第43話 セレクション


 ズリズリ―――


「ス…ウ……」


 ゆさゆさ―――


「スノ……ッ!」


「スノウッ!」


 私は誰かに呼ばれる声に起こされた。頭や身体、右目に激痛が襲いながらも、左目をゆっくりと開く。

 眩い光と私の顔を除く男が左目に刺さった。


火炎ひえんさん……?」


 瞳を僅かに濡らし、安堵したような表情を見せたのは火炎ひえんさんだった。しかし、彼は役の衣装を着たまま私を見つめる。


「何言ってるんだよスノウ、俺だよ、フラムだよ!」


 火炎ひえんさんは自分を見せつける。彼はふざけてるのか、それとも真剣に言っているのか、私は全身の痛みのせいで思考が正常にできなかった。


「兄ちゃん、恐らく嬢ちゃんは軽い錯乱状態だ。こいつを貸してやるから打ち込んでみ」


 サルの衣装を着たままのしんさんが注射器のようなものを火炎ひえんさんに投げ渡す。


「なんだよこれ!」


「鎮痛効果と精神安定効果のある薬品が入ってるもんだよ、黙って打ち込んでやりな」


 火炎ひえんさんは私を見ると、しんさんから受け取った注射器を私の腕に打ち込んだ。


「嬢ちゃん、すぐに効いてくるから、一旦落ち着いて状況を整理するんだ」


 私の身体は、しんさんの注射の効果で痛みが和らいできた。あんなに痛かった右目も、はち切れそうな感覚があった脚も、痺れと鈍痛が酷かった腕も、段々と軽くなっていく。


 現状の整理だ。


 私は冬帝ふゆみかど ゆきで、映画の撮影が終わった後に『beat down』を読んでいた。そして更新されていた次話を押して、気が付いたら激痛と火炎ひえんさんを相手に立っていた。

 まるで本当に小説の世界に入っているかのような臨場感と緊張があり、話している火炎ひえんさんやしんさんに撮影中の演技っぽさは感じない。


「とりあえず、あなた達は火炎ひえんさんとしんさんで合ってますか?」


 私は2人に問いかけた。すると2人は顔を見合せた後に、目を丸くして私を見てきた。


「ええと、俺はサルだぞ。兄ちゃんの名前はフラム、兄ちゃんの方が嬢ちゃんと長く一緒にいるから分かるんじゃないのか?」


 しんさんはそう答える。


 信じられないが、どうやら私は本当に『beat down』の世界にいるようだ。しんさんもといサルは、自分とフラムを紹介した。


「自分の名前は分かるか?」


 私はこの世界で、元狩人の半上位人であるスノウとして生きるか、それとも女優で普通の人間である冬帝ふゆみかど ゆきとして生きるかの選択を迫られた。

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