その二 身分とは

 いやいやいや、冗談でしょう?


 フェルリナがなんとか王宮へ到着したのは、翌日の17時頃だった。

 面会時間までに、ある程度片付けをして、身支度しなければならない。


 全く、天馬で駆けても王宮に到着したのが夕方とは!!


 フェルリナは疲れて言葉が出なかった。

 更に、天馬が城の門前に到着してすぐ、門番らしき人物より身分証明書の提示を要求された。

 身分証明書が必要だったのは、面会の時だけでは無かったのか、しかし、当たり前だよなぁ、無闇矢鱈に天馬で城の門前まで来る人物なんて、この国には居やしないよなぁ〜、絶対怪しい人物に見られただろうなぁ〜、などと心の中で思いながらも、すぐ身分証と、念の為サイアスから届いた書簡を提示した。

 門番は瞬きするのを忘れてしまったようで、身分証と書簡を見て、フェルリナを見て、また身分証を見て、フェルリナを見ている。

 お願いだから早くして欲しい、となるべく顔に出さないようにフェルリナはにっこり笑った。

「そういう訳ですので、王宮への場所をお教えいただけませんか?天馬は王宮付の馬小屋にでも放り込んでおいてくださいな。」


 そういうやり取りで時間が掛かってしまったのと、王宮は首都の半分以上の敷地を占めているだけあって、書簡の中に書いてあった「東棟」という場所が皆目検討つかなかった。

 結局再び天馬に乗って、上空から東棟とおぼしき建物を見つけて、その門前に天馬を降ろした。


 これも問題になってしまった。

 この国には天馬は2頭しかいない。

 1頭は王宮付に、そしてもう1頭については─


「私の愛馬です。」


 オルニアン家には、天馬を所有する権限が与えられていた。何故、天馬を所有することになったのか。

 それだけに王家からの信頼が高いということでもあったが、同時に世話出来る人材がオルニアン家にしかいなかったからである。

 元々オルニアン家は、家畜の分野において卓越したノウハウを持っていた。

 諸説あるが、この国の西側の平原は、家畜を育てる為に適した土地柄であり、育てた家畜を王家へ献上したのが、オルニアン家の始まりである、と言われている。

 更に、天馬の特徴として、未婚の女性にしか懐かない、というものがある。

 したがって、身分証明書と天馬があれば、それだけでオルニアン家の縁者か、王家の縁者であるとする説が濃厚であり、女中や門番の目が白黒するのも無理ないことであった。

 あてがわれた部屋は、平民の生活をしてきたフェルリナにとっては充分過ぎるほど贅沢品が備えられていた。

 部屋は最上階に近い所にあった。最上階は姫君の住まいというので納得したが、そのすぐ下の階がフェルリナの部屋であった。

 王族に親しい存在、または信用のおける者しかあてがわれることのない部屋であった。

そして、フェルリナが目を見張ったのは、部屋の中には専用の湯船が設置されていることだった。

実家のある孤児院で子どもたちと一緒にお風呂に浸かっていた時と比べて、本当に贅沢であった。

 他にも調達された鏡や机、椅子、ベッド、来客用のソファーと卓上、ドレッサーやチェストなど、この国中から集められた超一流の品々が揃えられていた。


 なんだか、場違いな気がする。


 それが最初にフェルリナが抱いた印象だった。

 平民の生活同等であるフェルリナは、ねぐらは天馬と一緒、ベッドは子どもたち用、食事は子どもたちと一緒に摂っていたし、自分用の衣類は母親と共有していた。

「こちらに予め用意しておきました、衣類がございますゆえ、ご確認お願い致します。」

 女中に言われてクローゼットの中を見ると、父親が用意したものなのだろうか。

 王宮の中にいても恥ずかしくないようなドレスがずらりと並べてあった。


 いつ、こんなもの用意していたのよ!


 しかし、指定されたのは「正装」だ。

 フェルリナは迷わず、簡素で清潔なワンピースを選んだ。


 女中が着替えの手伝いを申し出てくれたが、一人で着ることに慣れてしまっているので、辞退させてもらった。

「それから、今後は私が必要な時以外は、ここへ来なくて宜しいですから。」

とはっきり言うと、専任の女中は涙をだーーっと流した。

 慌てて事情を聞くと、奉公するためにここへ来たが、来るなと言われたら帰るしかなくなる、ということであった。

 女中の社会事情を知らなかったとはいえ、相手を蔑むような発言してしまったことを撤回し、今後は部屋の身の回りの世話だけをするようにお願いした。

 女中は、隣の部屋で待機することになっているようで、姫への授業以外は主にこの部屋で過ごすことになるという。

「あなた、お名前は?」

「私はカンパネラと申します。」

「カンパネラ、ね。私が不在の間、何かあったらこれを使いなさい。」

 カンパネラという女中に渡したのは、鉄で作られたネックレス。ネックレスの先に、よく見ると見た目は筒状の笛になっている。大きさ3cmくらいの小さなもので、本当に注意して見ないと笛だとは分からないくらいの精巧さだ。

 これは先程まで、フェルリナが首から下げていたものだった。

 カンパネラは案の定、キョトンとした顔をした。

「私のような、貧相な者が、いきなり姫の教育係となると、色々と蟠りもあるでしょう?あなたは信用出来そうだから、何かあったらそのネックレスの先に付いている笛を吹きなさい。そうしたら、うちの天馬が飛んでくるから。」

 「飛んでくるとどうなりますか?」

 「あなた以外の女男共をへし折ることが出来る。」

 「………中々物騒な物をお持ちですねぇ。」

 「天馬を教育するのは簡単よ。その笛の持ち主が主人と思わせておけばいいから。けど、うちの天馬は馬鹿ではないから、私じゃないって分かった時点であなたも只では済まないと思うけど。」

カンパネラは真っ青になった。

 「私が居ないことのほうが多いと思うから、ちょくちょく、あの子に会いに行って世話をお願いしたいの。詳しいことは明日教えるから。」

と、フェルリナはここまで言って気が付いたのだが、さて正式には「今日」から姫付きの教育係なのだが、いかんせん、全く面識がない上、姫君への教育や作法など全く知らない。あわよくば、姫君から自決を言い渡されて一生を終えてしまう危険すらある。

 そのため、カンパネラに天馬への世話を任せて良いものか、と思い直したのであった。

が、カンパネラは青ざめながらも、力強くこくりと頷いた。

 「分かりました。私にお任せ下さい。私がフェルリナ様の女中になったのには、訳があるのです。」

 「理由?」

 「はい。この国で天馬は2頭しかいないことは、フェルリナ様はよくご存知かと思われますが…」

 「ええ、よく知っているわ。」

 「その王宮付の天馬の世話をしているのは、私なのです。」

 「………え?」

 「あ、あの、ですから…恐れ多いことですが、私がもう1頭の天馬の世話をしておりまして………」

最後はゴニョゴニョと小さくて聴き取れなかった。

しかし、ここまできてフェルリナはため息と同時に呆れてものが言えない状態までなった。

 「お父様の仕業…ね?」

 「は、はい!!フォークスベルト様には、私大変懇意にさせて頂いておりました。天馬のお世話について、ですけれども…。ですから、フェルリナ様の女中は是非私に、と志願させて頂きました。」

 お側にお仕え出来て、光栄です!!

とカンパネラは目をキラキラさせた。

 しかし、反面フェルリナは同時に何か彼女から薄暗いものを感じていた。

 それだけではないはずだ。

 フェルリナは直感した。

 カンパネラは本当に、可愛らしく、いかにも年頃の女性らしいたおやかさを持っていたが、同時に全く別の雰囲気が彼女の身体から滲み出ていた。


 彼女、只の女中ではなさそうね。


 「わかったわ。グレールという団長との面会の後でよければ、もっと私あなたのこと知りたいと思うの。」

 「あ、そのことについては、多分大丈夫だと思います。」

 「なぜ?」

 カンパネラは美しい顔でにっこり笑った。

 「団長から、私のことも含めてお話があると思いますよ。それに、私もそこに同席しますし。」


 ますますきな臭いわね。

 面会の時間まで残り僅かではあるが、適当に見繕ったワンピースに着替え、フェルリナはこれから起こるであろう様々な可能性を考えた。

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