフィアと結弦、ジャンヌとリアムの3組でお願いしたい」
「その組み合わせは意図があるのですか?」
さくらさんが突っ込む。
そりゃ疑問に思うよね。
まだお互いに知らねぇのに。
ごめんだけど、ここは俺に従って欲しい。
これは最終パーティーを想定してるんだよ。
思い通りになるかどうかは別として。
「俺の直感、かな。何となくこの組み合わせが良いと思うから」
指定された人同士、顔を見合わせている。
お前らも直感で来てるんだからこのくらい許して。
「そんで入れ替わりがあるとややこしいから、当面、この組み合わせで担当してほしい」
「良いでしょう。皆様、ご意見のある方はいらっしゃいますか?」
特に反対はなかった。
よし、これで皆をくっつける戦略もやりやすくなる。
「むっつ目。これで最後です。この協定は武様がわたくしたちのいずれかをパートナーと定めた時点で終了します」
「念のため聞くんだけど、俺がこの6人以外の人をパートナーに選んだら?」
「継続です。この6人のいずれかが選ばれるまで、ですわ」
「例え3番や4番になったとしても、か」
「そうです。もっとも、そうなる前に誰かしらが1番に収まると思いますわ」
・・・何だその自信は。
もう1番居るって言ってんのに。
さくらさん含め、皆、やたらやる気のある目をしてるよ。
うんうんと頷いているんじゃねぇ。
頼むからその目をすぐ横に向けてくれ。きっと良い未来にたどり着けるから。
「説明ありがと。俺、さくらさん以外はほとんど知らねえだろ。折を見てお前らのことも教えてくれ」
「オレたちも知ってもらいたいですから。楽しみにしてますよ」
「うんうん、僕のこともっと知ってもらいたい」
静かに笑みを浮かべる結弦に、相変わらずにこにこのリアム君。
君らとは御子柴君くらいの距離感で良いお友達関係を築きたい。
「以前、お願いしましてよ? わたくしの時はお茶をしましょう」
「あたしの時は手合わせだ」
「時間があったらな」
澄まし顔のソフィア嬢。やっぱり少し睨みつけるような雰囲気のジャンヌ。
このふたりは虎視眈々なんだよな。気を付けよう。
「武、その時にでも南極の話をさせてくれ」
「武さん、わたしもそのお話を聞きたいです」
「ああ、そうだった。バタバタしてたしな、その日は時間を作ろう」
堂々と焦る様子も見せないレオンとさくらさん。
余裕の笑みが他4人よりも関係性が進んでいることへの自負なのだろう。
君たちとも当面進める気はないんだけどさ!
「ああ、もう時間だ。色々と思惑はあるんだろうけどさ、俺のために動いてくれるのは助かる。皆、ありがとう」
純粋な感謝から、俺は皆に頭を下げた。
ゲームのキャラにではなく、人として、ね。
利用する、されるとしても。してもらったことへの恩は忘れないようにしよう。
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