第9話 服の買い出し

 あのあとすぐホームセンターに走り、大小のランドリーラックを買って担いで帰った。洗剤や柔軟剤も買ったから、洗濯問題は一件落着。で、すぐ次の問題にぶち当たる。というか、問題を思い出した。


「さすがに、着るものがヘビロテすぎるんだよなあ。どっかで仕入れないと」

「あ……そうだった」


 今までは予備校通いとバイトがメイン。バイトの時は作業服着るし、予備校だと服装チェックがかかることもない。服が少なくてもワンパターンでも、なーんにも支障がなかったんだ。

 でも、これからはそうはいかない。いかに私が服装に頓着しないって言っても、年中同じような服を着ると間違いなく変人扱いされるだろう。そんなことで目立っちゃうのはすごく困る。


 めーちゃんはめーちゃんで、がっつり考え込んでる。今までの服をほとんど向こうに置いてきてしまったから、手持ちの服が極端に少ないんだ。今のうちにどこかで仕入れないとならないのは私と同じ。

 でも、そもそも自分好みの服をどこでどのくらいの値段で買ったらいいのかがよくわからないんだろう。ネットで調べれば服と値段はわかるだろうけど、自分に似合うかどうかは着てみないことにはなあ。


 そうなんだよね。私もめーちゃんもまだ友達がいない。普通なら気軽にアドバイスをもらえる相手が誰もいないんだ。どうすべ。


「あ」

「どうしたの?」

「一人いるじゃん」

「なんの話?」

「いや、服を一緒に見てくれそうな人のあてがあった。てか、それを頼むつもりだったんだ。思い出した」

「……誰?」


 それが男性なら嫌だなあと思ったんだろう。大丈夫だって。


「ユウちゃんだよ。前、店に来てくれた中学生。ラインのアドレス交換したから連絡つくはず」

「あ、高校生みたいな、大人びた子ね」

「そう。まだ新学期始まってないはずだから、今ならなんとか……」


 画面に現れたユウちゃんのアドレスを見下ろして、全力で拝む。

 私たちには年配の理解者が多い。今回みたいなトラブルがあった時、社会経験豊富なおじさん、おばさんはすごく頼りになる。頼れるけど……トモダチにはなれないんだ。


 年を重ねたデキた大人は、私たちとの距離をちゃんと調整してくれる。さっきの店長や岡田さんの語り口でよくわかるよね。私たちの未熟さをこき下ろさないで、どやしをすんなり軟着陸させた。

 でも、そんな芸当ができる人なんかそうそういないよ。レンタルカレシの時の経験でよーくわかる。みんな、エゴ剥き出しでひゃっぱーナマだったから。先回りなんかしないのが当たり前なんだ。特に私たちと同年代の若い人はそうだろう。


 くっきり自己主張する人たちの中に入り込むと、世間知らずの私やめーちゃんはどうしても聞き役にしかなれない。そうすると、いつの間にか人波に埋もれてしまう可能性が高い。

 かと言って、ランダムかつ突撃式に「トモダチになってくださーい!」はリスクが大き過ぎる。特に容姿が飛び抜けてるめーちゃんはね。


 ある程度互いのことを知っていて年が近い子の知り合いがいればいいんだけど、めーちゃんには誰もいないっぽい。でも、私にはトムとユウちゃんがいる。

 ただ、めーちゃんはトムと生理的に合わないだろう。トムが彼女を鑑賞物として見てしまうからね。服装とかのこだわりレベルは私と大して変わらないし。

 その点、ユウちゃんはぴったりじゃん。女の子だし、めーちゃんとは比較的年が近いし、庇護者に囲い込まれてた過去も似ている。着こなしも結構洗練されてる感じだったから、あてにできるんじゃないかな。いや……そう願いたい。


 ぺぺっとラインのメッセを送ってみる。これから受験生って子にヒマかいとは聞けないから……。


『今、お勉強中?』


「お?」


 即既読になって、返事がきた。


『いや、ひまですー』


 ほっとする。じゃあ、メッセじゃなくて電話にしよう。


「あ、ユウちゃん。この前はどうもね。ルイですー」

「こんにちはー!」


 おお、テンションめっちゃ高い。


「ユウちゃん、春期講習とかは?」

「うう、うち、お金ないのでー」


 あ、しまった。勉強の好き嫌い以前に、そういうのもあるんだ。ちょっと無神経だったな。反省。


「じゃあ、今日は時間ある?」

「はい!」

「ユウちゃんに、ちょっと頼みがあるの」

「なんですかー?」

「服屋さんを教えてほしいの。ユニクロとかなら私にもわかるんだけど、それ以外はさっぱりで……」

「ええー? わたしにもわかんないですー」


 げ。それは予想外だった。いや……お金ないって言ってたよね。中学生だとそんなものなのかも。


「そっかあ」

「あ、でもでもでも……ちょっと待ってください」


 せっかく私と遊びに行けるチャンスを逃したくないんだろう。ユウちゃんがじたばたしてる感じが伝わってきた。

 で。いきなり電話の声がごっつくなった。


「おう」


 ぐええええっ! お、お兄さん? 想定外だよう。

 あの鼻ピばしばしの暴力的っぽいお兄さんだよなあ。地雷踏んじゃったかなあ。


「お久しぶりですー。あ、ご結婚おめでとうございます」

「ははは。なんか、照れるな」


 ふむ。あの頃より少し角が取れた感じがする。ユウちゃんとの距離が自然に開いて、互いに楽になったのかもしれないな。


「で、服見繕ってくれって?」

「あ、はい。今は着たきりすずめに近いので」

「おいおい。そりゃあまずいだろ」

「はい。もうすぐ入学式でばたばたするので、それまでに少し整えたいなあと」

「いいぜ。付き合ってやる」


 ぐ……ええ。


「ユウも行くって言ってるから、ついでだ。ああ、ジェニーも行くってよ」


 なんじゃとて? そっか結婚式の打ち合わせとかで実家にきてたんだな。なんか大所帯になっちゃったけど、こうなりゃなるようになれ、だ。


「私の他に、シェアメイトも一人追加になりますけど、いいですか?」

「構わんぞ。俺らもテンパってんだ。息抜きしたい。これからだろ?」

「はい。午後一くらいでどうですか?」

「おう。飯食ってから出る。待ち合わせは袴田って駅でどうだ」


 めーちゃんに検索してもらったら、至近の駅から三十分圏内だった。


「今確かめました。大丈夫です。じゃあ、よろしくお願いします」

「おっと、もう一つ聞いとかんと。予算どんくらいだ」


 高級品は要らないけど、一回着てほつれちゃうのも困る。上下で揃えないとならないから、ある程度まとまった額が要るよな。


「じゃあ、三万くらいで」

「妥当なとこだな。普段使いだろ?」

「はい。よそ行きの服買っても、着て行くとこないです」

「ぎゃははははっ」


 豪快な笑い声が響き渡って、思わずスマホを耳から離した。ユウちゃんのお兄さんというだけで全てを信用することはできない。私には、お兄さんの粗暴なイメージがどうしても丈二さんに重なってしまう。過剰な偏愛も、それゆえの理不尽な行動も、そっくりだから。

 でも、互いに正体を隠して出会った前と、それぞれのことをある程度知っている今とは違う。私は……そんな風に割り切らないといけないんだろう。


「じゃあ、早めに出ます。よろしくお願いします」

「おう! 任せとけ」


 ユウちゃんに代わってと伝える前に、切られてしまった。


「むうう」

「どしたん?」

「話が大きくなっちゃった。ユウちゃんのお兄さん夫婦が一緒に来るって」

「げ……」


 いやそうな顔をするめーちゃん。気持ちはわかる。初対面だしなあ。


「でも、ユウちゃんより、お兄さんたちの方がファッションは詳しそうなんだよね」

「うー」


 人見知りっていうより、警戒心がぼかあんと膨らんだみたいだ。


「いざという時にはユウちゃんを盾にできるから、なんとかなるよ。当たって砕けろだ」

「そっかなあ……」


 私も、絶対大丈夫だとは言えないところが辛い。二人揃ってどこか腰が引けた状態で家を出た。


◇ ◇ ◇


「え……と。このあたりかな」


 袴田駅の改札を出てすぐのコンビニの前。都内の大きな駅じゃないから、私たちの住んでるところより街っぽいとは言っても、そんなに違和感はない。


「おう」


 電話越しの時にはまるめられていた、ドスの効いた低音が響いて、思わず首をすくめる。おそるおそる振り返ると……。


「わ!」


 び、びっくりぃ! ジェニーもお兄さんも、レンタルカレシの時にはものすごくとんがった格好だったのに、お兄さんはカジュアルだし、ジェニーはシンプルなベージュのワンピース姿だ。ピアスは一つもない。髪はまだ染めてるみたいだけど短くなってるし。そして……ジェニーのお腹が少しせり出してる!


「う、うそお! もしかして」

「はいー。お義姉さん、今六ヶ月で」

「うわあ! おめでたですか。すごいなあ」

「ははは」


 お兄さんが真っ赤になって照れてる。ジェニーも嬉しそうだ。


「済まんな。ジェニーがやっと安定期に入ってよ。今までつわりがひどくて、家に缶詰に近かったんだ。気晴らしさせたくてな」

「そっかあ」

「わがまま言って、すいませーん」


 前はばりっばりにとんがっていたジェニーが、すごく幸せそう。ううう、変われば変わるもんだ。おっとっと、めーちゃんを紹介しておかないと。


「ユウちゃんは知ってると思うけど、私とハウスシェアしてる矢口萌絵さんです。私と同じで、四月からD大に通います。学部は違いますけど」

「……」


 お兄さん夫婦が絶句してる。一応伊達メガネはしてるけど、隠しようのないハイスペック美人だからなあ。


「ちょ……っと。彼女、デルモ?」

「いいえ。お嬢様です。ちょっといろいろあってね」

「え?」

「心配性のお父さんが、ずっと囲い込んじゃってたんです」


 と言って、ユウちゃんを見る。そう、ユウちゃんにちょっと似たところがあるんだよね。

 ばつの悪そうなお兄さんが、こそっと自己紹介した。


「初めまして。俺は足立達也と言います。妹の優羽、妻のジェニーです」

「えっ?」


 今度は私が目が点になっちゃった。


「う、うそ。あだ名とかじゃなかったんですか?」

「本名だ。ジェニファー。ハーフなんだ。日系アメリカ人とのハーフだから、顔はしょうゆだけどな」

「そっかあ。初めてわかることばかりだ」

「ちょっと、ルイ! なによ、それ」


 めーちゃんがぷうっとぶんむくれた。得体の知れない人に引き合わせるわけ? そんな感じで。でも、出会いってのは元々未知との遭遇でしょ。最初から相手のことを何でも知ってたら、出会いにならないよ。もちろん、信用できるかどうかっていうのはまた別だけどさ。

 あれ? お兄さんではなく、ジェニーが食い入るようにめーちゃんを見ている。それから……。


「なるほどねえ。囲い込もうとしたお父さんの気持ちがよくわかるわ。上手に自分をディスプレイしないと、街中を歩けないね」


 ……と言った。そうなんだよなあ。めーちゃんはノーメイクかつラフな格好をしているのに、ここまでの移動中もばしばし視線が突き刺さってきてたからなあ。うんうんと頷いたジェニーが、お兄さんをつつく。


「絶対セコの方がいい。あと、ヘアをなんとかしないと」

「だな」


 お兄さんも鼻の下を伸ばすことなく、まじめに頷いた。ジェニーがめーちゃんにフランクに話しかけた。


「あのね、萌絵さんて言ったっけ?」

「あ、はい」

「好みの服装とかある?」

「今まで学校は制服、家に帰ると父お仕着せのおんなのこー的な服だったので、何が自分に合うのかもさっぱり。あ、でも、今みたいな格好は楽で好きです」


 生成りのカッターシャツに私の譲ったジャンパー、下はジーンズだ。


「おっけー。だいたい掴めた。ただね」


 ジェニーが腰に手を当てて苦笑する。


「タッパがある割に身体がぽちゃ系なの。ものっそシャープな顔とのバランスが悪い。少し絞ってアウトライン整えた方がいいよ。何かスポーツとかやってる?」

「運動苦手で……」

「ハードなジムワークまではしなくていいと思うけど、ウォーキングとか家でできるフィットネスとか取り組んでみて。そうしたら全体のバランスが取れてくるの。今は顔だけをじろじろ見られちゃう。すごく損だよ」


 すぱっとアドバイスが来て、めーちゃんは驚いたみたい。じゃあ、ついでに私も……。


「あの、私は?」


 横からお兄さんのごつい声がした。


「鍛えろ。全部なまっちろい」


 くすん……。


◇ ◇ ◇


 それから、お兄さんたちがよく利用しているという古着屋さんをいくつか回った。お兄さんたちは本当に詳しい。高い服を買うのは社会人になってから。それまでは古着屋で自分に合う服を探した方が絶対いいと勧められた。

 確かにそうかもしれない。値段がリーズナブルっていうだけじゃなくて、いろいろなタイプの服を気軽に試せる。こういう服を着たいっていうイメージが、試している間にだんだん固まってくるんだそうだ。なるほどー。


「ただ、古着屋もぴんきりでな。ぼったくる店もあるし、カラーの合わん店もある。いろいろ開拓したらいい」

「はい!」


 めーちゃんは、ユウちゃんたちが信頼するに足りる存在だと認識を変えたんだろう。いきなりフルオープンになりそうな気配。あとで少しブレーキをかけとこう。

 それと、肝心のユウちゃんが完全に沈黙モードに入っちゃった。遠慮とか気後れがあるんだろうなあ……。


 めーちゃんも私も予想以上に気に入った服を安くゲットできて、大収穫だった。立ちっぱなしだったジェニーの体調を心配したお兄さんが引き上げを宣言したので、お礼を言って解散にする。で、ユウちゃんだけ引き止める。


「ユウちゃん。ちょっとだけお茶して行こうよ。おごるよ」

「わ! いいんですか?」

「私たちより、お兄さんたちのエンジンがかかっちゃったからね」

「わあい!」

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