第25話 ファンクラブ

「某青年漫画誌のミスコンに、若葉さんのファンクラブの男たちが若葉さんのプロフや写真を送ったんですって」

「それ本当に私の話なの」


「陽さんがそう言ってました。それで芸能プロダクションに連絡が行って、スカウトしようって話になったって。でも若葉さんは未成年だったから保護者の意向を聞かなきゃならなくて、若葉さんの家に連絡を入れたらしいんです」

 拓人さんはひょうひょうとした口ぶりで、私が知らなかった私に関する大騒動を語った。


「出版社が若葉さんの家に連絡を入れたら御祖母さんが怒り狂って、出版社と芸能プロダクションに怒鳴り込んで応募書類を取り返したらしいです」

「ああ、それって多分私が高校三年の時。あの後本当に散々だったんだよね」

 確かに高校三年の頃に、祖母は服装や髪型や外出先などに一層目くじらを立てるようになった。私は心底うんざりとして深いため息をついた。


「出版社と芸能プロダクションに詰め寄って、推薦人の名前と住所を言えって凄い剣幕だったって。もちろん個人情報を盾に断ったらしいんですけど、収まりがつかなくて裁判するって大騒ぎ」


「何で陽さんがそんな所まで知っているんだ。まさか陽さんが犯人じゃ」

 陽さんは大学の時に私をミスコンに出そうとした前科がある。

 見世物か笑い物にでもするつもりかと突っぱねて陽さんは折れてくれたが、まさか高校の時にも――。


「陽さんはシロですよ。陽さんの高校の先輩がその出版社のバイトで、現場を目撃したらしいんです。その先輩は若葉さんの事を電車でいつも見かけていて、陽さんに教えてくれたって」

 拓人さんの説明を聞いた私は、深いため息をついてこたつに突っ伏した。


「本当にひどい思いして生きてきたんだよあの頃。どんな目に合わされるか分かりもしないくせに。本当に人間って無責任だよ」

「そうか……。変な事言って済みません」

 拓人さんはしゅんとしてうつむいた。

「いや、拓人さんに怒ってる訳じゃないから。こちらこそ、余計な事を言ってごめん。忘れて」

 拓人さんはしばらく黙ってココアを飲んでいた。


「中高生男子って幼稚なお馬鹿だから。面と向かうと照れちゃって。自分の存在に気づいてほしくて、ひどい事を言ったりしただけだと思うんですよ」

 拓人さんが、まるで弁明するかのようにぽつりとつぶやいた。


「私のあだ名を聞いたの?」

「若葉さんが、陽さんと中高の頃から知り合いだったのを俺に伏せたのが気になって。陽さんは初めはとぼけていました。でも真正面から受け止めるなら話すって」

 私は冷えたカップを両手でくるんだ。


「若葉さんは電車で一緒になる中高生男子達の憧れの的だったって、本気で好きになった男子達もいたって陽さんは言ってましたよ」

「そんな思いなんて、本人にその時届かなきゃ意味ないよ。今になってそんな事言われてももう遅いよ。今更手遅れだよ」

 私は、空になったカップをコトリと音を立てて置いた。


「手遅れって事はないでしょ。少なくとも陽さんからは脈アリじゃない?」

 十四歳もの年の差は、拓人さんと私の関係を深める障害であるのは明らかだ。

 だがよりにもよって拓人さんから他の男を、しかも兄妹のようにしか思えない相手を勧められるのが悲しかった。


「陽さんはありえないよ。だって私たちは兄妹みたいな感じだから。お互いタイプじゃないし」

 陽さんは小柄で清楚な、つくしさんのような見た目の女性に滅法弱かった。

 彼にとってのタイプの女性とはかけ離れていたからこそ、陽さんは私にとって数少ない気心の知れた友人たり得たのだ。


「じゃ、若葉さんのタイプの男の人ってどんな感じ」

 私の胸がどくんと跳ねた。私のタイプの男の人は――。

「すっとしてクールでシャープでミステリアスで、陰のある感じのイケメンに弱いかな」

「こんな感じですか」

 拓人さんが額に手を当ててクールな男の身振りをしてみたものの、三秒と立たないうちに自分で笑い出して台無しにしてしまった。

「だめだ、俺はスタートラインにも立てません」

 ぎゃははと大きな口を開けて笑う、ハイビスカスのようなその笑顔も好きなのだと言えたらどんなに楽だろう。


「確かに陽さんはクールの対局にいるタイプですよね」

「じゃ、拓人さんのタイプってどんな女の子なの。私だけ答えるのはズルいよ」

 湿った感情を伝えたくなくて、私は努めて明るく聞いた。

「何で女の子限定なんですか」

 いたずらっぽく笑うので、茶化してよいのか一種のカムアウトなのか分からなくなった私は、下手な事も言えずにまあいいやとだけ言った。


「俺は前も言ったような気がするけど完全に年上派です。どちらかと言うと大人っぽくて落ち着いた人が良いかな」

「なるほどね」

 ああやっぱり脈なしだよねと思いながら空になったマグカップを下げると、拓人さんも立ち上がって玄関へ向かった。


「ごちそうさまでした。コロッケもココアも美味しかったです。もし良かったらまた作って欲しいな。俺も手伝うから」

 部屋から持ってきたボウルと平皿に小鍋を手にした拓人さんは、木蓮もくれんの花がほころびるように笑った。


「じゃがいもがまだ沢山あるから、今度はカレーかシチューも出来るね」

 その返答に嬉しそうに拓人さんが笑うので、大量のジャガイモの芽が出る前に二人で食べきる事を言い訳にする事にした。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

(2023/7/2 改題 改稿)

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