姫様の教育係は超ドSでした
花もも
その一 教育とは
フェルリナ宛に1枚の書簡が届いたのは、一斉に色とりどりの花が咲き誇った春の日のことである。
最初、フェルリナは書簡なんて単なる嫌がらせだと思っていた。
宛先が自分の名前であることに見向きもせず、毎日届けられる山ほどある手紙の中の1通として、いつものように父親の所へ持って行った。
─どうせまたお見合いか、婚約パーティの誘いかなんかでしょ。
フェルリナは内心ため息をついていた。
今年で18のフェルリナには、父親経由の知人・友人から、フェルリナへの婚姻についての手紙が送られてくることがよくあった。
フェルリナとしては、全く恋愛に興味がなく、それよりも家業に専念するのに精一杯だった。
なんせ、フェルリナの家は孤児院を経営しており、下は0歳の赤子から上は16までの思春期過ぎた頃の子どもたちが、朝からギャーギャー喚いているのだ。
父親のフォークスベルトは、オルニアン領主としての爵位を持つ家柄であったが、家の相続は兄弟に継承され、今や爵位を王家に返上して平民並の生活を過ごしていた。
とはいえ、流石に王家の末端の血をひいたオルニアン家であるフォークスベルトを野放しにすることは出来ず、孤児院の経営だけは国の資産から運用する形となっている。
が、運営費のみ提供されるだけで、自分達の生活費は自力で稼がなくてはならない。
その為、フェルリナは家業をしつつ、市井で学校の教師として、2年前より働いていた。
教師として名乗れるようになったのは、今年に入ってからのことであるが。
そのことが不幸であるのか、幸であったのか、今となってしまっては全く分からない。
とにかく、朝の日課として父親に手紙を届けてから町へ働きに出ていくことがフェルリナの日常であった。
父親に大量の手紙を押し付けて、部屋を出てから数分もしないうちにフォークスベルトに呼び出された。
「お前、明日から王宮へ行きなさい。」
「はい?????」
フォークスベルトはふくよかな顔立ちで、人好きする笑顔を称えている。
さっぱりピーマンとはこのことだ。
最近、孤児院の子どもたちの間で「さっぱりピーマン」という語句が流行っている、というのは頭の片隅に置いておくとして。
「お父様、色々とお伺いしたいことがあるのですが。」
「いいよ。」
フェルリナは頭の中で浮かんだいくつかの疑問点を一気にまくし立てた。
「まず、急にそんなこと言われても、今日既に入っている私の仕事はどうなるのですか?
次に孤児院の子どもたちの面倒をみているのは、お母様と私の二人だけです。他に快く引き受けてくださる方はいらっしゃるのですか?
それからこの─」
フェルリナは、フォークスベルトの机の上にある手紙の山を指した。
「この、山脈のような山々を連ねた手付かずの書類の量は誰がやるのです?
そもそも王宮へどうやっていけと??今日中に準備しろと言われて、すぐ出来る訳ないじゃないですか?学校の教員達へどう説明すれば?やっと私は成人になったところで、教師になったばかりというのに、お父様はいつも勝手にお話を進めらしてて…大体王宮へ行って私に何をしろとおっしゃるのですか?!」
言いたいことすべて言い終わり、100m走を一気に駆け抜けたように肩をゼーゼー言わせて、フェルリナは父親を睨みつけた。
しかし、当のフォークスベルトは相変わらずふくよかな顔でニコニコと微笑みを称えるだけだった。
「うん、その事なんだけどね。順番に話を追って説明しようか。けど、時間があまりないから、手短に話すことにするね。」
フォークスベルトは羽根ペンを持って、素早く何かを書き始めながら言った。
「まず、お前が一番懸念していることだけど、学校には既に昨日付けで伝えてあるから、今日は行かなくていいよ。」
「そういう大事なことは、昨日のうちに言ってください!!」
フォークスベルトは、ぷくっと頰を膨らませ、そっぽを向いた。
「だって、フェルちゃんったら、話しかけようとしたらすぐどっか行っちゃうんだもん。」
「副業(孤児院)があるからでしょーーー!!」
誰のせいでこんなに忙しいんじゃ、ボケェ!!
と言いたくなるのを、フェルリナはぐっと飲み込んだ。
「お母さんに言ったら、一発でオーケーだったのに…」
「お母様はお母様、私は私!!」
「まあ、とにかく、お前は今日から学校はお休み。こっちが本業になるからね。」
ひらひら、とフォークスベルトの丸みを帯びた指から、書簡と思われる1枚の紙が落ちた。
フェルリナは慌てて書簡の内容を読んだ。
『拝啓 フェルリナ・オルニアン殿
貴公に於きましては、かねてより王宮より通達した以下の内容について即日王宮へ参られたりし候
尚、当日参上された場合は速やかに近衛騎士団団長サイアス・グレールと時間内にて面会されたし候
場所:王宮東棟3階 サイアス・グレール執務室
時間:○月☓日 午後8時半〜9時
服装は正装とす
身分証明書持参のこと
体調不良の際は下記へ連絡候のこと
○○○○☓☓☓☓☓☓
以上 質問等は受け付けないものとす
王宮近衛騎士団団長 サイアス・グレール 』
「……さいあく」
フェルリナは天を仰いだ。
この書簡に書かれていた「かねてより」についても父親に問いただす必要があったが、この指定された刻限までに王宮へ向かわなければならないとなると、一刻の猶予も辞さない。
この辺境の地から王宮まで、馬車で3日はかかってしまう距離だ。
早馬でも1日以上かかってしまう。
荷物を整えて出立するとなると、昼前には家を出なくてはならない。
─しかも正装とは!!!!
前述したが、フェルリナは一国民としての生活を送っている。
その国民としての「正装」というのは、冠婚葬祭に対しての服装と同じ意味である。
つまり、華美でもなく、質素でもない服装ということでなのであるが、フェルリナはそのような服装は1着も持ち合わせていなかった。
王宮へ向かう途中で寄り道しようものなら、指定された時間内に間に合わない、否、間に合う筈がない。
ということは、今ある手持ちの中で服装を慎重に選ばなければならないことになる。
フェルリナはニコニコと微笑みを称える父親を睨みつけた。
「孤児院のことは心配いらないよ。よく知っている人に、マーベルにお願いしてあるから。」
「マーベルなら、ここの孤児院の出身だし、安心できるわね?」
「きっとお母さんとも仲良くできるさ。」
「私はマーベルがお母さんと一緒になって笑った姿を見たことがないけれど?!」
「フェルちゃんが気にしているこの書類の山はどうでもいいものだから、大丈夫だよ。」
「近日締切日のものが中に埋もれてたけど!!?」
「…フェルちゃん。」
フェルリナは悪態をついていたが、ふと、フォークスベルトの凛とした声が響きわたった。
「手続きは全部済ませてあるから。安心して。」
フォークスベルトはいつもこんな感じなのだ。
フェルリナが処理しようとしても、いつの間にか全部やるべきことを済ませてしまっている。
本当に父親には敵わない。
ふくよかな顔で笑みを称えているが、本当は何を考えているのか、娘である自分にもさっぱり分からないのだ。
気が付けば、あとはフェルリナが実行するだけの状態になってしまっていた。
それも、有無を言わさず、だ。
そこまで考えてフェルリナは、はた、と思い立った。
『有無を言わさず』
何か、何か他に何かあるのではないか?
自分が行かなければならないような何かが。
王宮に関する何かが。
フェルリナが静かになったのを見計らったように、フォークスベルトははっきりとした口調で告げた。
「フェルリナ、君は明日から王宮付の教育係になるのだよ。」
えらいことになってしまった。
姫君に対する教え方は持ち合わせていない。
サイアスという人物からの書簡の内容と、父親からの無言の威圧感。
拒否することは許さない、否、許されないのだ。
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