第14話 黒肌の刺客


 すまんあまりよく覚えてない。

 適当にごまかすようにすると、彼女は怒って鞘から剣を引き抜いた。


「覚えていないだと?」


 酷薄な響きがやってくる。明らかに怒っているようだ。


「おいおいちょっと待てよ! 財布は家に置いてきたままなんだ」

「そんなもの必要ない!」


 彼女はかぶっていた帽子をさっと取り外すと、全身に夕陽を浴びる。

 長剣の先をキースに向けて名乗りを上げた。


 騎士のように。まるで古臭い時代にした、貴族がするように。


「トゥイールス・ライシャ・シュノーベルズだ! ライシャでいい。キース・ライドネル。私は、お前を殺しに来た」


 オレンジ色の光に映し出されて、美しい刺客はそう名乗った。




 命を狙われたそのはず……だったのだが。


「おいこれはどういうことだ」

「なにがだ? おい、この肉の腸詰めは美味しいな。どんな肉を使っている?」


 ダークエルフは昨日の酒場で、今度はカウンター席ではなく二人掛けのテーブル席に陣取って、土地の名産品に舌づつみを打っていた。


 何が刺客だよ。

 殺されそうなのは、俺の財布じゃねえか。


「それは魔獣の肉だ。ケンタウロスの亜種で、ケンダロスという頭から上が人の女で腹から下は馬」

「ぶっ!」


 聞かされた内容に、思わずライシャは口に頬張った腸詰を吐きそうになる。

 上半身が人間の女性。


 それを聞いただけで共食いをしている気分になった彼女は、先に言えとばかりにキースを睨みつける。


 黒いオパールのような瞳がとても印象的な美しい少女だ。

 ただ一つ不満があるとすれば、彼女がどうしても自分に影を向けてくれないこと。


 お陰様で、このダークエルフの底が読めないまま、酒を奢ることになってしまった。


「見た目だけだ。ある程度の知能はあるが、犬か猫程度。だから放牧し、そうやって食用にもなる」

「……それはもちろん、下半身だけだろうな?」

「当たり前だろ? ケンダロスの馬以外の部分は、人間にとって猛毒だ。この町に住んでる人間なら、子供だって知ってる常識だぞ」

「それならいいが」


 いいのか?

 本当に?


 土地の名産品の一つ、白ワインをぐいっと煽り、。で水のようにゴクゴクと飲み干しながら、腸詰めにかぶりつく彼女はとても獰猛な肉食獣のように思えた。


 食事に対しても、会話に対しても、もしかしたら寝ることになって全身全霊で飛びかかっていくような。


 そんな獰猛で美しい、金色の魔獣。

 いや、チョコレート色の獣というべきか。


 そんな彼女は、腸詰から今度は、ウェイターが運んできたパスタと茹でた魚の身をソースで和えた料理を食べ始めている。


 確か昨夜は、ブルーグレーの薄手のワンピースの身にまといその上から黒のショールのようなものを羽織っていたはずだ。


 いまは茶色の長靴、ほっそりとした足にぴったりとフィットした青いズボン、上からブルーグレーの裾が見えているからワンピースはそのままらしい。


 その上に厚手の黒いセーター。そこには肉汁が飛ぼうとしていた。

 豊満なはずの胸元はあいにくと見えないが、そのラインはきちんと維持されている。


 むしろ、セーターがぴったりとしていて、逆に魅力を引き立てていた。

 キースは服に汁が飛び散らないように、ナプキンを渡してやる。


 すると、ライシャは「不要だ」と言い、自らワインを軽く服に零して見せた。


「あっ」


 不思議なことに、飛び出した液体は自ら元のグラスに戻って行く。


「精霊魔法か」

「そうだな。正確には、精霊だけだ」

「冗談だろ」


 キースは告白を一笑に伏した。

 冒険者の中にダークエルフも多い。


 彼ら彼女たちが精霊と契約をして、精霊魔法を使う事はみんなが知ってる。

 魔法ではなく、精霊そのものを使役することができるのは、はるか遠い昔の妖精族だけだ。


 彼女がそうだとはにわかに信じがたい。


「本当か嘘か自分で確かめた方がいいんじゃないのか?」

「どうやって?」

「その影で」

「……どこまで何を知っている。俺を殺しに来たっていうのはどういうことだ」

「うーん。そうだな。ちょっとばかり難しい」

「はあ?」


 ライシャはパスタをフォークに絡めると、はむっと口に頬張った。

 もくもくと食して、視線を下げる。


 考え事をする時の彼女の癖なのだろう。

 半分ほどに目をつむったその様は、妖しい魅力にあふれていた。


「つい四日ほど前の話だ。間違われた」

「何をどこでどう、間違ったんだ」

「ここから三ブロックほど先に入ったホテルのバーだ」

「地上世界の貴族が使う上流階級のホテルだぞ」

「そうらしいな」


 つまり彼女は棄民ではないということになる。

 王国の貴族にダークエルフはいない。


「この国の民じゃないのか」

「旅行中だった。すまない、今度は赤いのをくれ。グラスじゃなくてボトルで」

「おいっ!」

「男がケチケチするな。金が足らないなら私が貸してやる」

「そういうことじゃなくてだな」


 確かに金はない。

 一体誰が何と間違えたというのだ。その点が非常に気がかりだった。


 おずおずと確認するように、話を戻してみる。

 この国で、地下迷宮でダークエルフはそうそう多くない。


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