第6話  ありがとう、さくら。

 日曜日の朝、さくらを海浜公園に誘った。 


 さくらにこの場所でプロポーズされたのは一ヶ月前の出来事だった。

 キラキラとした朝日に反射した海が眩しかった。穏やかな風が潮の香りを運んで来る。僕は躊躇うさくらの手を取って浜辺を歩いた。波打ち際まで行って、腐ったみかんが埋まっていたのはこの辺りだったと言うと、まだ根に持ってるのと、さくらが笑った。


「僕は根深い男だから。だからここにいるのかもしれない。ごめんな」

「なんで謝るの?」

「彼、いい奴だな」

「結婚認めてくれるの?」

「もちろん」

「ありがとう」

「胸を張って会えるよ。お母さんに」  


 さくらがハッとした顔で僕を見た。


「何言ってるの一郎」

「お父さんだろ」

「一郎は一郎だよ」

「小さな手だったのにな」  

 

 つないださくらの手をしげしげと眺めた。


「今日の一郎、何か変だよ」

「出来る事ならずっとさくらと一緒にいたい」

「いればいいじゃない。結婚したって私は遠くに行かないよ。彼ね、一郎と一緒に暮らしてもいいって言ってくれたんだよ」

「ありがとう。だけどダメみたいなんだ」

「なんで」  


 つないだ手をあげ、さくらに見せた。  

 さくらが僕に抱きついた。


「一郎、行っちゃヤダ」  


 さくらの声が涙で染まる。  

 僕の手は消えかかっていた。


「この間、僕に結婚したいって言っただろ? ずっと考えてたよ。さくらは酔った勢いで言った冗談かもしれないけど」

「冗談なんかじゃない。本当に一郎の事が好きだったの」

「ありがとう。僕もさくらの事が好きだ。だけど、さくらは僕にとって目の中に入れても痛くない程、愛しい娘なんだ」

「うん」  

 さくらが涙をいっぱい浮かべて頷いた。


「さくらと親子になれて幸せだった。僕をお父さんにしてくれてありがとう」  


 さくらが顔をくしゃっとさせて僕の胸で泣き崩れた。


「ずっとそばにいて……お母さんの所に行かないで……。

 ねえ、お願い……一郎……」


 消えかかった腕で強くさくらを抱きしめる。

 さくらと過ごした十五年の月日が胸を熱くする。さくらがいたから幸せだった。本当に、本当に幸せだった。   

 

 さくら、ありがとう。幸せになれよ。


 強く願った瞬間、目の前のさくらが消え、僕は光になった。  


 終

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さくらの結婚 コハラ @cat-myfavorite

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