第10話 妹をフォローする
時間も押してたから、近くのスタバに入ってユウちゃんに好きな飲み物とスイーツを選んでもらう。私たちはコーヒーだけ。
服選びの間ほとんどだんまりだったユウちゃんは、まるでダムが決壊したみたいな勢いでだだあっとしゃべった。それも楽しい話じゃなく、愚痴を。突然の転校は仕方ないって言ってたけど、本当はものすごくイヤだったらしい。
ユウちゃんは引っ込み思案に見えるけどそうじゃない。すごく用心深いんだ。付き合いを深めるのに、じっくり時間をかけて相手を確かめるタイプだと思う。その上にお兄さんのガードまでどすんと乗っかってたから、どうしても極端な受け身になるよね。だけど、一度いけると思ったら今度はすごく積極的になるんだ。人との間に中間距離がないのはめーちゃんにすごくよく似ていると思う。
前の学校では、たまたま「あの事件」がきっかけになって少しだけフランクになれたみたい。クラスメートに話しかけたり、話しかけられたりっていう機会が増えて、自然に友達の輪に入れた。二年のクラスはそのまま三年に持ち上がりらしく、転校さえなければすごく気楽だったんだ。
でも。お父さんの部署替えとお兄さんの独立で、学校だけでなく家の雰囲気もがらっと変化した。お父さんは勤務先が遠くなって家にいない時間が長くなり、お母さんもパートに出ていて日中不在。もちろん家を出たお兄さんはもういない。家がいきなりしんとしちゃった。学校がつまんなくても家に帰れば親かお兄さんがいてがちゃがちゃ騒がしかったのに、急に静かになって辛くなった。授業のない春休みの今は時間を持て余して、どうしようもなく寂しい。
学校に友達がいれば一緒に出かけられたかもしれないけど、今の学校ではまだぼっち。前の学校の友達も、塾の春期講習に行ってる子が多いらしくて気軽に誘えない。この前わざわざレンタルショップにやって来たのは、限界が近かったからなのかも。
「三年のクラスって、塾が同じ子で固まるらしいんです。わたし塾に行ってないからハミるの確定で……」
「ああ、そういうのもあるのかあ」
「えー? わたしは一回も塾とか行ってないよ」
めーちゃんが、つらっと言い放った。
「えええっ?」
「わたしはユウちゃん以上にかっちかちに囲われてたから。学校以外の外出を認めてもらえなかったの。家に缶詰」
「う……そ」
絶句したユウちゃんを見て、めーちゃんがうっすら笑う。
「想像できないでしょ?」
「はい」
「学校には行けてたから、ルイよりましだとは思うけど。でも放課後の付き合いがないと、友達がちっともできない。しんどかったわ」
めーちゃんの場合は容姿の影響もあると思うけどね。でも友達ができないのと、そもそも作る機会が与えられないってのは根本的に違う。それを今さらぐちぐち言ってもしょうがないけど。
「友達いないのは私も同じだよ。だから、大学で友達とバカ話してる自分の姿っていうのがちっとも思い浮かばないんだよね」
「ひええっ」
上には上がいると思ったんだろう。ソンケーのマナザシ。いや、そんな目で見られてもなあ。マイナスの大きさ比べしても意味ないでしょ。全力で苦笑してしまう。
「てかさ、ユウちゃん」
「はい」
「ドーナツショップで話をした時のことを覚えてる?」
「もちろんです!」
「あの時ユウちゃんがいっぱい話せたのは、ユウちゃんしか会話のネタを持ってなかったからなの。あの時に言ったでしょ? 私は聞き役しかできないって」
「あ……」
持ってたカップをテーブルの上に置いて、ゆったり腕を組む。
「積極性がどうのとか以前に、まずネタ。ネタさえあれば会話はなんとかなる。私は店長にそう教わったんだよね」
ユウちゃんとめーちゃんの「ふうん」という返事がシンクロした。
「で、さ」
「はい」
「私はともかく、ユウちゃんもめーちゃんも今はネタがなかなかできないタイミングってことだよね」
二人が顔を見合わせた。
「共闘したら? ユウちゃんは『お姉さん』ネタをこさえる。めーちゃんは『妹』ネタをこさえる。実の姉妹ってわけじゃないから、お互いすごく新鮮だと思うけど」
「でも、共闘するには接点がいるでしょ」
めーちゃんがダイレクトに突っ込んできた。
「さっきユウちゃんが言ったじゃない。塾に行けないって。勉強教えてあげればいいかなあと」
「えええっ? いいんですかあっ?」
おお、ユウちゃんがいきなりテンションマックスになった。
「めーちゃんの方がレベル的に私よりずっと上だと思う。きっと上手に教えてくれるよ」
ユウちゃんがおっかなびっくりめーちゃんを見る。めーちゃんはテーブルの上にのへっていた。
「どうしてそういう発想になるかなあ」
「ギブアンドテイクにできるからだよ」
「へ?」
ぱかっと頭を上げためーちゃんに笑顔を向ける。
「紗枝さんにも言われてたでしょ。自分で料理できるようにしろって。ユウちゃんちは親が共働きだから、ユウちゃんも家事をこなしてるはず。料理上手だと思うよ。どう? ユウちゃん」
レンタルカレシで話をした時に、ちらっと料理得意ですーと言ってたんだ。私は聞き逃さないよ。
「上手ってほどじゃないですけど、一応は……」
謙遜したか。そこで「料理うまいんだぞ、えへん!」くらい言えれば、友達なんかすぐにできると思う。用心して引くところから入っちゃうと、なかなか前に出るタイミングが掴めなくなる。そこらへんも練習なんだろなあ。
「私のは鶏小屋出てからの自己流だから、とてもじゃないけど人に料理教えるなんてできないの。私が教えて欲しいくらい。これまでちゃんと料理こなしてきたユウちゃんセンセイに、きちんと教わった方がいいと思う」
「ううう、確かに。このままじゃ、お金かかる外食ばっかになっちゃう」
溜息混じりに、めーちゃんが家計簿アプリの画面を見つめる。私以上に服の在庫が乏しかっためーちゃんは、服で五万以上使っちゃったんだ。インナーとかコスメも少し揃えたみたいだから。
ものすごく大金を持っているように思っていても、使う時にはあっという間になくなる。銭は薄情やでっていう店長の警告が身にしみて実感できたんだろう。
「でさ、ユウちゃん」
「はい」
「勉強って、コツなんだよね。自分の苦手なところ、わからないところを確実に潰していったら、あるレベルまではすんなり学力上がると思う。私がそうだったの」
「なるほどー」
「スマホでやり取りできるし、めーちゃんと待ち合わせて月に一、二回集中的に弱点潰せば、結構いいとこ行けるんじゃないかなあ」
ちらちらとめーちゃんの浮かない表情を確かめているユウちゃん。めーちゃん的には人に教えたことがないから不安なんだろうけど、それもまた経験だと思う。
「いいよ。とりあえずやってみるしかないよね」
「ねえ、めーちゃん。ユウちゃんの受験指導で経験を積めば、かてきょのバイトができるよ」
「あ!」
今気づいたって顔をしてる。ははは。
「私もね、前沢先生とシェアしてる間にずいぶん受験勉強を手伝ってもらったの。先生は対人恐怖症だけど、教えるのは本当に上手だから」
「そっかあ」
「生徒さんに、必ず感謝してもらえるでしょ?」
「うん」
めーちゃんとのやり取りに、ユウちゃんがこそっと口を挟んだ。
「あのー」
「ん? なに?」
「ルイさんは……教えてくれないんですか?」
うーん。中学生の勉強だから、私にもたぶん教えられると思う。でも私が教えたら、めーちゃんとユウちゃんの接点が広がらない。間にいつも私が入る形になったら、二人を引き合わせた意味がなくなっちゃうんだよね。
「そうだなあ。めーちゃんの苦手分野があったら手助けはするけど、基本二人でやり取りして」
「どうしてですかー?」
不満そうなユウちゃん。
「本番近くなってきたら、ユウちゃんちで特訓とかになると思う。その時に私が行くのはまずいよ」
「あ、そうかあ……」
正式にお金もらってのかてきょならともかく、知り合いのお兄さんに勉強教えてもらってるってのはちょっと……ね。お姉さんの方がずっと融通が効くもん。
「心配性のお兄さんが家を離れたから、今度はご両親がユウちゃんの心配をするはず。お兄さんの紹介でめーちゃんが勉強の手伝いをしますって言えば、親は安心するでしょ? 私は表には出られない。ご両親の心配材料増やしちゃうから」
「ううー」
「この三人で出歩くなら問題ないでしょ。息抜きで外に遊びに行きたいっていう時は声かけて」
本当は私と二人でデートしたいんだろなあ。でも、トラブルのもとになるからそれはダメ。ユウちゃんも、会えないよりはましだと割り切ったんだろう。渋々頷いた。
さて……と。ここまで仕込みは上々。桜で言ったら五分咲きくらいまでは来たかな。よし、本題を切り出そう。
「で、ね」
「はい!」
「ユウちゃん、明日は空いてる?」
「いつでも暇ですー」
「あはは。実はね、お花見をしたいんだ」
「わ!」
ユウちゃんの表情がぱっと明るくなった。つまんないって百万回言ってもおもしろくなることはないよね。でも、イベントならたった一回で世界がおもしろくなる。
「私とめーちゃんが住んでるシェアハウスの近くに、小学校と隣り合わせの上原児童公園てとこがあってね。児童公園って言っても、広域避難場所に指定されててすごく広いの。んで、桜の木がたくさん植わってる。明日あたり、満開になりそうなんだよね」
「そこ、混まないんですかー?」
「うちの近くだと堤防沿いか養源寺っていうお寺の周囲が桜の名所らしくて、みんなそっちに行くみたい。公園は広くて人がばらけるからそんなに混まないと思う。そいで」
「はい!」
「花見弁当を仕込みたいの。明日の午前中に」
ユウちゃんとめーちゃんにぱちんとウインクする。
「早速一回めってこと。ユウちゃんは期末試験の答案用紙持って来てね」
「ううー」
「最初にチェックして方針立てちゃった方がいいでしょ。私はそうしたよ」
「はいー」
めーちゃんが突っ込んでくる。
「どんなお弁当を作るの?」
「そりゃあ」
わくわくする気持ちを全部ぶち込んで、でっかくガッツポーズしながら宣言する。
「それぞれの好きなものを無制限で作る! 見た目とか味のバランスとか関係なし! 自分の、す・き・な・も・の!」
さっきまでどこかぎごちなかったクウキがいっぺんに弾けて、ぱっと華やいだ。
「そだねー!」
「わあい!」
「じゃあ、明日荻野の駅に午前九時過ぎに来てくれる? 駅に迎えに行くよ。スーパーが九時半開店だから、そのまま買い出しして午前中にお弁当を仕込もう。お弁当できたらレッツ花見っ!」
「がってんだっ!」
なぜか無駄に力の入っているめーちゃんを見て、ユウちゃんがくすっと笑った。めーちゃんは、美人だって言っても天然系なんだよね。ユウちゃんも、結構茶目っ気のあるおねえさんだと認識したと思う。ふふ。
◇ ◇ ◇
ユウちゃんを駅まで送っていって、そのあとぎっしり服の入ったショッパーを両手にぶら下げて、えっちらおっちらシェアハウスに帰った。
「服を格納したら、スーパーに買い出しに行こう。夕飯はお惣菜でいいよね」
「そだね。明日まとめて買い出しだから、今日はあっさりでいいかな」
「お腹空けておかないとね」
「あははっ」
部屋を自分一色に染めるっていうめーちゃんの計画は、順調にスタートしたんだろう。表情がぴかっと明るい。
私は今日のことより、明日のお花見に意識が集中している。
何もなかったがらんどうの部屋が、服をまとった途端に色を漂わせるようになったけど。それらを自分の色にするには、まだまだ絵の具が足りない。私には、まだ『好きなもの』が圧倒的に足りないんだ。だからいつまで経っても世界がよそよそしいまま。
でも、お花見は私がどうしても叶えたかったこと。それはきっと私にとって忘れられない、大事大事な『好き』になるはずだ。
私の中の桜花は、もう七分咲きを過ぎた。明日の午後に三人で出かける時には一気に満開になる。
想像を現実が上回る。それが辛い出来事ならひたすら耐えるしかない。でも、わくわくすることだったら……。
「楽しみだあ!」
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