第3話 僕は人に教える事が出来ない。

僕は今、校長室に呼ばれている。何故かはまだ分からない。


さっきのみんなの視線が怖くてまだ引きづっている感がある。その証拠に手が震えている。


「あの…校長先生……僕は一体何の用で呼ばれたのですか?」


目の前にいる、如何にも高級感が出ている椅子に腰を掛けながらこちらを見ているじいさんに取り合えず言葉を投げかけてみる。


「いや、安心したまえ。決して指導する為に呼んだ訳じゃないから、そこまで警戒する程でもない」


どうやら僕は僕が気付かない内になにかをやらかしていたわけではなかったらしい。


ほっと胸を撫で下ろす。


となると、どうして僕は呼び出しをくらったのか疑問が残ったままになる。


僕は今に至るまで学校生活では皆んなの模範となる優等生……とまでは行かないまでも、目立った問題行動などは特に起こさず、至って平穏に過ごしていたはずだ。

誰とも深く関わる事がなかったので当たり前と言えば当たり前だが。


そんな僕を呼び出したと会う事は、このじいさんは別になにか僕に用があるのだろうか?


爺さんは読み取れない表情をしたまま話を進める。


「君は……この学校では成績優秀者だったね。今回の中間テストでは成績も二番だったとか。うん、なんともまあ、立派な事だ。」


「ありがとうございます」


急に成績の話題を振られて褒められたものだから、感謝の言葉を咄嗟に口に出してしまう。

「……………」

「……………」


互いに無言の時間が続く。

ほんとに何なんだろうこの時間……。


そんな目でじっと見つめられても困りますよ、ほんとに


「つかぬ事を聞くが、君は人に勉強を教えるのが得意だったりするか?」


勉強を教える


そのワードについ身構えてしまう。

それは、僕にとって人と積極的に関わっていくことを辞めようと決意したきっかけである行為だったから。

だから僕はとっさに嘘を吐くことにした。


「いえ、僕は自分の勉強はできますけど、人に教えるのは苦手です」


「またまた謙遜を、君が中学時代、クラスメイトに勉強を教えてクラスのテスト平均が90点を超えたという噂は、教師を通して私の耳にまで届いているよ」


そんな噂あってたまるか。


というかこの爺さん、僕の中学時代の黒歴史を知っていて聞いてきたのか。

もしかしなくても中々にいい性格をしているかもしれない。


「仮に僕が勉強を教える事が出来たとしても、ここに呼び出されたことと一体なんの関係が?」


「まあ、そう焦んなさんな。……そろそろか……」


別に焦ってはいないが、動機が見えないから警戒心が動いてるだけだ。


「………?」


じいさんが何かを呟いた後、後ろの扉からノックする音がした。


「入りたまえ」


「失礼します………おじいちゃん、どうした……の……は、花泉君!?」


月城冷夏さんが扉を開けて早々混乱しているらしく交互に僕と爺さんを見る。




そういえば名前、僕自分で名前名乗ってたっけ?


「え?」


おい、なんで爺さん疑問符頭に浮かべてるような顔をしてるだよ。


「ああ…そうか、なんじゃ、もうすでに知り合いだったか…そうかそうか、それは結構」


「別に、知り合いという訳じゃ……」


ちょうど今日の朝に少し話しただけだ。


「知り合いというのなら話が早い」


おいいー!、無視して進めないでくれぇい!


「さっそくだが花泉紳志くん。君に、儂の孫、冷夏の家庭教師を儂から依頼したい」


????


「もう一度お聞きしても?もしかしたら聞き間違いかもしれませんので」


「冷夏に勉強を教えてくれと言った」


「僕がですか?」

「君が」


……まじか……


「お、おじいちゃん……ど、どういう事?家庭教師つけてくれるって、確かにいってくれてたけど…」


「冷夏、確かに家庭教師をつけるとお前に約束をしておった。だが、お前の今の状態から普通の家庭教師を雇うのは無理だと判断した」


「…ッ!。……そうだね、確かに……そうかも。」


悔しそうな表情をして少し下唇を噛みながら下を向く。

いまだに事情がよく分からない。

普通の家庭教師じゃ無理?

??


「………一応詳しく聞いても?」


取り合えず詳しく聞いてみることにした。

儂から説明する、と爺さんは言った。


「ああ。……簡単に言えば冷夏は、心的トラウマの影響で周りの学生と同じように授業を受けたりするのが困難になっておるんじゃ」

「トラウマによる影響……」

「ああ……だから、年上に教わったり、同じ場所で勉強したりすると、内容が頭に入ってこなくなるようなんじゃ」


なるほど、プレッシャーで集中できなくなる感じと同じようなものか、と自分なりに解釈する。


「…ですが、それなら……それこそ異性の僕なんかじゃく、同姓で、しかも家族であるお姉さんに教えてもらうべきでは?他人に教える余裕がないという訳でもないでしょう」


と、勝手な意見を述べてみる。けど、僕に声を掛けてる時点でお姉さんである月城冬に勉強を教えてもらう選択は何かしらの理由で出来ないんだろうと勝手に察する。


爺さんは静かに口を閉じたまま佇み、何を言うのか少し悩んでいる様子で、言葉を発する事なく無言の時間が少しだけ出来る。


その間、いつの間にか隣にいた冷夏さんが口を開き、自身がなさそうな表情で述べる。


「……お姉ちゃん…私なんかに……たぶん、興味もってない……それに最近までずっとお話できてない…から。」


様子を察するに、あまり仲が良くないんだろうか?


………………。


自分の勉強の事もあるけれど、テスト期間以外は精神的にも余裕がない訳じゃない。


が、僕はもう人助けがこりごりというか、等価交換とか関係性がクリアで分かりやすくさせる事を今は大事にしているから何かしら見返りがないと、落ち着かない。


相手にしか得がない、見返りを求めないやり方が相手を苦しめる事をしってしまった時から、ずっと落ち着かないようになってしまっているので、この提案をなんの見返りもなく受けることは出来ない。


「ううむ…………だが、君にも得がある話だと思うがね」


そんな、こちらに何か得があるのか、という考えを察したかのように話を持ち掛ける。


「……と、言いますと?」


「君がこの依頼を受けるなら月に十万円、君の口座に振り込もう。そして冷夏のテスト順位を五十位以内に上げることが出来たらば君の大学進学に必要なお金を儂が出そう。もちろん差額は成果によるが……」


「やります、やらせてください」

「へっ返答がはやい…」

となりで冷夏さんが戸惑った様子を見せる。少し苦笑いの表情を浮かべてるような気がする。


だが


もはや引き受ける以外の選択肢がなくなった。

前のめりで、受けてお金に節操のない奴とか思われたかもしれないがこればっかりはしょうがないと思う。

高校卒業したら進学を諦めて働かないといけないと思っていたのだから。


「くっくっく……そうくると思ったわい。お主にこの提案を持ち掛ければ食いつくとおもったんじゃ」


「ではなぜ最初からその提案を持ち掛けなかったので?」


「それはお主が本当に冷夏の家庭教師でよいのかの最後の見定みたいなもんじゃ、無理だと思ったら申し訳ないと思うが断ったったわい」


さっきの受け答えで一体僕の何がわかったと言うのだろう。

本当の僕は矮小で、過去に偽善を掲げていたしょうもない程に恥ずかしい人間なのに。


「冷夏もこの少年が家庭教師で異論はないな?」


「え?あ、うん!?……だけど、本当に花泉くんは私の家庭教師、やじゃない?」

「うん、それは。逆に月城さんは僕でよかったの?」

「それは、もちろんだよ」

「そっか、ならいい」

「よし、契約成立じゃな。あとで必要な書類を君に届けよう」

「お願いします」


こうして僕は、家庭教師という形で高校生活始めて深く関わる人間を持つ事になった。

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月城さんは同じ場所で勉強ができない 佐藤夜明 @sakuraao14

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