第2章 目覚め
一
恋というものは激しいほど醒めゆく時は、短期間のうちに放物線を描かず落ちてゆく。その曲線も緩やかではなく、急落下することが多い。
あまりにも、互いの置かれている状況を知らな過ぎていた。確かに知り合って間がなかったし、短期間の中での恋路の進行だった。それゆえ、急速に燃え上がり昇り詰めていた。周りのものが見えなくなり一直線に恋の坩堝に落ちていった。
互いのことだけしか目に入らなぬほど、激しく愛し合い夢中になっていた。その時はそれでよかった。だが、互いの我欲に弾みがつき一人歩きしてゆくと、気持ちの上ですれ違いが生じてくるのも無理なからぬことである。
相手を気遣い、一呼吸おいて冷静になれば解り合えることでも、急激に燃え上がった熱の下では、往々にして一方通行になることがある。些細なことですれ違いが生じると、互いに分かり合おうとせず、えごが生じことさら内へとこもって行く。
真奈美と西脇の間が、まさにそのようになった。何時の間にか、二人の間に冷風が舞っていた。真奈美にとっては、決してあってはならぬことである。過去の経験から、今度こそ絶対に避けねばと心に決めて、付き合ったはずの彼との恋愛関係。
真奈美の生活リズムと西脇の生活パターンですら、最初から違うこと自体、互いに承知のうえで付き合い始めたことである。勤務時間が違えば休日も違う。日常生活そのものが尽く違うのだ。
真奈美はカレンダー通りの休日となる。拘束時間も朝の九時から夕方五時には仕事を終える。一方、西脇の定休日は週半ばの水曜日で、週休二日制ではない。おまけに就業時間が午前十一時から午後十時となっているため、仕事から解放されるのが早くて午後十一時、少し遅くなると十二時を廻った。
生活面での二人のすれ違いは明白である。それでも水曜の定休日に会おうとすれば、会えないわけではない。それも彼女の仕事が終わってからとなる。より深く知り合うには、やはり直接会って話をするに限る。勿論、携帯電話での会話やメールによる意思疎通が出来ないわけではないが、それでは本当の意味で相手の顔が見えない分、自ずと一方通行になる可能性があり、ややもすると深く理解し合うことが難しくなる。互いが顔を合わせ息を感じ、目と目の会話が出来ないからだ。
今更といってはなんだが、もとよりそれらのことは分かっていたはずだ。それでも軋みが生じ、気がつけば互いの間に亀裂は入っていた。
付き合い始めた頃は、水曜日の夜に積極的に会った。それ以外の日は、携帯電話での会話やメール交換が多かった。
生活のリズムの違いのなかで、西脇の定休日での夜間デートだけでは、やはり限界があった。彼にしてみれば元々一週間の疲れを取るために、休日は朝飯も昼も食わず夕方まで暴睡した。それで一週間の疲れを取り、午後七時頃おもむろに起き夕飯を食いに外出する。酒が伴うため帰りが十二時近くになる。
真奈美と付き合う以前はそのようにしていた。ところが付き合い始めると、この生活リズムを変えなければならない。すなわち、昼間勤めの社会人とは真逆の生活パターンである。最初の頃は真奈美に合わせ、己のリズムを変えてデートを重ねた。
それもデートの日を変えて試すが、土、日曜日は西脇の仕事上難しく、さらに月曜日は日曜の疲れを引きずり無理となる。結局落ち着いたのは、水曜日だった。火曜日の深夜に帰宅し、一日中の爆睡を切り上げ、疲れの取れぬまま夕方に真奈美と落ち合う。会えば互いに身体を求め、激しいばかりの愛の交換に燃えた。西脇にしてみれば、無理を承知の彼女との付き合いである。ところが解っていても、その無理を己の我欲が邪魔をすることとなった。貪りあうデートも数を重ねれば当たり前のようになり、初めのころの新鮮な気持ちや気遣いが薄れてゆくものだ。それが二人の間で些細なもめ事を誘発し、修正できぬほど溝が深まっていた。
西脇には真奈美と付き合う以前にも、幾人かの女性と付き合いはあったが、同様な原因ですれ違いが生じすべて破局を迎えていた。西脇にとりこの仕事に従事する限り、この生活リズムを崩すことは出来ないのだ。
そんな苦い経験から、真奈美との付き合いでもその生活リズムの延長の中で、なんとしても頑張ろうとした。今までの失敗を糧にし、二度と同じ過ちを犯すまいと、意を新たにし始めた。
真奈美にしてもそうである。理由は違うが、やはり過去に何人かの男性と恋愛関係に落ちたが、結果的には上手くいかなかった。その中で、西脇に出会ったのである。
互いがそんな苦い経験を繰り返すまいと熱を上げたはずである。慎重な気遣いの下で期待が大きく膨らみ、相手を気遣い愛を深めていった。
それも短期間のうちにである。だが、二人の心のどこかに、恋愛に対する臆病心を持っていた。いわゆる過去の失敗である。それが目に見えぬトラウマとなっていたといってよい。二度と同じ過ちを犯したくないという強い恐怖心が、慎重さを行動のなかに植え付けていた。
本来ならば互いを知るために、ある程度の時間が必要である。しかし、二人は愛に飢えていた。慎重さの中にも性急に愛を深めてゆく。一週間のうち、唯一、水曜日の夜だけは待ちかねたように、激しく燃え抱き合った。ただ、朝方まで一緒に過ごすということはしなかった。真奈美はそうしたかったが、彼にしても気持ちは同じだったが、そうはしなかった。
過去が邪魔をした。慎重さが、そして破局という恐怖心が理性となり行動に現われた。それも仕方のないことかもしれない。苦い経験が及ぼす影響である。
夫々の生活パターンが違っている以上、互いが顔を合わせて愛を育むには、それが最大限出来得ることと思い込んでいた。勿論、他に解決策がないわけではない。同棲すればすむことである。そうすれば、少なくとも毎日の何時間は一緒に居られるし、立場を尊重し合い、互いの息を確認し合うことが出来たかもしれない。だがそれをしなかった。
相手の立場を認めた上で付き合う。夫々の立場を尊重することが同棲することを避けた。だからこそ無理を承知で、会えぬ時は補完する意味から携帯電話を活用し愛を育んできた。
始めの頃はそれでよかったし満足だった。仕事が忙しくて遅くなろうが時間を工面して、水曜日の前日までには、必ず翌日のデートを約束していた。それも午後五時以降に彼女の仕事が終えてからである。
「西脇さん、毎日遅くまでお仕事ご苦労様。明日の夜、会えるのを楽しみにしています。待ち合わせの場所と時間を決めて下さい。私の方も六時過ぎであれば大丈夫です」
携帯電話で約束する場合は、このように西脇にメールした。直接電話で話す方が簡単であるが、彼が接客していると思うと控えた。迷惑がかかると気遣った。
普段は彼からの返事がすぐに戻って来た。接客という職業柄、どうしても手が離せない時は、すぐに返信できないこともある。それでも必ず詫びと共に、約束時間と待ち合わせ場所を連絡してきた。 メールで連絡すればメールで返ってくる。真奈美にとって、用件だけのメールで連絡出来ることは気にもしないし、苦にもならない。要は西脇と会い、愛を育めればそれでいいのだ。
大人の付き合いである。
相手を気遣うことを第一とすれば、互いの都合に合わせて出来るメール交換が一番だ。二人はそれを理解し実行していた。西脇の職業がウエイターである以上やむお得ない。
携帯電話をかけて直接話せば、そんな面倒くささもなく、簡単にデートの約束が出来ようが、実際は難しかった。どうしても時間帯が合わないのである。
事務職の彼女とて、昼休みか終業後の時間帯でなければ容易にかけられない。しかしその時間帯は西脇とって、仕事上一番忙しい時間となる。当然、彼とて携帯電話で話すのは難しいし、たとえ電話に出られても、一言二言の会話にならざろう得ない。少しても会話を楽しんだり、デートの約束をしたりなど出来なかった。勢いメールでのやり取りとなる。それを連絡手段として活用した。
いずれにしても、最初の頃は限られたやり方で想いを語り、水曜日の夜に落ち合ってデートを重ねていた。
一週間に一度。それも短時間のデート。それはそれで、充実した楽しい時を過ごせたし、愛を育むことも出来たのである。ただ、真奈美と西脇のデートは酒を飲み夕食を伴にし、語らうことをそこそこにして、ホテルで互いを貪るように求め合うことが多かった。限られた時間で愛を確かめ合う。結局、そうせざろう得ない。
そんな付き合い方を暫く続けていた。だがそのうち、糸がほころびからむようになってきた。ある日のこと、デートの約束がスムーズにいかなくなる。今までにないことだ。真奈美が悩む。
さっきメールを入れておいたのに、どうして返事をくれないのかしら。やっぱり仕事が忙しいのかな?もう少し待ってみよう。そうすれば必ず返事をくれるわ。今までにも忙しい時はこんなことがあったもの……。
そう思い、西脇からの返信メールを待った。しかし、いくら待てど来なかった。
どうしたのかしら。どうして返事をくれないの?
気になってきた。明日のデートの約束のことである。火曜日の出来事だった。気になりだし思いを巡らせる。
確かに昼休みの合間をみて西脇にメールを送った。仕事中ではメールを入れられる状況にないからだ。彼の方もこの時間帯が忙しいことは承知している。だからすぐに返事を返せるわけがない。
私の方も気を使い、彼が比較的ひまな時間帯に入れられれば、それにこしたことがないが、それが出来ないから、こんな時間になってしまうの。別に今日に限ったことではないはずだ。
午後の二時か三時を廻れば、昼食客も一段落して、彼も時間が空くだろう。その時私の携帯電話に、明日の約束時間とメッセージを入れて貰えばそれですむ。何時もは、そうしてくれていたのに……。
何かあったのかしら。もしや怪我でもしたのでは……。いや、そんなことはない。何かの事情でメールを入れられないのか。
真奈美は度々仕事中に、こっそり携帯電話を覗き着信状況をたしかめたが、返信メールは入っていなかった。それでも、気もそぞろに西脇のことを考え、返信メールを待った。
時間をおき着信状況を見たがなかった。時間が経つにつれ、仕事が手につかなくなってくる。
午後五時を過ぎた。
結局、仕事が終り帰宅の途につくが、それでも西脇からの返事はなかった。
すぐにでも彼に電話をしたかった。メールなど待つより、直接電話をすればすむ。そうしたかった。
デパートの地下で夕食用の惣菜を買い、自宅に着き仕度をし七時過ぎには食卓についたが、食欲が湧かなかった。
箸が進まず、ため息ばかりつく。
ああ、どうしてなの。何故くれないの……。
待っていられなかった。さりとて彼のことを気遣えば電話など出来ない。仕方なく、再び西脇にメールを入れる。
「度々、ご免なさい。ご迷惑とは思いますが、あなたからの返事がないのでメールを入れました。西脇さんどうかなされたのですか。返事が来ないから心配しています。お仕事中でしたら、一番忙しい時かもしれませんね。もしそうでしたらお許し下さい。お仕事が一段落してから、明日の件で電話を頂けたら嬉しいです。真奈美」
素直な気持ちを入れた。そうせざろう得なかった。そうでもしなければ、いたたまれなくなっていたのだ。
午後八時を過ぎていた。彼にとって一番忙しい時間帯である。そうであったが真奈美は実行した。気持ちが急いていたのだ。メールすることで、少しは落ち着いた。それは単なる自己暗示に過ぎないが、ただ不安のまま待つより、彼女にとっては気休めになっていた。
点けっ放しのテレビに目をやる。そこで気づく。
そうだったわ。彼のことばかり考えていて、テレビを点けていた事さえ目に入らなかった。私ってどうかしているわね。
彼だって、都合があるに決まっている。別に今日返事がこなくても、まだ時間があるわ。明日の夕方までに返事を貰えればいいの。そうすれば会うことが出来るし、愛を確かめ合える。
そう思うと、更に気持ちが楽になっていた。
すると、どうだろう。もう会うことが既成の事実のような心持になり、あれやこれやと悩みだす。
明日は、何を着ていこうかしら。せっかく純一さんと会うんだ。おもいっきりお洒落をしていこうかな。いや待てよ。彼と会う前に仕事がある。会社に行くのに派手な格好をしていくわけにもいかないし。どうしようかしら。
それに、明日はどこへ連れて行ってくれるのだろうか。ああ、純一さんに会って何を話したらいいの。
テレビ放映など眼中になく、西脇とのことばかりを考えていた。そうこうしているうちに、時間が過ぎて時計の針が午後十時を廻っていた。
浮つく気持ちでいたが、まだ連絡がないことが気になりだし、いたたまれなくなって、心配そうに携帯電話を握り締める。
もうこんな時間なのに、どうして電話をくれないの。忙しいのかしら。それにしても、メールくらい入れる時間はあるはずなのに。けど、もう少し待ってみよう。もし忙しかったら、それこそ電話など出来ない……。
彼女の気持ちとは裏腹に、刻々と進む時計を見ては、やりきれない思いで、西脇からの連絡を待っていた。
そうこうしているうち、午後十一時を過ぎる。
それにしても……、こんな遅くまで忙しいわけがない。何かあったのかしら。それでなければ、電話ぐらいくれるはず。メールでもどちらでも、連絡して来ないわけがないわ……。
それにさっき、二度目のメールを入れたのに連絡をくれない。これはいったい……。
真奈美は不安になってきた。いたたまれないほど気持ちが急いて、すぐにでも会いたい思いが頭の中で大きく広がっていた。しかし彼女の住んでいる川越から、彼の勤める新宿へは、今からではとても行ける時間帯ではないし、ましてや彼の自宅に行くといっても、迂闊にも住所を聞いていなかった。
そうだったんだわ。私、まだ彼の住んでいるところすら知らない。それに行ったこともないんだわ……。
今になって、そのことを口惜しむ。
何で聞いておかなかったんだろうか……。
唇を噛み締めた。悔しさと不甲斐なさに涙が滲んできた。
こんな時に、彼の住んでいる住所さえ知らないなんて。
今まで簡単に携帯電話で連絡を取り合い、落ち合っていたことに軽率さを感じていた。それ故、自分に対して腹立たしかった。
そう言えば、彼だって私の自宅に来たことないし、それに、聞かれたこともなかった……。それにしても、ああ、こんな時、純一さんの住所さえ分かっていれば、直接、彼のところへ行くことが出来たかも知れないのに。私は彼のことをまるで知らない。
悩みだすと後悔の念が湧き、気持ちにゆとりをなくさせていた。
とにかく連絡を取らねば……。
急ぎ携帯電話で、彼の電話番号を探し発信ボタンを押し耳にあて出るのを待つ。その間、呼び出し音を聞きつつ不安になる。
出たら何と言えばいいの。「どうしたの。仕事が忙しいの?今、大丈夫?、もし忙しいようだったら、また掛け直すわ」とでも言おうか。待てよ。そんな心配する前に、彼ったら出る早々、「ご免、ご免、電話しようと気になっていたが、忙しくて出来なかったんだ。心配していたんだろ、ご免な」と、元気な声で私の不安を吹き飛ばしてくれるだろうか。ああ、早く出て。早く、純一さんの声を聞きたい……。
呼び出し音が鳴り続けていた。どうしたのかしら……。
なかなか応答しないことに、また不安が募る。すると、ようやく呼び出し音が終わった。
ああ、やっと出てくれる。
緊張感が走った時だった。無常に告げられた。
「あなたのお掛になりました電話番号は電波の届かないところか、もしくは電源が入っておりません。もう一度お掛け直しになるか、暫くたってからお掛け下さい。ただ今、お掛けになられました電話番号は、電源が……」
予想もしない音声である。
「えっ、……」
一瞬声に出す。信じられなかった。真奈美の頭の中が真っ白になっていた。そして、今、どのような状況でいるのかさえ、判断出来ずにいた。胸の鼓動が激しくなる。それでも、不安を打ち消そうと震える声で呟く。
「嘘でしょ……。そんなの嘘でしょ。電話が繋がらないなんて。どうしてなの、おかしいわ。もしかしたら電話番号が間違っていたのかしら」
気を取り直し震える手で、もう一度、確認しながら発信する。心臓がはちきれんばかりに高鳴っていた。震えながらそっと耳に押し当てた。すると先程と同じように、発信音が鳴る。
今度は出て。ああ、電話に出て。お願い、早くあなたの声を聞かせて……。
そう願い、待った。暫く発信音が鳴っていたが、途中で聞きたくない音声が、またもや耳に入ってきた。
「あなたのお掛けになりました……、電波の届かない……、電源が入っておりません。暫くたってからお掛直し下さい。ただ今お掛になりました電話番号は……」
無常にも、抑揚のない言葉が続いていた。真奈美は携帯電話を握り締めたまま、がっくりと膝をついた。
耳にあてていた携帯を離し、テーブルの上に置く。
気落ちしていた。どうしていいのか分からなくなっていた。じっとその場にうずくまり肩を落とす。放心した顔が青白くなり、目から溢れ出る涙が頬を伝い流れ落ちる。拭おうともせず、途方にくれていた。
どうして繋がらないの。どうして純一さんは出てくれないの。何故なの……。
他に出る言葉はなかった。ただ、座り込みまんじりともせず、何ともしがたい気持ちで辛い夜を過ごしていた。
眠れる状態ではなかった。寝床についても彼のことで頭の中がいっぱいになる。考えまいとすることが無理だった。不安と葛藤で苦しめられるばかりで、眠ることなど出来なかった。僅かに眠りに就いても、彼に裏切られる悪夢が出てきてはうなされる。その度に拒絶の悲鳴を上げ、自らの叫びで目を覚ます。何度も寝返りを打ちながら過ごす。うとうととしかけたが、すぐに目が醒める。すると悲しみが湧いてきて、止めどなく涙が溢れた。
朝が来た。
重たい気持ちで会社へと出かけていった。仕事途中に電話をかけたかった。すぐに純一の声が聞きたかった。だが、相手のことを気遣うとそれが出来ずにいた。
真奈美は彼が今の時間帯に何をしているかを知っており、電話を躊躇っていた。深夜に帰宅し、寝ている時間帯だからである。それでも少しの希望を抱いていた。
今日の夜までには、まだ時間がある。それまでには、必ず電話をくれるに違いない。
そんな儚い期待は、苦しい現実からの逃避でしかない。それでも、打ちひしがれる気持ちのなかで、ささやかな望みを秘めていた。
そう、彼は何らかの事情で、昨日は電話を掛けられなかったんだわ。絶対にそうだ。それに違いない。
多分、やっとの思いで、私へ連絡できる時間帯になったが、深夜となり余りにも遅いため、気を使い掛けずに今日に至っているんだわ。
そうよ、きっと。そうに決まっている。だから、そんなに心配しなくても大丈夫なの。きっと、今日中には掛けてくれるわ……。遅くても夕方には目が覚めて、私に電話をくれると思う。何時もの元気な声で。
さらに、自分に言い聞かせる。
そうだったわ。いつぞやもそうだった。今回と同様に彼の携帯電話にメールを入れた。デートの約束をするために。返事のメールが来なかった。そう、彼も仕事が忙しく、つい携帯電話を、机の引き出しに入れたままにしていたらしいの。あの時は、私も随分心配した。痺れを切らし直接電話もした。けど、留守電ばかりで繋がらなかった。その時は、それでどうにもならず悲しかったわ。そう、今の気持ちと同じね。
結局、随分時間がたった後、彼から電話はあったの。「これこれ云々、忙しくて携帯電話を引き出しに入れたままにしていて、君からの電話も分からなかった。申し訳ない、ご免。心配させてすまなかった」と、謝られた。
それでも何とか会うことが出来た。食事もそこそこに、愛をたしかめるためにホテルへと直行したの。その時のデートは、何時もより激しかった。何度も上り詰めた。それは心配した分の反動だったかもしれない。それでしっかりと絆が結べた。今までに、そんなこともあった……。
たった週に一度、水曜日の今夜のデートのことだって、何かの都合で連絡が出来ずにいるに違いない。ああ、早くあなたの声を聞かせて欲しい。そうすればこの不安は、私からすぐに消し去ることが出来るのに。
あなたがどうしても、今日のデートが都合悪いのなら、それはそれで私はいいの。あなたの元気な声を聞かせてくれれば、この不安を断ち切れる。だから、早く連絡して欲しい。
メールでも電話でも、一言でいい。あなたから連絡さえくれれば、息の詰まるようなこの状況から、自分を解放することが出来るのだから……。
頭の中が、このことでいっぱいになるほど切羽詰っていた。職場でも仕事が手につかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます