第4話 ブライダルフェア

 風邪が治ってからのさくらは何だか忙しく、勤め先のホテルに泊まる事が増えた。もう五日さくらの顔を見ていない。ブライダルフェアの準備とかで大変なようだ。  


 結局僕は、さくらの告白の真意を聞く事が出来ずにいた。その事にさくらは全く触れて来ない。そんな話が出来る程顔も合わせられてないが。  


 五日ぶりに帰って来たさくらは、明日のブライダルフェアに来て欲しいと言い出した。


「お父さんに是非、見てもらいたいの」  


 不意に言われてマグカップを持つ手が震えた。  


 ――お父さん。

 

初めてさくらにそう呼ばれた。まじまじとさくらを見ると、


「これからはそう呼ぶ」と言われた。  


 出会った時からさくらには一郎と呼ばれ続けていた。無理にお父さんなんて呼んで欲しくなかった僕は、さくらの好きなように呼ばせていた。

 ようやく僕も父として認められたのか。長かったと思いながら、急にさくらが遠くに行ってしまったようで寂しくなる。


「絶対に来てよ。お父さん」  

 念を押すようにさくらに言われた。お父さんの一言に、すっかり告白の事を聞く気力を失った。


 次の日、ブライダルフェアに行った。

 来場者は若いカップルだけかと思ったが、その両親らしき中年の男女も多数参加していた。僕も間違いなく両親らしき中年として見られてるんだろうなと思いながら、会場内を歩いた。  


 ウェディングドレスが飾られてるコーナーで思わず足が止まる。さくらに似合いそうなドレスが目に入った。スカートにボリュームがあり、お姫様が着ていそうなデザインだった。 

 

 さくらもいつかこんなドレスを着て結婚するんだろうなと思った瞬間、腹の底から言い知れぬ寂しさが浮かびあがって来た。


「お父さんここにいたんだ」  


 肩をポンと叩かれ振り向くと、髪をまとめ、黒いスーツの制服を着たさくらがいた。仕事が出来そうに見えるのは親の贔屓目だろうか。


「何?」  


 じっと制服姿のさくらを見る僕にさくらが聞いた。


「制服いいなと思って」

「しっかりして見えるでしょ。これぞ制服マジック」  


 さくらが楽しそうに笑い出す。


「中身もしっかりしてるよ」  


 僕の言葉にさくらが嬉しそうな顔をした。

「珍しい。一郎が褒めるなんて」

「お父さんだろ」

「ああ、そうか。まだ慣れなくて」

「一郎でもいいぞ。こっちも慣れない」

「ダメだよ。お父さんなんだから」  


 さくらが真面目な顔をして僕を見た。何て返したらいいかわからず、曖昧な笑みを浮かべ、今見ていたドレスがさくらに似合いそうな事を話した。


「着た所見てみたい?」  


 うんと頷くとさくらが「同じ衣装があるの」と言って、僕の手を取って歩き出した。  


 衣装室と書かれた部屋まで来ると、さくらは悪戯を思いついたような顔をして僕を部屋に入れた。


「入って大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。誰もいないから」  


 さくらの悪戯の共犯になったような気持ちで衣装室に入った。

 さくらは部屋中にかかるウェディングドレスの中から、僕が気に入ったドレスを取り出した。


「着てくるから待ってて」  


 さくらがドレスと一緒に白いカーテンの中に入った。わくわくとした気持ちでカーテンの前で待っていた。凄く似合う事は着る前からわかってた。そうだ。携帯電話で撮影をして、待ち受け画面にしよう。そう思い、ポケットの中をまさぐるが見つからない。家に置いて来たのかもしれない。

家のどこに置いたかな。


「じゃーん!」  


 勢いよくカーテンが開き、ウェディングドレス姿のさくらが現れた。  

 想像以上にさくらは綺麗で、息が止まった。


「何? 感想はないの? せっかく着てあげたのに」


 黙ったままの僕をさくらがじっと見る。


「まあまあかな」  


 美し過ぎるさくらに本当の事を言うのも妙に照れくさくて、わざと素っ気ない感想を口にした。

 さくらが不服そうに眉頭を寄せる。


「お世辞でも綺麗だって言うもんでしょ」

「親っていうのは子供にお世辞なんか言わないんだよ」

「あれ、もしかして照れてる?」

「ばっ、バカ、照れてなんかいるか」

「わかりやすい」

 クスクスと控えめな声でさくらが笑う。


「このまま一郎と結婚出来たらいいのにな」  

 薔薇色の唇から漏れた言葉にドキリとした。

 まさかさくらはまだ僕の事を――?

 

「ねえ、こっち」

 

 さくらが僕の腕を引っ張り鏡の前に立たせる。


「どう見える?」  


 鏡に映るウェディングドレス姿のさくらと僕の姿はどこからどう見ても……


「親子じゃないのか」

「花嫁と花婿は?」

「年が離れ過ぎだろ」

「じゃあ先生と生徒とか。いけない恋の末に結婚した二人なんてどう?」

「絶対にない」

「面白いシチュエーションだと思ったのにな」  


 さくらがつまらなそうに言う。

 さくらの言葉を聞きながら、ドキドキしてくる。さくらは一体、どういうつもりでいるんだろうか――。  

 本当に僕と結婚したいなんて思ったのだろうか。

 

 海浜公園での告白がよぎり、さらに僕を悩ませた。でも、次の瞬間にその悩みが吹き飛んだ。


「今何て?」  

 

 さくらをじっと見ると、さくらは「結婚したい人がいるの」と口にした。

「安心して。一郎の事じゃないよ」と、さくらが笑顔を浮かべた。



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