輝く太陽の下で会話をし、手を繋ぎ浜辺を歩くことで、互いの気持ちがより強く結ばれていた。どれだけの話をしただろう。どんな内容を楽しんだのだろうか。真奈美は浜辺を歩く砂音に耳を傾けながら、心ゆくまで絆を結べたことに感謝する。振り向けば、しっかりとその痕跡を砂上に残していた。

「ほら、見てごらん」

純一が砂上の足跡を指差した。足を止め振り向く。

「本当だ。あなたと私の足跡ね。ちゃんと並んで残っているわ。こら、小波さん、私たちの愛の軌跡を消さないで」

打ち寄せる波が、残した足跡に迫っていた。

「大丈夫だよ、真奈美さん。消されたら、また歩いて残せばいいんだから」

真奈美の手を握り直し、また歩き始める。

「そうね。これからもずっとこうして手を繋ぎ、二人して歩いていけばいいのね」

将来の姿を夢見るように呟いた。

喜々として語る二人の眼差しは、時を忘れ眩しく輝く。そんな楽しい時間は瞬く間に過ぎ、陽射しが西の空へ傾きかけていた。

砂浜に座り込み、奏でる潮騒のコーラスに聴き入る。

純一が腕時計を覗く。

「あれ、もうこんな時間か。早いもんだな。君といるとあっという間に、時間が過ぎてしまうよ。もうそろそろ帰ろうか?」

「……」

返事のない真奈美に尋ねる。

「真奈美さん、どうする?」

「……」

それでも返さない彼女に告げる。

「何、黙っているんだ」

「だって……」

駄々を捏ねるように甘えられ、ふたたび尋ねる。

「だってって、何だよ」

「だって、私、まだここであなたといたいんだもの……」

「……」

今度は純一が黙る。

「あら、どうしたの。何で返事をくれないの?」

「俺だって、何時までも君といたいよ。だけど……」

「だけど、何よ。……私、帰るの嫌。この浜辺で、もっとあなたといたい」

「でも、仕方ないだろ。明日また仕事だよ。それに真奈美さん、今日のこと会社に何といって休んだ。たしか、病院に行くと言ったんだよな。同僚が心配して、夜にでも君へ電話してきたらどうする。帰ってないとまずいんじゃないか」

「ううん、でも……」

「でもと言っても、仕方ないさ。さあ、帰ろう」

愚図る彼女を促し帰路についた。真奈美が無口になる。後ろ髪を引かれる想いで運転する純一も、黙って前方を睨む。

三浦海岸を出て久里浜方面へと向かい、来る時走った横浜横須賀道路に入り三浦半島を後にする。そして一路、横浜へと向かって車を走らせた。

重苦しい空気が漂うなか、真奈美が寂しそうに顔を曇らせる。

「ねえ、このまま帰っちゃうの……」

前方を視る純一に、甘え鼻を鳴らす。

「う、うん……」

生返事をした。

「純一さん、このまま帰りたくない……。もう少し一緒にいたいの。ねえ、横浜辺りで食事していかない?」

純一とて、このまま帰り別れたくなかった。一緒にいたい気持ちは同じだ。何かのきっかけを探していた。

「そうだな。夕飯、食いに行こうか。どうせ帰ったって食うものないものな。それだったら、一緒に食べて帰った方がいいし」

「そうよ、そうしましょ。私、横浜でお食事したことないの。行ってみたいわ!」

「それじゃ、そうするか!」

純一の返事に、彼女の表情は急に明るさを取り戻していた。見つめる真奈美をちらっと見て、顔を緩ませ笑顔を返す。車内は一転し和やかな雰囲気になっていた。

「ねえ、純一さん。甘えてもいい?」

「ああ、いいよ。ほら、肩を貸してあげるから」

背を傾けると、寄り添い頭を乗せる。

「有り難う……」

真奈美の甘い髪の香りが、純一の鼻腔をくすぐる。胸の内で呟く。

ああ、何という香りだ。彼女の匂いだ。どうしても離したくない。俺はこのまま真奈美を帰えしたくないんだ。

夢中で彼女の匂いを追い求めていると、真奈美が急に頭を持ち上げ強請る。

「ねえ、純一さん。横浜のベイブリッジって素敵なんでしょ?それに港みらい地区にあるランドマークタワーや。そうか、帆船の日本丸も係留してあるみないね。時間もあるし、寄ってみたいわ」

「そうだな、ベイブリッジの夜景も輝いて綺麗だし、それにラウンドマークタワーの展望ラウンジから見る港の夜景もいい」

「本当!それじゃ、そこへ連れて行って。いいでしょ!」

真奈美が甘え、再び彼の肩に頭を乗せた。

「ああ、いいとも。君が喜んでくれるなら、どこへでもお供しますよ」

「わあ、嬉しい。純一さん、愛しているわ」

純一は嬉しかった。真奈美の甘い髪の匂いと強請る言葉に、惑わされるように上気していた。

車を走らせながら呟く。

「そうだな、ここからだと朝比奈・釜利谷インターが磯子だから、それに、狩場インターで降りて、港みらいへと進めばいいのか」

すると、助手席の真奈美が不満気に漏らす。

「運転手さん、私にお聞きになったらいかが?」

「えっ、おお、そうだった。名ナビゲーターがいたんだっけ!」

「そうよ、お忘れになったんですか?」

「申し訳ございません。とんだところで失念しておりました」

冗談ぽく頭を下げ尋ねる。

「ここから横浜のいいところへ行くには、どのように走れば宜しいでしょうか?」

「うん、そうね。それならば……」

道路マップを広げ、短冊の東名高速道路の頭出しのところを開き見つつ伺う。

「ねえ、純一さん。今、どこら辺を走っているの?」

反射的に応える。

「ああ、今はちょうど逗子を過ぎて、湘南鷹取くらいかな。トンネルを抜けて、少し走ると朝比奈インターへといくはずだ」

「ああ、分かったわ。ここら辺んね。そうすると、このまま横浜横須賀道路を進んで、ええと……」

指で道路マップをなぞる。

「それじゃ、純一さんが言うように狩場で降りて、一号線に入れば、横浜の高島町と言うところに出るわよ。それでどうかしら?」

「ううん、さすがだね。やっぱり名ナビゲーターだ」

「どう致しまして。お役に立てて嬉しいわ」

道路マップをたたみ喜びを表した。

「よしっ、その線で行こう。後は運転手の俺に任せてくれ!」

「それじゃ、頼んだわ!」

相槌を打った。

共に一緒にいられることに心内で喜ぶ。このまま帰ったのでは心残りだし、何よりも互いの求めるものが実現できないのだ。そのことが二人にとって、絶対にあってはならないことだと心に決めていた。

「……」

「……」

口実ができたことで、安堵の気持ちが二人を黙らせていた。すると純一が沈黙を破る。

「そうだな、あと一時間ぐらいかな」

「ええっ、そんな時間で着けるの?」

「ああ、そんなもんだ。真奈美さんどうする?」

「えっ、どうするって……。まあ、純一さんったら。何か変なこと考えているんじゃないでしょうね」

「えっ、何を言うんだ。変なことってなんだ。俺は少し腹が減ったんで、飯をどうするかと聞いたんだけどな」

「あら、そうだったの。私、純一さんがてっきりエッチなことを考えているんじゃないかと思ったわ」

「阿呆、あっちの方だって。腹が減っては戦なんか出来るかよ。それこそ一回戦も持たんぞ」

「まあ、嫌ね。純一さんったら。そんなこと言って、恥ずかしいでしょ……」

想像し照れる。

「でも、ちょっと。私もお腹空いてきたわ。そうよね、戦というものは、昔から腹が減っては出来ないと言われるわよね」

意味深なことを絡ませ、さらに誘う。

「それじゃ、中華街へ行って美味しいもの食べてから、夜景を楽しまない?」

「おお、そうしよう。やっぱり横浜で飯食うんだったら、中華街へ行かなきゃ。それからだ」

「それからって、何よ。あらまた、何か企んでいるんでしょ」

「ああ、そうだよ。どこか港の見えるホテルに連れ込んで、君を丸裸にして抱きながら、夜景を楽しめたら最高だろうてっな」

「ええっ、そんなこと考えているの。まあ、いやらしい。私を丸裸にするなんて。何ってことを言うの、純一さんの馬鹿。そんなことを考えて……」

恥ずかしそうに否定するが、胸は高鳴り欲望が渦巻く。

そうして、欲しい……。と心内で願った。でも、そんなことを口に出しては言えない。さらに欲する。

純一さん、お願い。有無も言わず、私を強引に連れて行って。微かな明かりに浮かぶ夜景の海が見えるホテルへ……!。

胸の内で叫んでいた。

すると、純一が心内を察してか、そっと弄るように真奈美の手を求め、しっかりと握り締めた。

そして小さく呟く。

「いいだろ……」

「……」

真奈美は黙っていた。その代わり、純一の手を強く握り返した。

互いに言葉を隠すように黙る。

それでよかった。

なまじ語らう必要はない。

真奈美はその言葉を待っていた。再び彼の愛を受け止めたい。そして自らも可能な限り注ぎたい。

そう思っていた。そうなるよう願っていた。

それが、実現しようとしている。

あの時以来の契りを、今こそ互いの愛をたしかなものとし、究極の証を結びたい。

真奈美は嬉しかった。

悦びが胸の奥から湧き上がる。すると、目頭が熱くなり、前方の街明りが微かにかすんできた。

そっと涙を拭う。

気づいたのか、純一がちらっと見る。

「何、泣いているんだ、泣く奴があるか」

優しい声で包み込む。

「ご免なさい。嬉しくて、つい涙が出てしまったの」

潤む声になっていた。そして、吹っ切れたように胸を張る。

「純一さん、何だか泣いたら、お腹空いてきちゃった。あと、どれくらいで中華街に着けるのかな?」

すると気を配る。

「ああ、そうだな。あと、三十分くらいかな」

ハンドルを握り、腕時計を垣間見て告げた。

「それじゃ、着いたら。美味しいものを沢山食べようかな。それでないと、あなたとの勝負に負けてしまうもの。私、絶対負けないわよ。純一さんなんかこてんぱんにやっつけて、丸裸にしてやるぞ」

「うへっ、それは怖いな。でも俺だって、そうた簡単に君に負けてなるものか」

「あら、そうかしら。それなら純一さん、勝負ね!」

「ああ、分かった。それじゃ、俺と勝負だ!でもその前に、充分腹ごしらえしておかないとな。途中でスタミナ切れにでもなったら、思わぬ反撃を食らって、こてんぱんな目に合いそうだし」

「ええ、そうよ。油断していたらやっつけちゃうわ。覚悟しておきなさい!」

真奈美が両手を突き出し、戦う仕草をとり気張る。

「そうと決まったら、早く行きましょ!」

「ああ分かった。乗りが早いんだからな、君は」

「ええ、本気よ」

「そうか、それじゃ。俺だって頑張っちゃうぞ!」

二人は冗談ぽく言葉のやり取りを楽しんだ。だが、伴に秘めごとを期待し、すでにその気になっていた。

程なくして横浜横須賀道に別れを告げ、狩場インターから旧国道一号線へと入って行く。

突然、真奈美が尋ねる。

「そうだ、ベイブリッジはどうするの?」

「おお、そうだ。うっかりしていたな。どうする、真奈美さん」

「そうね、今度にしましょ」

「そうしようか。また来る口実が出来るしな」

「ええ」

そのまま走り高島町から横浜に入り、港みらいを経由し石川町へと向かい、中華街近くの駐車に車を入れた。

「さあ、着いたぞ!」

エンジンキーを抜き、深呼吸をした。

真奈美も目を輝かせる。

「そうね、着いたわね……」

周りの様子を窺い、意図的に気持ちを和ませる。

「見ろよ、真奈美さん。この人ごみ、すごいな」

「まあ、平日なのにこんなにいるなんて。それに純一さん見て、二人連れのカップルが沢山いるわ。皆どこへ行くのかしら……」

「そうだよな……」

腕時計を見つつ呟く。

「時間が時間だし、夕飯食いに来ているんじゃないか。それに、その後は……」

「なあに、その後はって?」

「決まっているだろ。俺たちと同じさ。勝負するんだ。そのために腹ごしらえするんじゃなか」

「ううん、そうだよね。それじゃ、私たちと同じね……」

「それにしても多いな」

「そう言えば、さっきの駐車場、まだ止めるところに余裕があったみたいね」

「ああ、そうだったな。これから客が来るんじゃないか。まだ時間も早いし」

「それはそうと、ねえ、早く行きましょうよ」

絡めた腕を引っ張る。

「おお、早く飯食おう。待てよ、どの店にしようか?」

きょろきょろ見廻し尋ねた。

「そうね、あまり沢山あり過ぎて、どのお店がいいか迷ってしまうわね」

「そうだな、あそこの店でいいか?」

前方の平珍楼別館を指差し、純一が決める。

「そうね、あそこにしましょ」

店へと入って行った。

ウエイトレスの誘導でテーブルに着く。

「さあ、食うぞ。食ってスタミナつけなければ。それでなきゃ、君との勝負に負けてしまうからな」

周囲をはばからず言う。

「まあ、純一さんったら。恥ずかしいわ。そんな大きな声で言うなんて」

真奈美が照れた。

ウエイトレスが来て、笑いを殺ろしつつメニューを差し出す。互いに顔を見合わせ目で追った。

「真奈美さん、何が食いたい?」

「私、ええと、何にしようかな……」

迷っていると、純一が補う。

「それだったら、飲茶にしないか。そうすれば、いろんな料理が出てくるから、迷わないし結構美味いよ」

「そう、それならそうするわ」

純一がウエイトレスに目を向け注文する。

「それじゃ、飲茶料理の二人前のコースでお願いします。それに冷えたビールもね!」

「はい、かしこまりました」

店員が頷く。すると、真奈美が不安気な顔になる。

「ねえ、純一さん。お酒飲んでいいの?運転するんでしょ」

「ああ、そうだけど。でも、これから君との大勝負があるんだ。汗かくし時間が経てば酔いも醒めるから大丈夫さ」

「あら、また言って。聞かれてしまうわ。恥ずかしい……」

頬を赤らめるが割り切る。

「それで、どんなお料理が出てくるのかしら?」

「ううん、どうだろう。メニューに載っている料理だよな。ええと、水餃子、豚肉とナッツの絡め炒め、それに、何て読むのか、結構いろんなものが出るんだな」

感心していると、ビールが運ばれてきた。二人は注いたグラスを軽く合わせ、喉に流し込む。

「ぷっは、喉が渇いていたから、美味めえな!」

泡を口につけ声を上げた。

「ううん、美味しいわね!」

真奈美も飲み干した。そして互いに見合い、満足気に微笑む。

「さあ、喉は潤したし、早く飲茶料理が来ないかな」

待ち望む顔で、奥にいる店員の方を覗っていた。

「純一さん、すぐに来るわよ。もう一杯どう?」

差し出されたグラスに注ぎ所望する。

「ねえ、私にも注いて下さるかしら?」

「ああ、気がつかなくて、ご免」

慌ててビールを注いだ。

真奈美も早く食べたい気持ちは同じだ。二人が二杯目のビールを飲み終えると、一品目の水餃子が運ばれてきた。早速箸をつけ、満足気に互いの顔を見る。

「美味い!」

その後次々にコース料理が運ばれ食が進み、ビールのお替りが続くが、腹が満たされていくうちに紹興酒に変わっていた。

真奈美の顔が桜色になり、色気が発散してくる。純一も顔が赤く染まると同時に、彼女から発散される色香に惑わされるほど気持ちが高ぶってきた。真奈美とて、内に秘める思いが顔に出てくる。

「ああ、美味しかった。お腹いっぱいになったわ」

濡れる瞳から、彼を求める視線が投げかけられる。すると、純一も欲望を膨らませ待ち望む。その含む視線が合図となったのか、真奈美を促す。

「さあ、そろそろ行くか……」

「ええ……」

短く答えた。

二人は店を出る。中華街の人ごみは、相変わらず続いていたが、手を繋ぎゆっくと歩く二人には目に止まらなかった。ただ気になるのは、これから起きるであろうことばかりだ。そのことが二人の頭の中を支配していた。

潮の香を含んだ夜風が、二人を包み込む。手を取り合っていたが、どちらともなく腕組みに変わっていた。真奈美の吐息が純一を刺激する。寄り添う真奈美の柔らかな乳房が、純一の脇腹に程よく当たる。歩くたびに刺激となって彼の身体に伝わる。純一にとり、耐え切れぬほどの欲望が込み上げていた。

「ううん、いい気持ちね……」

しっとりとした夜風を吸い込む。

「ああ、何だか酔ったみたい……」

純一に身体を預けた。すると髪の甘い香りが鼻腔をくすぐり、さらに豊満な胸が寄せられると、純一の官能が一段と刺激されてきた。思わず手を手繰り、強く真奈美を抱き寄せた。

「痛いっ、もっと優しくして……」

鼻を鳴らし、自ら身体を密着させてゆく。

「おっ、すまない。君の素敵な香りに惑わされて、つい、力が入ってしまった。ご免」

弁解するが、手繰り寄せた身体を離さなかった。

「ううん、いいの。あなたがそう言ってくれると嬉しいわ」

さらに身体を寄せる。

潮香に誘われ、中華街を外れ山下公園へとやってきた。時間が進んだか、あるいは繁華街から離れたのか、人通りがまばらになっていた。潮騒の微かに伝わる薄暗い道を黙って歩く。人波が途切れる頃には、街灯の薄明かりだけに包まれていた。

立ち止まり腕組みを離し、真奈美の横腹に手を廻し強く引き寄せた。

「あっ……」

小さな声と伴に純一の腕の中へと包み込まれてゆく。真奈美はなされるままに身を任せた。豊満な胸がたくましい胸にぴたりと接し、息が止るほど抱き締められていた。

「あああ……、純一さん好きよ」

山下公園は暗く、人影はない。二つの影が重なり深い口づけが交されていた。純一の腕に力が入る。

「苦しいわ……」

「あっ、ご免……」

二人は離れた。

山下公園を寄り添い歩く。近くに氷川丸がサーチライトを浴び、暗い海に浮かび上がっていた。そして雨上がりのせいか、その船体の光と影のコントラストが、幻想的な趣を醸し出す。

「どうだい?暗闇に浮き上がる氷川丸の姿。すごくいいだろ」

「ええ、素敵ね……、でも、ちょっと怖いわ」

さらに寄り添う。

「そうかい、それなら僕が守ってあげる」

真奈美の身体を引き寄せる。

酔った二人は潮風の囁きと伴に、気持ちが高ぶっていた。

「真奈美……」

小さく囁く。純一の手が彼女の胸に触れた。

「あっ、駄目、駄目よ……」

言葉とは裏腹に抵抗しなかった。むしろ、されるがままに従う。すると、触れた手が豊満な胸を揉み始め、さらに唇が奪われた。腰に廻した手で引き寄せられ、絡める舌の攻撃と、揉まれる胸の気持ちよさに、受ける身から求めるように反応していた。

それでも抗う。

「ああ、駄目。こんなところで、純一さん、よして……」

女心の本能が、辺りを気にするが、人影はなかった。純一は、そんな彼女の抵抗にひるむことなく、抱き寄せ耳元で囁く。

「真奈美、好きだよ」

ぴっくんと身体が反応する。

「ああ、純一さん。駄目、駄目よ。あああ……」

歓喜の声を上げた。それでも周りを気にしてか、キスを迫る純一の口に手をやる。

「駄目、ここでは。ねえ、行きましょ」

身体を離した。それでも耐えられないのか真奈美の身体を弄る。

「ちょっとだけ。ねえ、いいだろ」

身体を抱き寄せようと力を入れた。

「ああ、駄目……」

されるがままに引き寄せられ、唇を奪われていた。暫くそのままでいた。

「ねえ、純一さん。私はあなたが好きなの。でも、ここでは駄目。お願い、早く連れて行って……」

「ああ、分かったよ……」

しぶしぶ従う。

「だって、私も、あなたが欲しいんですもの……」

甘え鼻を鳴らす。

「俺だって、君が欲しい……。それじゃ、早く行こう」

「ええ……」

互いの吐息が荒くなっていた。

二人は寄り添い歩き出す。山下公園を出てほどなく行くと、ホテル群が立ち並んでいた。ネオンの輝きに導かれ、一つのホテルに吸い込まれる。

真奈美は高揚する胸の内を抑え、俯きながら純一の後についてゆく。受付の年増女性に、じろっと見られるが臆することなく通り抜け、そのまま部屋の前へと来る。純一のもどかしくドアを開ける手が小刻みに震えていた。

部屋に入るなり、二人はすぐに濃密な口づけを交わし、抑圧から解放されたようにベッドへと崩れ込んでいた。高ぶり激しく弄る純一に、真奈美が抗う。

「あ、あっ、待って、純一さん。私、汗を掻いているから、シャワーを浴びたいの。ねえ、いいでしょ、お願い……」

「いいよ、そんなことしなくて。俺、もう我慢が出来ないんだ。シャワーなんか浴びなくっても大丈夫だよ」

純一は止めない。

「ねえ、お願い。ああ……、お願いだからそうさせて」

強引に離れようとした。けれど、離さなかった。

「真奈美、俺が綺麗にしてやる。それでいいだろ」

「嫌、嫌よ。お願い。私だって女です。あなたに抱かれる前にシャワーを浴びたいの。それにあなただって、汗かいたでしょ」

「ああ、俺もかいている。分かった。それな一緒に入ろう」

しぶしぶ離れると、真奈美が恥ずかしそうに俯く。

「ねえ、後ろを向いていて。あなたに見られるの恥ずかしい……」

「いいじゃないか、二人っきりなんだから……」

「でも……」

そんな恥じらいに、愚図り気味に言う。

「ほらほら、早く脱いで」

純一はさっさと裸になってしまった。

躊躇う彼女に向かい身体を開く。

「嫌、恥ずかしい!」

視線を逸らした。

「俺も、裸になったんだ。君だって早く服を脱げよ」

肩を突かれ促される。

「だって……」

もじもじしていたが、意を決したのか、前を隠しながら脱ぎ始め、後ろを向き全裸になった。

「真奈美、こちらを向いてごらん」

「嫌、あなたに見られるの恥ずかしいから」

「いいじゃないか」

真奈美の両肩に手をかけ、優しく自分の方に向かせると、手で下半身を隠し、振り向くその瞳は、抱かれるだろう悦びに微かに潤んでいた。

見つめ合うが、弾かれたように抱き合った。一糸纏わぬ姿でむさぼるように口づけを交わす。

純一が手を差し伸べる。

「さっ、入ろう」

促され、寄り添いバスルームに入る。じゃれ合うように純一が真奈美にシャワーをかける。

「きゃっ、やめて!」

驚くように制止する。

「嫌、嫌。純一さん、止めて!」

甘えると、今度は真奈美がシャワーを奪い取り、純一めがけて浴びせた。

「おおっ、こら、止めんか!」

両手で止めるようにして真奈美を抱き寄せ、濡れた乳房を優しく弄り揉み始める。

「ああ、純一さん……」

シャワーを離し悶え始めた。高ぶる官能のおもむくままに、身体を寄せてゆく。濡れた互いの身体が密着し、激しくキスを交わす。純一の指先が、彼女の花芯に触れた。すると、身体がぴくんと弾け、拒絶するように手を押さえる。

「ああっ、ここでは駄目。バスルームでは……」

高ぶる真奈美は、立っていられぬほど感じていた。それでも必死に抗う。

「純一さん、お願い。ここでは駄目なの……。ベッドへ連れていって……」

純一にもたれかかる。

「うん、分かった……」

濡れた彼女を抱きかかえバスルームを出て、そのままベッドへ行くなり重なり合っていた。

純一の執拗な抱擁に、応える真奈美は悦楽を強請るような表情となり高く上り詰め、やがて固く結ばれ昇りつめていた。快楽の坩堝を彷徨い果てた後、暫くの間その充実感に酔ったまま、重なり合いベッドの中で抱き合っていた。

こんな二人に言葉はいらない。

真奈美は抱かれるまま、今しがた終えたばかりの密事の余韻を、下半身に感じながら、純一の温かい胸に顔を埋めていた。そんな愛しい彼女の頭を易しく撫ぜる。

一つになれたことへの満足感が、永久を見守るように互いの身体を労わり合っていた。

「もう決して君を離さないからな」

真奈美の耳元で甘く囁く。

「私だって、絶対に離れないわ……」

小さく頷いた。

すると愛しさが互いの胸を揺さぶり、また欲しくなってきた。そして躊躇うことなく、ふたたび熱いキスを交わし、しっかりと抱き合う。ついと顔を上げ尋ねる。

「ねえ、純一さん。私のこと愛している?」

「決まっているじゃないか。だからこうして、君は抱いているんじゃないか」

真奈美の額を、指先で軽く小突く。

「嬉しい……」

返すと、潤む瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

「馬鹿だな、泣く奴があるか」

「でも……」

甘え純一の胸に顔を埋めた。そんな真奈美を愛しそうに抱き締める。互いの目を見る。瞳が求め合う。濃密に唇を重ねた。

そして無限に燃える快楽の坩堝へとふたたび導かれてゆく。眩いばかりの花園が広がり、身体中に燃え上がっていた。引いては返す愛の炎が小波のごとく揺らめいていた。

薄明かりに照らされて、狂おしいばかりに二つの影絵が怪しく揺れうごめき、水面に落ちた滴が幾重にも重なり、永久に続く至福の波紋のごとく、真奈美の悦びの喘ぎが狭い部屋でこだまする。

過去と現在、そして未来への刻が止っていた。悦び満る二人の間には、少なくともそう感じ合えていた。


                                     完

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滴の波紋 高山長治 @masa5555

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