第24話 黄色と青のペアカップ
「さて、と。何か飲む?」
洗い物を全て済ませた私は、ココア缶とアールグレーのティーバッグを手に拓人さんに聞いてみた。
「久しぶりにココアが飲みたいかな」
ミルクパンにココアと未精製の砂糖と牛乳を入れてゆっくりと練るとカカオの香りがキッチンに広がる。
弱火にかけたミルクパンをのぞき込む拓人さんの髪が、私の耳にかすかに触れた。
私はハートマークが内底に描かれた青と黄色のペアマグカップにココアを注いだ。
「北欧っぽいデザインですよね」
「そうなのかな。結婚式の引き出物だったから、どこのカップか分からないけど」
私たちは青と黄色のペアマグカップを持ってこたつに戻ると、どちらからともなくふうと息をついた。
拓人さんは湯気の立つマグカップを、お預けを食らう犬のように見ていた。
「俺がここに越してきてからもう二か月近く経ちましたね」
拓人さんが壁掛けカレンダーを見ながら、感慨深げにつぶやいた。
「早いね。本当にあっという間」
「うるさくしちゃってませんか。ヘッドホン使わないで音楽を聞いたりしてるからちょっと心配で」
「全然気にならないよ。どんな音楽を聞くの」
拓人さんとは仕事で顔を合わせるばかりで、個人的な
「特にこだわりはないですね。若葉さんはやっぱりインド音楽?」
「ヨガやってるとそこは切っても切れないからね。シタールはやっぱり良い」
「俺もマインドフルネスでシタール入りの音楽を使う事がありますよ」
「拓人さんがマインドフルネスって意外すぎる」
私は思わず目を丸くした。
「高校まで水泳部で、部員皆でしてたから、今でも完全に習慣になっているんです。さすがに一年以上泳いでいないから筋肉が痩せてきて」
拓人さんは眉をかるく寄せて、肩を上下に動かした。
「何が得意だったの。クロールとか?」
「バタフライが一番タイムが良かったかな」
「そうか。拓人さん水泳部で女の子にモテたでしょう」
「多分『ゆいっぺ』さんの高校時代ほどじゃないですよ。共学だったって言うのに、俺は野郎どもからしかバレンタインチョコをもらえませんでした」
拓人さんはふふふっと笑った。
「陽さんに何を吹き込まれたの。やめて私の中高時代は最低の黒歴史なんだから」
こたつに突っ伏す私に拓人さんが畳みかけた。
「嘘でしょう。陽さんに若葉さんが大学一年の時の写真を見せてもらいました。そりゃファンクラブも出来るわって思いましたよ」
「何、ファンクラブって。私の写真を陽さんと見たってどういう事」
私は耳慣れぬ言葉に思わず身を起こした。
「え、本当に何にも聞いてなかったんですか。ミスコンの話」
「ミス、コン……?? 何それ」
私は壊れたゼンマイ人形のように四文字を紡いだ。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/7/2 改稿)
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