真奈美が深い眠りから目を覚ます。どれくらい眠ていたか分からないが、迷いが消え気持ちがすっきりしていた。

一人横たわるベッドの上で、天井を見ていた。何の変哲もない天井が、何となく明るく目に映る。

そうだ、眠る前に看護士さんが言っていた。何時までくよくよしていても前には進めない。正しいと思ったこと、自分で決めたことは迷わず実行しろとおっしゃった。そういえば以前、由紀子さんにも、同じことを言われたわ。

あっ、そうだった。先程、携帯電話にメールが入っていると言われてた。いったい誰からだろう。私がここにいることは、そんなに多くの人が知っているわけでもないし……。

見当がつかぬまま、メールを開いてみる。

目を疑った。思わず驚きの声を上げる。

「あっ、これは……」

真奈美の目が釘づけになった。

紛れもない文字が画面に浮かんでいた。それは、純一からのものである。

「真奈美さん、どうしたというんだ。でも、今はそんなこと尋ねる時ではないね。心配している。せっかく君と縁りりを戻せたのに、俺のせいで上手く行かなくなってしまい、すまないと思っている。あれから君のことが気になっていたが、連絡しづらかった。嫌われたらどうしようと思うと、つい臆病になり掛けず仕舞いになっていた。だけど、君のことを忘れたわけではない。それどころか募る想いが強くなり、近頃は精神的にも追い詰められていたんだ。だからといって、俺に責任がないわけではない。それを何もせず過ごしてきた。それが君を苦しめていたんだね。

そんな矢先、君が自殺を図ったと聞いてびっくりした。俺がそこまで君を追い詰めてしまったことを悔いた。勇気のなさが原因だ。俺さえもっと強ければ、こんなことにならなかったと反省している。

俺自身の勝手な思惑を遮断し、君に連絡してさえいれば、こんなことにならずにすんだのに。それが出来なかった。情けない男を許してくれ。

もし、こんな俺を許してくれるのなら、君とやり直したい。そしてもう絶対に悲しませない。とにかく早く元気になり、その優しい笑顔を見せてくれないか。図々しいお願いかもしれないが、今でも君を愛している。だから許してほしい。それと……。

この後まだ続いていたが、それ以上読むことが出来なかった。涙が溢れ、画面の文字がぼやけていた。

辛く悲しい悩みが一瞬にして飛翔し、身体の奥底から湧き上がる喜びとなる嗚咽が、涙とともに溢れていた。

ああ……、純一さん。あなたが私のことを、これほど想ってくれていたとは知らなかった。それを、あなたを疑ったりして。どれだけ謝ればいいのか。でも、嬉しい。何と感謝すればいいの。どうやってあなたの熱い想いに応えたらいいの。

霞み踊る文字が真奈美にとり、どれほど勇気づけられることか。嬉しさのあまり涙が止らなかった。居たたまれないほど嬉しくて、恋しくて、すぐにでも彼のところへ行きたかった。

何て私は、馬鹿だったんだろう。自分の殻に閉じこもり、勝手に悪い方へと思いを巡らし、自ら壁を作り追い詰めた挙句、こんなことをしてしまったなんて。私こそ、ほんの少しの勇気を持ってさえいれば、こんなにあなたを苦しめずにすんだのに……。

泣き崩れる顔に笑みが戻っていた。ついと思う。

それにしても、彼も私と同じように悩んでいたのね、やはり私たち赤い糸で結ばれているんだわ。私には見えないけれどきっとそうに違いない。

涙に崩れた顔で天井を見た。すると、さらに明るさが増していた。

そうだ、メールの返事を出さないと。何時までもなしのつぶてじゃ、心配しているだろうからね。それに、私の気持ちを早く伝えておこう。

涙を拭いながら純一にメールを入れた。本当は電話をし、じかに話したかった。熱い想いを告げたかった。けれど止めた。彼の声を聞けば、涙が邪魔をしてとても話せないだろうから。

心からの想いを託す。

「純一さん、遅くなってご免なさい。さぞかし心配しているのではないかと思い、浅はかなことをして、ご迷惑をかけ後悔しています。今は、生きていて本当によかったと思っています。それに純一さん、メールを有り難う。とても嬉しかったです。あなたより私の方が馬鹿なのね。私さえ少しの勇気を持っていたら、心配を掛けさせずにすんだのに、本当にご免なさい。

私、もうこんなことは絶対致しません。誓います。早くよくなり、あなたに会いたいです。会って、あなたの胸に飛び込みたいです。あっ、いけない。自分勝手なことばかりで。でも、一つだけお願いがあるのです。聞いていただけますか。

あなたの胸に飛び込んでもいいですか?お願いです。絶対に、駄目だとは言わないで下さい。そして、思いっきり私を抱き締めて下さい。あなたの大きな胸で受け止めて下さい。私、純一さんのことが大好きです。真奈美」

メールを入れ終わり、今度は躊躇うことなく、送信ボタンを押した。携帯電話を両手でしっかりと握り、目を閉じて祈った。

内容は本心だった。

すぐにでも彼の下へ飛んでいきたかった。でも、それは出来ない。勿論、ドクターストップがかかるだろうし、いくら希望の明かりが見えても、真奈美にはすぐに会う勇気が湧いてこなかった。

そっと手鏡を取り覗いてみる。やせ細った頬、くぼんだ目が自分を見つめていた。醜かった。愛しい人に、このまま会うことなど出来ないと、若き娘の羞恥心が蘇っていたのだ。ただ、違っているのは、その瞳の輝きだった。希望に満ちた燃える眼差しが、真奈美自身を励ますように見つめていた。

そうよ、今こんな醜い身体は見られたくない。早く元気になり、元の姿に戻ってから会いたい。それまで待って欲しい。

そう思い、追加のメールを打つ。

「追伸、お会いしたいけどもう少し時間を下さい。自分勝手な言い訳かもしれないけれど、そうさせて欲しい。真奈美」

ベッドに座り晴々とした表情で送信した。

すると、純一からすぐに返信メールが来る。

「真奈美さん、有り難う。そこまで君が想っていてくれたなんて、俺はとても幸せだ。君も早く元気になれ。そして早く俺の胸に飛び込んで来い。あいや、ちょっと待て。無理をしてはいけない、とにかく充分静養して、それからでいい。それまで俺は待っている。何ヶ月かかろうと待っているからな。

それよりも早く退院できるように、元気になることだ。すぐにでも見舞いに行きたいが、君に迷惑をかける気がするので止める。その代わりメールを毎日送る。だから君も可能な限りメールをくれればいい。但し、無理してはいけない。一日や二日遅くても俺は大丈夫。君が元気になれば、何時でも会うことが出来る。それまでじっと我慢しているから。その分、元気になった時、君の肋骨が折れるほど強く抱いてやる。覚悟しておくように。純一」

真奈美の顔に、何とも言えない悦びが湧いてくる。

「嬉しい。これほど私のことを気遣ってくれて……」

言葉がそれ以上出てこなかった。

嬉しくて、すぐに涙が溢れていた。

霞む目で純一からのメールを何度も読み返す。その度に歓喜が込み上げていた。

そうこうしているうちに真奈美の体力は、日々追うごとに回復していった。その回復振りに看護士も目を見張る。

「やはりあなたにとって、愛する彼からの励ましが、何よりのお薬ね」

つくづく感心していた。

二週間もすると、血色もよくなり、こけていた頬も膨らみを増し、身体全体が生気を取り戻して、女らしい身体になっていた。そして、その頃になると手首の傷も完治し、跡形もなくなっていた。

そんな輝くような真奈美の仕草に、看護師が目を細める。

「真奈美さん、もうそろそろ退院ね。ここまで来ればもう大丈夫。後は元の身体に戻すために、自宅静養しながら栄養のあるものを沢山食べることね。あっ、それと。好きな彼から沢山の愛をもらうことよ。それがあなたにとって一番の良薬だから」

完治宣言とばかりに、ふくよかになった彼女を茶化した。

「まあ、看護士さんったら。そんなこと言われたら恥ずかしいわ」

満面の笑みを返した。そして、真顔になり深々と頭を下げる。

「いろいろご迷惑をお掛け致しました。本当にお世話になり有り難うございます。これからはもっと自分を大切にし、生きて行こうと思います。二度とこのようなことは致しません」

きっぱりと誓った。

「そうね、そうよ。一度しかない人生ならば、太く長く、少々ずうずうしく生きなくっちゃね。辛いことがあったら、何時でも相談にいらっしゃい。決して自分を傷つけては駄目よ。分かったわね。約束よ。そうならない前に必ず連絡するのよ」

ひと呼吸入れ、気がついたのか付け加える。

「ああそうか。もう、私なんか要らないわね。あなたにはいい人がいるわ。よき相談相手だもの。是非、お幸せになって下さいね」

「はい、有り難うございます。もう二度と浅はかなことは致しません。本当にお世話になりました」

ぺこりと頭を下げた。

「あっ、それから、真奈美さん。自信を持って生きなさい。男なんてあなたの美貌を持ってすれば、誰でもいちころよ。でも、余計なことかもしれないけれど、自信過剰にならないことね。鼻に衝くようになると、男が逃げて行ってしまいますから。大袈裟な言い方かもしれないけれど、よくよく注意するのよ」

真奈美が真摯に受け止める。

「はい、有り難うございます。けれど私は、二股も三股もかけるほど器用ではありません。ただ一人の人を愛することに決めています。これから何があろうとそのように生きて行きます。勿論、すべてを曝け出し、自分自身に正直にそして素直になって、彼の下へと飛び込んでいくつもりです。もしそれで駄目なら諦めて、次の男性を探すまで命を絶とうなどと考えません。どうぞご安心下さい」

「まあ、それだけずうずうしく言えるようなら、もう大丈夫ね。ちょっと心配になったけれど安心したわ」

「はい……」

数日後真奈美は退院した。自宅のマンションに戻り、静養後職場に復帰していった。直後は、皆、心配そうな顔で窺い、今までの行動から敬遠されていたが、立ち直った彼女の笑顔と振る舞いに、徐々にその警戒心も消えた。

退院後一ヶ月の間、純一と会わずにいた。ただ、携帯電話での会話やメール交換は、毎日のように交わしていた。

それで充分だった。

何時ぞやのことを思えば、不思議なくらい話題に事欠かなかった。電話で話してもメール交換しても、次々に話題が踊っていた。屈託のない話から痴話喧嘩まで、時には言葉の喧嘩が画面を支配した。

「真奈美、君の相手は僕じゃなくて、もっと君好みの人なんだろ。俺、最近どうも君が嫌いになったみたいだ」

「あら、そうなの。気がついたの。私だってこの頃、あなたの下品なメールに飽きたところなの。そうね、もしよければ、お互いに誰かを捜しましょうか?」

「ああ、そうだな。君からそういってくれるなら好都合だ。それじゃ、俺もそうさせてもらうよ。ほな、さいなら」

二人の間に、こんなやり取りが交わされていた。

一週間の時が過ぎる。

真奈美の携帯電話に一通のメールが届く。彼からだった。

「やっと見つけたよ。それで、昔のよしみでメールした。絶世の美人だ。この世の中でこれ程いい女はいない。俺にはちょいともったいないけれど、相手も俺にぞっこんだ。今までに比べたら数倍も幸せになれる気がする。それくらい俺は彼女を愛している。まあ、向学のために、その女性の名前を教えてやる。君にはもったいない気もするが仕方ない。

その人の名は、真奈美。そう寺田真奈美と言うんだ。今までより数倍も愛している。どうにいもならないほど好きになった。君には悪いが、そう言うことで、とりあえず一報するよ。純一」

すぐに真奈美が返信する。

「あら、偶然ね。私もあなたと別れてから、私の伴侶として最もふさわしい人を見つけたわ。そうあなたに比べると数段も素敵な人。彼って格好よくって、すごく優しいの。何処かの口の悪い人とは大違い。とても魅力的な人よ。そうそうあなたには、昔のよしみで知らせただけなので妬かないでね。それより、彼ってすごく積極的なの。私なんか圧倒されっぱなしで参ってしまうわ。あら、いけない。惚気ちゃって、あなたの心臓に悪いかしら。でも私、今幸せよ。どう、嫉妬ている?でも仕方ないわね。私、彼のこと愛してしまったんですもの。彼も私のことを愛しているわ。それで、ご参考に話してあげる。その人の名前をね。

彼の名は、純一。そう西脇純一さんって言うのよ。今までと、比べようがないほど恋しているの。えっ、どこかで聞いた名前ですって、それは単なるそら似よ。もう誰も入り込めないわ。そういうことなの。ご一報まで。真奈美」

こんなメールのやり取りをした。

交換したメールを読み、互いに嬉しさのあまり何度も読み返していた。勿論、直接電話でも愛をたしかめ合った。

言葉のゲームは、より二人の絆をしっかりと結び付けてゆく。

暫くして純一からメールが入る。

「真奈美さん、どうしている?どうだい君が元気になったら、二人でどこか旅行に行かないか。どう、賛成してくれるかい?」

返信メールにデートの誘いが記されていた。

「ええっ、本当!」

思わず声に出す。

彼ったら、デートに誘ってくれているのね。嬉しい。私、首を長くして待っていたわ。だって、女の私から言うのおかしいでしょ。

一気に胸が膨らんでいた。

それで、どこへ連れて行ってくれるのかしら。でも、あなたと一緒にいられるなら、どこでも構わない。

直ぐにメールを返す。

「お誘い有り難う。とっても嬉しい。ところで、何時頃?と言っても、私も今まで長い間休み会社に迷惑をかけていたから何日も取れそうにないの」

喜びが気兼ねなく書かれていた。

純一にしても仕事柄、長期間の休みは取れない。ただ、彼女を喜ばせようと発案したのだ。

久々に真奈美さんと会えるんだ。それならば、少しでも長く一緒にいられる旅行がいい。今まで逢えずにいたんだ。思いっきり甘えさせてやろう。そうすれば、ぎこちなかった関係を直せる。今度こそわだかまりのない仲を築きたい。

そんな気持ちが純一にはあった。そして、真奈美から送られたメールにも、彼のことが気遣われていた。

「私もそうだけど、あなたも仕事柄、お休みを取るのが難しいんでしょ。無理しなくてもいいわ。何も泊まる旅行じゃなくてもいいのではないですか。一日で旅する方法もあるし、結構それで楽しめると思うわ。もし、連れて行ってくれるなら。私、それでも構いません」

純一は嬉しかった。そこまで考えてくれたことに。そして気遣う彼女に愛しさが増す。直ぐにメールを入れる。

「真奈美さん、有り難う。それなら甘えさせてもらい、たった一日だけの旅行になるけれど、俺の方で計画してみる。それで、いいかい?決まったら知らせるから、聞いてくれるかい」

真奈美は待っていた。

「ええ、あなたの立てたプランをお聞きしたいわ。例え一日でも一緒に過ごせるなら、最高に幸せな気分になると思います。楽しみに待っています」

打ち終えると、すぐに会いたい衝動に駆られる。

恋心とは、電話やメールで行なうのと、直接会って会話するのでは自ずと違う。やはり顔を合わせ、互いの息を感じ本意を嗅ぎわけることが大事である。

それ故二人には、三ヶ月以上のブランクを埋めるため、会って互いの肌の温もりを感じ語らうことが必要だった。その意味で純一の選択は的を得ていた。

真奈美は思う。

その機会を、たった一日だけれど、彼が旅行という形で提案してくれたんだ。むしろこの機会を逃したら……。どんなことでもいい、彼と会える口実を作ってくれるのなら、どこへでも行く。さもないと、また苦しめられた過去に戻ってしまう。そんなこと、二度となりたくない。

であるなら、一日も早く純一さんに会って、彼の胸へと飛び込みたい。そして真の愛を確かめたい。この目で、この耳で、この身体で確認したいのだ。

心の奥で熱く欲するのだった。

それでなければ、本当に立ち直れない。

そんな気持ちで純一へとメールを送った。彼女にとってそれが本心だし、今の自分の正直な気持ちである。彼の愛を心の襞にしっかりと刻み込みたかった。

すぐに純一から返信メールが着信する。

「君の気持ちが嬉しい。僕も同じだ。たった一日でも一緒にいられるなら、百日分の価値に値するだろう。それほど君を愛している」

真奈美が画面の文字を食い入り読む。

「それでどうだろう。海の見えるところへ行かないか。そうだな、近場だけれど三浦半島辺りではどうですか。勿論、足は車だ。これでよかったら返事を下さい。そうしたら待ち合わせの場所を決め、そこまで迎いに行くから」

すぐにでも電話を掛けたかった。直接声を聞き返事をしたかった。

けれど止めた。

何故なら、それは多分。彼の声を聞けば、とても話など出来ないからだ。嬉しさのあまり、感極まって泣くだろう。涙が止らなくなるに違いないの。

メールなら涙など流さずに、自分の気持ちを素直に表現できる。たとえ涙が溢れてもメールには映らないから。

そう思い、昼休み時間に、今の想いを入力した。

「異存ありません。あなたが決めた三浦半島へ行きたいです。潮騒と芳しい潮の香りを、一緒に胸いっぱい吸いたいです。ところで日取りですが、あなたのお休みが取れる日は何時ですか?その日に合わせて私も休みを取ります」

夢を膨らませる。

「あっ、心配しないで下さい。休みの理由はどうにでもなりますから。幸いと言ってはいけないのですが、病院に行くとか偽って許可を取ります。ですから、純一さんの都合のいい日を教えて下さい。 お休みの日の水曜日でも結構ですが?それに待ち合わせ時間と場所ですけど、池袋駅西口で、時間は純一さんの起きられる時間に合わせます」

メールを送信した。

わくわくし彼からの返事を待った。心が躍ると気持ちが明るくなる。職場での彼女は輝いた。待ちわびる想いは仕事に活力を与える。あっという間に時間が経ち終業時間となっていた。

夕方近くに返信メールが届く。

「君に会えると思うと心が弾む。君の心遣いに感謝します。それでは来週の水曜日にさせて頂けますか?俺の方は定休日なので、お言葉に甘えて、この日ならば大丈夫です。君の方の届けは、可能ですか?それに待ち合わせ場所、池袋でいいの?何なら君の家まで行くよ。それによって、待ち合わせ時間を決めようか?」

「いいえ、あなたの住んでいるところからでは遠いいでしょ?池袋で結構です。私の住んでいる川越は田舎だし……。後は時間を決めて下さい。あっ、それと、お聞きしたいことがあるの。駄目だと言われても、応えてもらいます。純一さんの住んでいる住所を教えて下さい。それと最寄りの駅名もね」

あれだけ躊躇っていたことが、臆することもなく尋ねていた。

「それって、僕の住んでいるところかい。前に話したことなかったかな。もしそうだとすれば申し訳ない。住所は千葉県市川市国府台四丁目五三ー四、市川ハイツ五○三号室です。それに最寄り駅は京成電車の国府台駅です。

それで本題に戻すけれど、本当に池袋でいいんだね。それじゃ甘えさせてもらうよ。それなら、待ち合わせ時間は午前九時でどうだろうか。返事待っている」

「分かったわ。八月八日水曜日の午前九時で、池袋駅西口に集合ですね。それで、私の住所、まだ純一さんに伝えてなかったのでお知らせします。埼玉県川越市霞ヶ関二丁目三―五、エクシブ霞ヶ関三二四号室です。楽しみです。あなたに会えたら話したいことが沢山あるの。それと、次の機会に私の住んでいる川越の街を案内するわ。田舎だけれど、とても素敵なところよ。『小江戸』といって、蔵造の商家が立ち並ぶ街並みがあるの。とても情緒あるところです。

出来たら純一さんにも、是非紹介したいの。きっと喜んで貰えると思うわ。そして、私の部屋へも来て下さいね。真奈美」

一日経ってメールが返る。

「了解。君に会えることを楽しみにしている。俺だって沢山話すことがある。時間に遅れないように行くから。それに君との始めてのドライブ、考えると今からわくわくしちゃうよ。それに真奈美さんの住む街、とても素敵そうだね。何としても訪ねてみたいな。勿論、君の案内で。純一」

メールを読み、想いを心内で彼に告げる。

私だって、嬉しくて。これから当日までわくわくして寝不足になりそうだわ。たとえ一日だっていい。これで本当に気持ちが分かち合えるならそれでいいの。

寝床についてから、彼から届いたすべてのメールを、何度も読み返した。そっと自分の頬をつねる。

あっ、痛い!夢ではない、本物だ。だって、痛いもの。この頬が夢でないことを証明しているわ。

嬉しかった。

頬に当てた手でそっと撫でる。真奈美は頬に残る心地よい痛さの余韻に、悦びを感じていた。

今度こそ、純一さんと上手くいくような気がする。今まで、何度かすれ違いがあったけれど、ようやく乗り越えられたんだ。彼が励ましてくれたおかげ、感謝しなければ。それに病院での看護士さんの優しい心遣い、嬉しかった。どれもこれも私にとって、一生忘れ得ぬこととなったわ……。

思わず胸がつまり涙が溢れそうになったが、携帯画面に浮かぶ彼の躍るような文字を見ては、ぐっと堪え笑顔を作った。そして眠りに落ちてゆく。そう、メールで交わした約束を、今度は夢の中で会い話をするために。





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