010

 部活動前に設けた時間。

 まだ仮所属ということもあり、俺はソフィア嬢と結弦のふたりと話をしていた。

 茶菓子が美味い。紅茶も香りが良い。

 ここの食堂は妥協というものがないのだろうか。

 ソフィア嬢みたいな貴族階級の人間が来るから質に拘っている、と言われればそうだと納得しそうになる。



「ところで結弦がSS協定に賛同したのって、さすがに日本人同士だからってわけじゃねぇよな?」


「ええ、そうです。貴方には色々なものを感じましたから」


「感じた?」



 また微妙な言い回しを。

 彼を見るとうんうんと納得するような仕草をしている。



「ひとつはソフィアさんと同じ理由ですが、あの・・さくらさんを虜にしているところです」


「ん? さくらさんのことを知ってたの?」


「はい。弓道日本一の人物として武術界では有名ですよ」


「なるほど」


「その彼女が惹かれているわけです。俄然、興味が出ますよ」



 ああ、こんなところにも俺のやらかしが!

 桜坂の弓道部イベント解決がここまで響くのかよ!

 くそっ、誤算すぎる。

 って、どうして俺を控え目に見ながらちょっと頬に朱が差してるんですかね!?

 俺、絶対に見惚れるような美男子じゃないと思うんだけどさ!?



「ん、他の理由は?」


「ふたつめは、今度はリアムさんと似た理由です。貴方を見て、こう、感じるものがありました」


「はぁ?」



 ビビッときたって?

 中学のときの飯塚先輩みたいに○ョ○ョ立ちしてれば納得してやるってもんだが。



「言葉では説明し辛いです。オレも自分では初めての感覚ですから」


「ふぅん」



 ・・・。

 踏み込んで火をつけちゃ駄目な話とみた。

 流しておこう。



「他にもある?」


「みっつめは努力の陰を見たからですね。才能でなく、努力で到達した雰囲気を感じました」



 これ、俺が勉強頑張ったのとかを雰囲気で感じたってこと?

 そんなん分かんの?

 結弦ってそんな直感鋭かったっけ?

 結弦は俺を優しそうな瞳で覗き込むとにこりと微笑んだ。



「その雰囲気に惹かれてますね」


「なんか感覚的なものばっかだな」


「人が気になるって、言葉にできないことが多いじゃないですか」


「ん、まぁ、そうか。そうだな」



 だけどさぁ、好き? 気になってる? って相手にこういう話ができるものなのだろうか。

 しかも他人に公にして交流していくわけだろ。

 俺には分からん。

 ラリクエ倫理で同性愛を当然として扱える感覚も未だに理解できん。

 結弦は中学で俺に惹かれていた男子、御子柴君みたいになりそうなんだよなぁ。



「俺からするとお友達にはなれそうだと思う」


「はは。ソフィアさんと同じく、そのうちにその気にさせてみせます」



 彼も優美に紅茶に口をつけていた。

 ソフィア嬢の所作を真似ただと・・・!?


 しかし結弦の主人公気質。

 彼が主人公のとき、他キャラを攻略する方針は努力型だったっけな。

 相手の足りないところを補えるよう、一緒に頑張って取り入っていくというか。

 一緒に頑張ってくれるのは嬉しいんだがね。

 最初から宣言されて狙い撃ちされるのってどうなのよ。


 男女関係なく、気を許すと危ねぇって思っておこう。

 むしろ男の方が力が強いから危険度が高いかもしれん。

 男女ふたり組にしといて良かったよ。



「ところで武様。武様のご興味のあることをお伺いしてもよろしいですか?」


「興味のあること?」


「ええ。とりわけ男女の好みなどをお教えいただければ」



 うん、まぁ。

 そういう質問したいよね。

 しかし俺側がヤダって言ってるのに教えると思ってんのか。

 無理難題でも押し付けておこう。



「ん~、そうだなぁ。正直、俺の趣味はかなり偏屈で差別主義なんだよな」


「あら、フェチズムにも理解はありましてよ。具体的にはどのようなことですの?」


「男より女の方が良いとか、黒髪でポニーテールが良いとか、睫毛長くて吊り目がいいとか、一途な想いが感じられる人が良いとか、お菓子作りが上手だとか。他にもあるけど、挙げると沢山だからな。妥協もしたくねぇから、ぜんぶ満たしてて欲しい」



 ふ、今挙げたのは主人公のお前らには満たせない仕様だ。

 だって香のことだし。

 せいぜい困惑するがよい。



「ふむ、なるほど。わたくしは女性という点だけは該当しますわね」


「?」



 ソフィア嬢が席を立ち、俺の直ぐ隣まで椅子を寄せて座り直した。



「なにしてんの?」


「ええ、女性という点だけでお好みに含めていただけるかを確認しようかと」


「は?」


「なるほど、そうですね」



 今度は結弦も同じように椅子を寄せて座り直した。



「これ、円卓の意味がねぇじゃん」


「あら。わたくしには意味がありましてよ」



 少し目を細め悪戯をするような顔つきで、彼女は俺の腕を取りその豊かな胸に押し付けるように抱いた。

 うん、その男の目を引くサイズはとても心地良いんだけどさ。

 近付くと匂う、その高貴な雰囲気の女の子の香りも心をくすぐられますね。



「何してんの」


「女性にご興味がおありとのことでしたので確認させていただいております」


「これで何を確認するって?」


「ふふ、少しお待ちになればお分かりになりますわ」



 にこやかに俺の顔を覗き込んでやがる。

 四十路精神で何とか平静を装ってるんだけど・・・。

 顔が赤くなって来てる自覚があんだよ!

 こんなんスルーできるか!!

 くそっ、早速あの条項で許容されている事項を。



「ふぅっ」


「うひゃっ!?」



 ぞわわ!! ってしたぞ!?

 結弦、おま、何で耳に息を吹きかけてんだよ!!

 ソフィア嬢に気を取られすぎて反対側が隙だらけだった虚を突かれた。


 うおっ!?

 抗議しようと振り向いたら目の前に結弦の顔があるよ!?



「・・・」



 黙って見つめてんじゃねぇ!!

 驚きすぎて声が出ねぇよ!!

 ・・・。

 ・・・。

 つい目の前にある彼の端正な顔を観察してしまう。

 濡羽色の長い黒髪から覗く瞳が綺麗。

 あれ、こいつこんな中性的な雰囲気だっけ?

 その目を細めた笑顔につい惹かれてしまう。

 ・・・。

 ・・・。

 って、おい!

 なに見惚れてんだ、俺!!

 主人公補正?の魅力にやられそうになってんぞ!



「待て待て待て!! お前ら何の確認してんだよ!?」



 俺はふたりを振り払い、がたんと椅子を押し退けて立ち上がった。



「もう良い時間だからな、俺は部活に行くぞ!」



 誤魔化しが誤魔化しになってねぇよ! くそっ!

 俺は後ろも振り返らずにそう宣言して食堂を後にした。

 あれ、俺、また逃げてね?



 ◇



 闘技部に入ると先輩方がフィールドでやり合っていた。

 目視できない速度でずしんばしんと殴り合っている。

 たまに緑色や赤色の残滓のようなものが飛び散るのは魔力かな?

 ひえー、やっぱり人間辞めてるよ。


 そのうちにどかんと振動が走り、ぐえっと声がしたかと思えばフィールドに金髪の誰かが倒れていた。

 終わったのかな?

 覗き込むように観察していたら俺の前に突風が吹き荒れた。



「おー、来たね」


「・・・凛花先輩、お疲れ様」



 よし、驚かなかった俺、偉い!



「あー、元気そうだな。朝練でとばしてその様子なら、基礎体力はそこそこあるんだね」


「お陰様で。先輩ほどになれる気がしねぇけど」


「ははは! アタイはコレが主体だからな! 武器を使う連中より動かせないとお話にならないよ」


「あの人は大丈夫?」



 俺はフィールドでうつ伏せに倒れている金髪の先輩のことを聞いてみた。



「あ~、ウィリアムね。平気平気。ああ見えて打たれ強いから」


「そうなの?」



 だったらどして伸びたままなんですかね?

 まぁ凛花先輩がそう言うならそうなんだろう。



「ところで先輩、相談したいことがあんだけど」


「あ? 駄賃は?」


「こちらに」


「お、分かってんじゃん! よしよし!」



 ひょいと差し出した貢ぎ物あんぱんを受け取ると、先輩は俺の肩をばんばんと叩いた。



「あだっ!?」


「おっとごめん! を入れたままだったよ。はははは!」



 つんのめるどころじゃなく、身体を押されて数メートル突き飛ばされた。

 それ、人を殺せる威力なんじゃないですかね!?

 文句を言おうと思ったら、早速あんぱんをかじって上機嫌の凛花先輩。


 言う気が失せちまったよ。

 もうこのまま事情を話してしまおう。



「実は、歓迎会で代表に選ばれちまって」


「あ〜? 舞闘会に出るって?」


「素人の俺がどうすれば良いかなって」


「はー、君がねぇ。主席だったのか」



 俺もそう思うよ!

 こんな何の特徴もない奴が主席とか。

 モブのガリ勉が舞台上で何できんのよって。

 先輩はじろじろと俺を品定めするように見つめている。



「ふふ、はははははは!!」


「?」



 先輩が高笑いした。なんか失礼な笑いだな!?



「なんかおかしかったか?」


「ああ、ああ、可笑しくてな! はははははは!」



 しばらく彼女は筒抜けの声で笑った。

 なんなんだよ・・・。



「いや許せ! 生徒会もこれは予想外だろうなって思ったのさ。これは鼻をあかす良い機会かもしれない!」


「はぁ?」


「当事者の君が1番分かっているだろう? 舞闘会なんて具現化を使えない1年生を苛める舞台だってこと」


「ん、それは思った」



 だから腹が立ったわけだし。

 つか、やっぱり見せしめなのかよ。



「毎年やってることなのか?」


「そうだね、高天原の悪しき風習だ。先輩の威厳を示すと言うと聞こえは良いだろうけど、実質的には逆らえなくする儀式みたいなものだから」


「毎年、舞闘会で貶められた主席はどうしてる?」


「あ〜、知りたい? 君がアタイの言うとおり頑張ったなら教えてあげよう」


「なんだそれ」



 おちょくられてるのかと思ったが、指導してくれると言っている。

 生徒会を敵視?している雰囲気からも悪くは扱われない気がした。

 今、俺が何かしら力を得られる場所ってここくらいしか思い浮かばねぇしな。



「頼むって言えば、俺を鍛えてくれんのか?」


「うん、アタイに教えられることはやろう。実質、1週間ちょっとだからね。結果は君次第かな」



 やるもやらぬも俺次第と。

 嫌でも舞台上に立つんだ。やってやろうじゃないか。



「やる。俺を指導してくれ」


「お、良いね良いね、素直じゃん! 主席のプライドなんかあると無理だろうし」



 凛花先輩はそう言うと右の拳と左の手のひらをぶつけた。

 ぱしんという小気味良い音と共に緑色の魔力の飛沫が爆ぜた。



「では方針を決めよう。君に今できることは疑似化で速く動くこと。あとは、それに加えて打撃のひとつもできるようになれば、最低限、戦えるようになる」


「え? 打撃なんてできねえぞ」


「それをこれからやるんだよ。端的に言えばヒットアンドアウェイ。生徒会の連中も君がそういう技術があると思っていないだろうからね」


「なるほど」



 正直、具体的な自分の動きが想像できん。

 もう言われるがまま鍛えるしかなさそうだ。

 


「そんで、アウェイは例の疑似化でやるんだろ? ヒットはどうすんだ?」


「あ~、どうしようかねぇ。丹撃が使えりゃ話は早いんだけど」


「丹撃?」


「えーと。こういうの」



 凛花先輩はフィールドに出ると岩の前に立った。

 先輩の身長の倍はある大きな岩だ。

 格闘をするように腰を落とした構えをして気を集中させている。


 あれだ、朝に見た気を集めるやつだ!

 緑色のオーラが凛花先輩の身体に纏い付く。



「破ッ!」



 気合とともに掌底を突き出すと、ずどんという振動と共に岩に亀裂が走っていた。

 それ、岩に触れてませんよ。

 やっぱり人間辞めてますね。



「それを俺にやれと?」


「君、魔力量があるからね。流れが掴めれば出すだけのはずだから」


「え?」



 そんな人間を辞めてる技、できんの? 俺が?

 唖然としていると凛花先輩は俺の手を引いて、前の道場っぽい場所へ連れて行った。



「そんなわけで、早速だが君には魔力の在り方を理解してもらおう」


「どうすればいい?」


「先日やってもらったチャクラだと時間かかりすぎる。別の方法だ」



 ん? 順当なやり方ではないと?



「あ~、そうだ。アタイは理屈を教えるの苦手なんで身体で覚えてくれよ」


「え?」



 凛花先輩はそう言うと、俺の腹のあたりに両手を重ねて触れた。

 ・・・とても嫌な予感がする。

 先輩が集中すると腕に魔力が流れているのか緑色のオーラが漂い始めた。

 服の上からだというのに魔力が流れて来ているのが分かる。

 段々と腹が暖かくなって・・・熱くなって・・・!?

 ああ、これはあれだね、目を回すやつ。

 うえ!? 何だこれ!?

 お腹がかっかと熱を持って、まるで病気か何かのときのようにどくどくと激しく脈打つ。



「う・・・はぁ・・・せ、んぱい・・・?」


「これが魔力の塊だ。君の中で集まっている感覚を覚えろ」


「うえ・・・!?」



 腹が熱すぎて気持ち悪い・・・なんか吐いたり下したりしそう・・・。

 えええ、魔力を使いこなすのって、皆、こんなんになってんの!?



「無理に力んだりするな。大きく息を吸って吐いてを繰り返せ」


「は、い・・・すぅぅ・・・はぁぁ・・・」



 言われるがまま、大きく呼吸を繰り返す。

 お腹の魔力が徐々に拡散していくのか、少しだけ楽になってきた。

 その代わりに溜まっていた魔力が全身を巡り始める。

 あああ・・・本格的に目が回り始めたよ・・・。

 凛花先輩は俺の様子を見ながら、時折手を身体のあちこちに触れてうんうんと頷いている。



「あ~、魔力酔いか。よし、両手を重ねて前に突き出せ」


「・・・」



 もう発声するのも気持ち悪い。

 くらくらと視界が揺れる。船酔いみたいに吐き気もする。

 何とか言われるがままに両手を突き出した。

 すると先輩が俺の背中側に回り、肩甲骨のあたりに両手を添えた。



「いいか、補助するから3つ数えたら腹に力を入れて魔力を押し出せ」



 押し出せってどうすんだよ!?

 腹筋に力を入れりゃ良いのか!? 気合でフンってすりゃ良いのか!?

 この熱を押し出すイメージ?



「いくぞ。サンアーイーリン!!」


「ふっ!!」



 俺は腹に力を入れて腹式呼吸で息を吐き出す。

 同時に背中側からドンッ! と衝撃が走る。

 突き飛ばすような物理的な衝撃ではないけれども、身体全体に響き渡る衝撃だ。

 俺の中に燻っていた熱は、背中から腕に抜けた衝撃に釣られて腕の先へと集まり・・・。

 俺の腕からその熱が飛び出して行った。

 見れば白いもやのようなものが前方へ霧散していく。


 ・・・。

 どうなったの?



「よし。気分はどうだ?」


「・・・あれ? 平気だ」



 あれだけあった気持ちの悪い熱がすっかり無くなっていた。

 目も回っていなくて平然としている。



「おお、凄いな君は。それだけ放出して平気な顔をしている」



 言われるがままやったけど、俺、何かできたの?



「今のは何をしたの?」


「丹田に魔力を溜めた。流れが滞ったから、腕から出した」



 身体で覚えろってか。

 ああ、修行だね。文字通り修行だよ。

 これ格闘漫画でよくあるやつだよ。

 俺、格闘漫画に出演できるようになるよ!?



「さて。あとはこれを繰り返すぞ」


「え?」



 その日、俺は魔力が枯渇寸前になってヘロヘロになるまでこの修業を繰り返した。

 凛花先輩・・・スパルタ過ぎ・・・。

 しかも気分悪くなるのって防ぎようがない。

 慣れるしかねぇのか・・・。

 こんな気分が悪くなる修行なんて夢も希望もねえぞ!?





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